第31話
明晰夢というのだろうか、混濁する意識がゆっくりと形になっていく。
真っ白な身体を動かし淡い光に向かっていくと、真っ白な空間に小さな部屋が現れた。
扉を開き、中へ入る。
「……俺の部屋だ」
フローリングの上に柔らかいマットが敷いてあり、タンスや机の角には保護カバーが張られている。
幼少期、病弱で倒れがちだった俺を気遣ってくれた両親の証。
机の引き出しを開けると、妄想を書き出した設定ノートがぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「アキラ、お前の書いたノートの設定、ミストガルドの世界にたくさん反映されてるよな」
背後から懐かしい声が届き、俺は涙腺が緩んでいくのを止められなかった。
「……だって、ミストガルドは……俺の世界…だから」
「素晴らしい世界だ。正義に固執した俺には作れない自由さがある」
「俺は兄さんの世界ともコネクトしたかったよ……」
「ははは、それは嬉しいな。だけど――」
ポンと、温かい手が俺の肩に触れる。
「ミストガルドの住人には信念がある。俺の正義にも負けない強い心を持っているさ」
「………うん、うん」
それから、俺達は色んな事を話した。
夢の中だから記憶に留めておく事はできなかったけど、色々な思い出を伝えられたと思う。
兄さんはずっと笑顔で俺の話を聞いてくれた。俺は昔に戻ったみたいで、永遠にこの時が続けばいいのにと願い続けた。
だけど夢はいつか覚めるもので。
「……時間か」
「そうだな、アキラ。俺もそろそろ戻らないと」
「兄さんは今、どこで何をしてるんだ?」
兄さんはフッと笑うと、親指を立てながら答える。
「俺の正義は不滅だからな。今は―――――」
その言葉を聞いて、俺も笑顔で言葉を返した。
どんな言葉だったか、何度思い返しても思い出せなかったけど、挨拶だった気がする。
別れではなく、再会を願うような。
◇
それから、コネクト関連の不正事件として様々な動きがあった。
まず黒田が捕まった。
コネクト中で意識を失っている女子生徒に対し、何度も猥褻行為を繰り返した罪はかなり重いらしい。
精神、つまり心への加害に対する罰則が昔より強くなっている現代において、黒田の犯した罪は殺人に近しい行為と認定されたようだ。裁判には時間がかかるだろうが、間違いなく十数年は収監されるだろうとのこと。
次に元ラグナロクプレイヤーの一人、久留間丈二が捕まった。
名前を聞いてもピンとこなかったが、あの中級魔法を放とうとしたガリガリの男らしい。
他のメンバーよりも特徴的な見た目をしていたため、指名手配によってすぐに見つかったとか。
残りの三人は学生に自白剤を飲ませ、不正プログラムを生体デバイスに強要し、俺の異世界へ攻撃したことから指名手配となっている。
ただ一人、如月華蓮だけは何もしていないので重要参考人として任意出頭を呼び掛けていると警察関係者は言った。
後から知ったことだが、如月華蓮が捕まったのは退学後の事であり、しかもそれは俺と兄さんの事故とは無関係であったという。そのため、柊木先輩のリストを蓮華が見ていたとしても、ピンと来ていたかどうかは自信がないらしい。
「如月蓮華は確かに同級生ではあったが、カイトと話している所など見たことないし、私も喋ったことは一度もなかった。まさかアキラの事故に関わっていたなんて」
時系列で言えば兄さんは一年生の秋に異世界関連で挫折を味わい休学した、二年の初春で俺を助ける為に事故に遭って亡くなった。
(如月華蓮は夏休みの終わりまでに兄さんに好意を持った? ストーカーになるほど?)
