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赤い誘惑  作者: 七七日
9/9

赤い誘惑

どうすればいい?

 透は空を見上げそう呟いた。

 近頃の巳世は常に暗く俯いている。話しかけても、うんとか、すんとか気のない平治しか返さなかった。放っておくといつの間にか消えてしまいそうで透はいつもに増して巳世に気を配っていた。

「おい、近頃の神並巳世の様子なんかおかしくないか?」

 気付くと横に辰哉が立っていた。

「ああ、そうだな」

「何か知らないのか?」

「ああ、残念ながら。そんなに心配か?」

「悪いかよ」

「いや」

 巳世の都内理にいるのが自分ではなく、こいつだったなら良い解決策が浮かんだだろうか、こんなに心配してることだからきっと、もっと巳世のことを思いやってやっただろうな。そんな、少し自虐的なことを透は思った。

「冷静なんだな……、明らかに様子がおかしいだろ。親しいんなら少しは心配してやれよ」

 辰哉は冷ややかにそう言い放った。

「心配してるさ! ……どうしようもないんだよ」

 辰哉の言葉が癇に障った透は思わず感情をさらけ出してしまった。

「……そうか」

 辰哉はそう言ってばつが悪そうにその場をさった。

 透はまるで未来が見えなかった。一年後、一週間後、明日のビジョンすらまともに描くことができなくなっていた。細い綱渡りの様な毎日に疲弊しきっていた。それでも巳世を見話す気になるはずもなく。常に何か手はないかと模索していた。


               ■


 二人は透の部屋にいた。

 ただ、何をするでもなく思い思いに過ごしている。巳世は部屋に置いてあった雑誌を適当に読み飛ばしている。透はネットをしていた。その二人の様子はまるで倦怠期のカップルのようだった。

「ちょっとお手洗い借りるね」

「ああ」

 巳世は立ち上がり部屋を出た。

 透は何気なく巳世の鞄の中を遠目に覗いた。すると見慣れない棒状のものが目に入り、気になって思わず手を伸ばした。

「これは……」

 手にとったそれは匕首だった。よくテレビなんかでヤクザなんかが良く使用しているものに類似していた。刀身は鋭い銀色に輝いていた。

 なぜ、巳世の鞄の中にこんなものが?

 透は疑問に思った。

「あ……」

 タイミング悪く、巳世が返ってきた。そして「みつかっちゃった」と悪びれる様子もなく言った。

「どうしたんだ? これ?」

「……春の通り魔事件のとき、私が襲われたものだよ。こっそり隠し持ってたの」

「なんでまた……」

「今までは部屋の引き出しの中にしまっておいたんだけど、最近は持ち歩くのが癖になって」

「物騒だな」

「ねえ?」

 巳世は透の腕からゆっくりと匕首を抜きとるとそう言った。

「ん?」

「もし、どうしようもなく耐えられなくなったとき。私はこの切っ先を誰に向けたらいいと思う? 君に? 無関係な通行人に? それとも、私に?」

 巳世はそう言って首筋に匕首をあてがった。

 透は気休めの言葉もかけることもできずただ押し黙っているだけだった。



               ■


 その日の最後の授業は体育だった。

 男子は教室で着替え、女子には専用の更衣室がある。

 男子が着替え終わった後のむさ苦しく、汗臭い教室の中へ大抵の女子は顔を顰めながら入ってくる。

 ほとんどの女子は教室に鞄など荷物を取ってすぐに帰り支度を始めた。男子も帰り支度を始め三々五々に教室を出ていった。

――あれ?

 いつまでたっても巳世が教室に現れないことに透は疑問を抱いた。

 透は思い切って近くにいた女生徒に巳世のことを尋ねた。

「え? 神並さん? 確か一番早く着替えて出て言ったと思うけど」

 その女生徒は普段は成さない透に話しかけて少し戸惑っていた。

 巳世の机の横にいつもかかっている鞄がないことに今更ながらに気付いた。

「ありがと」

 そう言って透は教室を駆けだした。

 真っ先に向かったのが巳世の家。チャイムを押すが応答はなく家の中には気配がない。そういえば両親は共働きだと巳世が以前言っていたことを透は思い出した。

 他に巳世が立ち寄りそうなところ――図書館、TSUTAYA、喫茶店、など共に行った事のあるところを順に回ってみた。しかし何処にも巳世の姿は見当たらなかった。

 透は公園のベンチに腰を下ろした。

 走りまわったせいで、息は乱れ、汗をかき制服が張りついて気持ち悪かった。

 日が傾きかけあたりは闇に染まりだそうとしていた。

「くそっ!」

 透は嫌や予感を拭い去ることができなかった。巳世のあの衝動は最近とくにスパンが短くなっていた。そして以前は一回刺しただけでなんとかおさまっていた衝動も三ないし四回ほど刺さなければ最近は収まらなくなっていた。

