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肝っ玉お嬢様奮闘記  作者: 相神 透
戻ってきた日常
29/40

4-1

 あんなことがあった翌日も私の一日はいつもと変わらず始まった。窓から入る朝日を感じて自分のベッドの上で目が覚めたとき、窓の外は地平線から完全に顔を出した太陽で明るく照らされていた。秋に差し掛かり、日の出も少しずつ遅くなり、朝はすごしやすい気がする。


 『おはよう、マーヤ。良く眠れたかい?』


 「スリヤ、おはよ。なんかぐっすり寝たみたい。昨日はなんだかいろんなことがあって疲れたんだね」


 決して前世では経験しないようなことばかりで、精神的にもかなりくたびれた感じがする。──拉致されて、自力で脱出して、また拐われそうになって。その過程で自分で魔法を使ったり、治癒の力で止まっていた心臓を動かしたり……


 治癒の方法を思い出すと、顔が赤くなる。年甲斐もなく、なんて言葉も浮かぶが、感情が年齢相応になりつつあることにも最近慣れてきている。何となくだが、前世の私から今を生きているマーヤに主導権が移っている感じだ。


 『おや、朝から何を思い出して赤くなっているんだい?ま昨日はいろいろ刺激的だったからね。マーヤが経験するにはちょっと早すぎたかい?』


 スリヤにからかわれ、火照った顔がさらに熱くなるのがわかる。


 「もうっ!」


 ベッドに半身を起した私の近くに浮いていた生意気な精霊を捕まえてやろうと手を伸ばす。自由を愛する精霊であるスリヤは拘束されるのが苦手らしい。両手でくるむようにしてスリヤの方に腕を伸ばす。しかし今朝は僅差で天井の方に飛んで逃げられてしまった。


 『ふっ、そう何度も捕まえられたりはしないさ。照れ隠しに友人を拘束しようなんてひどい話じゃないか。』


 ニヤニヤしながら私の手の届かないところで浮かんで、なおもからかおうとしているのが憎たらしくて、とっさにまくらを投げつけた。水鳥の羽が詰まった、軽い愛用の枕はまっすぐスリヤに飛んでいき──通り抜けた。


 『精霊にそんなもんが当たる訳ないだろ』


 そんなことわかってるが、投げつけたくなるのだ。なんかの拍子で当たるかもしれないじゃないか。などと考えた時にふと引っかかった。


 ──あれ?


 私が知っている範囲では、精霊の体はマナで出来ていて、普通の物質では干渉されない。だから剣で斬られてもハンマーで殴られてもすり抜けるだけのはずだ。なのに──


 「スリヤ、昨日、なんであの剣士の剣はあなたに当たったの?」


 ふと浮かんだ疑問を口に出すと、満面の笑顔を浮かべていたスリヤの顔がちょっとかげる。


 『いきなりなんだい。朝から嫌な話をしないでおくれよ』


 当たり前だが人間の剣で叩き落とされた記憶は気持ちのいいものじゃないだろう。とはいえスリヤも疑問には思って考えていたのだろう、すぐに続けて言う。


 『多分だけど、あの感触は、剣をプラナが包んでたんだと思う』


 「プラナで剣を包む?」


 一瞬何を言っているのか分らずオウム返しをする。


 『ああ、只の剣ならいくら斬られても通り抜けるだけだから警戒もしなかったのさ。魔力を込めた剣なら分るし、それなら避ければいい』


 「プラナで、剣を、包む……?」


 ちょっと混乱してきた。スリヤはそんな私を気にせず、彼女も自分の思考に耽溺して居る感じで続ける。


 『マーヤがわたしを良く捕まえるみたいに、手でなら精霊も触ることができる。それは人の体にプラナが充満してるからさ。それと同じでプラナが物のなかにあって、それで殴られたら、わたしたちでも打撃を受けるのさ。』


 「プラナって体の外に出るの?体から出てこれないものなんじゃないの?」


 そう、私が知っているのは、プラナは体の中、マナは体の外で働くと言うこと。だから治癒魔術では患者の体に触れて、自分のプラナを患者のプラナに繋げるのだ。そして患者の体のプラナを制御する。


 『そうだね。私もそう思ってたんだけど、あいつ等、ドルーガの剣士とかいわれてた奴は体の外に出して、剣を包んだりできるみたいだね』


 「だったら、もしかして──」


 私は自分の体の中のプラナと、患者の体内のプラナを繋げて制御することができないでいた。私のプラナでは他の人のプラナを制御できない、そういうものだと思っていた。でも昨日はプラナを制御することはできた。そして繋げることも、手では無理だったけどプラナが濃い、口腔内で接触した場合は可能にあった。


 「──プラナを外に出せれば、直接プラナどうしを繋げることができるようにならない?」


 例え前世で半世紀生きているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。昨日やったような治療を今後も続けたいとは思っていない。


 ──また思い出しちゃった。


 初めての治癒魔術をした経験なのだから、忘れたくても忘れられないし、治癒魔術をこれからモノにする気なら忘れてはいけない経験なのだが、今はちょっと封印したい。


 「よし、練習しよう!」


 張り上げた声は、ちょっと大きかったかもしれない。よいしょとベッドから降りて先ほど投げたまくらをぽんぽんっと叩いてからベッドに戻し、いつもの様に庭での朝の練習に向かう。



