第4話
食堂の入り口がやけに騒がしい。
そこには大勢の女子生徒を侍らせ、まるで王様のように集団の先頭を歩く一人の男子生徒がいた。背はスラリと高く、顔立ちも整っている。女子生徒達もスクールカースト上位ばかりなのか、他の生徒達がうっとりと彼らに憧れの眼差しを向けていた。
伊集院透夜――。
「君が、東雲美沙さんだね?」
俺のことなど最初から存在しないかのように、東雲だけに完璧な笑顔を向ける。
「僕は伊集院透夜。二年生だが校内ランキングは二十位だ。まあ、三年生も含めての順位だから、中々のものだろう?」
彼は自慢げに続ける。
「卒業後はコネクト関連企業へ就職するつもりだ。僕とコネクトするというのは、君の未来にとっても大きなプラスになると思うが、どうだろうか?」
その言葉に、後ろに控えていた女子生徒たちが「さすが透夜様」と拍手を送っていた。
伊集院は満足げに頷くと、彼女達を手のひらで示しながら、美沙に紹介した。
「見ての通り、僕の世界は常に美しい者達で満ちている。彼女達は、僕が選んだ“王妃”たちだ。僕の世界にコネクトするに相応しい、優れた魂の持ち主ばかりでね」
その言葉に、俺は素朴な疑問を口にした。
「先輩の王妃も、皆さん高ランクなんですか?」
その瞬間、五人のうち二人の女子生徒が、キッとナイフのような視線で俺を睨みつけた。
伊集院は俺の問いを鼻で笑うと、きっぱりと言い放った。
「いや? 彼女たちは顔で選んだ」
食堂の空気が、一瞬だけ凍り付く。
伊集院はそんな周囲の反応を楽しむかのように、両手を大きく広げて叫んだ。
「美しい僕と! 美しい王妃たちがコネクトすれば! その世界は誰よりも美しくなるだろう!? これこそが至高の芸術、完璧な世界だ!」
彼は恍惚とした表情で、再び美沙へと向き直る。
「東雲美沙。新入生の中で、いや! この島の女を含めても! 最も顔が整っている君は、僕のコレクションに加わるに相応しい! さあ、僕に感謝し、この手を取るがいい!」
差し伸べられた手に対し、美沙は明らかに戸惑い、怯えたように後ずさった。
伊集院はそんな彼女の反応に苛立ったのか、無理やりその手を取ろうと身を乗り出す。
その腕を、俺は静かに遮った。
「――先輩」
「……なんだね、君は」
伊集院が、初めて俺を不快そうに見た。
「コネクトの無理強いは、法律で禁止されてるって聞きました。東雲も困ってるみたいですし、やめてもらえませんか」
俺が温和にそう告げると、伊集院はマジマジと俺の顔を値踏みするように見つめてきた。
そして、なぜかフッと憐れむような笑みを浮かべた。
「僕ほどではないが中々の美形ではないか。新入生にしては上出来だ。だが、すまないね。僕のコネクト枠に、君をコレクションとして加える余裕はないんだよ」
「は?」
何故か俺が振られてしまった。
この男の思考回路は自分中心に回っているらしい。
その暴君っぷりに呆れていると、伊集院はもう会話は不要と判断したのか、俺の制止を振り払い再び美沙へと手を伸ばした。
その指先が、彼女の制服の襟。
「……嫌っ!」
――生体デバイスが埋め込まれた場所に触れようとした、その瞬間だった。
一条の影が、俺たちの間に割り込んだ。
ヒュッと空気を切り裂く音と共に、抜き放たれた木刀の切っ先。殺意交じりの剣が伊集院の喉元、数ミリのところで突きつけられる。
シン、と食堂が再び静まり返った。
そこに立っていたのは、風紀委員の腕章をつけたポニーテールの女子生徒だった。
大きな瞳は刀のように鋭く睨みつけており、口元はキュッと一文字に引き締められている。鋭い圧力が、食堂中を支配していた。
「……また貴様か。伊集院」
甘味ゼロの低い声。彼女は木刀の切っ先で伊集院の顎をグイと持ち上げた。
だが伊集院は喉元に死線を突きつけられても、余裕の笑みを崩さない。
「全く。美しい君が、なんて美しくない表情を見せるんだ。波風蓮華」
その名前に俺の脳内の電球にピィンと光が灯った。
波風、蓮華。嘘だろ、あの?
「えっ、蓮華姉さん?」
思わず声を掛けると、蓮華姉さんは鋭い視線で俺を睨みつけてきた。
一年ぶり――兄さんの葬式以来の再会だったからか、彼女は俺が誰なのかを認識するのに、数秒かかったようだった。
「……ア、キラ……?」
俺だと認識した瞬間。
彼女を包んでいた切れ味抜群のオーラが、霧のように霧散していく。
刀のようだった瞳が、昔の記憶にある、優しくて大きな瞳へと変わっていく。
そして、お淑やかだった頃の俺のイメージ。波風蓮華そのものに戻った時――彼女の“キャラクター”は、完全に崩壊した。
「ぷしゅーーーーっ」と音を立てるように顔を真っ赤にした彼女は、その場にカクンとしゃがみ込んでしまった。
「みみみ、見るなぁああああっ!」
口調はまだ戻らないのか、昔の彼女からは想像もできないような強い言葉を俺にぶつけてくる。
俺は状況がよく分からないまま、とりあえず蓮華姉さんの隣にしゃがみ込み、その肩をポンと叩いた。
ビクッと震えた彼女が、涙目で俺のことを見上げてくる。
「どんな蓮華姉さんでも、俺は受け入れるよ」
俺が力強くそう答えてみせると、それが最後の引き金になったらしかった。
「あぁああああああっ! 違う違う違う!」
蓮華姉さんは叫びながら、猛然と立ち上がった。そして食堂から脱兎のごとく去って行く。
残されたのは、あっけにとられる俺と美沙。
そして、伊集院透夜は――あの氷のように鋭かった波風蓮華の表情を、自分以外の男が崩してみせたという事実が許せない、とでも言うように、心底不機嫌な顔で俺を睨みつけていた。




