第26話(後)
仮想空間での地獄の特訓を終えた後は、蓮華の手作り料理を堪能する時間だ。
「コネクトは想像以上にエネルギーを消費するからな。しっかり食べてしっかり修行するんだ」
現代に生きる侍である蓮華にとって、修行という言葉時代た甘美な響きなのだろう。
満面の笑みでテーブルに並べられたのは、ケーキに唐揚げ、ラーメンにミックスジュースと、まるで食のワンダーランド状態だった。
消費しきれない栄養、特に糖質や脂質は、この後の運動で強制的に消費することになる。
間に合わない分はBOOSTのエネルギーとして燃焼させる予定だ。
(エンジンを空ぶかしするようなものだから、身体に悪影響なのは間違いないな)
時には痛みが伴うこともある。
ミストガルドの歴史を見てきた俺が泣き言など言ってられない。
「……す、すまん、アキラ!」
うずうずとこちらを見ていた蓮華がおもむろに俺の頭を抱きしめた。
豊かな胸の感触に窒息しそうになるが、蓮華姉さんの奇行は今に始まったことではない。
無視して唐揚げを頬張っていると、彼女は一方的に熱い気持ちを吐露し始めた。
「私は今でもカイトが好きなのだが、アキラ、君も同じくらい愛おしいのだ」
「兄さんには一度も告白したことないくせに、なんで俺には昔から何度も告白してくるんだよ!」
「だってアキラは私の愛を受け入れてくれるだろぉ!?」
どうやら蓮華にとって、「愛情」イコール「付き合ってほしい」にはならないらしい。
一方的に愛を振りまいては、一方的に満足してしまう。
タチが悪いのはこの愛が俺たち兄弟に限らず、彼女が「認めた」相手なら性別問わず抱いてしまう。
一言でいえば“性癖”のようなもの。
ただでさえ絶世の美少女がこんな告白をしまくるものだから、昔から何度も何度も人を勘違いさせてきた。
(だからって嬉しくない訳はないんだけど……こんなの最早、災厄だ)
料理を全て平らげて一休みした後、俺たちは桜ノ島コネクトが管理する屋内道場へと赴いた。
創造される異世界はファンタジーが圧倒的多数だが、次いで多いのが江戸時代の再現だ。
その想像力を高めるため、学園都市内には神社や道場が数多く建設されている。
「ふむ、BOOSTと似たシステムについては研究者から聞いたことがある」
道場のど真ん中、蓮華は木刀を正眼に構えながら言った。
「コネクト開発初期に構想された、“身体強化人間”を作るというコンセプトだ。だが、人体へのダメージがあまりにも大きすぎて計画は頓挫、システムは破棄されたと聞き及んでいたが……どうやら、諦めきれないマッドサイエンティストがいたようだな」
人間の欲望は計り知れない。一度でも夢見てしまった可能性は、中々手放せないものだ。
俺は道着に着替え終えると、空手の構えを取った。
ミストに研究してもらった結果、両手を前に出して重心を低く落とすこの構えが、BOOST使用時には一番理想的らしい。
「では、こちらから行くぞ!」
蓮華が裂帛の気合いと共に、大きく一歩踏み出してくる。
(ミスト! 最初から全力で行くぞ!)
『はい! 主様!』
脳内に響く頼もしい相棒の声。
同時に、俺は心の中で叫ぶ。――限定解除!
「………っ!!」
バコンッ、と仮想空間で感じた以上の衝撃が心臓を叩いた。
だが痛みはない。ミストが完璧に負荷を調整してくれているおかげだ。
(仮想空間の時より、身体が重い……。だけど、思考は冴えている!)
世界の動きがスローモーションになっている中、蓮華が木刀を振り上げながらゆっくりとこちらに近づいてくるのが見える。
俺は泥のように重い腕をゆっくりと前に突き出し、彼女と木刀の連結部分――手首を掴もうと試みる。
「……なっ」
俺の動きが予想外に速かったのか、蓮華の瞳孔が驚愕に大きく開いていくのが分かった。
咄嗟に反撃から逃れようと、着地した右足で強く踏ん張る彼女。
だがその行動が決定的な隙を生んだ。
「隙あり!」
遠慮なく蓮華の右膝を踏みつけそのまま木刀を蹴り上げる。
彼女の手を怪我させないように木刀の柄の部分だけを的確に狙った。
――スパァンッ、と軽快な音が道場に響いた。
「……これが人類のステージが一つ上に昇った瞬間か」
「いや、負けた側が言うセリフじゃないだろ」
フッと笑う蓮華に、俺はツッコミを入れる。
BOOSTが実戦でも使えることは確認できた。
残りの時間はひたすらシステムを現実に馴染ませることに集中した。
ミストの提案で最も適した動きであるパルクールやロッククライミングを取り入れ、学園都市のビル群を駆け抜ける日々。
そうして、泥と汗にまみれた一週間が過ぎ――。
「さぁ、いよいよやってまいりました! 本日のメインイベント! 注目の一戦!」
コロシアムに、実況の声が響き渡る。
「伊集院透夜選手 対 神代アキラ選手ーーーっ!」
運命のランキング戦は、すぐにやってきたのだった。




