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肝っ玉お嬢様奮闘記  作者: 相神 透
治癒と魔法と
13/40

2-5

 「お待たせしました」


 着替えたマークが戻ってきた。そろそろお説教が辛くなってきていたところで、ちょうどいい。子を心配する親の気持ちは、前世で実体験として知っている分、自分が心配される側に回ると反論も出来ないし、結構つらいのだ。


 着替えてきたマークは、貴族の着る瀟洒しょうしゃな服に身を包んでいた。そういう格好をすると、マークの美しさがますます引き立ち、立ち居振る舞いが大人のようにあか抜けていることと相まってか、まるで男装の麗人──宝塚の舞台を見ているような錯覚をする。このままいくと将来は宮廷で多くの美姫達の心を奪い、争いのもとになるのではないだろうか。いろんな人に恨まれそうだ。まぁまだ十二歳なので、顔の造作などはまだ固まってはいない。ものすごい美少年が、成長につれて男臭い顔になってなんとも中途半端になることもよくあるし。


 などと、少しの間だが場違いなことを考えていた。すると、マークがこちらにその笑顔を向けていった。


 「マーヤさん、治療費を渡したいんだけど、これしか持ち合わせがなくて」


 と言って取り出したのは虹色に輝く硬貨。魔石貨だ。


 「おやまぁ。なんてものを出すんだい」


 スリヤが私の気持ちを代弁してくれた。魔石貨一枚というのは、それほどの大金である。


 この世界での一般的なお金は金貨、銀貨、銅貨だが、それらは基本的にすべて補助貨幣だ。前世でいう金本位制に対比していえば、この世界は魔力本位制になる。各国が発行する一番大きな貨幣は、大きな魔力を使ってマナを凝縮して、それぞれの国で魔法の刻印をつけた魔石貨が一般的だ。魔石貨一枚で一般的な魔術師が一カ月働く程度の魔力が込められている。王都で町人がつつましく暮らすなら二か月は暮らせる金額になる。虹色はファランク王国の魔石貨の特徴だ。


 「お待ちください。魔石貨ですと金額が大きすぎますよ。とてもこちらではおつりがお渡しできません。それに魔石貨ですと、下町では使えません。それですと何かと困るので、お代はまたいずれということで如何でしょうか」


 マークの言葉が慇懃だったので、少し口調を改めて抗弁する。魔石貨なんてもらっても持て余すだけだ。


 「じゃぁ、こうしましょう。このお金はマーヤさんへの前払いです。今後、この対価の分が尽きるまでは無料で治療していただきましょう」


 口調の割に言ってることが強引だが、治療費の払い方自体はそんなにおかしなものではない。ハンターや傭兵は始終怪我をしているものなので、治療費をそのたびに払うことはせず、前払いで一定期間は何回でも治療するといった形にしている。怪我でボロボロになった時は治療費も持っていないことが多い、という事情もあるのだが。ただし、一般的に金貨一枚で四週間程度だ。魔石貨だと四十週分にもなる。それに──


 「前払いについても、祖母の許可がなければ、私の一存ではお受け出来ないです」


 「いえ、前払いはこの治療院にではなく、マーヤさんにお渡ししたいんですよ。先ほどの治療の手際は見事でした。」


 ──またおかしなことを。傭兵たちが前払いで治療費を払うのは、いざというときには切れた腕や脚すら繋いでしまう、治癒魔術があるからで、治癒魔術を使えないわたしにそんな大金払って何をしようというのだ。


 「娘を誑かそうとするのは今すぐ止めていただきたいですね。治療費は不要ですから、私のいないところで娘の前に顔をだすのは今後一切ご遠慮願いたい。いやそれより、今後もけがをするような行動を起こすおつもりですか。」


 父の口調がものすごく冷たい。相手は伯爵家の人なんだけど、意に介してもいない様子だ。なのに、対する十二歳の少年はそれにあっけらかんと応える。


 「殿下をお守りするための行動ですから、少々の怪我など恐れていられませんよ」


 「……あなたの怪我を心配したわけじゃないのですが……ああ、もういいです、うちに向かいましょう。」


 疲れたようにそう言って、話を打ち切った。


 父に追い立てられるようにして治療院を出て辻馬車を探すことになった。


「暗くなってしまったな」


 父は空を見上げてそう言った。父の言うようにすでに日は落ちているのだが、星明りが明るくて、私には然程暗く感じられない。

 この世界では夜空のかなりの大きさを天の川が覆っている。特に天の川は空を殆ど覆っていて、前世で見たものよりも明るさも強いような気がするし、冬でさえも細い天の川が見えるのだ。ただし地球のものの様な大きな月が存在しないため月明かりは期待できない。非常に小さく星と変わらないように見える月は二つあるが、月明かりで明るくなるようなほどではなく、天の川のほうが余程明るい。私は天文学のことはよく分からないが、このことは魔法の存在とともに、ここが少なくとも地球上じゃないことを認識させてくれる。不思議なことに、夜空に満ち欠けする月がないのに、二十八日でひと月という区切りが存在する。その起源は諸説あるようなのだが、我が家の本ではその起源は調べきることが出来なかった。


