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3-8

大変お待たせしました。

  ◆  ◆


 「さて、それでは私はアストリウス卿を呼び出しに行って来よう」


 男たちが集うリビングでは、リーダー役をしている貴族風の男が、軽い口調で言って立ち上がった。まるで、ちょっと散歩にとでも言うように。デミエルが連絡係の男を追って出て行ってからは、しばらく時が経っている。


 「私が夜まで戻らなければ、あの娘は殺してお前らは逃げてしまいなさい。」


 その口調は彼にとってのマーヤの命の軽さを示すようだ。そして娘を人質にとってもその親が態度を変えないというのであれば、人質を生かしておいてもただ邪魔なだけだ。死体を埋めてしまえば証拠もなくなる。


 「ああそれと、不測の事態があった時は、個々の判断に任せます」


 続けた言葉は、任せたというよりは突き放したように聞こえる。


 「一人で大丈夫か?パレードで王城の外に出てくるとは言っても、やつが防御の結界を張ってるはずだぞ。」


 商人の男がその背中に声を掛けるが、肩越しに軽く手を挙げただけで、忠告を意に介さない様子で振り帰りもしないまま部屋を出た。


 そのまま屋敷を出た男は、大通りに向けてゆっくり歩きだす。連絡係の男が持ってきたパレード警備の機密情報が正しければ、もうしばらくで王城の東門から王女が出てきてパレードが始まるはずだ。王城は強力な結界で守られているため、外から危害を加えたり、一方的に呼び出すようなことが難しいが、逆にその結界と狭い門は大きなパレードが、まとめて通り抜けるのを難しくしている。情報では王女よりも先にアストリウスが出てきて、守りの魔法を使ってから王女を出す手筈になっている。呼び出すのであればそこしかないだろう。


 「ばかげた仕事だ。やつらの準備ではあの守りを破ることなど無理だというのに。たとえアストリウスがその場にいなくてもな」


 男はまるで、雇い主のやろうとしてることをすべて知っているかのように吐き捨てる。仕事を始める前は、雇い主の名前すら知らないと言っていたはずなのだが。


 「ノール。いるか」


 「いつでもアジ様のおそばに」 


 周囲に誰もいない通りで、男が誰かを呼ぶようにつぶやくと、それまでだれもいなかったはずの場所に、従者の姿をした小さな人影が現れた。清潔なシャツと半ズボンをはいた姿は一見すると無表情な人間の子供の様だ。


 「これを届けてきてくれ」


 そう言って渡された、一本の矢に括りつけられた手紙には、魔術師の娘を預かっていること、治療院に行ってないことは確認すればわかるということ、そして無事に帰してほしいのであればパレードの守護を放棄して東ローランディアの外、馬車で一日のところにある丘に迎えに来いと書いてある。


 「御意」


 ノールと呼ばれたその従者は与えられた矢を手にして軽く地面を蹴ると、まるで重さがないかのようにふわりと宙に舞い上がり、王城の城門を目指す。その姿はすぐに遠くへ離れて見えなくなる。


 精霊術。魔法の力をもつ精霊と何らかの契約を結んだ人間が、精霊の力を通じて魔力を使うことが出来る術だ。アジと呼ばれた男は精霊ノールを使役する精霊術師のようだ。


 契約精霊のノールは、アジの命に従って少しばかり日が高くなってきた空を飛ぶと、どこからともなく取り出した弓に先ほどの矢をつがえて、騒がしくなってきた城門の出口を狙う。やがて城門が開いたと思えば一人の男が顔を出した。柔らかな生地のシャツの上にジャケットという、この国の貴族の一般的な身だしなみなのだが、茶色を基調にした地味な色合いで貧相な印象を与えている。その男こそ、王太子の強い推挙で平民から取り立てられたこの国の宮廷魔術師の一人。そして中でも最も大きな魔力を持つのではないかと言われる、カイル=アストリウスだ。


 ノールは事前にその容姿を知っていたが、その時は一目ではそれがその宮廷魔術師だとはわからなかった。その人間からは魔力が全く感じられなかったからだ。一般的に魔力に対して敏感な精霊であるノールが視ても彼の中に魔力が宿っていない。


