~転生~
……もう、死ぬ覚悟は出来ていた。長い間、病院のベッドに縛り付けられているのだ。病室の窓から見える季節はすでに一巡し、二回目の秋を迎えようとしている。何か月も前に、自分の病気が不治のものであることも、進行し続けていることも説明を受けている。だからもう、死ぬことは怖くはない。いや、怖くないと思っていた。
自分だけのことならば充分生きたといえるかもしれない。平均寿命にはまだまだあるとはいえ五十年も生きて、看護師として働き、そして医師の夫と結婚し二人のこどもにも恵まれた。夫と二人で多くの命を救ったし多くの命を見送った。充実した人生だったと思う。ただ、この子たちを残していくことだけが心残りだけれども、二人とももう成人しているのだ、私が子離れできていないだけなのかもしれない。
ただ、それでもまだ生きたい、生き続けたい。夫や子どもと一緒の時間を過ごしたい。笑い合いたい。抱き合いたい。そう願ってしまう。願っても叶わないし、願うだけつらくなるだけなのに。
ああ、そろそろ終わりだ。体から力が抜けていくのがわかる。呼びかける家族の声が遠くなる。ああ、最後くらいは笑いかけてほしい。笑顔を見せほしい。私も笑顔で、逝くから、笑顔を覚えておいてほしいから。さようなら子供たち、さようならあなた、さようなら……
「ご臨終です」
医師のその声は、私には届かなかった。
◆ ◆
目が、覚めた。覚めるはずがないのに。ゆっくり開いた眼には白く柔らかな光が差し込んでくる。生き、てる、のか。まだ生きられるのだろうか。また、笑いあえるのだろうか。狂おしい希望が胸に湧き、感情がほとばしる。衝動的に声を張り上げた。
「おぎゃぁ、おぎゃぁ、ぎゃああああああ」
私の喉からでたのは赤ん坊の泣き声。
……そのあと、私が事態を把握し、納得するまでにはしばらくの時間が必要だった。