こればかりは如月本人に聞くしかないが、大怪我を負った彼女が動き始めるのはまだまだ先だろう。
だけどいつか、如月華蓮は必ず現れる。
あの執着心の塊のような瞳、俺の中にカイトを見出した妄想力、尋常ではない精神状態にある。
「コネクトだけでなく物理的な攻撃までしてくるんだ。俺ももっと鍛えて負けないようにしないと」
アキレス腱の再建手術や各筋肉の断裂、あらゆる骨へのダメージ。
コネクトを利用した次世代医療をもってしても数週間はかかると言われ、トレーニングを開始するのはまだまだ先になる。
(しばらくはミストガルドの発展に集中するか……)
そろそろ新たな使徒、ミストのような優れた人材を探し出したいと思っていた。
加えてもうすぐ古代龍が戻ってくるはずだ。最古の龍と何ができるか今から楽しみすぎる。
次に伊集院透夜の話をしておこう。
彼は王妃三人を救うために自身の精神力を削りすぎた。
古代龍は時間をかける必要があると提案したようだが、伊集院先輩は「それでは罪を償えない」と異世界の再生を強行したという。
伊集院先輩はあの指名手配を受けた連中とコネクトをしていたと思っていたが、それは騙されていたらしく、「僕なんかコネクトするのも勿体なかったようだね。本当にピエロだよ、僕というやつは……」と、古代龍に愚痴を吐いていたと後から聞いた。
ほぼ滅んでいたとはいえ、王妃達の異世界の残滓は確実に存在していたので、古代龍は伊集院透夜の過去を再生した後、跡形もなく消滅した。王妃達と伊集院透夜のコネクトは〝なかったこと”になり、三つの異世界は再び形を取り戻したのだった。
ただ、精神力を消費しすぎた伊集院透夜は古代龍の前で倒れてしまい、そのまま意識を取り戻すことはなかった。それは現実でも同じで、警察は事件の重要参考人として彼を精神病院へと移送した。
伊集院透夜休学事件は一部の女子を発狂させる大事件となったが、三人の王妃が「皇子は必ず帰還します。その時を待ちましょう」とファンクラブの結束をより強固にしたようだ。
篠田先輩は休学し、伊集院透夜の近くにいるらしい。
「透夜君が留年するなら、私も一緒にしてあげないと」
何の迷いもなくそう言える篠田先輩は伊集院先輩の事が好きなのかというとそうでもないらしく、
「ううん、私、もっと男らしい人が好みだから」
とサラリと言い放った。
本人が悪いとはいえ、伊集院先輩の行動はそもそも無意味だったのだろうか。
「……だけどね、透夜君が全員から愛想を尽かされて、いっぱい頑張っても無理だった時、私が一人だったら近くにいてあげても良いかなって。それ程度の幼馴染なの、私達」
なるほど、よくわからん。
ただ、この時ばかりは少しだけ羨ましいと思った……ような気がする。
残りの王妃、細田先輩の話をする前に、新条グループの話をしようと思う。
今回の事件、明らかに大きな組織が手引きしていた形跡があるにも関わらず、警察は新条グループの事件への繋がりを一つも見いだせなかった。それどころか黒田とやり取りをしていた証拠もなく、指名手配された男達も海外を通じて伊集院と直接契約した形になっていた。
蓮華や柊木先輩を通じて桜ノ島コネクトに動いて貰おうとしたが、
「すまん、実は別の案件で新条グループとは対立構造になっているみたいで、下手に刺激できないらしいのだ」
「だが、安心してくれ。柊木の名に懸けて必ず君達を守って見せる。両親には情報共有して秘密裏に動いて貰っている」
柊木先輩は続けて、恐ろしい計画を打ち明けた。
「これから俺は波風君と共にラグナロク専門の部活を立ち上げる。ランキング戦を桜ノ島コネクト企業側の生徒で埋め尽くし、この高校の実験を握るつもりだ」
「それって、悪役の発想に見えるんですけど……」
「ふっ、正義の反対もまた正義、悪の反対もまた悪、それだけだよ」
もう表の顔を続ける必要はないらしく、昼行燈な柊木先輩はいなくなったようだ。
話を細田先輩に戻そう。
彼女の異世界を再生することは叶わなかったが、俺にはとある計画があった。
それは古代龍が戻ってこないと始められない計画だが、絶対に成功する自信があった。
『ミストも必ず成功すると信じています』
病院のベッドでミストが脳内に話しかけてくる。
この数週間、ミストとは今まで以上に話したし、仮想空間でいっぱい遊んだ。
最高の相棒であり、最高の娘。
彼女が必ずと言っているのだから、間違いなくそれは成功する。
コンコン、と控えめなノックが病室に響いた。
「どうぞ」
「入るね、アキラ君」
「お邪魔しまーす」
じゃーん、と。
両手を広げながら現れたのは美沙と細田先輩。
「見てみて! ミストちゃんのコスプレだよ!」
二人ともミストの軍服姿をコスプレしていて、とてもよく似合っていた。
蒼を基調とした軍服は肌の露出が少ない分、体のラインが強調されている。
細田先輩はギャルっぽく白のミニスカートにしていて、スラリとした足に白のニーハイソックスを履いているのは余りにも攻撃的だった。意識せず絶対領域に視線が向かってしまう。
「……えっちじゃん、後輩君♡」
わざとらしく手で絶対領域を隠す細田先輩。それが余計に視線をくぎ付けにする。
「ねーねー、一緒に写真撮って良いかな?」
美沙の提案に俺は慌てて返答する。
「い、いや、俺パジャマ姿なんですけど!?」
「まーまー、いいからいいから。後輩君はパジャマ姿でもカッコいいよ」
そんなことを言われたら断れないじゃないか。
「じゃあ、あーしはこっちに行くから、美沙はそっちに座って」
「はーい、ちょっと失礼するね」
もぞもぞとベッドに昇ってくる二人。右手に美沙のお尻が、左手に細田先輩の太ももが乗って身動きが取れなくなってしまった。
「柊木先輩から借りてきたデバイスに私の妖精を憑依させてるんだ」
ボール大のドローンが少し離れた場所でピタリと空中に停止する。
美沙の異世界もどんどんとレベルアップしているようだ。遠くないうちに対等にコネクトできる日が来るかもしれない。
「それじゃ、撮りますね」
「あーね、後輩君はまっすぐ前を見ててね」
「あ、あい」
美女二人に囲まれ、苦笑いしかできない自分。
すると、二人はお互いの顔を見合わせた後、「せーの」と小声で囁き、そして――。
「助けてくれてありがと」
「かっこよかったぜ、後輩君」
と、耳元で甘く囁きながら俺の頬にキスをしたのだった。