 「まあ良い。あの顔がカイル=アストリウスであることに間違いはないのだ」


 そうつぶやくと、取り出した弓に先ほどの矢をつがえて構える。マナをまとめて作ったのだろうその弓を引き絞って、およそ矢文では考えられないような勢いで矢を放った。


 放たれた矢はまっすぐにカイルに向かって飛んでいき……ちらりと目を向けられた瞬間、何かに阻まれたように何もない空間で止まり、ぽとりと地面に落ちた。その時、ノールはカイルからではなくその周辺から恐ろしいほどの魔力を感じた。ほんの数瞬だったが、いかなる精霊も太刀打ちできないような強力なものを確かに感じた。


 「なん…だ……この魔力。そんな馬鹿な」


 ノールはいつもは無表情な顔に驚愕を浮かべる。彼の放った矢が何事もなかったかのような、落ち着いた雰囲気のままの男に拾われたのを見届けるのももどかしく、その場から急いで立ち去った。いや敵にしていたものの強大さにようやく気付いて逃げ出したのだ。


 彼にとって短い距離であるはずの、主人の元への飛行はその時だけは非常に長く感じられ、その姿が見えた時には、らしくもなくホッとした。


 「アジ様、だめです、あんな力を敵に回すには、準備が足りません。」


 気が焦るままに主人に言上する。いつもとは違う使役精霊の唐突な態度に、アジは訝しげな顔をして応えた。


 「まあ待て。まずは落ち着いて話せ。一体どうした」


 その言葉でノールはすぐさま冷静を取り戻す。落ち着いて最初から話さねば。


 「ご命令通り、矢文を届けてまいりまして、その際、彼の者の魔力を垣間見たのです」


 「ご苦労。彼の者の魔力だと?」


 精霊の報告に主であるアジは先を促す。ノールが取り乱すのなどということは、彼が先代を継いでノールの主となってから初めてのことだ。ノールは彼の一族と代々契約している長命の高位精霊である。そもそも感情を表すことすら、先祖から受け継いできた契約の間にも珍しいことではないだろうか。きっと何か大変なことがあるに違いない。


 「最初あの男の魔力を探ったときには何も感じず、もしや人間違いかもと思ったのですが、それならばそれで死体にしてしまえば矢文は彼の者に届くだろうと矢を射たのです。矢にはかなりの力を込めたので、鎧程度なら貫通させられたと思うのですが、その矢はあっさりと魔法の障壁で防がれました。」


 「そうだろうな」


 カイル=アストリウスであればそれ位は防ぐはずだ。


 「ですが、その時に彼の者からは直接魔力は出て来ず、周囲の魔力が直接活性化されていました」


 「魔術の核を持っていないというのか?」


 精霊の言うことに疑問を感じたアジは片眉をあげて問い質す。一般的に魔術師はマナを操って魔術を使うのだが、直接自分の周囲のマナを操っても大したことはできない。せいぜい火をともす程度だ。大きな魔術を使うために魔術師は、体内にマナで形成した魔術の核を持ち、そこに魔力をため込むことで大きな魔術を行使する。それを持たないのは魔具を利用して魔術を行使する低位魔術師か、精霊を使役する精霊術師だ。


 「あの男の周りに精霊の気配はなく、大きな力のこもった魔具もなかったのですが、私が矢を放った瞬間のみ、まるで高位の神霊の持つような魔力が出現したのです。おそらく私が存在を賭けて魔術を放っていたとしても、あっさりと跳ね返されていたでしょう」


 「それほどか」


 それは、人の持てる魔力を超えているのではないか。精霊術か?


 「恐ろしく高位の精霊を使役する精霊術であれば、あれも可能でしょうが、そのような精霊が人間と契約したという話は聞いたこともございません。


 「だから、準備が足りないということか。よくわかった。ここは引くべきだな。幸い奴らのおかげで、こちらはただ雇われているようにしか見えていないはずだ」


 「御意」


 少し思案して付け加える。


 「……娘は帰したほうが良いのかもしれんな。殺してしまうと何の準備もなく敵対することになる。攫ったままでも面倒だ。屋敷に戻って、娘を開放するとしよう」


 ──奴らが騒ぐだろうが、仕方あるまい。


 心の中で呟きつつ、アジトにしている屋敷に足を向けた。


 


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