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3-7

 東ローランディ上級地区にある、マーヤが捕らえられている屋敷の、一部屋で────。


 「ご苦労だったな」


 貴族が着るような、清潔なシャツの上に短いジャケットを羽織った男が周囲の男たちに向かって口を開く。


 その部屋の壁や柱には細かな意匠が凝らされていて、それでいて華美すぎない落ち着いた印象を与える。男たちは、臨時に運び込んだのだろう、部屋の雰囲気にそぐわない武骨な印象を与えるテーブルを囲んで座っていた。


 「ガキ一人だ、大した苦労でもない」


 ふん、と鼻をならして応えたのはデミエル──ドルーガ剣術のはぐれ剣士。テーブルから水の入ったゴブレットをとって飲み干す。


 彼がいなければ、上位精霊相手にその子供一人攫うことすらできなかった、という事実はしかし誰も指摘しない。


 この部屋には今、五人の男が顔をそろえている。下級貴族の格好をしたリーダの男と、職人姿の魔術師一人、行商人の姿をしたものが二人、そしてデミエルだ。


「それにしてもあの、精霊縛ってのはすごいもんだな。今回は大して用もなかったが、精霊を閉じ込めることができるってのも嘘じゃねえな、あれは。」


 雰囲気を変えようとしたのか、若い行商人が精霊縛の話題を振る。


 「使ってるのを見て初めてわかったが、ものすごい魔力だぜ。あれに閉じ込められたら、おれなんかじゃ脱出出来る気がしねえ。……あれを作ったのは宮廷魔術師団というより、殆どアストリウス一人だって話だ。魔法具の職人としてもかなり腕が立ちやがるな、あいつは」


 もともと口数が多い男なのか、まくしたてる。実際、精霊縛の能力に興奮してるのだろう。それを諫めるようにリーダーの男が言う。


 「我々は今、そのアストリウスに喧嘩を売ってることを忘れるな。ここからこそ本当の仕事なのだぞ」


 その一言に、若い商人の顔が曇る。宮廷魔術師団を相手に子供を隠し、自らも隠れおおせなければいけないのだ。彼でなくとも、かなり困難な仕事であることは判る。


 「しかし、この後は隠れることと、隠すことに専念すればよいのだろう?子供一人のことだ。なんとでもなろう。それも今日、依頼主が襲撃を成功させるまでの話だ」


 歳をとった商人が応える。彼はこの屋敷周辺に魔法をかけて、外部の人間に注目させないようにしている。商人風の魔術師二人はそういった、人避けの魔術に長けているようだ。

 依頼人は相変わらず、彼らに対して細かな情報を漏らすことはないが、この誘拐が今日行われるエルファシア姫のお披露目パレードに関係していることは明らかだ。そしてさらった娘の父親の強固な警備を揺るがすのが目的なのも少し考えればわかる。


 「アイツが来たぞ」


 剣士が口を開く。屋敷に近づく連絡係の気配をいち早く察知して、仲間に伝えたのだ。人避けの魔法は、人が初めから家を意識している場合は効果がないため、連絡係が見逃してしまう恐れはない。


 「……屋敷の中から人の気配を探るとは、ドルーガの剣士というのは怖いものだのう」


 他のものを代表して、少々呆れ気味に行商人の男が言う。彼のような一定の場所に対して効果を及ぼすような魔法使いであっても、壁を通して人の気配を見分けるなどという事は恐ろしく困難なことなのだ。


 「ドルーガの剣士には当たり前の技だ。」


 こともなげに言うと、席を立つと、連絡係を屋敷内に迎え入れ、リビングまで連れてきた。


 「いや、お見事ですね。これほど首尾よく、あの男の娘をとらえてもらえるとは」


 連絡係の男は、事の成否について一言も問うことなく、成功を知っていることを前提に話を始める。その、さも当然という様子が男たちのいら立ちを誘う。


 「監視していたということか」


 職人が忌々しげにつぶやく。


 「ええ、あなた方の能力を把握したかったので」一拍置いて続ける。「しかし確信しました。あなた方なら、アストリウス卿を町の外に呼び出す仕事も任せられる」


 「そんな話は聞いてないぞ」


 連絡係から突然飛び出した追加の依頼に反駁する。


 「おや?子供を誘拐しただけで済むとはみなさんも思っていなかったでしょう?誘拐したら親に要求を伝える必要があるものですよ。」


 おどけた様な声で続ける。


 「私たちとの仕事は早く終わらせたほうが良いですよ、私など宮廷魔術師に捕まれば、うっかりアストリウス卿の子供がどこにいるかを教えてしまいそうですから」


 見え透いた脅しである。ここで逆らえば宮廷魔術師団をまとめて相手取ることになるかもしれないが、うまくおびき出すならばアストリウス一人を相手にして、最悪でも逃げ切ればいいのだ。


