第2話
神の最初の仕事――大地創造。
目を閉じた暗闇に、半透明のウィンドウが浮かび上がった。
生体デバイスが網膜に直接投影しているのだろう。いわゆるAR(拡張現実)というやつだ。
【基礎創造演習:大地】
【制限時間:30分】
【評価基準:創造した大地の面積、安定性、元素含有率】
「いいか、創造には“精神力”を消費する。自分のステータスをよく確認し、無駄遣いはするなよ。初日から精神力を使い果たして気絶、なんてダサい真似はするな」
黒田の言葉に従い、俺はウィンドウのタブを切り替えて自分のステータスを表示させた。入学時の適性検査で見た、俺の神としての設計図だ。
【神代アキラ:初期ステータス】
創想力 (Imagination): SSS (世界の“部品”となるアイデアを生み出す力)
演算速度 (Processing): A(イメージを世界に反映させる速さ、対応力)
精神力 (Mentality): A (2000/2000) (創造の源となるスタミナ)
構築精度 (Precision): SS (世界のルールを緻密に作り込む力)
潜在領域 (Potential Area): 測定不能 (世界の広さの限界値)
(精神力A評価、最大値は2000か。これが俺のMPみたいなものだな)
他の生徒たちも、自分のステータスを確認してざわついている。
「うわ、俺の精神力Eだ…。最大値500しかない…」
「お前、演算速度Cかよ。俺なんてDだぞ」
どうやら、俺のステータスは抜きんでて高いらしい。
子供の頃から想像力と妄想力には自信があったが、こんな形で評価される時が来るとは。
(兄さん…見ててくれよ。俺、この力で最高の神になってみせるから)
俺はウィンドウを「創造モード」に切り替えた。
そこには、ご丁寧に『大地創造チュートリアル』というボタンが用意されている。
俺はそれをタップした。
【大地創造コマンド】
土壌(粘土質): コスト 1
岩石(花崗岩): コスト 1
水(真水): コスト 1
鉄鉱石: コスト 2
etc...
(ふーん、意外と安いな。これなら結構余裕かも)
俺は軽い気持ちで、まず土壌と岩石を組み合わせ、広大な大陸の土台をイメージした。
次に、生命に不可欠な水。どうせなら湖の一つでも作っておこう。俺はウィンドウのバーをスライドさせ、創造する量を最大に設定した。
【確認:土壌1000unit、岩石1000unit、水500unitを創造しますか?】
【消費精神力:2500】
「――は?」
思わず声が出た。
消費精神力、2500。俺の最大値2000を余裕でオーバーしている。
慌てて周囲の声を聴くと、他の生徒達も同じ壁にぶち当たっていた。
「ちょっ…!『土を一握り』でコスト50も持ってかれるんだけど!?」
「『拳大の石』でコスト80!? 無理ゲーだろこれ!」
悲鳴が飛び交う教室。
どうやら、ウィンドウに表示されているのは、最小単位あたりのコストらしい。俺がさっき見た「コスト1」というのは、おそらく砂粒一粒とか、そんなレベルの話なのだろう。
これが神の仕事の現実。
リソースは有限。誰もが、自分の精神力と相談しながら、ちまちまと大地を創造していくしかない。
(くそっ、どうすれば…)
俺が頭を抱えた、その瞬間。
脳裏に、あの夢がフラッシュバックした。
白い空間で、優しく俺の頭を撫でる兄さんの手。
――アキラ。俺の代わりに人生を楽しんでくれ。
(……そうだ。俺は一人じゃない。この胸には、兄さんがいる)
俺はもう一度、強く、強く念じた。
(兄さんなら、どうする…?)
その時、アプリの表示に変化が起きた。
今まで見えていなかった、新たなタブがフッと浮かび上がったのだ。
【継承コスト(Legacy Cost)】
俺は吸い寄せられるように、そのタブをタップした。
『継承コストシステムを起動します』
表示された創造リストを見て、俺は自分の目を疑った。
【大地創造コマンド(継承コスト適用)】
土壌(粘土質): コスト 1 (熟練度Lv.MAX)
岩石(花崗岩): コスト 1 (熟練度Lv.MAX)
水(真水): コスト 1 (熟練度Lv.MAX)
鉄鉱石: コスト 2 (熟練度Lv.MAX)
etc...
リストは先程と何も変わらない。
ただ、全ての項目の横に(熟練度Lv.MAX)という、見慣れない表示が追加されていた。
(……まさか?)
震える指で、俺はもう一度、先程と同じ量の創造を試みる。
土壌1000、岩石1000、水500。
【確認:土壌1000unit、岩石1000unit、水500unitを創造しますか?】
【消費精神力(継承コスト適用):25】
「…………は?」
消費精神力、25。
さっきの百分の一。
見間違いか、バグとしか思えない数値。
俺には、なぜこんな事が起きるのか、その理屈は分からない。
でも、確信だけがあった。
これはバグなんかじゃない。
きっと、兄さんが俺にくれた、最初のプレゼントなんだ。
俺は、込み上げる感情を抑えながら「実行」ボタンを押した。
この日、何もない世界に大陸と海と広大な湖が生まれた。
他の生徒達が、ようやく手のひらサイズの島を創り終えた頃に。




