第25話
篠田先輩への返答、美沙の異世界を護るための手段、新条グループとの対立。
様々な問題点が膨らみつつある中、個人的に嬉しい出来事もあった。
ランキング戦にデビューして以来、神代アキラのファンが現れたということだ。
(今日もメッセージが届いてる……)
ファンになりました。という匿名のメッセージが送られてきたのは数日前。
毎日数通のメッセージには写真データが添付されており、そこには色鮮やかな服を着た国民が楽しそうに暮らしていた。
地球の服飾デザインが大きく影響しているのだろう。
セーラー服を着た一族や、メイド服で統一された冒険者パーティなど、面白い世界観でこちらがファンになりそうだった。
「……えっ?」
いつもなら写真のデータが添付されているはずだったが、今回は違った。
『黒田の研究室前で聞き耳を立てるべし」
いたずらか、あるいは罠か。
どちらにせよ、行かないという選択肢はなかった。
(気配を消す訓練をしておいて良かった)
俺は研究室の扉にそっと近づき、柊木先輩から借りた集音装置を作動させる。
誰かに見られたら通報されてしまう怪しさだったが、黒田の研究室は廊下の突き当りにあったので柱に隠れれば早々にバレないだろう。
そして集音装置が拾った声は、黒田と伊集院透夜の声だった。
「これ以上は無理だ! 生徒の異世界を意図的に破壊するなど、発覚すれば重罪なんだぞ!」
憤慨する黒田に対し、伊集院はどこまでも飄々とした態度で言い返す。
「知ったことではないな。貴方が新条グループの力で揉み消してもらっている“アレ”に比べれば、マシな犯罪でしょう?」
「そ、それはっ!」
「女子生徒を連れ込み、コネクトで意識が異世界に飛んでいる間、その身体に卑猥な――」
「だ、黙れ! 監視カメラがついているんだぞ! 録音でもされていたらどうする!」
(……うっ)
胸糞の悪い事実に吐き気を催す。
だがしかし、あのメッセージの送り主が俺に聞かせたかったのは、こんな下劣な会話ではないはずだ。
俺は怒りを抑え、もうしばらく様子を見ることにした。
「そのための新条グループでしょう? 現実の身体に傷をつける貴方と、ただ心の中の異世界を破壊するだけの僕。世間的にはどちらが重罪でしょうねぇ?」
「ぐっ……! いいか! 細田朱美の異世界を破壊する。その代わり――」
「ああ、破壊している間は彼女の身体を好きにしていい。約束は守るとも」
ドクンッ、と。
心臓が今までで一番強く跳ねた。
(――兄さんが、怒っている。……いや違う。これは〝二人分”の怒りだ。)
頭の中がグツグツと怒りで煮えたぎっていく。
今すぐこの扉を蹴破って二人をぶん殴り、その腐りきった性根を叩き直してやりたい。
研究室に突入するか本気で迷っていた、その時だった。
ツンツンと誰かが俺の腕を突いた。
思わず叫びそうになったが、そこに立っていた“彼女”の顔を見て燃え上がっていた心が、スッと冷めていくのを感じた。
「細田……先輩」
シーッと、人差し指を口元に当てるポーズで細田朱美は俺を制止した。
今までのメッセージの送り主が彼女だったのだと、俺はすぐに理解する。
「行っちゃだめです。行ったら貴方の――」
言葉にしていいものか。
信頼していたはずの伊集院が、黒田に貴方の身体を売ろうとしている。
そんな言葉、軽々と言えるはずがない。
俺が葛藤していると、細田先輩は俺の頭をポンポンと優しく叩く。
そして言葉ではなく、メッセージを送ってきた。
『大丈夫。私は大丈夫だから』
彼女はそう言って、優しく笑った。
「…………あっ」
(その笑顔は、ダメだ。ダメなやつだ)
俺は一年前の光景を思い出す。
横断歩道で心臓発作を起こして倒れた俺。
その肩を掴み、兄さんは全く同じ表情で優しく笑った。
そして俺を力強く突き飛ばし、代わりに兄さんがトラックに轢かれてしまった。
最後の最後まで、相手を「思いやる」ための笑顔。
俺の人生の原点。
助けなければ。
そう思うのに身体が動かなかった。