 「依頼内容は最初に伝えるのが仁義ってもんだろうが」


 脅しにひるんだ様子もなく、剣士が口を開く。その表情は応え如何ではその連絡係を切り捨てるような表情が浮かんでいる。


 「金貨百枚というのは、子供一人攫うには高すぎると思いませんか?」


 剣士の表情に少し臆したように腰を引きながらも、報酬の金額を思い出させるように口にする。


 「報酬を払わねえっていうなら、我らの総力を挙げてでも、契約違反の咎を受けてもらうぞ」


 リーダの男がこのとき使った我らというのは、現在の七人の臨時の集団をさすのではなく、リーダーの男が属する、こういった後ろ暗い仕事を引き受ける組織のことを言う。彼らだけではまだ、依頼主の正体を探れないままだが、組織の全力を挙げれば可能だろう。その場合は相手の立場を慮る必要もなくなるのだから。


 「し、しかし、あの男を町の外におびき寄せなければ、あなた方の仕事もいつまでたっても終わりませんよ。」


 少し焦ったように抗弁する。人質は魔術師をおびき寄せるためのもので、目的が果たされなければいつまでも人質の少女を隠し続ける必要があり、そのリスクは増大する。とはいえそれを言うがままに引き受ける訳にもいかない。


 「金貨百枚追加だ。それで受けてやる」


 剣士が無造作に言い放った。


 「ひゃ、百枚ですか?」


 「初めの依頼は子供一人攫って百枚だ。その親に伝えるのだってそれ位が妥当ってもんだろう」


 それで結論だと言わんばかりに剣士が突き放す。


 「……わかりましたよ。百枚、成功報酬でお支払いします」


 如何にも渋々といった風情での応えにリーダーが頷く


 「よろしい、ではどんな手筈でおびき出すつもりだったか聞こうではないか。まさか何も考えてないわけではあるまい?」


 ……話し合いは半時間ほどで終わり、連絡係が少々、憔悴したように立ち上がって口を開く。


 「では、そのような手筈で。くれぐれもお願いしますよ」


 肩を落としたまま、屋敷を出て行った。いつもなら「尾行はなしですよ。まぁ無駄ですけどね」などと捨て台詞を残していくのだが、その元気もないようだ。


 連絡係が出て行き、リーダーが仲間に手筈の確認をしようとしたとき、デミエルが立ち上がって、屋敷を出るそぶりを見せた。


 「尾ける気か?止めておけ。以前も上手くまかれちまったんだ。無駄足になるだけだぞ」


 「屋敷の外で人の気配が一個、見事に消えやがった。その辺の細作じゃあ、これほど見事には消えねえくらいにな。あいつもこれが尾行したなら気付かないかもしれん。追う」


 連絡係りが撒けば問題ない。撒かないなら始末しなければならないだろう。デミエルは、それ以上言わずに屋敷を後にした。


 ──このレベルで気配を消した相手を探すのは厄介だが、あの連絡係の野郎を尾けてるのに絞って探せば、何とかなるだろう。


 デミエルは、連絡係の気配が捕らえらえなくなる寸前で通りに出て、求める相手を見つけた。


 ──ガキじゃねえか。なのになんて技量だ。


 デミエルの目には十二歳くらいのまだ年若い少年が映っている。目には映るのだが、見事な隠形で、気配が殆どないため、見えているのが本物かどうか確信が持てないほどだ。


 ──こいつに尾けさせれば依頼人が分かりそうだな。


 依頼人の屋敷まで案内させて、少年を斬る。少年の素性は判らないが味方ではない。考えにくいが宮廷の密偵ならば依頼者を知られて生かして返すわけにもいかない。……そう考えながら、少年のあとを尾け始めた。連絡係はもう、気配のとらえられる範囲にいない。この後は目だけで少年を追いかけるしかない。


 普段から人通りの多い大通りでは、王女のお披露目パレードの熱気と、人混みで何度も見失いそうになりながら、なんとか尾行する。


 しばらく大回りしたあと、再度上流地区に戻り、ようやく貴族の物らしい屋敷の前で止まった。


 ──こんな近くにいたとは、軽く見られたもんだ


 まだこの場所が依頼人の屋敷とは限らないが、デミエルはほぼ確信していた。しばらくすれば追いかけてきた少年が気配を隠すのをやめるだろう。それが合図代わり。


 ──いまだ。


 少年が気配を戻すのと同時に近づき、無造作に確実に獲物を捕らえて鋭く振られた剣は、しかし驚くことに寸でのところで避けられる。


 「ほほう、これを避けるとは、只の小僧じゃねえな」


 全力で斬ったわけではないが、確実に殺すつもりで振った剣を綺麗に躱されたのだ。


 「……あの体勢から避けるなんざ、いっぱしの剣士でも難しいぜ。……惜しいな」


 ──ここで殺してしまうのが。 


 この瞬間から相手が子供だからと侮ることは止める。外見に惑わされて敵の実力を測れずに死ぬ傭兵やハンターは多いが、ドルーガ剣術からはぐれることを選んだ人間にそんなことは許されない。


 ──確実にしとめる。


 剣を持つ手を中心にプラナを活性化させ、無意識でも使える身体の強化を行う。プラナを筋肉と同じように使うことで、常人の数倍の力を発揮することができるようになる。


 プラナの活性にかかる時間は数瞬、すぐに少年に斬りつける。プラナで筋力を底上げされた踏込からの、目にもとまらぬ斬り下げは、驚いたことに、またも避けられてしまった。


 ──こいつ、ドルーガか?


