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赤い誘惑  作者: 七七日
1/9

春の通り魔事件

新学期が始まった。 

 透は教室に入ってすぐに今までの新学期とは違う雰囲気に気がついた。

 普通、新学期と言えばクラス替えが行われ、クラスの中で顔を知る者はごくわずか。そのごくわずかの顔見知りでも親しい者とは限らない。

 よって新学期の教室と言えばどこか居心地が悪い、静かな感じである。透は今までの学校生活の経験上そう決めつけていた。

 しかし、どうだ。

 教室に入って真っ先に感じたのはその喧しさだ。しんみりと言う雰囲気とはかけ離れていてなんとも騒騒しい。

 なんだ、なんだ?

 ホームルーム開始直前に登校してきた透には今一この教室の状況が飲み込めないでいた。

 取り残されたような孤独を感じながらも黒板に貼りだされている座席表から自分の名前の『北城透』を探しだし、その席へと向かった。

 透の席は一番前の席だった。新学期から嫌な気分になったが窓際の席なのが救いだった。

 ほとんどの生徒が立ちあがって輪を作り騒がしい雑談に興じている中、透は大人しく席に座り待つことにした。

 ふと視線を横に移すと横に座る生徒も透と同じく大人しく席に座っていることに気がついた。

 教室をぐるりと見回すと席についているのは透とその女生徒だけだった。

 透は髪が長く、落ち着いた雰囲気のその女生徒に妙な親近感を覚えた。

 やがて担任の教師が来て、皆も大人しく席に着いた。


               ■


 初日の学校なんてものは大抵何処も一緒だろう。

 まず、最初のホームルームでは特に何もせず、担任教師の自己紹介を軽くしてすぐに体育館に連行される。そして新任教師やらの紹介や、校長先生の長ったらしい話に付き合わされ最後に吹奏楽部演奏による校歌斉唱で始業式は幕を閉じる。

 教室に戻るとまずさせられるのが自己紹介だが、一回の自己紹介で約四十人いるクラスメートを全て覚えることなどできない。大抵一カ月ぐらいかけてゆっくりと顔と名前を一致させていくことになる。

 その次は委員会や、委員長などの選出が始まることだろう。内申は良くなるらしいが、極力面倒なことはしたくない。

 そうこう思っているうちに早速自己紹介が始まっていた。

 出席番号順に始まっているので透の出番は八番だった。

 この自己紹介と言う奴も大抵、皆一緒の様な事を言う。名前、出身中学、やっている部活動、趣味、等々。高校二年生になったので出身中学は言うかどうか微妙なところだ。

 いつの間にか順番がとなりの女生徒に移っていた。

「神並巳世です。剣道部です」

 彼女は短くそう言って席に着いた。と、同時に教室内の空気が変わり、何やら朝の状態みたいにざわつき始めた。

「北城透。帰宅部です」

 ざわつきが収まらぬ間に、透も巳世に勝る早さで自己紹介を済ました。おそらく聴いていた生徒はほぼ皆無だろう。

「こら、静かにしなさい」

 次の生徒に移る前に教師が教室を宥めた。

 いったいなんだったんだ、今のざわめきは?

 明らかに彼女の自己紹介が引き金になったように思うが、当の本人は差して気にしたふうでもなく平然としている。


               ■


 面倒な委員長になることも、何やら委員会に選ばれることも無く、無事にロングホームルームを終えた。

 今日はこれで終わり。本格的な授業が始まるのは明日から。

 今日はもう学校は終わったというのに教室を出る者は少なかった。朝の状態と同じ様にざわざわと、ただ朝とちょっと違うのは密やかな声で話をしている。

 透はなるべくゆっくり歩いて教室の出口に向かい、その間に話を聞き取ろうとした。

「ねえ、あの子でしょ」

「うん、あの通り魔事件の」

「神並巳世って新聞にもちょっと載ってたよね」

「すごいよねー」

「でもちょっと怖いね」

「そうだよねー」

「だって、殺したんでしょ?」

 なにやら物騒な会話だった。

 通り魔事件、殺した、どれも何のことか分からなかったが、神並巳世という名前は僅かに記憶にあった。それは今さっき自己紹介で聞いたから、と言う間抜けな理由ではなく、以前にも何処かでその名前を聞いたことがあることを今思い出した。