まるで兄さんが「今は行くな」と、この心臓を通して俺に命令しているかのように。
「朱美! やっと来てくれたんだね!」
「そりゃあ、透夜に呼ばれたら飛んでくるっつーの」
「……っ!? な、なんだい、その奇抜な格好は」
伊集院先輩の言葉を聞き、細田先輩の格好が以前の清楚な感じではなくギャル系のファッションになっていることに気づいた。制服を大きく着崩し、髪色も赤く染まっている。
「あーね。ちょっと気分転換ってやつかな。ダメ?」
「……だ、ダメじゃないさ! さ、こっちに来るんだ」
扉越しに二人の声が聞こえてくる。
(万が一あの二人が細田先輩に手を出そうものなら、何があってもこの部屋に飛び込んで止める)
俺が覚悟を決めた時だった。
細田先輩の“本物の覚悟”を知ることになる。
「私の異世界を壊したいんだよね? コネクトの枠を空けるために」
「そ、そうなんだ! でも安心してほしい。目的を果たしたら必ず復活させるから! ねぇ、黒田先生ならできますよね!?」
「あ、ああ。もちろんだ。この研究室の設備なら問題ない」
(……嘘つけ)
一度破壊し尽くされた異世界は二度と復活できない。
それを言ったのは、お前自身だぞ黒田。
ギリ、と奥歯が軋む。
しかし、当の細田先輩は今から自分に起きることなどまるで興味がないかのように、全く方向違いの質問を伊集院に投げかけた。
「ところで、いつ、東雲美沙に接触するつもりなの?」
その問いに伊集院が「えっ」と、間抜けな声を漏らした。
「だって、気になるじゃない。貴方の本当の目的が東雲美沙とコネクトすることだったら、私の異世界が復活するのはその後になるんでしょ?」
質問の意図を聞いて安心したのか、伊集院が上ずった声で答える。
「あ、あーっ! そうだね! なるべく早くしようとは思うんだけど、先にするべきことがあるんだ!」
「するべきこと?」
「ああ、一週間後のランキング戦であいつ――神代アキラと当たる手はずになっている」
「……へぇ、あのルーキー君とやるんだぁ。でも、ランキング戦の対戦相手って操作できるの?」
「本来なら難しいけどね。スポンサーの協力を得ればできないことはない」
細田先輩が俺にメッセージを送ってきた真意はこれだったのか。
少しでも多くの情報を俺に渡すため。
(だったら、もう助けに行っても――)
俺が一歩踏み出そうとした、その瞬間だった。
「それじゃあ、そろそろコネクトを始めようか」
「あ、その点については大丈夫なんで」
黒田の言葉を遮る、細田先輩の力強い声が届いた。
「あーしの異世界は友達に頼んで破壊してもらったから。嘘だと思うなら確認してみて」
「なんだと!?」
「……本当に認識されなくなってる!?」
予想外だったのだろう。
慌てふためく二人の声が外まで漏れ出している。
「じゃ、あーし帰るから。バイバイ」
ガチャリと扉が開いた。
黒田も伊集院もあっけにとられて追いかけてこない。
堂々と俺の前まで歩いてきた細田先輩だったが、
「あっ、……もう限界かも」
と、よろめいて俺に体重を預けてきた。
「……後輩君、ごめんだけど、屋上まで一緒に来てくれないかな?」
気丈な仮面はもう限界だった。
その瞳からはボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちている。
俺は肩を貸すのではなく、そのスレンダーな身体をそっと背負った。
そして俺たちは静かにその場から離れ、一目散に屋上へと向かった。
背中越しに悲しみが伝わってくる。
俺もミストガルドを破壊しつくさなければならない状況になったら、泣いてしまうだろう。
◇
屋上は美しい夕焼けに染まっていた。
涼しくなっていた季節も終わりを告げようとしている。
俺は自動販売機からこの学校で最も高価なジュース――毎日採れたての果実を使うというアサイージュースを二本購入し、細田先輩に一本を手渡した。
「へぇ、ルーキーは羽振りがいいね。金持ちじゃん」
「ええ。コネクトコインだけは、なぜか持っているんです」
