第27話
放課後、多目的ホールの観客席は余すことなく埋まっていた。
それどころか立ち見すら溢れている状態。
今日の実況も宮崎リン先輩。
ここ最近の実況があまりにも人気すぎて、プロの試合を実況してくれないかとオファーがあったらしい。
隣に座っている解説役は三年生の獅子島玲央、この学園のランキング不動の一位だという。ライオンの鬣のようにふっさふさの髪が特徴で、きりっとした凛々しい眉毛と相手を射殺しそうな眼光、レスラーのようにムキムキの体格はまさに王者に相応しい風格を漂わせていた。
「さぁ、さぁさぁさぁ! 本日注目の一戦!! ついに、ついにやってまいりました!」
リン先輩の鼻息に合わせ、俺と伊集院先輩がステージに登壇する。
先の一戦で俺の評価も上がったのか、同じくらいの応援が飛び交っていた。
「まずは伊集院透夜選手の紹介から! 前回新条選手に敗れましたが、本来の実力はあんなもんじゃない! 一部の噂ではプロ選手からレクチャーを受けてパワーアップしているとか!」
黄色い声援が伊集院先輩を後押しする。
コネクトした女子生徒の異世界を破壊し、代わりに元犯罪者集団と手を組んでいるなんて誰が想像できるだろうか。
「獅子島君は伊集院選手をどう評価していますか?」
「うむ、正統派ファンタジー異世界を二年生にして育て上げた実力は本物だ。特に彼の騎士団は見た目もさる事ながら、戦闘力は目を見張るものがある」
「ちなみに獅子島君の異世界は動物達が人類を支配し、その頂点に白銀の獅子が君臨している珍しい世界です!」
宮崎先輩のリサーチ力は追随を許さないものがある。
深堀することはないが、その広さは他校の選手まで網羅しているとか。
「さて、対する神代アキラ選手は新入生にして圧倒的な異世界を持っています! 本人から公開の許可を得た部分から抜粋しますと、エルフ、ダークエルフ、ドラゴン数種がすでに存在しているとか!」
生徒にとっては衝撃の事実だったのだろう。
スタジアム中に動揺が広がっている。たった数週間でそこまで進化させられるのか、と。
(その進化までは一週間で到達した、なんて言ったら嫌われそうだな)
嫉妬交じりの歓声に手を振ると、獅子島先輩が叫んだ。
「神代アキラ新入生! 我は貴様と戦いを所望する!」
「おーーっとこれはーー! ランキング一位から戦いのご指名だぁああ!」
これには流石の伊集院先輩も動揺の色を隠せなかったようだ。
明らかな嫉妬と怒りの視線がこちらを突き刺してくる。
「さぁ! 対する神代アキラ選手はどう返すのか!?」
宮崎先輩の煽りに対し、俺は生体デバイスを通してスタジアム中に聞こえる声で答えた。
「獅子島先輩の異世界とは戦うよりコネクトしたいです」
「………」
「………ぷっ」
予想外の答えにあんぐりと口を開けたまま固まっている獅子島先輩を見て、宮崎先輩が噴き出してしまった。
「そう言えば獅子島君は動物王国という特殊な異世界のせいでコネクトしてくれる相手がいないと嘆いていましたね。神代選手の返事にどう返しますか?」
宮崎先輩の言葉に獅子島先輩はか細い声で、
「……お、おう」
と、顔を赤くして答えたのだった。
「なんと! 不動の一位、獅子島玲央選手! 戦う前から新入生にノックアウトされてしまった!!」
うぉおおおっ! と今まで一番大きな歓声が響く。
「さて、と。十分盛り上がった所ですし、決着をつけましょうか」
「な・ま・い・き・な一年生めぇええええ!」
ついに感情の限界を超えてしまったのだろう。
伊集院透夜が力強く右手を空に挙げた。
「現れよ! 僕の最強の騎士団!」
ドンドンドンッと、巨大な光の柱が空から地面へと降り注ぎ、十数人の白銀の騎士が白馬にまたがって現れた。以前よりも神々しいオーラを放っている。
「君にだけは教えてやろう。僕はこの一週間、新しくコネクトした異世界から神器や覚醒アイテムを輸入し続けた。そして華麗な華の騎士団は最強の華の騎士団に進化したのだ!!」