 治療院の傍で客待ちをしていた辻馬車を拾って我が家へ向かう。みすぼらしくはあるが、車内は清潔にしていて、まずまず快適だ。車内の会話がほとんどないので、座って大人しくしてる以外何もすることがないので、快適かどうかは重要だ。


「それにしても、マーヤさんは六歳とは思えない。しっかりしているというより、大人びてますね。本当に6歳とは思えないですよ」


 沈黙に耐えかねたのか、マークが当たり障りのない話を始める。


 「何を言ってるんですか。私はあなたの六歳のころを知っているのですよ。あなたは六歳で既に大の大人に交じって剣の鍛錬をしていたではないですか。マーヤは妻に似て賢いだけです。あなた程人間離れしてません」


 マークって、一体どんな子供なんだ?にしても父は、私については『母に似て賢い』で納得して受け入れてるのか?


 「子供が遊びで交ぜて貰っていただけですよ」


 マークが謙遜した。


 「その遊びの延長でいろんな所に首を突っ込んで、殿下を狙った暗殺者を退治したのが八歳のころでしたっけ。まぁ、あなたについて心配しても無駄な気がしますが、殿下はあなたが大層お気に入りです。殿下が気を揉むようなまねは止めてもらいたいですね」


 「おっとそうきましたか。……その話は後にしましょうよ」


 褒めるのかと思った父からの厳しい言葉に首をすくめつつ、御者の方を気にして声を小さくする。


 「彼には聞こえはしませんよ。……まあ、いいでしょう。後でじっくり話を聞きます」


……家に着けば、じっくりと話ができるだろうという父の目論見は、しかし、見事に外れた。


 馬車を降りると、玄関では私のことを心配した母がそわそわとしながら待っていた。


 「マーヤちゃん。大丈夫なの?何があったの?お祖母様はどうしたのかしら」


 「お母様。連絡できなくてごめんなさい。ライラは壁の外に行ったんです。」


 「ええ!どういうこと?」


 ──話が長くなりそう。


 少しだけ、電話がないこの世界をのろいたくなった。電話で話していさえすればこんな事になってない気がする。父と辺境にいる祖父をたきつけて、誰でも使える物を作ってもらおうかな。お父様が来たときに、入れ替わりで、スリヤに母への伝言を頼めばよかった。そのスリヤは、さっさと家の中に入っている。最近彼女は私の弟妹がお気に入りで、よく遊び相手をしている。


 「失礼します。アストリウス卿の奥様。マーク=マルケニアと申します。突然で申し訳ないですが、アストリウス卿のお招きをいただきまして、お邪魔することになりました。マーヤさんのお話にもかかわるので、お話は後でゆっくりということにいたしませんか。」


 マークがまたもや助け舟を出してくれた。そちらを見たとたん、母の顔に、ぱっと華やかな笑顔が浮かんだ。


 「あらあら、お客様?え、マルケニアって伯爵様のご子息様?まぁなんてかわいい方なんでしょう!いやだわ、あらまぁ、お入りください」


 ──お母様、混乱して地が出てますよ。マークは貴族風の対応を求めるようなタイプじゃなさそうだから問題はないですけど。


 マークは花も恥らうような笑みを浮かべて会釈する。


 「ありがとうございます。それではお邪魔します」


 礼儀正しくかわいらしい客に食事を振舞って、ご機嫌な母の気分を害するのが嫌だったのか、食事中は父からマークへの質問というか詰問はなく、礼儀正しく食事を褒めるマークや、にぎやかに食事をする双子の弟妹、サイリースとシェイラの相手をしながら平和な時間が過ぎた。


 「マーヤさんは六歳で見事な魔法を使うんですね。さすがはアストリウス卿のご息女。それにしても魔法で行う衣服の乾燥というのはもっと時間のかかるものだと思っていました。私は、干すよりも早く乾燥できる魔法なんてほかでは見たことがないです」


 魔法の話はあまり触れてほしくなかった。わたしは父から正式には魔法を学んでいないのだ。


 「あれ、マーヤちゃん、そんな魔法使えるの?あなた、そんなの教えた?」


 母は私の魔法は初歩レベルだと思っている。私が父の蔵書を読んである程度の知識を得ていることは知っているが、子供の手慰み程度だと思っているはずだ。しかし私がよく使う、風の魔法と火の魔法を組み合わせでものを乾燥させるような複合魔法は、かなり高度な魔法に分類されるらしい。


