幕間1~僕の心~
小さい頃、僕はいつもイジめられていた。
ぱっちりとした二重や、スッと通った鼻筋。
子供の世界で僕は“普通”ではなく、目立ちすぎた。
物心ついたばかりの彼らにとって、自分たちとは違うモノはイコール“悪”であり、無邪気な攻撃の対象だったのだ。
「とうやくん大丈夫?」
そんな中、篠田翔子だけは僕を差別しなかった。
いつもいつも、当たり前のように手を差し伸べてくれた。
靴を隠されれば一緒に探してくれたし、机を汚されれば一緒に掃除をしてくれた。
見た目も中身も、ごく普通の彼女がどうして僕の味方をしてくれたのか。
それは、今でも分からない謎だ。
成長するにつれて僕に対する女子の評価は変わっていった。
美醜の区別がつき、普通ではないことが必ずしも悪ではないと気づいたのだ。
彼女達は僕の“美しさ”に気づくと、今までのことはなかったかのように僕に擦り寄ってきた。
心の底から気持ち悪いと思っていた。
だが敵にするよりは味方にした方が良い。
僕は彼女達を受け入れていった。
それでも僕にとって女子は「篠田翔子」と「それ以外」でしかなかった。
翔子に対して恋愛感情は一切ない。
彼女は僕が最も大切にすべき“宝物”だ。
彼女の価値は世界に拒絶された僕だけが知っていれば良い。
◇
中学生になると、男子も女子も価値観が完全に逆転した。
彼らは特別で美しいモノこそ“善”であり、平凡は“悪”、醜さは“もっと悪”だと信じて疑わなくなった。
僕に媚びへつらい、その裏で不細工なクラスメイトを虐めるようになった。
(――死ぬほど反吐が出る)
彼らが何事もなかったかのように捨て去ったその価値観。
錆びだらけの鉄パイプのような悍ましい何か。
僕の魂は細部まで深く、深く傷つけられた。
身体の怪我と違って、その傷は二度と治ることはない。
せいぜい隠すくらいしかできなかった。
人気絶頂のまま高校生になった僕は、「コネクト」と出会った。
心の中に異世界を創り、育て、評価されるシステム。
(こんな僕の心でまともな異世界が創れるだろうか……)
だが結果は想像とは違っていた。
目の前に広がっていたのは澄み切った湖と、一面に咲き誇る真っ赤な薔薇。
(そうか、そうだったのか。――“美しさ”こそが、この世の全てなのだ)
僕は傷だらけの古い心を脱ぎ捨て、ピカピカに磨かれた新しい心を羽織った。
湖を覗き込んでも僕の姿は映らなかった。
創造主は世界には映らないのだろう。
僕は、そう結論付けた。
◇
コネクトの授業を受け始めて半年。
僕の異世界は白銀の鎧に身を包んだ「白銀の騎士」が活躍する、美しい世界を目指した。
そして僕の美しい世界に足りないのは、美しい異世界との接続だと気づいた。
僕は学校中の女子生徒を美醜で評価し、僕が「美しい」と認めた生徒とだけコネクトを繰り返していった。
彼女達を“王妃”と呼び、美しさの極致を目指した。
幸いだったのは翔子の容姿が「平均以上」はあったことだ。
僕の美学にギリギリ許容される範囲。
さらに嬉しかったのは優しい彼女にぴったりな、心の安らぐ世界を創造していた事だ。
◇
さらに数か月後。
ランカーとなり僕の存在は唯一無二となった。
そして運命の出会いは訪れた。
「……美しい」
新入生の中に、僕が視線を外せないほど、完璧に美しい少女がいた。
(東雲美沙。君こそ僕の“本当の王妃”に相応しい)
確信した。
美しいことは絶対であり、正しいことなのだ。
これは、この世界が定めた運命であり『祝福』だ。
「――さぁ、僕に感謝し、この手を取るがいい!」
二人で美しさを極め、誰もが羨む至高の異世界を創り上げていくのだ。
「先輩、コネクトの無理強いは法律で禁止されているって聞きました」
突然現れたのはモブの一人。
東雲美沙と一緒にいただけの、少しだけ見た目の良い男子生徒。
(僕の方が、先に見つけたんだぞ……!)
この男子生徒が許せなかった。
美しい存在は無価値な者に触れられるだけで、その魂が傷つく。
その傷は目に見えなくとも心に残り、いつまでも、いつまでも魂を苦しませるのだ。
僕がそうだったように。
東雲美沙はこんなモブと一緒にいてはいけない。
僕といる方が彼女のためなのだ。
だから、僕は手を伸ばした。
「……嫌っ!」
東雲美沙に拒絶され動揺した。
その時、僕の首元に木刀が伸びてきた。
「また貴様か。伊集院」
波風蓮華。
僕が知る限り、この学園で僕より“美しい”人間がいるとすれば、それは彼女だけだ。
本気を出した彼女の美しさには、東雲美沙ですら及ばないかもしれない。
(だが君は去年の春、その美しさを捨てた。幼馴染の死が君の魂を狂わせてしまった)
傷と傷が噛み合って、傷口が開いてしまう。
それを恐れたのだろうか。僕は彼女とコネクトしようとは一度も思わなかった。
「えっ、蓮華姉さん?」
先程のモブが、波風蓮華の名前を呼んだ。
そして彼女が、その少年の顔を認識した瞬間。
(……!? なんだ、その顔は!?)
「みみみ、見るなぁああああっ!」
顔を真っ赤にして動揺し、狼狽える波風蓮華。
完璧に整った彼女の顔がくしゃくしゃに崩れ、額には汗が滲んでいる。
僕が知る彼女の“本気”とは真逆の顔。
だというのに――。
(――人間は、こんなにも、美しい表情ができるのか……!?)
僕は知らなかった。
感情の奔流に乗った、不格好で普通ではない表情。これほどまでに人の心を揺さぶり、美しいということを。
いつも無表情で僕の顔色を窺う王妃達が、一度も見せたことのない表情。
「君の名前を教えたまえ」
「神代アキラです」
「神代アキラ。――君は、僕を敵に回したようだ」
それは嘘でも冗談でもない心からの怒り。
脱ぎ捨てたはずの傷だらけの古い魂が、再び僕の表層に現れる。
君にだけは絶対に、絶対に絶対に。
負ける訳には、いかないようだ。




