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肝っ玉お嬢様奮闘記  作者: 相神 透
~ 挿話 ~
15/40

密談

 夜が明けたばかりの東ローランディの下町、傭兵やハンターそして、さして裕福でない行商人などが多く滞在する一角。その中の古びた一軒の宿に彼らは集っていた。 


 「揃ったか」


 薄暗い部屋の中で、一人の男が声を出し、確かめるように周りを見渡す。目の前のテーブルを囲んでいるのは、この男を含めて7人。行商人のような身なりのものや、傭兵風のもの、貴族のような出で立ちのものもいる。それぞれが黙って頷いて、次の言葉を促す。


 「さて、始めるか。今夜が期限だしな」


 下級貴族の出で立ちをした、最初の男が言葉を続けると、割り込む者がいる。


 「俺はこのヤマ、受けるの反対だぜ。なんかきな臭えや」


 まだ若い、行商人風の男だ。


 「何をいまさら。きな臭いのは分かりきった話だ。ふんっ、さては下調べして怖気づいたのか」


 鼻で笑ったように言うのはこちらも若い傭兵風の男だ。顔には他人を小ばかにするような笑顔を貼り付けている。


 「んだと、この。新入りのくせに」


 バンッとテーブルをたたきながら、立ち上がるのを脇に座る男が抑える。同じような行商人の格好をしているがこちらは随分と馴染んでいて、貫録を感じさせる。


 「よさんか、まだ話が始まってもいないうちから争うてどうする。それにだ、我々の間で新入りも何もなかろう。ただ、ことがあれば集まって何も無ければ会いもせぬ。ただ集うものが信用できるかどうか、それのみじゃ。」


 「その通りだ。話を始めるぞ」


 最初の貴族風の男がそれを受けて話をつなぐ。どうやらこの男がリーダーの様だ。


 「まず、依頼人のことは調べがついたか?」


 先ほどの商人風の二人が顔を合わせて、年長の男が応える。


 「どうにも足取りがつかめん。あんたに手紙を渡した子供は何も知らん。話を持ってきた男の素性も掴めん。わかるのはわしの追跡魔法をかわすだけの技術を持ってる連中だということと、たかが子供一人かどわかすのに、金貨100枚も払える奴らだということだけだ」


 「……何もわかってないのと一緒じゃないか。」


 若い傭兵風の男が馬鹿にしたようにつぶやく。商人二人は苦々しげな表情を浮かべるだけで返事をしない。


 「いちいち喧嘩を売るな」


 リーダーの男が睨みつけて叱る。元々依頼者の身元については限定することは諦めていたのでそんなに大きな問題ではない。彼らがガロアにいるときに、子供を使った伝言で集められて、正体不明の相手に依頼内容を聞き、支度金を受け取ってここまで来たのだ。依頼を受けるか否かは、支度金を使って依頼内容の吟味をしてからで良いという条件だった。


 「次は対象の方だ」


 「こちらは簡単だった。有名人だからな」


 答えたのは今まで口をつぐんでいた男で、東ローランディでは珍しい鍛冶職人のような恰好をしている。ゆったりとした動きやすそうな上下に、肘や膝が革で補強されている。


 「住んでるのは東ローランディの西側の上流地区。親はあの、カイル=アストリウスだ。ターゲットはその長女でマーヤ。6歳で金髪、瞳は灰色だ。あれは将来美人になるな」


 「……余計な情報は言わんでいい」


 調子よく続ける鍛冶職人を制したのは町人風の格好をしている男だ。こちらは一見何者かが分かりにくいが、傍らに革製品が多数入った皮袋があることで、革職人だとわかる。この男が鍛冶職人の後に話を続ける。


 「この娘は毎日のように東地区の下町にある治療院に行っている。どうもここで治療の助手をしながら仕事を覚えているようだ」


 「……貴族の娘が、か?」


 リーダーの男が不思議そうに言う。


 「貴族と言っても準男爵だ、娘が継げるわけではない。」


 「あのカイル=アストリウスの娘だぞ、その娘を嫁に欲しがる貴族などいくらでもいるだろう。治療など学んでもどうせ貴族の夫人に納まって使い道などないだろうに」


 なおも不思議そうに言っているのを相手にせず、革職人が言う。


 「その治療院だが、聞いた話を総合するとどうもカイルの母親がやってるらしい。そして毎朝孫を迎えに行ってるんだが、驚くなよ、おれはその治癒術者を見てきたんだが、あれは『北の森の賢者』だ」


 「なんだと!」

 「なんと!」

 「本当か?」

 「そんな馬鹿な」


 口々に驚きの声を発するのを受け流して続ける。


 「ああ、何年か前に北の森で見たことがある。確かだ」


 「森の精霊が加護していて、剣でも魔法でも傷一つ付けられない、それどころか敵意を持って触れることすらできないって聞くぜ」


 「……北の森の賢者相手には生半可なやり方じゃ娘一人とはいえ掻っ攫うのは難しいな」 


 リーダーの男がそうつぶやくのに、鍛冶職人の男がにやりと笑って答える。


 「その辺は、おそらく大丈夫だ。ローランディの王城にはかなり強力な魔術除けの結界が張ってあるから、精霊は近寄らない。東ローランディでも精霊はきちんと喚ばないと来ないようだ。北の森の賢者は精霊に好かれているが精霊術の使い手じゃない。おそらく森の精霊の守護は気にしなくていいだろう」


 「仮定が多いな」


 年配の商人が指摘する。


 「ああ、もちろん賢者の目の前から娘を攫おうなんて思ってはいない。この娘はしょっちゅう独りで町を出歩くことがある。隙は必ず出来るから、なんとでもなる」


 「しかし──」 


 リーダーが軽く手を挙げて話を遮りながら、当惑したような声を出す。


 「──依頼は数日間その娘を攫って、父親から隠し通すことだったな。北の森の賢者と宮廷魔術師を相手にして隠し通せるか?隠し通したとして、そこで娘を返せば追跡から逃れられるか?」


 全員が沈黙し、何かを考えているようだ。そして最初に声を上げたのは、リーダの傍らに座って、今まで無言でいた人物。


 「殺すしかないですね」


 声変わり前の少年の声でいう。リーダの従者のようだ。


 「ここでは殺した時の死体の処理が難しい。荒野ではないのだぞ」


 幾分かたい口調でリーダーが返す。


 「何日かは監禁しておいて、隙を見て町の外に連れて行けばいいのですよ。馬で一日も行けば娘の死体なんて誰も気にしない場所があるでしょう?」


 涼やかな声で、残酷なことを口にする。ファランク王国は治安が良い国だが、それでも都市を離れれば、魔物や獰猛な獣が住む荒野が広がり、人の死体も数日で粗方食い尽くされてしまう。


 「ならば監禁場所はどうする?」


 「依頼人に用意させればどうですか。ことの成否は彼らにもおそらく重要なのでしょうから、それくらいはやらせてもかまわんでしょう」


 「皆、それでかまわんか?」


 「あんたの決定に従うぜ。あのお嬢ちゃんを殺しちまうのはもったいない気がするがな。ガロアの貴族に売ればいい金になりそうなんだが。」


 「おれは良いぜ、あんたが攫えと言った時と場所で攫ってきてやる」


 鍛冶職人と傭兵がそれぞれ答え、他のものもうなずく。


 ……その夜、依頼人が彼らのもとを訪れ、前金を払い監禁場所の確保を約束した。



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