 デミエルはこれまで何人もの人間を斬ってきたが、自分の剣を躱したのはドルーガの剣士たちだけだ。それも成熟した剣士ばかりで、ただの子供が自分の剣を避けられるはずはないのだ。しかし、少年がプラナを使って身体強化をしている様子はない。


 ──考えても仕方ねえ。こいつを斬ることだけ考えればいい。


 単純に。自分の持てる力を全部ぶつける。見た目は華奢な少年に過ぎない相手を、侮ることを完全に捨て去り、ただ自分の剣をたたきつける。デミエルはある意味非常に純粋な剣士なのかもしれない。ただ、剣を持って目の前の戦いに勝つ。それだけを考える。


 そして、その単純な思考は相手の少年──マークにとって最も厄介だった。叩きつけられた殺気に反応した体がとっさに回避をしたのは良いが、そのためマークは、潜んでいた物陰からは放り出される格好になり、丸腰の状態で剣士と向き合ってるのだ。


 相手の剣を二度三度と危ういところでよけながら、打開する方策を探る。相手の剣の形と体全体で活性化されたプラナをみて考える。


 ──(カタナ)か……。ドルーガの……はぐれ剣士か。厄介だな。


 手に持つ剣と活性化されたプラナは、目の前の剣士がドルーガの剣術を使うことを示している。今、敵の剣士はただ獲物を狩るために剣を振るっているが、マークがあからさまにプラナを活性化して戦えば、それは死にもの狂いでの戦いになるだろう。そして、そうなっては剣を持たないマークには分が悪い。


 それでも何度も避け続けられるのは、相手の剣筋が外連味のない、まっすぐな剣だったからだが、瞬時のプラナの活性を繰り返すことで、十二歳の体の限界を超えて酷使しているからでもある。それでも、徐々に相手の剣はマークの体をとらえ始めていている。


 トクントクンと酷使される心臓の鼓動が大きく頭に響く。


 ──彼らの戦い方は知ってるけど、このままじゃやばいな。体が持たない。それにこちらの強化に気づいていないうちに決めないと。一撃で、やれるか?


 思考を巡らせてる間にも斬撃が迫り、マークの衣服や髪をかする。

 トクトクと早鐘のように響きはじめた心音は意識には上らない。


 ──やるしかない。


 そう、覚悟を決めたマークの左肩に激痛が走る。避けきれなかった相手の剣が肉をえぐった。


 ──いまだ。


 肩の傷など気にも留めぬ様子で、マークの動きが速くなる。初めてマークの肉を抉った剣士にできた本の一瞬の隙。それを見逃すわけには行かなかった。悲鳴を上げ始めている体中の筋肉に活性化したプラナを乗せて無理やりに動かす。


 デミエルの目にはマークの体が輝きを放つように見えたかもしれない。


 マークは瞬時に沈み込み、神速のように見えたデミエルの踏込に倍する速度で、剣士に迫る。


 慌てて剣士が剣を戻して、がら空きになった体を防御をしようとする。


 しかしマークの狙いは相手の体躯ではなく────、


 ぐしゃりと音がする。


 剣士が剣を取り落してくぐもった悲鳴を上げる。


 剣を取り落としたデミエルの手の甲には、拳大の石がめり込んでいた。


 しゃがみこんで石を拾い、懐に飛び込むように見せて、剣を戻した相手の持ち手に叩きつける。無造作に思えるようなその一連の動きは、ドルーガの歴戦の剣士の目にもとまらぬほどの速さで行われたのだ。


 トクトクトクトク────


 マークはデミエルの足元の剣に飛びつく。利き手を潰されたくらいで無力化できるほど甘い相手ではない。武器を奪う必要がある。


 剣に触れた瞬間、マークの腹部に衝撃が走り、大きく飛ばされる。身体強化された足で蹴飛ばされたのだ。


 トクトクトクトクトクトク────


 それでも辛うじて剣を掴んで立ち上がり、正眼に構えて次の攻撃に備える。


 しかし、その時マークが目にしたのは、素早く身をひるがえした敵の剣士が、走り去っていくその背中だった。


 ──助かった。


 正直な思いだった。これ以上は体が持たない。それを知られていれば、たとえ剣を奪っていても勝ちきることは難しかった。


 トクトクトクトクとなる心臓を初めて煩く思いながら、足を引きずるようにして始めに隠れていた物陰にもどって座り込む。


 ──少し休もう……体を酷使し過ぎた……


 まだ囚われてるはずのマーヤのことを気にかけながら、目をつむる。身体強化の技は、習熟するとその肉体の限界を大きく超えて力を出すことができる。だが、それは体中の筋肉という筋肉に大きな負担になる。


 物陰に潜んだマークは、デミエルの気配が遠ざかり戻ってこないことを確認し、安心したように小さく息をついて、背にした板塀に体を預けようとして────、


 ──あれ?


 体は横倒しに倒れて、動けない。そして────、


 トクンと小さく音がして、すぐに静かになった。

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