第3話
演習終了のチャイムが鳴ると、黒田が満足気に俺達を見渡した。
多くの生徒は絶望の表情をしているからだろうか、なんだか性格の悪い人だ。
「――では、これより諸君らの創造物を査定する。評価に応じて、この桜ノ島エリアでのみ使用可能な疑似通貨、コネクトコイン、通称“CC”を各々の生体デバイスに振り込む。査定内容は個人のプライバシーに関わるため、公言はしない。静粛に待っているように」
黒田はニヤニヤと笑いながら教壇を降りる。
手元の端末を操作しながら、生徒の席を一人一人回って行き始めた。
彼が席の前に立つと、生徒のデバイスに通知が届くのだろう。あちこちで、歓声よりもため息の方が多く聞こえてくる。
「くそっ、3000CCか……。先輩に怒られる……」
「私は5000CC! やった!」
どうやら5000CCでもかなり良い方のようだ。
ほとんどの生徒は、疲労困憊の顔で自分のちっぽけな世界を眺めている。
「次はさっき騒いでいた君か……ふん」
やがて、黒田が俺の席の前に立った。
彼は俺の世界――円盤状の大陸と海、そして広大な森と湖が広がる世界を一瞥すると、ピタリと動きを止めた。
「……は?」
黒田の額から、一筋の汗がダラリと流れ落ちるのが見えた。
明らかに動揺している。
だが、彼はさすが教師と言うべきか。
すぐに無表情を取り繕うと、咳ばらいを一つして、無言で端末を操作した。
直後、俺の網膜に通知がポップアップする。
【査定結果:Sランク。100,000CCが振り込まれました】
桁が、二つくらい違う気がする。
黒田は何も言わず、足早に次の生徒の席へと向かって行った。
授業が終わり、生徒たちがゾンビのように教室を出ていく。
(精神力はまだ1000以上残ってるし、このまま世界を発展させるか…)
俺がコネクトに意識を戻しかけた、その時だった。
「あの、神代くん」
声をかけてきたのは、隣の席の東雲だった。
「よかったら、学食、行かない?」
少し頬を赤らめ、上目遣いで尋ねてくる彼女に、断るという選択肢はなかった。
俺達は連れ立って、学食へと向かった。
桜ノ島高校は、コネクト技術の研究総本山である巨大施設の中に併設されている。
国から莫大な補助金が出ているらしく、どの設備も超一級品だ。
案内された食堂は、ホテルのメインダイニングかと見紛うほど巨大で、豪華絢爛な内装だった。
「わー、すごいね…!」
「ああ…」
二人してその光景に圧倒されながら、俺たちは食券の券売機の前に立つ。
タッチパネル式の巨大なモニターには、愛らしくSFチックな服装の美少女AIアバターが映し出され、にこやかに微笑みかけてきた。
『こんにちは、神代アキラ様、東雲美沙様。食堂AIの“セカイ”です』
『東雲美沙様。残高は5000CCですね。こちらのメニューからお選びいただけます』
パネルに表示されたのは、おにぎり、味噌汁、たくあんといった、質素な食事だけだった。
「ふえーん、こんなに豪華な食堂なのにひどいよー!」
涙ぐむ東雲を見て、俺は自分のデバイスを券売機にかざした。
「だったら、俺のCCで買えばいい」
『神代アキラ様。残高は10万CCです。スペシャルメニューを含め、全てのメニューからお選びいただけます』
「えっ、じゅ、10万!?」
東雲さんが、信じられないという顔で俺を見上げる。俺は目立ちたくなかったので、その中から当たり障りのなさそうな「セカイちゃん定食」を二人分注文した。会計は30,000CC。
(10CCが1円くらいか。だとしたら、A定食は一人1500円。結構するな)
俺はそんなことを考えながら、東雲さんを連れて席に着いた。
「ありがとう、神代くん! でも、本当に良かったの? 3万CCなんて…」
「別に、有り余ってるから構わないよ」
