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初夜で『君を愛することはない』と言った夫が、翌日から毎日花をくれて必死で求めてきます。


「ローラ!申し訳ないが、君を愛する事はない!」


私は元伯爵令嬢のローラ・ブラッドリー。


 ――先程結婚式を終えて、ノートン伯爵夫人になったばかりである。


 初夜のベッドでスケスケのベビードールを着て、騎士であり伯爵である夫のデイビスを待っていたのだが、突然こんな事を言われてしまった。


「…まあ、そうなの。それはどうして?」


だが、学者の家系であるブラッドリー家の血のせいだろうか。


 怒りよりも先に『好奇心』や『疑問』を先に感じてしまった私は思わず聞き返していた。


「…え?あ、ああ。幼馴染が好きなんだ。」


まさか冷静に聞き返されると思っていなかったのだろう。夫は戸惑いながらも答えてくれた。


「まあ、そうだったのね。でも、それならどうして、私と結婚しようと思ったの?」


私は話しやすいように非難ではなく、ただただ疑問をぶつけてみた。


「僕の両親が君と結婚しろって言うから…。」


ふいっと彼はいじけたように横を向いた。


「まあ。そうなんですね。

 でしたらご両親を説得しに行きましょう。

 私も幼馴染と結婚できるよう、加勢してさしあげますわ。」


「…僕だって、両親を説得してきたっ!でも、そしたら両親はあの子は阿婆擦れだって言ったんだ!」


その答えに私はキョトンとしてしまった。


「まあ。そうだったの。ちなみにお相手のどんな所が阿婆擦れだと思うか、ご両親にはお伺いしなかったの?」


「…それは!…ミリーが学園で令息達を侍らせていたから!!」


彼の答えに私は考え込んでしまう。


「まあ。そうでしたか。


 でも、それなら貴方はもし結婚後も彼女が他の令息達を侍らせていたとしても、それでも添い遂げたいとお考えなのですね?」


すると、デイビスは頭を抱え込んでしまった。


「いや、そういうわけでは…!!


 だがしかし、長年好きだったこの思いを簡単に忘れられる訳でもないんだっ!!」


「んー、でもそれならどうしましょう?後継は欲しいんですよね?…養子でも取りましょうか。」


私の提案に彼はブンブンと首を振った。


「っ、それは駄目だ!直系じゃないと!!」


そう言われて私は眉尻を下げる。


「んー…でもそれなら、私と子供を作るしかないんですよね…?」


すると、彼はハッとしたように頷いた。


「…ああ。まぁ、そういうことになるな。」


その言葉に私は思わず苦笑してしまった。


「もうっ。じゃあ、そういうときはこう言わなくちゃ。


 『君を愛することはない』じゃなくて。


 『今好きな子はいるんだけど、とりあえず子作りはしたいんだよね。申し訳ありませんが一発やらせてください。』って。」


すると、彼は目から鱗が落ちたように見開いた。


「…そうか、確かにそうだな。すまん。」


彼が謝ってくれたので私はニッコリと笑う。


「ほら、じゃあ…言ってみて?」


すると、彼が真剣な顔でこう言った。


「申し訳ないが、一発やらせてくれないだろうか。」


――その瞬間、部屋の中を静寂が満ちた。


「…んー、なんだかムードがないわね。そんな聞き方でOKする女がいると思う?」


「…いないな。」


彼の言葉に私は頷く。


「でしょ?もっと一生懸命お願いしないと。」


すると、デイビスは今度は土下座してからこう言った。


「やらせて下さい!」


再び部屋を静寂が満ちる。


 とりあえず彼は存外素直な人間らしい。


「…んー、なんだか違うのよね。

 ほら!!今度はじゃあ、もっと身振り手振りで!


 頑張って言ってみて?」


すると、彼は暫く考え込んだあと、ステップを踏み出した。どうやら彼はダンスが上手いらしい。


 そして、くるっと回ってスタッと跪いてからキリッとした目で手を差し伸べてきた。


「やらせて欲しいですっ!」


…再度部屋を沈黙が包み込む。


「んー。…ちょっとそれじゃ無理かしら。


 とりあえず理由は分かりました。


 では、私がその気になるように明日から頑張ってくれるかしら?」


私の答えに彼がしょぼんとしながら頷く。


「…わかった。」


そんな彼に私は思わず苦笑してしまう。


「ねぇ、なんで『愛することはない』なんて言っちゃったの?


 …ばかね。『幼馴染に本気の俺、ちょっとかっけぇ』とか酔いしれてたでしょ?


