第5話
嵐のように現れ、嵐のように去って行った蓮華姉さん。
あっけにとられる俺と美沙を前に、伊集院透夜はやはり心底不機嫌な顔で俺を睨みつけていた。
「……君の名前を教えたまえ」
低い声で、伊集院が尋ねてくる。
「神代アキラです」
「神代アキラ。君は、僕を敵に回したようだ」
謎のポーズをとりながら、伊集院はビシッと俺の顔を指差した。
「近いうちにまた会おう! その時は、ひれ伏して僕のコレクションに加えてくれと懇願することになるがな!」
高らかに捨て台詞を吐き、彼は踵を返した。
後ろに控えていた“王妃”たちも、「フンッ」と威嚇するように俺たちを睨みつけ、その後に続いた。
ただ、少しだけ気になったことがある。
最後尾を歩いていた女子生徒だけは、去り際に俺たちに向かって、申し訳なさそうにペコリと一度、丁寧に頭を下げてから彼女たちを追いかけて行ったのだ。
よく見ると、他の四人に比べて、彼女だけがどこか素朴な雰囲気を持っている。伊集院の好みとは、少し違うタイプに見えた。
(もしかして、彼女は別の理由で……?)
見つからない答えを探していると、美沙がグイと俺の制服の袖を掴んだ。
「こ、怖かった……」
どうやら、嵐が過ぎ去って一気に力が抜けたらしい。
「あの先輩、東雲さんのこと、学年で一番美人だって言ってたな」
「……本当に全員の顔を確認したのかな? でも島全体って言ってたよね。もしかして島中を走り回って!?」
よく分からない疑問を呈する美沙もまた、なかなか変わった性格をしているみたいだ。
◇
一年生の午後の授業はコネクトとは関係のない、一般教養を学ぶ時間になる。
理由は単純明快。
ほとんどの生徒が、午前の演習で異世界を発展させるために必要な精神力を使い果たしてしまうからだ。
俺は正直に、精神力が大量に残っていることを午後の授業担当の教師に伝えたが、「一年生から手を抜いていたら、将来苦労するわよ」と、完全に見当違いな説教をされたが、なんとか外出許可証を渡された。
(集中するなら、高い場所がいいな)
そう思った俺は、屋上へと向かう。
この学校は現代には珍しく、屋上が生徒に解放されている。頭上まで続く高いフェンスで安全は担保されているのだろう。指一本通らないほど細かい網目のおかげで、物理的に登ることは不可能そうだ。「屋上は想像力を掻き立てる起爆剤だ。お前らも積極的に行ってみろ」と黒田は言った。
「そういえばここって本当に島だったんだな」
眼下に広がる景色を見て、俺は呟いた。
桜ノ島は関東近海に浮かぶ巨大な人工島だ。
コネクト開発に携わる大手企業が共同で出資しており、教育機関は桜ノ島高校だけでなく、企業の数だけ存在している。
「さて、と。俺の異世界はどうなったかな」
俺はフェンスに背を預けると、目を閉じる。
すると瞼の奥で『コネクトワールド』とウィンドウが現れ、自身の異世界へとコネクトした。
意識が沈み、すぐにあの暗闇の宇宙が広がる。
「お、おぉ?」
視界の中心には、俺が創った円形の島――というか、大陸が浮かんでいた。大陸の八割を覆い尽くす森は、鳥の囀りや狼の遠吠えで、授業の時よりもさらに賑やかになっている。
(精神力の残りは1000か。さて、どうしたものか)
大陸を形成したことで、創造アプリの様々な開発項目が解放されていた。
その中には『人類の発見:コスト1000(熟練度MAX)』という、ひときわ魅力的な項目もあったが、これは黒田から「発見できるようになっても、絶対に実行するな」と、全生徒に固く禁じていた。
「だったら、これなんかどうだろうか」
俺の視線は、『人類の発見』のすぐ上にある項目に注がれていた。
【古代龍の発見:コスト1000(熟練度MAX)】
自分の世界の歴史に、古代龍が存在していた。
(……最高じゃないか)
「よし、やってみるか!」
俺は、一切の迷いなく『古代龍の発見』を実行した。
次の瞬間、俺の世界が激しく揺れた。
残っていた精神力が、一瞬で尽きていく。
凄まじい疲労感が全身を襲うが、俺はそれどころではなかった。目の前の光景に、ただただ圧倒されていた。
円盤状の大陸を囲む外海から、巨大な“何か”が姿を現す。
それは自らの尾を喰らう、一匹の龍だった。
惑星一つを丸呑みできそうなほど巨大な――古代龍が、大陸の淵をぐるりと囲うように現れたのだ。
「で……でっけぇ……」
そのあまりにも神々しい光景に呆然としていると、目の前に次々とウィンドウがポップアップした。
【世界の根源たる“古代龍”を発見しました】
【これにより、世界の方向性に大きな分岐が発生しました】
【以下の選択肢から、この世界の進むべき道を選択してください】
1:龍による大陸の支配
2:龍と敵対する魔族の発見
3:龍の使徒であるエルフの発見
4:龍ですら畏れる巨人の発見
四つの選択肢。
俺がこの世界の神として、重大な決断を迫られていると意味していた。
(龍が大陸を支配すれば、世界のレベルは何段も引き上げられるだろう。そのうち、竜人なんかも発見できるかもしれないな)
(龍と敵対する魔族が現れれば、お互いが切磋琢磨して文明は一気に発展するだろう。黒田先生が言ってた「闘争による進化」ってやつか)
(龍の使徒であるエルフが現れれば、魔法とか、高度な文明を築けるかもしれない)
(龍すら畏れる存在は……うん、正直ビビるからやめておこう)
俺はしばらく迷った後、一つの結論に至った。
「よし、せっかくだからエルフも見てみたいよな」
人類の発見は禁止されたけど、エルフは人類じゃない。だから大丈夫だろう。
俺が『3:龍の使徒であるエルフの発見』を選択すると、すぐに新たなウィンドウが現れた。
【世界の方向性を決定しました】
【古代龍は世界の淵となり、永い永い眠りにつきます】
【龍を崇める使徒“エルフ”たちが、次元を越えて貴方の世界へやってきます】
大陸を囲んでいたウロボロスがゆっくりと動きを止め、石像のように静止する。
その巨大な龍の背中を山のように登って、尖った耳を持つ美しいエルフの集団が現れた。彼らは続々と森の中へと入っていく。
【巨大な森は“古の森”へと進化しました】
ウィンドウの通知が更新される。
そして大陸の中央に巨大な一本の木が生え、天に向かって猛烈な勢いで伸び始めた。
【エルフは“世界樹の種”を植えました】
【世界樹の成長により、世界に“マナ”が満ち溢れていきます】
【マナの香りに誘われ、“精霊”たちが貴方の世界に引っ越してきました】
【精霊たちの祝福により、世界に“魔力”が満ちていきます】
次々に積み重なっていく実績。俺はただ傍観することしかできなかった。
気づけば世界樹は天蓋のように巨大な葉を広げ、その上に大陸と呼ぶべき巨大な大地を誕生させていた。
「……は、はは。俺、なんかやっちゃいました?」
神話と呼ぶに相応しい歴史が、たった数分で紡がれていく。
このまま一か月も人類を発見しなくて本当に良いのだろうか。
急に不安になった俺は、詳しい話を聞くために黒田先生の下へと向かうことにした。




