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赤い誘惑  作者: 七七日
2/9

剣道部

授業中、興味の欠片もない物理の授業に集中できるわけもなく、透は隣に座る神並巳世について思考を廻らせていた。

(あ、そうだ)

 透はふと思い出した。

 あれはいつだったか、去年の夏休みが始まる前か、終わった後か、冬休みが始まる前か、終わった後かは忘れたけれど。とにかく学校生活に一区切りをつける式があったときのことだ。

 彼女、神並巳世は壇上に上がらされて何やら表彰されていた。

 この学校は勉強がすごいというわけでもなく、部活動が盛んというわけでもなかった。野球もサッカーもバスケも、大抵二回戦、三回戦で敗退していた。文化部もぱっとした活動をしているものはない。

 こんなぱっとしない学校で誰かが表彰されるなんてことは珍しかった。

 確か、神並巳世は剣道部に所属していて、個人戦で全国までいったとかどうとか。なんせ少々昔のことなので具には覚えていなかった。

 透はそのことを辰哉が語った通り魔事件の『ナイフ』という単語によって思い出した。

 ふと隣を盗み見た。

 真っ直ぐで綺麗な長い黒髪。切れ長の目、整った鼻梁。姿勢よく座っている。真面目にノートを取っている。字は角ばっているが綺麗だった。

 透は一瞬彼女に見蕩れていた。

 視線に気づいたのか巳世はこちらに視線を移した。一瞬目があったが透は決まりが悪くてすぐに視線をそらした。

 透は誤魔化すようにノートにペンを走らせた。

 しかし黒板には教科書に書いてあることをただ版書しているだけだった。ドップラー効果の公式を移していた透の右手は次に奇怪な芸術を描き始めた。


               ■


「購買いこうぜ」

 昼休み、辰哉が馴れ馴れしくそう言ってきた。弁当がなく、断る理由も特に思いつかなかったので共に行くことにした。

「さてどこまで話したか。何故彼女が通り魔を返り討ちにするような芸当ができたか、それを訊きたかったんだっけ?」

「ああ、剣道がすごいんだろ」

「なんだ、知ってたのか」

「さっき思い出した」

「……俺の名前は思い出せなかったくせに」

 購買についた。辰哉はお茶とおにぎりを、透は缶コーヒーと菓子パンを買った。

「神並はさ、いつも一人でいて、あまり喋らないだろ」

「まだ見知って間もないからなんともいえない」

 二人は外に出て座れる場所を適当に見つけ、そこに腰を落ち着かせて食事を取りつつ話をしていた。

「そうなんだよ。何せ入学した当初から俺は神並を知っているからな」

「ふーん」

「俺のやってる部活は知ってるか?」

「もちろん。知らん」

「……だろうな。こう見えて俺は柔道部だ」

 こいつは自分を他人がどういう風に見てると思ってるんだ? と透は思った。

「それでか」

 この学校には道場は一つ。その中に柔道場と剣道場が仕切りもなく並んでいる。

 入学当初――正確には部活動が始まってから、それぞれの部活動は違えど同じ道場内なので辰哉は巳世のことを知っていたのだろう。

「神並は美人で女子にしては背も高いほうだから人目を引くと思う。だが俺は違うところに惹かれた。剣道素人の俺にもわかるぐらい、剣道をしているときのあいつの動きはほかの奴とは明らかに違っていて、それは惚れ惚れするような動きだった」 

「ふーん」

「惚れた。好きになった。告白した」

「へー」

「お前なあ! もう少しリアクションとってくれてもいいだろう。飲んでいる缶コーヒーを吹きこぼすとか」

 辰哉は自分のお茶で大げさにジェスチャーしてみせた。

「で、結果は?」

「……二つ返事で振られたさ」

 そのときを思い出したのか辰哉はしんみりとそう言った。

「Don’t mind」

 透は感情をまったく込めず慰めた。

「しかし、実際に俺みたいに神並のことを気にかけてる奴は少なくないと思うぜ。だけどいかんせん神並にはどこか近づきがたい雰囲気があるだろ? そんな中面と向かって告白したのはたぶん俺一人だ」

 辰哉は自慢げに言った。

「えーと、なんの話だっけ?」

「ほんの昔話さ」

「あっそ」


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