第8話
蓮華姉さんに言われるがまま、住宅エリアのひと際大きなマンションに入る。生体デバイス型のオートロックを解除し、豪華なエレベーターへと乗り込む。
「私の部屋は最上階だ」
エレベーターで昇っていく道中、蓮華姉さんは淡々と説明してくれた。
「私のように異世界の評価ランクが高い生徒は、学園の広告塔としての役割を担う代わりに、特別な待遇が与えられる。一階層まるまる個人の居住区として与えられたりするんだ」
案内されたのは、まさに最上階の角部屋。
いや、部屋というより、もはや一つの邸宅だった。
玄関から大きな廊下を抜けてリビングへ入ると、体育館のようにだだっ広い空間が視界に飛び込んできた。床から天井まで続く巨大な窓からは、学園都市の夜景が一望できる。
「……すげぇ」
「まぁ、その代わりに私の異世界は世界中に筒抜けだがな」
蓮華姉さんは、桜ノ島コネクト所属の公式“神”――つまりは広告塔として、数人の配信者と共に動画配信サイトなどで自分の異世界を紹介しているのだという。
彼女の世界は江戸時代のような和風の世界をベースに、多少の魔法と幻想的な生物が存在する、その名も『倭国』。年中満開の桜が咲き誇るその美しい世界は、まさに桜ノ島の名を冠する広告塔として相応しいと、高い人気を誇っている。
「桜ノ島コネクトは、女性への配慮が素晴らしい企業だからな。広告塔であろうと、プライベートに干渉することは一切ない」
蓮華姉さんは、どこか誇らしげにそう言った。
俺は自分の寮のスポンサーが「新条グループ」であることを思い出す。補助金の面では優遇されているものの、あのプライバシーのなさに耐えられず、退寮していく生徒も多いと聞く。
「俺も、引っ越しを考えようかな……」
俺がそう呟くと、蓮華姉さんはぱっちりとした目を悪戯っぽく細めた。
「だったら、いっそ私と一緒に住むというのはどうだ? アキラのあの“神話型”の世界を見たら、桜ノ島コネクトは間違いなく、君のスポンサーに名乗りを上げるぞ」
魅力的な勧誘だった。
だが、今はまだスポンサーの意向に縛られず、自分の好きなように異世界と関わっていきたい。
「どこか作業できる場所を借りてもいいですか?」
「ああ、こっちだ」
俺の問いに蓮華姉さんはグイと俺の手を引っ張った。
そのまま連れてこられた場所は、あろうことか彼女の寝室だった。
「……え、ここで?」
「当然だろう。君を床に寝かせる訳にはいかないからな」
俺が拒否をする前に、彼女は流れるような動きでベッドへと押し倒した。
五人は並んで寝られそうな巨大なベッドの上には、大量のぬいぐるみが置かれている。龍や麒麟といった幻獣が、可愛らしくデフォルメされたぬいぐるみ。それは、兄さんも大好きだった「ポップ幻獣」シリーズだった。
「神石の精神力を全て使い切る頃には、夜中になっているだろう。つまり、お泊りは確定だ。遠慮する必要はない」
そういえば、と思い出す。
普段はお淑やかだった昔の蓮華姉さんも、俺に対してだけは妙に強引なところがあった。言うことを聞かない兄さんの代わりに、彼女のおままごとに延々と付き合わされていたっけ。
「……分かりました。お言葉に甘えます」
俺は観念して、ぬいぐるみに囲まれながらベッドに深く身を沈めた。
目を閉じ、意識を集中させる。
神石に貯めに貯めた一万の精神力。その全てを使い切ってやる。
旅立ちの準備は、整った。
『コネクトワールドに接続します』
そして異世界への扉は、開かれた。
俯瞰の視点で、俺は自らの世界を眺める。
「何だか、久しぶりな気がするな」
わずか四日間。
されど神が不在の間に、世界はその姿を大きく変貌させていた。
二層に分かれていた階層構造は消え、地下の世界は完全に覆い尽くされている。
世界の淵を囲んでいたはずの古代龍の姿は、あまりにも巨大に成長した世界樹の根に隠されてしまって見えない。
世界樹もまた“木”というよりも、一つの岩山のような質感に変わっており、広大な天蓋の上には、新たな大地と自然が生まれていた。
大地の上は鬱蒼とした森が支配し、その中央には、俺が最初に創った湖が静かに水を湛えている。
そして森の上空を大小様々なドラゴンが悠々と飛び回っていた。森の奥からは、狼の遠吠えが風に乗って世界に響く。
「なんて、神秘的な世界なんだ……」
思わず溜息が漏れるほどに、神秘的で幻想的な光景。
霧がかった森と、天を突く世界樹が織りなすその世界に、ふさわしい名が自然と口をついて出た。
「ミストガルド……」
その言葉に反応するように、目の前にウィンドウが現れる。
『世界の名前を“ミストガルド”に決定しますか?』
俺は、迷わずYESを押した。
瞬間、大陸の上空にキラキラと輝く光の粉が舞い上がり、世界全体を祝福するように降り注いでいく。
【世界は祝福を受けました。“ミストガルド”という名は、ありとあらゆる存在の魂に定着します】
豪華な装飾のウィンドウと共に、この世界が受けた恩恵が次々と羅列されていった。
『古代龍は“ミストガルド”の名を聞き、自身の使命を悟りました。大地と同化し、世界に膨大な魔力とエネルギーを供給し続けます』
『世界樹は“ミストガルド”の名を聞き、自身の使命を悟りました。古代龍の力を世界に還元する、巨大な魔法陣となります。自然種のステータスが大幅に向上しました』
『エルフの一部が神の存在を認知し、“古エルフ”へと進化しました。世界のバランスを保つため、数十人の同胞と共に地下に巨大なダンジョンを建設し、外界との交流を絶ちました』
『エルフの一部が神を否定し、世界樹から無理やりエネルギーを奪い始めました。マナの奔流に耐えきれず、その身体は黒く変色。彼らは自らを“ダークエルフ”と名乗り、神の干渉を拒絶して独自の歴史を歩むと宣言しました』
『古代龍の肉片から、数多のドラゴンが生まれました』
【“古エルフ時代”は終わりを告げ、世界は“支配者なき時代”へと遷移します】
解除されていく実績の数々を見て、俺は魂が震えるのを感じた。
とても大きな歴史の流れが、俺の身体の中を、この胸に宿る心臓の中を、凄まじい勢いで駆け巡っていく。
あまりに美しく、そして完成されすぎた光景に、俺の口からは本音が漏れてしまった。
「……ここに人類を登場させて、本当に大丈夫だろうか」
本日、19時に番外編『黒田理人の憂鬱な報告書』を更新しますので、よかったら読んでみてください




