悪役サメ令嬢サロメvsシナナイ王国のイーケメン王子
「サロメ=フカシャーク令嬢。君との婚約を破棄する!」
絢爛たる舞踏会の中心で、シナナイ王国の王子・イーケメンが告げる。
たった今婚約を破棄されたのは、名門フカシャーク家の令嬢にしてサメ使いとして名高いサロメだ。若干十八歳の美貌をしかめ、青い瞳を怒りに震わせるも、口元を扇で覆って「なぜですか」と静かに問う。
「私に何か、婚約を破棄するほどの落ち度が?」
「君の悪行の数々は私の耳にも届いている」
イーケメンは金髪碧眼の麗しい美貌を歪め、サロメの数々の悪行をあげつらった。
「学園の中庭へホオジロザメを放ち、散歩させ、生徒たちを怯えさせただろう! さらに気に食わない生徒へシュモクザメの大群を放ち、追い払ったそうじゃないか! これを悪行と言わずなんと言う」
「私のかわいいサメたちはいたずらに人を傷つけなどしませんわ。サメの散歩の権利を尊重してくださいまし」
「いや普通に怖いだろうが!」
サロメはふてぶてしく唇を尖らせる。突如はじまった婚約破棄劇に、舞踏会の参加者たちはどよめいた。
「いくらフカシャーク嬢の行為が悪辣だったとはいえ、こんな公衆の面前で辱めるような真似をするなど……」
「顔がよければなんでも許されるわけではございませんわね。しかしイーケメン王子のおっしゃっていることも納得はいくのが難しいところでございますわ」
「そもそもサメの散歩ってなんだよ」
「これ何度目の婚約破棄でしたっけ?」
それらすべてのざわめきを断ち切るように、サロメは扇をぱちんと畳む。口になじんだ呪文を唱え、イーケメンへ向けてその扇の切っ先を向けた。
サロメの足元から飛び出してきた巨体がある。イーケメンへ踊るように襲い掛かったそれは、巨大なホオジロザメだ。
「キャーーーーッ!」
阿鼻叫喚の中、逃げ惑う人々。サメはイーケメンへ牙を突き立て、食い殺そうとする。
「知らないのか? 私はシナナイ王国のイーケメンだ!」
しかしサメの脳天から、拳が突き出る。途端にサメはさらさらと溶けるように姿を消した。おお、と逃げ惑うばかりだった群衆がわずかばかりの安堵を取り戻す。
「さすがはシナナイ王国の直系……! 最も死なないイーケメンの名を冠するにふさわしい戦いぶりだ!」
サロメは舌打ちをひとつした後、さらに呪文を唱える。大量のコバンザメが射出されイーケメンへぶつかるが、彼は涼しい顔で腕を振るって払い落としていく。
辺りには磯の臭いが漂い、サメがびちびちと暴れまわり、絢爛豪華な舞踏会はすっかりサロメとイーケメンの死闘の舞台になっていた。
しかし物量ではサロメが圧倒的に勝る。ネコザメをイーケメンへぶつけて攪乱しつつ、大人の男三人を束ねたより太い胴体のメガロドンを召喚した。メガロドンは一口でイーケメンを飲み込む。
そして、場は静寂に包まれた。響くのは暴れるサメたちがヒレで床を叩く、びちびちという音だけだ。
勝敗はもはや決した。しかし勝者であるはずのサロメの表情は冴えない。
彼女は唇を噛みしめ、可憐ながらも芯の通った怒声をあげた。
「ふざけないでくださいまし、イーケメン様! 私のサメに負けるような殿方と一時でも婚約を結んだこと、悔やませないでくださいませ!」
その瞬間。メガロドンの動きが止まる。
どく、どく、と胴体が脈動するように震えた後、背びれの前から拳が突き出る。それはメリメリとサメ肌を割き、たくましいその美丈夫は姿を現した。
彼は堂々とした姿で立ち上がり、サロメへと相対する。掌を、腕を広げ、微笑んで見せた。
「イーケメンは死なない。サロメ、君もそれをよく分かっているだろう」
サロメの唇に、好戦的な笑みが浮かぶ。イーケメンもまた、挑発するように拳を突き合わせた。
そして始まったのは、二人きりの武闘だった。
サメという武器で物量的に押すサロメ、圧倒的な暴力でねじ伏せるイーケメン。
勝敗は決しなかった。夜を通して二人は戦い続け、次第に皆、熱狂しはじめた。紳士淑女たちは我を忘れて拳を突き上げ、サロメのサメが尾びれを翻すたび、イーケメンが拳を振るうたび、歓声を上げた。
そして夜が明ける。
ドレスを着たサロメの前に、すっかり身なりの乱れたイーケメンが跪く。
しかしそれが勝敗の行方だと誤解する者は、ひとりもいなかった。
「サロメ。すまなかった」
イーケメンの言葉に、サロメはすんと鼻をすすった。
「ええ。イーケメン様が悪いのですわ。私がどれだけサメを愛しているのかご存じのはずなのに、サメの散歩を咎めるだなんて」
「それは反省しよう? 普通に怖いよ。みんなは、私と違ってサメと戦えないんだから」
サロメはふてくされるように唇を尖らせるが、しぶしぶといった様子で頷いた。
「だけどイーケメン様こそ、こんな公衆の面前で……ひどいですわ」
「それは、ごめんね」
「ごめんで済むものですか! 私、明日からみんなのさらし者だわ!」
サロメは顔を扇で覆ってしくしくと泣き始める。イーケメンは立ち上がり、サロメをしっかりと抱きしめた。
寝不足の群衆たちは状況を上手く理解できないものの、なんだかいい雰囲気だということは察した。空気を読んでぞろぞろと退出していき、サロメとイーケメンは二人きりになった。
イーケメンはサロメの頬を撫でて涙をぬぐう。サロメは甘えるようにイーケメンへと抱き着いた。
「でも……私と君のサメを思い切り戦わせようと思ったら、これしか手段がなかったんだ」
「サメと戦わないでくださいまし! この脳筋!」
サロメの罵倒に、イーケメンは微笑んだ。
「それこそ君の言うサメの散歩さ。君のサメも、私との大暴れの後は運動本能が満たされてご機嫌だと言っていただろう?」
「もう三回目ですわよ、私たちの『婚約破棄』。茶番だと思いませんこと?」
甘えるように言うサロメに、イーケメンは彼女の髪の毛へ唇を落とした。
「だけどその度に、婚約しなおしてくれるだろう?」
「もう!」
サロメはかわいらしくそっぽを向き、イーケメンはその頬へキスをした。
二人の足元で祝福の拍手をするように、サメたちが尾びれをびちびちと鳴らす。
茶番であったとしても、二人の死闘は本物だった。二人は優雅に礼を交わすと、再婚約の宣言のため、手と手をとって歩き出した。