 彼女達の会話が少し気になったが、「ねえ、何があったの?」と話に割って入って訊くような性格でもないし、そこまでして知りたいことでもなかった。

 教室を出て歩いているうちに既に興味は薄れていった。


               ■


「よう、おはよ」

 朝、学校の校門を抜けると見知らぬ男子生徒が声をかけてきた。

「……おはよ」

 無視するのは悪いと思ったので取り敢えず挨拶は返した。

「まったく、相変わらずテンション低いというか、冷めてる、というか……。今年もそんな感じかよ」

 その男子生徒は屈託なく笑いながら馴れ馴れしく話しかけてくる。

「はあ。まあ、そんな感じで」

「あれ、もしかして俺のこと覚えてない?」

 透の言動が余りに警戒を含んでいたためか男子生徒は顔をしかめながらそう言った。

「あ、同じクラス? ごめん、一日じゃ全員は覚えられなくて――」

「去年もだよ!」

(あれ? そうだっけ?)

 透の記憶には目の前の男子生徒の記憶があまりなかった。

 元々あまりクラスメートとは関わらず過ごしてきたため、クラスメート一人一人の印象はかなり薄かった。それでも毎日顔を突き合わせていれば顔と名前ぐらいは何とか覚えていたのだが、春休みと言う少し長い休みを挟んだため覚えている人数は半数以下に減っていた。

「いや、ごめん。春休み長かったから」

「二週間も無かっただろ」

「内容の濃い春休みだったから」

 透は何処までも言い訳をした。

「まあいいさ。それより北城、お前、すごいやつの隣の席になったな」

「……すごいやつ? 神並巳世が?」

「そうだよ」

 その男子生徒は、何言ってんのこいつ? とでも言いたげな口調で、まるで透の方がおかしいかのような言い方だった。

「それで、何がすごいの?」

「え、本当に知らないのかよ。どれだけアンセンセーショナルな奴だよ。わかったよ、世間知らずのお前に位置から説明してやるよ」

 教室に着いたにもかかわらずその男子生徒は透のそばから離れず話し続けた。

「まず、春休みに起きた通り魔事件のことは知ってるな。……おっと、此処じゃ話しにくい。俺の席へ来い」

 教室に巳世が入ってくると男子生徒はそう言って対角線上にある一番後ろの廊下側の席へと透を連れ立った。

「で、春休みに起きた通り魔事件は知ってるな?」

「……いや」

「でだ、神並巳世はその事件の……え? 知らないのかよ! なんでだよ! 昨日だってクラスであんなに騒がれてただろうか」

 いちいち大きな声で、オーバーなリアクションをする男子生徒を透はうざったく思った。

「春休みの出来事?」

「そうだよ」

「あー俺、春休みはこの町にいなかったから」

「どこいってたんだ? 旅行か?」

「親戚の酒屋で毎日バイト」

「バイトは校則で禁止されています。……俺も一時期やっていたけど、じゃなくて」

 男子生徒はそう言って自分の話を食い止め「まあいい、差そこから説明してやる」と言って仕切り直して話を続けた。

「春休みが終わる直前のことだ。この町で通り魔事件が起きた。この町はいたって平和でそんな物騒な事件なんてここんとこ最近起きてなかったからそれだけで話題になった。そして通り魔事件の被害者と言うのが北城の隣の席に現在座っている神並巳世だ。ここからがすごいんだ。なぜいま神並巳世が無事に座っているかと言うと、通り魔を撃退したからだ。襲われた凶器はナイフだったらしいが、振り下ろされたナイフをさらりと受け流し、さらには奪い取り、そしてそのナイフで通り魔を刺したらしい。まあ、いきなり襲われればだれだってパニックになるからな、刺してしまったのは無意識だったんじゃないかと俺は思う。ただ、こう言う芸当ができるのは神並巳世だからこそ頷けることだ。もし他の生徒だったなら通り魔に無残にやられていたんじゃないか」

「どういう意味?」

「なにが?」

「最後の、こう言う芸当が――の所」

「……はあ、だから神並巳世はなあ」

 そのとき担任教師が廊下を歩いてくるのが見えた。

「おっと、話はまたあとでだ」

「あ、最後に一つ」

「なんだ?」

「名前なんだっけ?」

「上島辰哉だ!」

 その男子生徒はそう名乗った。


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