 涼しくなったとはいえまだまだ熱い朝日を浴びながらのプラナを放出する練習を始めた。全く新しいことをするのだということと、治癒魔術が自由に使えるようになるかもしれないという期待で、その練習にはかなりの熱意で臨んだつもりだったが、その気合とは裏腹に全くうまくいかなかった。


 プラナを外に出すということで、まずは手のひらにプラナをためることをイメージし、活性化したプラナがたまったら、それを外に押しだしてみた。


 ──最初からうまくいくわけはないよね。


 その後、指先にプラナをためてみたり、腕全体をプラナで覆ってみたりと、さまざまなバリエーションを試したのだが、体の外にプラナが出ていくような感じはまったくしなかった。


 ──考えてみればどんな感じがすれば上手くいってるのかも判ってないよね。


 仕方がないことだがプラナを制御する練習ではスリヤに意見を聞くこともできず、ひとりで黙々とやることになる。プラナを外に出して治癒魔術を、という熱意というより暴走気味な思い込みが覚めてきたとき、その暴走の原因の一端を担っている人物がやってきた。


 「あれ?いつもとプラナの感じが違うね」


 少年特有の高く、それでいて柔らかな抑揚がついた声が、不意にわたしの背後からかけられて心臓が跳ね上がるのを感じた。振り返った速さは自分でも驚くほど。


 「あ、おはようマーク」


 火照り出す顔を笑顔でごまかして、挨拶を返す。昨日から、実はちゃんとマークとは話をしてない。目で挨拶した以外はマークのことを考えないようにしていたのだ。……夕食中に赤くなっていると両親に不審がられそうだったから。


 ──あれは治療。だから照れる必要はないの!


 顔の火照りを練習の所為だと思ってもらえることを願う。


 「おはよう、マーヤ。おはよう、スリヤ。いつもは先に魔法の練習してなかったっけ?それになんだかプラナの使い方が違うね」


 少し怪訝そうに顔を傾けて問いかける。何となく口の動きに気を取られそうになって、目をそらしながら応える。


 「えーとね。昨日なんだけど、スリヤが相手の剣士の剣に当たったでしょう?精霊を斬れるのはなんでかなってスリヤに聞いたらプラナが剣に篭っていたって。だから、プラナが外に出せるか練習してるの。出せればいいなと思って」


 なんだか感情が高ぶり、説明がたどたどしくなってるので、途中からはせめてマークの顔を見ながら話す。


 「出来ると思うけど、まだちょっとマーヤには早いかなあ。なんで覚えたいの?」


 マークがあっさりと、何事もないように言った。


 「ええ!? 出来るの?」


 「びっくり箱だね、まったくあんたは」


 スリヤも驚いたような、呆れたような顔をして声を出す。


 「うん、でも俺の習った順番だと剣をある程度扱えるようになってからなんだけど……」


 なんで覚えたいのか、という顔をしている。詳しい理由の説明をよりによってマークにするのは何とも面映ゆいのだけど……


 「えーとね。体の外に自分のプラナを出すってことは、体の外のプラナが感じられるってことでしょう? それができたら、今は直接触っても感じられない、他の人の体の中のプラナを感じられるかも。だから……」


 ちょっと遠回りをした答えをしてしまうが、マークは納得したようにうなづいて言った


 「そうだね。覚えておいた方がいいかも。あの治療のやりかたはこれっきりにしたほうが良いしね」


 困ったような口調で言われてうつむく。仕方がないとはいえあのやり方は、はしたないと思われても仕方がないもので、いくら治癒だと言ってもこちらの常識では受け入れてくれる人はすくない。


 そのうつむいた頭の上にマークの手のひらがふわりとのかったのを感じた。頭を上げると、目線の高さを合わせて屈んだマークが優しく微笑んで、慰める様に見ていた。


 「でも、昨日は本当に有難う。マーヤは命の恩人だよ。あの時、自分でも心臓が止まったことが分かったんだ。死ぬところだった」


 真剣な口調に言ってくれるので、恥ずかしがるのが申し訳なく、そして馬鹿らしくも感じられてきた。


 ──うん。私はひとりの命を、マークを救ったんだ。


 マークに向かって笑顔を返して大きくうなづいたとき、スリヤが声をかけてきた。


 『マーヤ、時間切れだよ』


 その声で家の方を向くと、家から出てくる人影があった。母だ。


 「マーヤちゃん、マーク様、あらあら御邪魔しちゃったかもしれないけど朝ご飯ですよ」


 やけににこにこしている。その視線ははっきりと私の頭の上に置かれたマークの手のひらと、紅潮した私の顔を捉えているようだ。


 私は出来るだけ落ち着いた声で、微笑みなが母に応えて挨拶をした。


 「おはようございます。お母様。マーク様、ご一緒しましょう」



 そのあとの朝食の間、母の機嫌がやけによく、マークのお皿にはいつもより多めの料理が供されていた。

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