目の前に運ばれてきた「A定食」は、その名前に反してとんでもなく豪華だった。
メインディッシュの皿には、俺の腕ほどもありそうな巨大なエビフライが二本鎮座している。衣は黄金色に輝き、ぷりっぷりの身が透けて見えそうだ。それだけで相当な値段がしそうだった。
「すごい……! こんな大きなエビフライ、初めて見た…!」
昼食は思った以上に楽しい時間になった。その理由の大半は最強美少女の東雲が定食を一口食べるごとに「んーっ♪」と心底嬉しそうな顔をするからだろう。
「誰とコネクトするか決めた?」
コネクト。
他人同士が異世界を繋げて一つの世界として確定させるシステム。お互いの文明や種族、自然現象なども影響しあうとか。
「いや、まだだけど。コネクトって、そんなに重要なことなのか?」
「もちろんだよ!」
東雲さんは真剣な顔で頷いた。
「だって一度コネクトした世界は、もう二度と切り離すことはできないんだよ。だから、相手はすごく慎重に選ぶべき。一生のお付き合いになるかもしれないんだから」
「一生……か。重いな」
結婚よりも重い響きだ。
「もし、相手の同意なしに無理やりコネクトしようとしたら、どうなるんだ?」
「それは国が定めた法律で禁止されてる、一番やっちゃいけない犯罪行為だよ」
東雲さんの声のトーンが、少しだけ低くなる。
「強制コネクトは相手の世界の理を捻じ曲げる、侵略行為そのものだから。もし実行すれば最悪の場合、強制した側の異世界を“殲滅”する処置がとられることもあるって、親戚が教えてくれたんだ」
「殲滅……」
物騒な単語に、俺は息を呑んだ。
「も、もちろん、それは本当に最悪の場合だよ! 普通はお互いの世界が交流できないように、境界に壁やバリアを張るパターンが多いみたい」
それでも望まない相手と永遠に繋がってしまうのは、地獄以外の何物でもないだろう。
「そもそも、そんなに何人もとコネクトできるものなのか?」
「ううん、それも人それぞれみたい」
東雲は人差し指を立てて説明してくれた。
「コネクトできる数の上限は、ステータスの“潜在領域”の値に影響されてるって噂だよ。卒業までに普通は十人前後と繋がれるらしいけど、中にはたった一人としかコネクトできなかった例もあるみたい」
潜在領域。
俺のステータスで、唯一「測定不能」と表示された、あの項目。
自分の胸にそっと手を当てた。この心臓に眠る兄は、俺にどれだけの“繋がり”を許してくれるのだろうか。
そんなことを考えていると、東雲が少しもじもじしながら、期待に満ちた瞳でこちらを見ていた。
「だからね、もしよかったらなんだけど…。私と、その…仮コネクトでいいから、してみないかな?」
その申し出は、俺にとって予想外のものだった。
だが、彼女の真剣な眼差しに、断る理由など見つからなかった。
「仮コネクト?」
「実際に接続するんじゃなくて、データ化した二つの異世界をシミュレーション上でコネクトしてみるの」
「なるほど、イメージトレーニングみたいなもんか」
「うん、仮コネクトの結果次第で実際にコネクトするか決める人は結構多いみたい」
チラチラとこちらの反応を窺う美少女。
「ああ、いいぜ。面白そうだし」
「ほんと!? やったー!」
パアッと顔を輝かせる東雲。
その笑顔はさっき食堂で見せた完璧な笑顔とは違う、どこかあどけない、年相応の少女の笑顔だった。
こういう平穏な時間も悪くない。
俺がそう思った、その時だった。
食堂の入り口がやけに騒がしい。
そこには大勢の女子生徒を侍らせ、まるで王様のように集団の先頭を歩く一人の男子生徒がいた。
「……伊集院凍夜」
誰かが彼の名を呼んだ。
俺達のテーブルの前で、ピタリと足を止めた。
「やぁ、美しき僕の姫君」
純粋に、気持ち悪い。