 取り敢えずもう一度巳世の家に言ってみよう、そう思って透は重い腰を上げた。

 普段あまり運動していないせいか足がもうぱんぱんだった。もはや走ることはできず半ば足を引きずる語りで歩いた。

「あ……」

 途中、同じ制服の女生徒が歩いているのが見えた。そしてそれは見慣れた背中だった。

「おー――」

 透が声を掛けようとしたときその女生徒の右手に見慣れないものが見えた。銀色に光るナイフのようなもの。透は見覚えがあった。以前巳世の鞄の中に入っていた匕首――。

「おいっ! そんなもん持って何やってんだ」

 透急いで駆けよってそう言った。

「あ……」巳世は虚ろな目で透を見上げて言った。「わかんないよ。気付いたら手に持ってて、頭の中の声が甘い声で誘惑するの。もう私は抗えそうにない」

「あの衝動が?」

「うん。赤い誘惑が私を誘う」

 ――ぽたっ。

 何かが滴り落ちる音。

 暗くて分からなかったが、良く見ると巳世の左腕から血が滴り落ちていた。右手に持ったナイフの切っ先も赤く染まっている。

「もう駄目だよ。誰かを殺すか、私を殺すかしないとこの誘惑は鳴りやまない? ねえ、どうしたらいい?」

 透は苦悶の表情を浮かべた。

「僕を――」

「無理だよ」

 言いかけた透の言葉を巳世は遮った。

「例え親を殺そうとも君だけは殺せない。そうする前に、私は私を殺すから」

「じゃあ、誰かを殺せ。僕が殺したことにするから」

 透はそのとき、目の前の少女のためなら人生を棒に振ってもいいと思った。

「ダメだよ。これ以上君を巻き込みたくない。」巳世は荒い呼吸のまま言った。「だから、お願い、私を殺して……、ううん。ごめん、やっぱなし。君の手を汚すわけにはいかない。だから――」

「まてっ!」

 透が止める間もなく巳世は匕首を自分の胸部へ突き刺した。

「くそっ! 救急車……」

 携帯電話は鞄の中で動きづらいからと途中家に置いてきたのだった。

「だれかっ!」

 タイミング良く角を曲がる人影が見えた。

「頼む! 救急車を呼んでくれ!」

 透はその人影に向かって叫んだ。

「お前……、それに神並、って血だらけじゃないか! どうしたんだ?」

 その人影は辰哉だった。部活帰りなのか柔道着を担いでいた。

「いいから早く!」

「お、おう」

 程なくして救急車が到着した。

 救急車の中へ運ばれる巳世を透と辰哉は呆然と見送った。それはドラマのワンシーンを見ているようでなんだか現実味がなかった。

 

               ■


 白い囲まれた病室の個室。その中にある白いベットの上に巳世は静かに目を閉じて横たわっていた。

 なんとか一命を取り留めたが意識が戻らず三日が立った。面会謝絶がとかれたその日に透はお見舞いに巳世の病室を訪れていた。

 透は病室に入って数分後、不意に扉が開き誰かが入ってきた。

「よう」

 か着くそう言って入ってきたのは辰哉だった。

「……よう」

 透は生気のない声でそう返した。

「さて」辰哉が透の横にあった丸椅子にすわって言った。「話してもらおうか」

 今回のことを警察には通り魔に刺されたということにした。春にも事件があったせいで以外にも警察はすんなりと信じてくれた。

 しかし辰哉はそれを信じなかった。だから透は辰哉になら良いかと思い話し始めた。

「まず、春の通り魔事件は覚えているだろ――」

 数ヶ月前に遡り、透はゆっくりと語り始めた。最初は半信半疑で聞いている風だった辰哉も透が腕の傷を見せた時は息をのみ、真剣に耳を傾けるようになった。

 たっぷり一時間ほどかけて透は全てを話し終えた。

「そうか……」

 そういったきり、次の言葉が出てこなかった。

 やがて辰哉は「じゃあな」と言って病室を出て言った。

 一人になり、透は願った。

 巳世の目が覚めたとき巳世のなかにある赤い誘惑が消え去っていることに。

 そしてこれからは何処にでも溢れる普通のカップルのように日々を過ごせるようにと。




――殺したい。


見切り発車で始めたこの作品ですがなんとか終わらせることができました。

途中読みづらい部分など多かったと思いますが最後まで読んでくださった方々、ありがとうございます>_<

感想などいただけたら幸いです^^

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