 「いや、私も始めてみた魔法だった。マーヤのオリジナルなんじゃないかな?」


 父の態度は淡々としたものだったので、素直に頷く。オリジナル魔法を娘が使っても驚いてないのが不思議だ。


 「はい、風と火の魔法を組み合わせて適度な熱風を服に当てる魔法です。マナの消費を抑えるために風を渦にしました」


 父が嬉しそうにうなずく。


 「うん。マーヤが我が家の魔法の基本知識を身に着けてるのはわかっていたよ。お前はサーヤによく似て本当に賢い。あとは発想だからね。あれは水の魔法も使ってただろう?」


 ──さすが宮廷魔術師。


 「はい、さっきは急いでたので、衣服から水分を取り出すのに水の魔法も混ぜてみました。あんまりうまくいかなかった感じですけど」


 そう答えた途端、なんだか食卓が沈黙に包まれた。


 ──なんかおかしなことを言っちゃったのかな……


 父は満足そうに頷いているだけだが、母もマークも呆気にとられたような顔をしている。


 「……驚いたな、六歳でオリジナル魔法ですか。しかも三種類の組合せ魔法なんて……今からでも宮廷魔術師になれそうですね」


 なんか変な雲行きだ。私は治癒者になるつもりなのだ。父は一代限りの準男爵で、私や母には貴族の義務はない。王宮で偉い人のご機嫌をとるなら、その間に一人でも多くの人の怪我や病気を治したい。


 「マーヤちゃんすごいわ!その魔法教えて!私にも使える?」


 ──お母様、そちらですか。


 母は衣服が速く乾くことのほうが重要なのかもしれない。常駐の使用人がいない我が家では家事のほとんどが母に掛かっている。さすがに忙しいのだろう。たまには弟妹の子守をやってあげようと思う。


 「お母様は風と水が得意なんですよね?組み合わせればできると思いますけど……。お父様、お母様に作ってあげてもらえないですか? 私の魔力だと水だけは無理です」


 私の魔力は父や母に比べて小さいので、三つ使わないといけなかったが、母なら風や水だけでもできるかもしれない。ただ、私にはそのほうが難しい気がするので、父に任せたい。それに私は乾燥の魔法を極めるよりも、まだ使うきっかけすらないが治癒魔術を使えるようになりたい。


 「マーヤはまだ六歳だからね。それでもかなり大きな魔力なんだけどね。これから大きくなっていくよ」


 ──あれ?


 「お父様、魔力って増えるんですか?」


 「え?ああ、もちろん使っていれば増えるよ。」


 てっきり魔力は変わらないものだと思っていた。私はマナを知覚できるし、いろいろ試して、知覚できる範囲のマナから得られる力の、かなり上限を使っていると思っていたのだが。


 「知覚できるマナがどんどん増えていくのよ。私も結婚してから知ったの」


 「ああ、魔術師として教育を受ければ知ってるもんだが、ちょっとマーヤの知識は偏ってるかな。」


 母と父が説明してくれた。魔術を習いたての頃は、知覚しやすいマナしか知覚できないが、使い続けることで知覚しにくいマナも見えてくるらしい。そうなると使える魔力が何倍にもなるのだ。


 「プラナも?」


 一番気になることを聞いてみた。プラナが見えるなら私が治癒術者になるのに障害はなくなる。


 ……途端に父の歯切れが悪くなる。


 「プラナについては、よくわからないことが多いんだ。」


 「プラナに関しての情報って治癒者が口伝で伝えるものと神殿の秘術くらいしかありませんからね。」


 マークが口をはさんだ。


 「でも、プラナも鍛えれば見えるようになるはずですよ。神官全員が治癒者の能力持ってるわけじゃないですけど、神殿の除霊術ってプラナ使わないといけないはずですし。」


 「本当に!?私にも見えるようになる?」


 「ええ、自分の体内のプラナを操れるのに見えないっていうのは珍しいと思いますが、たぶん大丈夫ですよ」


 「ほう、それはすごい。」


 父が感心したように言うのだが、また口調が冷たい。


 「それはわたしも知らなかった話だ。神殿の秘儀だと思うのですが、なぜご存じなのか、ゆっくり話を聞かせていただいていいでしょうか」


 ……父に根掘り葉掘り聞かれ、マークは神殿に忍び込んだ話やら何やらを目を白黒させながら白状し始めた。それを尻目に見ながら、私は母に連れられて寝室に向かった。そして上機嫌のまま眠りについた。


 ──明日からはもっと真剣にプラナを整える練習をしよう。




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