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3-11

 居心地のいい自分の部屋の薄闇の中で、私が気持ちよく目が覚めたのはその日の夕方、もう日が暮れかけた時間だった。少し時間を掛けて、自分が今いるところを確認して安心する。柔らかなベッドの上で上体を起こすと、ベッドのわきのテーブルに誰かが用意してくれていた、水の入ったカップを手に取る。窓の外に見える空が赤い色に染まっていて、カラスが仲間同士で交わす鳴き声が聞こえてくる。一口、水を口に含んで飲み下してほっとため息をつく。


 ──夢、じゃなかったんだよね?全然現実感がないけれども。


 今朝、いつものように治療院に行こうとしたところを、何者かに攫われて、そしてなぜか祖母の家に監禁されて、魔法を使って脱出したら、今度はマークが誰かと戦ってるのに出くわした。倒れたマークを……ええと治癒魔術を使って治療して、そうしたら誘拐犯にまた襲われて。思い返してみても全く現実感がない物語のような出来事だ。とはいえ、夢じゃなく現実だったのだということは、なぜだか確信できる。こんな鮮明な充実感は夢では得られない。


 もう一口水を飲んだとき、私の目の前の空間が揺らいで、見慣れたナース服の小さな姿が現れた。私が起きるのを待っていたのだろう。そのことがなんだかすごく嬉しい。出会って4年。今朝目の前で消えるのを見るまでスリヤが私の中でこんなに大きな存在になっていることに全然気づいていなかった。


 「マーヤ、起きたんだね。体調はどうだい?」


 気遣わしげな表情を浮かべて、小さな頭を傾げてふわふわと浮いた精霊が声をかけてくれる。いつもは冷静でちょっと乾いた感じの声なのだが、その声も今日は少し優しく耳に響く。


 「おはようスリヤ。私は大丈夫よ。眠ったら随分楽になったわ」


 朝じゃないんだけどね。


 「じゃ、起きてリビングに行こうか。双子が待ってるよ。顔を見せて遊んでやりな」


 スリヤの言葉は事務的な内容だけれども、声色は優しくて気遣ってくれてるのがわかる。スリヤだって危うく消えかけてたのに。


 「スリヤは大丈夫なの?」


 ベッドを降りて夜着から室内着に着替えながら尋ねる。精霊ってどうすれば回復するんだろうか?


 「私はあんたが頑張っているときに寝てたからね。その時に大方回復したよ」


 着替え終わった私は浴室で顔を洗って髪をとかす。鏡に映った顔色を確認して、笑顔を作る。すっかり見慣れた自分の顔が鏡の向こうから微笑む。こういうときは我が家に鏡があってよかったと思う。私の知る限り、この世界では我が家にあるような美しい本当に平らな鏡は非常に高価で裕福な商家や貴族の屋敷にしかない。


 ──うん、いい顔色。


 鏡に映った自分の笑顔を確認して、弟妹の待つリビングに向かう。彼らは心配していただろうか?私の身に何かが起きていたということは母でさえ私が帰宅してから知ったのだから、無事に戻った後は、心配する時間もなかったはずだが、幼い子供というのは、周りの人間特に母親がどんな感情を持っているかに敏感なものだ。周りで何が起きているかを理解できなくとも、容易に影響を受ける。母が少し心配しただけでもそれに引きずられて泣き止まないなんてこともある。


 ──もう三歳だからそこまで子供じゃないかもしれない、あんまり子ども扱いすると自立が遅くなるかな?


 そう思いながら移動し、リビングに向かう。幼い弟妹は母と分担で面倒を見たこともあり、なんだか前世では会うことが叶わなかった、かわいい孫のような感覚に陥ることがある。甘やかしすぎているかもしれない。少しばかり自嘲しながらドアを開けて、リビングに入った私が最初に見たものは、私の姿を見て非常に喜んだ二人の笑顔だった。満面に広がった笑顔に癒されていて、油断したかもしれない。


 次の瞬間、彼らシェイラとサイリースが雄たけびをあげて突進して来た。


 ──やっぱりまだまだ子供かも……


双子にのしかかられて押し倒されそうになりながら、そう思った。


  ◆  ◆


 夕食の支度をしている母の代わりに二人と一緒に絵本を読んでいると、やがて父が帰宅した。今日は王女のパレードの警備の責任者だったはずで、そのうえマークが捕まえた男たちの取り調べもあったはずだ。それでも夕食に間に合うように帰ってくるというのは、この国やこの世界の普通の労働時間なんだろうか?それとも父が特別に家族を大事にしているとかなのだろうか。