 で、ちょっとそのカッケェ俺をアピールしときたいとか思ったんでしょ。違う?」


すると、彼はジワジワと赤面してから頭を下げた。


 恐らく図星でちょっと恥ずかしくなったのだろう。


「…悪かった。」


「まあいいわ。明日から頑張ってね?」


私がそう言って笑いかけると、彼は真剣な目で頷いた。


「わかった。」


(ふふ。ちょっと子供っぽいけれど、素直なところは可愛いわね。


 それに、無理矢理手篭めにしないで謝るところは彼の素敵なところだわ。)


私はそんな事を思うのだった。


◇◇


 ――翌日。


「とりあえず花を買ってきた。」


そう言ってデイビスは花を一輪私に差し出した。


 私はそれを受け取りながら、笑顔でお礼を言う。


「まあ、ありがとう。」


「ああ。それで、今夜はやらせてくれるだろうか。」


そんな彼に私はため息を吐く。


「それは無理じゃない?花一本でそれは甘いわよ。」


「…そうだよな。」


言いながら彼は肩を落とす。


「大体、貴方、私の好きな花なんて知らないでしょ?


 私はね、赤いチューリップが一番好きなの。


 だから今度はそれを買ってきてね?


 相手に喜んでもらいたいなら、相手のことをきちんと知らないと…。そう思わない?」


その言葉に彼は目を見開く。


「…その通りだ。すまなかった。」


――それからデイビスは私の好きなものを沢山私に聞いて、毎日好きなものを買ってきてくれた。


 赤いチューリップに、チョコレートのかかったクッキー、大好きな紅茶に、苺の乗ったショートケーキ。


 大好きな緑色の石の入ったブレスレット。

 白いクマのぬいぐるみ。


 私の大好きなものが私の部屋に増える度に、何故か彼が私の前で柔らかく笑うようになった。


「ふふ。私の好きなものばかり買ってもらっちゃって悪いわね。」


私の言葉に彼は首を振る。


「…いいんだ。それに、君の好きなものを選んでいる時間は存外楽しい。」


何故かそう言った彼の笑顔に胸がぎゅうっと締め付けられる。


「――まあ、それは良かったわ。


 ところで貴方は何が好きなの?


 いつも貰ってばかりだから、たまには私もお返しするわ。」


すると、彼は驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに口元を綻ばせた。


「…そうだな。剣の練習とダンス、それに色は黒が好きだ。好きな食べ物は鶏肉かな。」


「…まあ、そうなんですね。」


私はこっそり自分の頭の羊皮紙にその事を書き留める。


 すると、彼はワクワクした様子で私の方を覗き込んできた。


「――ところで、今日こそ一発やらせてくれるだろうか。」


その言葉に何故か今まで何も感じなかったのに、今日は顔に熱が集まっていく。


「…まだ、ダメですわ。」


すると、彼は残念そうに頷いた。


「そうか。また、君の好きなものを買ってくるよ。」


そう言ってパタリとドアを閉めて行ってしまった。


(――まだ、この感情に名前を付けてはいけない。だって、認めるのが怖いもの。)


私は必死で頭を振るのだった。


◇◇


 それから半年後、デイビスは繊細な作りの緑色の石が散りばめられたピアスとネックレスのセットを買ってきてくれた。


「…まあ。とても素敵だわ。


 よく私の好みにこんなにもピッタリなものを買ってきてくれたわね。」


私の言葉に彼は頷く。


「ああ、いつも君が好きなものの事ばかり考えているからな。


 もう聞かなくても、君の好きなものが分かるようになってしまった。」


「…そうですか。」


その言葉にジワジワと顔が赤くなる。


 すると、彼が耳元で低い声で囁いてきた。


「…なぁ。そろそろ一発やらせてくれないだろうか?」


「――っ。」


その言葉に私は息を呑む。


「…まだ、…だめですわ。」


その言葉に彼は眉尻を下げながら笑った。


「――そうか。ここまで来たら、君がいいと言ってくれるまで待つよ。


 今度王宮で開催される夜会でそのアクセサリーを是非身に付けて欲しい。」


そう言いながら、彼は部屋を出て行った。


 ――本当はもうとっくに絆されていた。


 …けれどもし許してしまったら、彼が義務を果たしたとばかりに幼馴染の所に戻ってしまうかもと思うと怖かったのだ。


 全然好きじゃなかった頃は無邪気に『何故?』と根掘り葉掘り聞くことが出来たのに。


 ――私は彼の事を好きになり始めてからすっかりと臆病になってしまった。


 私は唇を噛んで貰ったネックレスの緑色の石をギュッと握りしめるのだった。


◇◇


 ――そして、夜会の日になった。


 私は彼の買ってくれた緑色の石のついたネックレスとピアスを身につけて、彼の目の色である琥珀色に似たオレンジ色の美しいドレスに身を包んだ。


「…すごく綺麗だ。」


甘い声で囁くデイビスに心が思わず持っていかれそうになる。


「――貴方も素敵ですわ。」


誤魔化すように言った私の言葉に彼は嬉しそうに微笑んだ。


「行こう。」


「…ええ。」


彼のエスコートで会場に入り、一通り家同士で付き合いのある貴族に挨拶を終えた時だった。


「あれー?!デイビスじゃないっ!久しぶりっ!」


なんと彼の後ろから金髪の小柄な令嬢が突然抱きついてきた。


「…ミリー。」


デイビスは驚いたように目を見開いていた。


 ミリーさんは目が大きく、美しいというよりも可愛らしいという言葉が似合うような令嬢だった。


(…まあ。)