ベンチに腰掛け静かにジュースを飲む。
「……美味し」
細田先輩の着崩したカーディガンがハラリと片側だけズレ落ち、ブラウスをはだけさせる。
なんだか今まで出会ったどの女子生徒とも違う、大人びた雰囲気に少しだけドキドキする。
「あー、もしかしてこの格好? ごめんごめん。この前まで中学生だった後輩くんにはちょっと刺激が強すぎたかな?」
こちらの視線に気づいた細田先輩。
わざとブラウスの襟をひらひらさせながら悪戯っぽく笑った。
「……透夜はさ。“美しいモノ”は“清純なモノ”だって決めつけててさ。私達の個性なんて全然認めてくれなかった」
彼女の言う通り、食堂で会った時の王妃は全員、寸分の隙もないほど身だしなみを整えていた。
「でも、あーしは美しさなんて人それぞれだと思う。 だからもう、こんなギャルみたいな格好してもいっかなーって。……ダメ?」
涙目でこてんと首をかしげる細田先輩。
そんな姿を見せられてダメだと言える男がいるはずもなかった。
「夕日に映えて、美しいと思います。……その、赤い髪とか」
腰までスラリと伸びた彼女の髪は、燃えるような真っ赤に染められていた。
「……あーしの異世界ってさ」
沈黙が少し続いた後、ぽつりと彼女は語り始めた。
「異世界で一番、“布”にこだわってやろうと思ってさ。世界中の染色技術を調べて、精神力は全部、裁縫技術とか染色技術につぎ込んで。透夜に比べたらすっごく小さくて弱い異世界だったけど。けど……」
ふいに限界が来たらしい。
言葉を続けるのが難しくなり、嗚咽が混じる。
「よ、よく……燃えた、なぁ……。壁とかも、ぜ、全部、布で作ってた、からさ……。真っ赤に、真っ赤に、燃えたんだ……」
この髪みたいにね。
細田先輩は自虐的な笑みを浮かべて、そう続けた。
再び静かな時間が流れた。
時折、彼女の嗚咽や鼻をすする音だけが夕暮れの屋上に響く。
(……ああ、くそ。思い出したら、俺も泣けてきた)
兄さんを失った時。
大切なものが目の前で消えていく感覚。
俺は込み上げてくるものを堪えるように空を仰いだ。
そんな俺を見て勘違いしたのか、細田先輩が「あーしのために、泣いてくれるの? うれしー」と、萌え袖のセーターで俺の目元をそっと撫でた。
俺はうまく説明する自信がなかったので、ただ首を横に振ることしかできなかった。
さらに時間が経ち、ようやくお互いの心が落ち着いてきた。
「にしし。初対面なのにお互い泣き顔見せあっちゃったね」
「初対面じゃないでしょう。いつも写真データを送ってくれるじゃないですか」
「そーだったそーだった。なにせ、あーしは神代アキラのファン一号だからね」
こんなに美して可愛いファンがいるなんて幸せ者すぎるぞ、俺。
夕陽がすっかり沈み、細田先輩が先にベンチから立ち上がった。
「あのね、後輩くん。確かにあーしは透夜の計画の情報を聞き出したけど、それは別に後輩くんにどうにかして欲しいとかそういうのじゃ――」
俺は彼女の言葉を遮り、キッパリと答えた。
「俺が終わらせます。この悲しみの連鎖は、俺が絶対に断ち切ってみせる」
「…………ぐっ……! こ、後輩くんの主人公力が、夜だというのに眩しすぎるぜ……!」
細田先輩は謎のリアクションを残し、ふらつく足で屋上から去って行った。
彼女の姿が見えなくなった後、俺のデバイスに一通のメッセージが飛んでくる。
『あーしの異世界が復活したら、ぜひコネクトしてクレヨン朱美ちゃん♪(追伸:今度会った時は、朱美ちゃんって呼んでね♡)』
絶望的な状況だというのに。
俺に余計なものを背負わせないよう、彼女なりの精一杯の気遣いなのだろう。
「……全く。俺の周りの年上たちは、偉大な人ばっかりだ」
俺は改めて満天の星空を見上げる。
まずは一週間後のランキング戦。
皆の期待に応える為、必ず勝とう。
(それだけじゃない。〝もっと先の先”まで見据えた行動をしなくては……)
チート級の想像力と妄想力が今後の動きを決める。
今の俺に最も必要なこと。
それは―――修行だ。