 「マーヤ、今日は大変だったね。マーク様にも事情を訊いたよ。どこか、苦しかったり痛かったりするところはないかい?」


 父が優しい声で気遣わしげに聞いてくる。家に着くなり開口一番私の様子を聞くということは、私のことが心配で仕事放り出して帰ってきたんじゃなかろうか。男たちを引き渡した警吏と一緒に王城に戻ったマークや、遠話を使った母からも私のことは聞いているはずなのだが、親として目の前で娘の安全を確認したいという思いはよくわかる。他の宮廷魔術師の方に申し訳ない気がしてくるが、親子の情のためだから我慢していただくしかない。


 「お父様、おうちに帰ってさっきまで寝てたから、すっきりしてます。もう大丈夫です。心配かけてごめんなさい」


 実際、体調も万全だし、先ほど自分で確認のために点検したが体内のプラナの様子も問題ない。健康診断が自分でできるのは結構便利だ。


 「そうか。安心したよ。」


 そういいながら私をかかえ上げると、ふんわりと抱きしめてくれる。そして、少し沈んだ声で言葉を継ぐ。


 「ごめんよ。危険な目に合わせてしまったね。心細かっただろう?マーヤが無事で本当によかった。スリヤとマーク様には感謝をどれだけしても、しきれないな」


 「私はほとんど寝てたから、感謝ならマークにしたほうが良いね。なんだいあれ、剣で大人の魔術師倒しちまう子供なんてものは、物語の中だけのものだと思ってたよ。私が寝てる間にも素手で剣士の相手してたみたいだしね」


 スリヤが私の頭の近くを漂いながら父に向かって言う。


 ──確かに、マークならヒロイックファンタジーの主人公が出来てしまうかも。……ああ、もう!


 なんだか顔が熱くなる。なんだか恥ずかしくなって、顔を隠すように父の首筋にうずめる。まだ六歳だというのにしっかり女の子になってしまっている。


 ──あれは治療よ、あくまで治療。それと緊急避難的なものよ!


 「ああ、マーク様なら夕食にお招きしてる。そこで改めてお礼をしよう」


 私の頭の上で響いた父の声に驚いて、体がびくつく。いや、驚いただけじゃないかもしれない。


 ──えぇ!?まともにマークの顔、見れるかな。


 「マーヤも彼にきちんとお礼するんだよ」


 と言っているところに調度、良すぎるタイミングでマークがリビングに入ってきた。母に案内されてきたようだ。


 「お礼をするのはこちらの方ですよ、アストリウス卿。マーヤがあそこに居合わせなければ私は今頃路地裏で冷たくなっていたでしょうから」


 顔を合わせるなりマークが話し始める。


 「おや、いらっしゃいませ。早かったですね。王太子殿下への報告はもう終わったのですか?」


 マークの言葉に応える前に、父はそちらを向いて挨拶をしながら私を床に降ろす。私の体をマークの方に優しくむけてくれるのは挨拶しなさいとのことだろう。


 「マーク様、いらっしゃいませ。おからだは大丈夫ですか?」


 ──具体的な話は言わないでね。


 マークの顔をじっと見て、目で訴えかける。マークと顔を合わせて気恥ずかしいという思いよりも。私の治癒術ついて父に知られたくない思いの方が強かった。私の治療方法はどう考えても父には非常に刺激が強いと思うのだ。私が治療院に通って普通に治癒を行うことすらを禁止しさえしかねないほどに。


 「お招き有難うございます。奥様の作られる食事は本当においしいので今夜もとっても楽しみです。マーヤさんも、歓迎してくれてありがとうございます」

 

 マークが子供らしくない挨拶を返すと、父は早速話を戻す。


 「マーヤがいなければ、とはどういう事なのでしょう?そこは報告にはなかったと思うのですが?あなたがマーヤを守って魔術師を倒したということしか聞いておりませんよ?」


 父の口調がいきなり厳しくなる。たしかにあの剣士のこととかは警備責任者としては気になるだろう。だが、私はそこでマーク倒れた後の話が王宮で報告されていなくてほっとした。