私は突然のことに思わず固まってしまう。


 デイビスは慌てて彼女の事を引き剥がしたが、周りの貴族達はヒソヒソと囁きあっている。


「…あの方、もう結婚をされているノートン伯爵に抱きつくなんて。」


「相変わらず『阿婆擦れ』ね。マナーがなっていないわ。」


すると、彼女が学生時代侍らせていたのであろう貴族達が気まずそうな顔でこちらを見ている。


 その隣で恐らく彼らの婚約者、または奥様だと思われる女性達が険しい顔でミリーさんを見ている。


「ねえ、デイビスぅー。みんな結婚しちゃって構ってくれなくなってつまんないのっ!


 だから、ミリーの事、かまって?」


そう言ってニッコリと笑いながらデイビスに迫っていく。


 その光景を見ながら、私は口の中がカラカラに乾いていく。


(嫌だ…。もし彼がまだミリーさんの事を好きだったらどうしよう。)


――思わずギュッと目を瞑ったその時だった。


「…ミリー、申し訳ないが、もう君の事は好きじゃない。」


(え…。)


その言葉に私は思わず目を見開き、ミリーさんは信じられないような顔をして、デイビスを見ている。


「っ、う、嘘よ!だってデイビスは私の事っ!!」


焦ったように言うミリーさんにデイビスは首を振る。


「距離感が近い君にいつも、ドキドキはさせられていた。


 けれど、僕が今本当に好きなのは、間違いなく妻のローラだ。


 誰かの好きなものを考えるだけでこんなに温かい気持ちになるなんて、ローラに出会うまで知らなかった。」


――その言葉に、胸の中に名前をつける事の出来ない色んな感情が溢れてくる。


(…いけない。ここは夜会なのだから表情を崩してはいけないわ。)


そう思うのになんだか涙が出そうになってしまう。


 呆然とするミリーさんにデイビスは告げる。


「…だから申し訳ないけれど、妻が嫌な思いをしてしまうからもう僕には話しかけないでほしい。


 ――君も本当に好きなただ一人の相手を見つけるといいと思う。」


そう言って彼は彼女にくるりと背を向けて、泣きそうな私の手を取った。


「ローラ。もう挨拶は終わったし帰ろう。」


「…ええ。」


彼は少し早足で馬車に向かうと、扉が閉まるなり、私を抱きしめた。


「――嫌な思いをさせて申し訳なかった。」


「…いいえ。


 ――それより貴方って私の事が好きだったのね。」


私が茶化すように笑うと、彼は照れたように頷いた。


「ああ。言うのが遅くなってしまって申し訳ない。」


その言葉に気づくと頰に涙が伝っていた。


 すると、デイビスは緊張したように私の頰に指を這わせて涙を拭った。


「なあ、…一発やるんじゃなくて、もう一生を共にして貰えないだろうか?」


その言葉に私は泣き笑いのような顔で答える。


「――ええ。いいわよ。


 今度はいい聞き方ね。」


「っ、ありがとう。」


すると、デイビスが感極まったのか泣き出してしまった。


「…ばかね。


 貴方も、私も。もう少し早く勇気を出して、好きだって言えば良かったわ。」


私が笑うと、デイビスも笑った。


 私達は手を繋いで馬車を降りると、一度も使った事のない夫婦の寝室に入った。


「っ、愛している、ローラ。」


ドアが閉まると、デイビスが熱を孕んだ目で私を抱きしめながら、緊張したように唇を重ねた。


「…私も愛しているわ。」


――初めてのキスは涙の味がした。


結婚して半年。私達はようやく初夜を迎える事が出来たのだった。


fin.



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― 新着の感想 ―
あぁ……性欲と好意を勘違いしてたんですねぇ 夫がまだ素直でよかったです! 今後も幸せに尻に敷かれててくださいな
>「申し訳ないが、一発やらせてくれないだろうか。」 蛮勇ですわねえ。 これでうまくいったら凄まじい前例を作ることができましたでしょうに。 恋をしていない好奇心あふれるローラちゃんも恋をして失うことを恐…
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