ああ、愛しき幼馴染
奇妙な人間と学園生活。
どうぞ楽しめたら幸いです。
5月の中ごろ。新天地である学園生活にも慣れ始め、ノートを見せ合うだけの友と呼べる存在もでき、親元を離れ1室を4人で分け合う鮨詰め状態の寮生活にも互いに足を踏みつけながら楽しくやっている。
貴重な青春時代をやんごとなしに謳歌する予定の我が学園は、高校、大学を合わせた7年制一環となっており、最初の2年間を初等部、次の2年間を中等部、次の2年間を高等部、最後の1年を就学部と名を代え、大きく分割される。
さらに細分化の為に初等部1学年生、初等部2学年生といった具合に階級が与えられる。学園内は無数の有象無象を押し込める為の学生寮が3棟あり、私のように親元を離れて勉学に勤しむ学徒を収容している。
本校はA棟、B棟、C棟、D棟あり、直列繋ぎのように各棟各階に連絡橋が架かっている。
生徒数だけは多いので学園は独自の法律が存在している。法学部の連中が管轄し、警備部の連中が暴挙を振るい、法学部の下僕と化した弁護部がしゃしゃり出てくる。
いつからか部活動対サークルという図式が構成され、果ては法学部に対抗する為に、現在のサークル派トップの力を持つカウンシルサークルなるものまで設立されたらしい。
警備部と日夜スズメの喧嘩のような舌戦に明け暮れている。
だが実質の支配権は生徒会が仕切っているので、めいめい遊び半分。真面目にふざけている。そんな生徒会、部活動、サークルの3大勢力が渦巻く学園なのだ。
ふと哀れな幼馴染のことを思い出す、筋トレサークルの連中に針金細工の様な華奢な体心配され、否応なしに筋トレ参加させられている。所詮軟派サークルなので体のいいパシリとして可愛がられている姿を見るのは落涙ものだ。
社会に出る前から奴隷階級を与えられた我が愛しき小間使い。筋肉悪鬼共に比べれば私の用事など容易いものだ。
そういえば、私の頼んだパンはいつ届けてくれるのだろう。
本日の授業も終わり、惰眠を貪る為にサークルに出向くことにした。
「矢部にも用があるしな」独り言を呟く。矢部とは私の唯一無二の幼馴染だ。
入学して間もなく、矢部とどのサークルまたは部活動に励もうかと思案しあったが、互いに明瞭な答えは出ず、生徒会が製作した紹介誌を流し見るだけで時間が過ぎていった。
私が大欠伸をしていると、矢部がパラパラと捲っていた私の手を掴み、ページの一角を指で指した。「これなんだろうね、愛ちゃん」矢部が口を開いた。
そこには、一際目立たない場所に『子空のやうに』と書かれていた。
『子空のやうに』
生徒会傘下 独立型基本的不干渉組織
部員 3名
活動内容 社会奉仕
部長の一言 どなたでも歓迎です。他サークル、部活動と掛け持ち可。
以上
「胡散臭せえ…」私が怪訝な顔をしていると「僕、ちょっと興味あるかも」矢部が小学生の頃から変わらない無垢な顔で言う。矢部が興味を持つものは、私にとっては、筋トレサークルの筋肉談義ほどにどうでもいい。
「愛ちゃんも見学してみない?」
「いやだ、私はまた陸上部にでも入るよ」なぜ私が矢部に合わせねばならないのか、男ならビリシと鶴の一声を上げるが如く、私が惚れてしまうような男気を見せ付けて欲しいものだ。しかし、私が矢部より先にこの珍妙な組織に所属したらどんな顔をするだろうか、それには興味がある。
翌日、私は信願書を2枚生徒会に提出した、生徒会の連中は「ああ、あそこね――まあ色物しかいないね。お大事に」と私の安否を気遣ってくれた。そんなにヤバイものなのか、私は世界の闇に手を染めようとしているのか。そもそも生徒会の管轄ではないのか。そうして『子空のやうに』とかいう正体不明の組織に身をおくことになった。掛け持ち可と書かれていたので陸上部にも入った。
生徒会室から出る時に矢部に会った。
「おう、矢部。入る場所でも決まったか」
「うん、ボランティアサークルと電子工学部に入ろうかと思って。愛ちゃんは陸上部?」
「ああ、それとあの妙な組織にね!」
その時の矢部の顔のみょうちくりんさは筆舌し難いほどに滑稽だった。私はその場で高笑いをしながら矢部の肩を叩き去っていった。さながら映画のワンシーンのようだっただろう。
その日の放課後、私は『子空のやうに』の部室で部長の説明を聴きながらお茶を飲んでいた。そして、私の隣には顔を真っ赤にした矢部が座っていた。様々な感情が入り混じっているのだろう。私はまた高笑いをするのであった。それが4月の下旬の話。
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