自信満々な伊集院先輩の態度に黄色い歓声がより一層大きくなる。
「僕の騎士団は平均レベル82! 武器も神器クラスで揃えている! 君は手も足も出ない強さを手に入れたのだ!」
高笑いする伊集院先輩を無視して、俺は右手を空に掲げる。
「来い! 俺の子ども達!!」
先ほどの光の柱とは比べ物にならないレベルの強い光が降り注ぐ。
召還したのはミスト、と古代エルフ二人だ。
エルフやダークエルフよりも色白で耳がツンと尖っている。魔力などという軟弱な力は寄せ付けないと言わんばかりに体中からマナがあふれ出していた。
「主様、ミストだけで十分だったのに古代エルフなんて召還したら試合になりませんよぉ」
ミストはネームドでありながら古代エルフに勝てないことを認めていた。
実際、ネームドになってからも鍛錬を続け、レベル412になったミストのステータスと古代エルフ二人のステータスを比べると雲泥の差があった。
「な、なんと、神代選手が召還したのは喋る英霊、つまりネームドだぁああああ!」
先ほどよりも大きな歓声、もはや天井が割れるのではないかと心配になるレベルの歓声が上がる。
「皆さん初めましてー、ハーフエルフのミストです♡」
両手でハートマークを作り、ウィンクをするミスト。
最近アイドルのライブを見るのが趣味だった彼女は、いつの間にか技術を取り込んでしまったようだ。
いつぞやの謎のダンスをする波風親衛隊が先頭で踊りだす。「ミストたーん!」と叫んでいて何とも言えない気持ちになった。
「なっ、ね、ネームドだと。き、貴様っ、一体、なんなんだぁ!?」
もはや怒りを通り越して恐怖を感じ始めたのだろうか。
青ざめた表情で伊集院先輩は俺を指さした。
「何って、そんなの説明するまでもない」
俺が右手で銃の形を作り、伊集院先輩に向ける。
すると、古代エルフ二人が古代魔術の詠唱を始める。
バチッバチッと火花が飛び散り、それが魔術で生まれた副産物ではなく、膨大なエネルギーを表現しきれない施設のオーバーヒートだと分かった時、
―――ブツンッ!
と、音を立てて立体映像が消えたのだった。
「これはこれはいったいどうしたことかーっ!」
混乱する宮崎先輩の元へスタッフが近寄り耳打ちした。
「運営からの情報が入りました! どうやら神代選手の英霊が放とうとした術式のエネルギーがこの施設では表現しきれなかったらしく、回線の一部がショートしてしまったようです!」
観衆のがっかりした声が響く中、宮崎先輩が言葉を続けた。
「ですが安心してください! 少し遅れて映像データは皆様の元へ届きます! ですので、神代選手と伊集院選手はそのまま戦いを続けてください!」
そう、実は俺と伊集院先輩は仮コネクトで繋がっているため、立体映像ではなく脳内で再現された空間にいたので戦いは続いていた。
「……なんなんだよ、なんなんだよお前はぁ……」
「主様に言われて古代エルフの力を解析しようと思いましたが、これはちょっと私には無理かもしれないですね」
ミストの正直な言葉に俺は内心焦っていた。
最強のハーフエルフと呼ばれた彼女ですらどうしようもない存在が、ミストガルドの地下で活動を続けている事実。
旧世界の出来事など知ったことではないと、地下深くで文明を発展させ続けてきた彼らは一体どれほどの力を蓄えているのか。そして何より、〝彼らは世界にとって敵なのか味方なのか”。
しかしながら、英霊として使うにはあまりにもチートすぎたようで。
彼らの古代魔術が発動した瞬間、伊集院先輩の白銀の騎士はプツンッと間抜けた音を立てて消えてしまった。どういう原理でどういう結果が生まれたのか俺にも分からなかったが、白銀の騎士が一人残らず消えてしまった。
それだけは確かな事だった。
「く、くそ、卑怯者! どうせ金を積んで強力な助っ人を呼んだんだろう!」
どの口が言うのか、とツッコミを入れたくなったが、それよりもすべきことがあった。
