第6話
屋上を後にして職員室エリアへと向かい、その先の研究棟まで進む。
気づけば黒田先生の研究室の前に立っていた。高校教師なのに個別に研究室が用意されているなんて、流石は大企業「桜ノ島コネクト」が出資しているだけあるな。
扉の前でそんなことを考えていると、中から黒田のか細い声が微かに聞こえてきた。
「はい。はい、もちろんです。貴方の息子さんを必ずや、首席にしてみせますから」
「い、いえ! 脅威となるような生徒は、今のところ一人もおりません!」
「は、はい! これからも、何卒よろしくお願いいたします!」
教室で威厳を保っていた黒田先生とは思えない、媚びへつらうような声と口調。
(……まあ、大人には色々あるよな)
俺は今の話は聞かなかったことにして、コンコン、と扉をノックした。
「――っひぃ!?」
中から短い悲鳴が聞こえ、ガシャンガシャン!と、何か物が派手に倒れる音がした。
突然の訪問者に、黒田が慌てふためいているのが扉越しにも分かる。
しばらくの静寂の後、ガチャリ、と重い音を立てて扉が開いた。
「な、なんだ。神代じゃないか。授業はどうした?」
そこに立っていたのは先ほどの情けない男ではなく、いつも通りの威厳ある黒田だった。
「午後は外出許可をもらったんで、余った精神力をどう使おうか迷っていて……」
俺の言葉を最後まで聞かず、黒田はフンと鼻で笑った。
「それなら大陸形成の続きでもしていなさい。君はA評価の大きな精神力があるのだから、試しに山でも作ってみたらどうだね?」
「あー、山と言えば山、なんですが」
俺は首筋に手を当てると、先程自分の世界を俯瞰で“撮影”した。そこに映る元古代龍の姿を、黒田の生体デバイスへと送信した。
受け取った黒田。片目を閉じてその画像を確認した瞬間――腰を抜かしてその場にへたり込んでしまった。
「……あ、あがが……こ、これは……ッ!」
嗚咽を漏らし、大きく見開かれた眼で俺に説明を求めてくる。
俺は人類の発見が禁止されていたから仕方なく古代龍を発見したこと。選択肢が現れたのでエルフの発見を選んだこと。その結果、世界が物凄い勢いで発展してしまったので、このまま放置して良いのか迷って相談に来たこと、をありのままに説明した。
説明を聞くたびに、黒田の身体がビクン、ビクンと大げさに跳ねていたが、彼はなんとか立ち上がると、ゴクリと喉を鳴らして俺に言った。
「……神代。君の異世界は、稀に現れる“神話型”と呼ばれる歴史を歩もうとしている。これは、通常のカリキュラムから大きく逸脱した、イレギュラーなケースだ」
黒田の表情から、いつもの余裕は完全に消え失せていた。そこにあるのは、理解不能なものに対する畏怖と、そして焦りだった。
「よく聞け、神代。君が創り出したものは、もはやただの生徒の作品の域を遥かに超えている」
「……はい」
「今後、独断での発見を一切禁ずる。特に、まだ見ぬ知的生命体の創造は厳禁だ。次に何か大きな行動を起こす際は、必ず私の許可を取れ。いいな!」
黒田は、俺の肩を強く掴んでそう言った。その手は、小刻みに震えている。
「分かりました。それで、このエルフたちが住む世界は、今後どうすれば……」
「……現状維持だ。下手に干渉するな。いいか、神代。君の力は、君が思っている以上に危険なものだということを自覚しろ。君の行動一つで、この学校……いや、世界のバランスが崩れかねん」
まるで、何かに怯えるような口ぶりだった。
「今日のところはもう寮に戻れ。私も、この件を上に報告せねばならん……」
そう言うと、黒田は疲れ果てたように椅子に深く沈み込み、俺に背を向けた。
俺は研究室を後にしながら、黒田のただならぬ様子を反芻していた。
(世界のバランス……? 俺の世界が、そんなにヤバいのか?)
そして研究室に入る前に聞いた、あの媚びへつらうような電話の声。
この学校には、まだ俺の知らない、何か大きな秘密が隠されている。
俺はその予感を強く胸に抱きながら、夕暮れの廊下を歩いていた。
その時だった。
「――君が、神代アキラくんだね」
曲がり角から現れた人物に、穏やかな声で話しかけられた。
そこに立っていたのは白髪の混じった髪を綺麗に撫でつけた、初老の男性だった。物腰は非常に柔らかいが、スーツの上からでも分かるほど体格ががっしりとしている。何か武道でも極めているのか、隙のないオーラを放っていた。
胸につけられた身分証には、『校長』の二文字。
「黒田先生から慌てた様子で報告があってね。古代龍と世界樹の話を」
校長は面白いものを見るように、楽しそうに目を細めている。
「先生からはこれ以上勝手なことをするな、と釘を刺されました」
「はっはっは。彼も、立場というものがあるからな。だが、君はどうしたい?」
校長は、俺の目を見てまっすぐに尋ねてきた。
「どうしたいか、ですか?」
「そうだ。君は、君の世界をこれからどうしたい?」
俺は、迷わず答えた。
「もっと発展させたいです。この世界がどこまで行けるのか、見てみたい」
その答えに、校長は満足げに深く頷いた。
「よろしい。ならば、君の好きなようにやりなさい」
「え……? でも、黒田先生は……」
「担任と校長の言うこと。どちらが優先されるかは、分かるね?」
悪戯っぽく笑う校長に、俺はゴクリと喉を鳴らした。
「それにアドバイスを一つ。人類の発見は早い方が良い。人がいてこそ、世界は“物語”を紡ぎ始めるのだから」
それだけ言うと、校長は「期待しているよ」と俺の肩を軽く叩き、去って行った。
黒田の恐怖に満ちた「禁止」と、校長の期待に満ちた「許可」。
どちらを信じるべきか。答えは、もう決まっていた。
(面白くなってきたじゃないか)
精神力が完全に回復次第、すぐにでも「人類」を発見してやろう。
俺は新たな決意を胸に、夕焼けに染まる空を見上げた。