 「昼間報告した屋敷を突き止めたときに、一人の剣士とやり合うことになってしまって、一応撃退したんですけど気を失ってしまったようなんです。マーヤさんはご自分で奴らのアジトを脱出してきたときに偶々とおりすがって、気を失った私を日陰に引っ張り込んで起きるまでついていてくれたんですよ」


 ──なるほど、そういう説明にするのか。


 「なぜそれを報告されなかったのですか?その剣士がまだ城下を動き回ってないとも限らないですのに」


 「殿下にはお伝えしましたが、相手がドルーガのはぐれ剣士だからです。あなたにも内密にお伝えする予定でした」


 ドルーガという言葉を聞いたとき父の表情が少し曇ったのがわかった。


 「私を切りつけやがったのもそのドルーガの剣士さ。」


 スリヤが忌々しげに口をはさんだ。挨拶抜きなのはいつものことなので父もマークも気にしていない。


 「……精霊を昏倒させる技量のドルーガがまだいるとなると厄介ですね。普通の警備兵では対応できない。王太子殿下は何かおっしゃってましたか?」


 「ええ、近衛から腕利きを何人か警備に回すそうです。そして私にも警備の任務と任務中の武器の携帯の許可を頂きました。剣があれば、私でも捕縛も不可能じゃないと思います」


 父の質問にマークは驚くような答えを返した。十二歳のまだ成人していない少年に武器を持たせて警備につかせるというのはかなり大胆な決定に思える。王太子というのはなかなか規格外な人のようだ。


 「……殿下らしい」


 父が諦めたようにため息をついたとき、ちょうど夕食の準備が整った。


  ◆  ◆


 夕食が進み、始めは儀礼的な話が交わされていたが、徐々に会話は今日の出来事の話題に移っていく。マークと父がそれぞれの視点から今日起きていたことを話をしてくれたのだが、結局……


 ──良くわからないなあ。


 話を整理すると、どうもエルファシア姫のお披露目パレードが発端なのだそうだ。私が住むファランク王国の南には国境を接してガロア王国という農業国がある。今回はその国から王都を表敬訪問していた貴族が仕掛けたことらしい。ファランクの貴族に彼らと姻戚関係にある一族がいて、ローランディ内では彼らが様々な準備をして、ガロア貴族の雇った裏稼業の者たちの便宜を図ったということのようだ。

 まだ六歳で私と同じ歳のエルファシア姫は、さらに南にあるアトン帝国の高位の貴族との婚約が決まっているとのことで、この婚姻関係がかなりガロアの中で物議を醸してるらしい。


 ──間に挟まれるのがいやだってことなんだろうか?


 ガロアは私が学んだ範囲ではアトンと関係が深い国で、帝国の一部になっていても不思議じゃないような成り立ちだったはず。だからアトン帝国がガロアよりもファランクを選んだように見えるのを嫌ったのだろうか。国際問題なんて前世からさっぱりだったので、二人の会話を聞いていても分からないことだらけだ。


 ──私が聞いても、教えてはくれないんだろうなぁ。


 貴族社会のこの国では、女性の政治進出は稀で奇異な目で見られるのだ。六歳の少女に真面目に国際政治をレクチャーしてくれるとは思えない。


 「お父様、あの魔術師たちはどうなったのですか?」


 気になってることを聞くことにした。


 「王城の牢獄にとらえて取り調べしているところだよ」


 「まあ、なんにも喋らないでしょうけどもね」


 父とマークが応えてくれる。牢獄って魔法とか大丈夫なのだろうか。


 「封魔具で拘束しているから大丈夫だよ。よほど魔力の制御能力が高いものじゃなければ一切魔法は使えない」


 「取り調べて有罪確定すれば、おそらく魔力の無力化をして強制労働でしょうしね。」


 ──封魔具?魔力の無力化?……そんなことができるんだ。そうでないと魔術師の犯罪って取り締まれないもんね。


 なんて考えているとマークがニコニコといや、ニヤニヤとしながら、小さな言葉の爆弾を落とした。


 「ああ、言い忘れていました。王太子殿下からの言伝です。アストリウス卿に男爵の爵位と、それに見合った領地が下賜されるそうです。今回の警備を含めた、今までの働きを王がお認めになってのことだそうですよ」


 ──ええ?


 私の人生設計に修正が必要になった瞬間である。


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