「だったら、俺とサシでケンカしましょうよ」
ミストと古代エルフが一歩後ろに下がり、俺は伊集院先輩に近づいていく。
「これは何ということだぁああ! 圧倒的な力を見せつけた神代選手でしたが、伊集院選手と直接対決をお望みのようだぁああ!」
「ふむ、どうやら彼らは何かしらの因縁があるようだな」
伊集院先輩は頭の中で何かを計算しているのか、上の空だった。
しばらく待っていると、何かを決めたのかニヤリと笑って口を開く。
「ふ、ふふふっ、ふはははははっ! 本当は先ほどの魔術で力を使い果たしたのだろう!?」
「えっ、じゃあもう一回――「ちょっと待てぇええ! それはやめなさい!!」
必死の形相で止めてくる伊集院先輩。
感情的な彼が珍しいのか、生体デバイスのシャッター音がスタジアム中に響いた。
「……まぁ、いいだろう。君が一対一の決闘をお望みなら、僕も受けて立つ」
ザッザッ、とお互い拳の届く距離に近づく。
制服の上着を脱ぎ捨て、お互いシャツ一枚になった。
「生意気な後輩には悪いが、僕は現実でも舐められないように格闘技を習っているんだ」
確かに、シュッとした顔に似合わず筋肉質な身体をしている。
細マッチョと言っても過言ではない。
「俺だって一年間鍛え続けてきたんだ。アンタみたいな腐った根性の男には負ける訳にはいかないな」
たとえ一年遅く生まれようとも、運動に対する執着は誰にも負ける気はしない。
ずっと心臓の弱かった人生を過ごし、悲運にも兄の力強い心臓を手に入れた。
自堕落な生活なんてしようものなら、心臓の方から逃げていたはずだ。
「それでは! 一対一の近接戦闘、開始ーーーーっ!」
宮崎先輩の掛け声とともに、俺と伊集院先輩は同時に右こぶしを振りかざした。
ほんのわずかだが伊集院先輩の拳が俺の頬に触れた。衝撃がゆっくりと伝わってくる。
だが、これは仮想空間の世界で、現実の物理法則だけが全てではない。
手ごたえを感じてニヤリとしていた伊集院先輩の顔が驚きの表情に変わる。
俺は気合で彼の攻撃を受け止めたまま、拳を彼の頬にめり込ませていく。
肉を潰し、骨を砕く音が響く。
ゴッと音が響いて伊集院先輩が後方に吹き飛んだ。
「なんとーーーっ!? 先に拳を当てた伊集院選手ではなく、神代選手の攻撃がクリーンヒットーーー!」
「コネクトは心の力。伊集院透夜より神代アキラの心が強かった。それだけだ」
さすがは獅子島先輩、的確な解説に歓声が沸いた。
「く、くそ……この僕が一年生ごときに」
何とか立ち上がり体勢を整える伊集院先輩。
だが、休ませるつもりはない。
一発、二発、三発。
右拳、右蹴り、頭突き、間髪入れずに攻撃を繰り出していく。
時折反撃してくるが、単調な攻撃は大きく避ける必要もない。
四発、五発、六発。
だんだんと伊集院透夜から気力が失われていく。
だが、痛みで心を正せる段階はとっくに終わっている。伊集院透夜は誰からも許されず、許しを請うこともさえ許さない。
「伊集院透夜! お前の壊した世界は痛みを感じる事さえできない!」
王妃達を裏切り、彼女達の心、そして世界を壊した罪。
新入生で何も知らない女子生徒を混乱させ傷つけた罪。
「だから!! お前が代わりに痛みを背負え!!」
心の中で叫ぶ――限定解除と。
全身にマナに似た強い力が溢れる。
「や、やめ……」
もはや戦闘意欲を失っていたが、それは彼女達の異世界の住人だって同じこと。
「今さら遅いんだよ!!」
ゴッ――――――と。
音を置き去りにするような一撃が伊集院透夜を吹き飛ばした。
十数メートルは吹き飛んだだろうか。
意識の失いにくい仮想空間ではあるが、伊集院透夜の意識は完全にシャットアウトされていた。
その証拠に、仮想空間から彼の姿が消えてしまう。
「け、……決着ーーーーっ! 神代アキラ選手の完勝です!!」
満場一致の歓声が響き渡った。
終わりに向けた始まりの一歩は大きく力強く、しっかりと踏み出すことができたのだった。




