第24話
ランキング戦での鮮烈なデビュー。
何年生であろうと、デビュー戦の勝利報酬は一律100万CCらしい。
現金にしたら10万円相当と考えると、高校生には破格の報酬だ。
やはりコネクトにはそれだけ投資する価値があるのだろう。
その日の夜。
蓮華の部屋で祝賀会を開いてくれる事になった。
「えっと、……なぜ柊木先輩がここにいるのでしょう?」
蓮華、美沙、小鳥遊先輩は分かる。
だが、なぜか伊集院新条戦で解説をしていた柊木先輩まで混ざっていた。
「いやー、俺の存在は君たちの今の状況に、何かと役立つかなーって思ってさー」
飄々とした柊木先輩のペースに心を乱されかけたが、「まずは勝利を祝おう」という蓮華の一声で俺は落ち着きを取り戻した。
テーブルには特大のホールケーキや、山盛りの唐揚げ、色とりどりのサラダが並んでいる。
いくら蓮華が料理上手とはいえ、学校終わりにこれだけの量を用意できるものだろうか。
「ふっ。コネクトコインは、大正義だからな!」
俺の疑問を察したのか、蓮華は「メイドさん派遣チケット」と書かれた電子クーポンを数枚、得意げに見せつけてきた。
ほどなくして、台所から出てきたメイド達が「二時間後に、また片付けに参ります」と一礼し、静かに部屋から出て行った。妙に熱い視線を感じるのは彼女達も俺のデビュー戦を見ていたからだろうか。
「少しバタバタしたが、改めて……」
席に着いた俺に向かって、グラスを持った蓮華がじっと見つめてくる。
「本当に立派になったな。義理とはいえ姉である私は実に誇らしいぞ」
いや弟でもないし、義理でもないんだけどな。
ツッコミを入れるか迷っていると、小鳥遊先輩が「あ!」と叫んだ。
「な、波風さん! そのジュース、コネクト式のアルコール成分が入ってるやつでしょう!?」
「へへへ。コネクトを通じて、少しだけ酔った気分を味わうだけだ。ら、らから、へーき、へーき」
明らかに泥酔状態に陥っている蓮華。
コネクトの技術は様々な分野でデメリットを取り払い、メリットだけを享受できるようになったと授業で聞いたことがある。
アルコール摂取した状態を脳内で再現した時は世界が沸いたらしい。
(……まさか未成年を酔っ払いにすることができるなんて)
「それじゃあ! アキラのはつしょーりをいわって! かんぱーい!!」
おぼつかない手つきでグラスを掲げる蓮華に俺も追随する。
その時、横に座っていた美沙が俺のグラスに自分のグラスをこつんと当てた。
「へへへ、乾杯♪」
「……なんだ、この可愛すぎる生き物は」
最近うすうす感じていることがある。
美沙の真骨頂はその完璧な見た目よりも、一つ一つの言動にあると思った。
これからも東雲親衛隊(自称)の一員として、彼女を護っていかねばなるまい。
「勝利のお祝いに私を名前で呼ぶ事を許しましょう」
「ちょっとあざとすぎない?」
「嘘ですごめんなさい名前で呼んで欲しいんですぅ!」
美沙も少し酔っぱらっているのか、いつもと様子が違う。
「まぁでも、しののめってちょっと呼びにくかったし、これからは美沙と呼ばせて頂きましょう」
「えへへ、改めてよろしくね、アキラ君♪」
しばらく談笑しながら料理を楽しんでいると、ふと、柊木先輩がこちらをじっと見ていることに気づいた。
校内ランキング八位、地球再現サークルの部長。
(それくらいしか肩書は知らないが、なぜここに?)
「――なぜ俺がここにいるのか、不思議そうだねー」
にこりと笑う柊木先輩に背筋がゾッとした。
「……コネクトを使うと心も読めるんですか?」
「聞いていた通り想像力豊かだねー。でも、残念だけどまだその力は開発されていないかなー」
「だったらなんで俺の考えていることが分かったんですか?」
「いやいやー。だって君、パーティを楽しみながらもー、ずっと警戒を解いていないよねー」
そう言って彼が指さしたのは俺の足元だった。
部屋に入ってからずっと、俺がスリッパを履いていないことに気づいていたらしい。
「いざという時にスリッパで足が滑らないよう、常に備えておくなんてー。本当は君って軍の関係者とかだったりするー?」
「いえ。死んだ兄が警察官を目指していて、昔から刑事ごっこや軍人ごっこ、果ては探偵ごっこなんてものまであっただけですよ」
音を殺して歩く方法。
他人の些細な仕草から嘘を見抜く方法。
兄さんはそんな眉唾な知識も含めて、数十冊分の情報を俺に叩き込んだ。
「アキラは昔から想像力が豊かだったからな! 知識を与えれば与えるほど、そのシミュレーションが具体的で矛盾のないモノになっていく。と、カイトがよく言っていた」
少し酔いが覚めたのか蓮華が話に加わってきた。
「今日、柊木氏に来てもらったのは理由がある。――伊集院の動向を追ってもらっていたからだ」
「伊集院先輩の!?」
俺の叫びに柊木先輩は頷くと、生体デバイスから一枚の情報をテーブルに投影した。
それにしても液晶型テーブルだったなんて、流石は蓮華の家だ。
表示されたのは伊集院が新たにコネクトした異世界。
それに加えて破壊された二つの異世界の情報が記されていた。
鹿島先輩以外の他の“王妃”達の世界だ。
「彼、かなり本気だねー。空けた二つの枠には元プロのラグナロクプレイヤーの異世界を繋げて、戦力増強に努めているらしいよー」
ラグナロクは昔で言う野球やサッカーのようにプロリーグが存在する。
プロプレイヤーは超一流の異世界を持っており、英霊達も一般人とは比べ物にならないほど強い。
引退した元プロは少ないコネクト枠を高値で売りさばいているのだと、柊木先輩は説明を付け加えた。
「まー、空けた枠の一つをー、まだ埋めていない様子なのはー、……やっぱり、東雲さん用なんだろうねー」
蓮華から聞いたのか、別の所から仕入れた情報なのか。
絶妙に分からない雰囲気で柊木先輩は言った。
俺と美沙が警戒モードに入ってしまったことに気づいたのか、柊木先輩は「ごめん、ごめん」とその丸眼鏡を外した。
そこには先ほどまでののんびりした先輩の姿はなく、精悍な顔つきでこちらを見据える歴戦の勇士が座っていた。
「本当に申し訳ない。ああいうキャラを作って油断を誘わないと、敵が多くてね」
眼鏡を外した彼の瞳。
先程までのほほんとしていた雰囲気とは全く違う、鋭い光を宿していた。
「改めて自己紹介しよう。俺は柊木直人。地球再現サークルの部長。そして――」
柊木先輩はスゥと息を吸うと、衝撃の一言を放った。
「――桜ノ島コネクト所属の諜報員。コードネームは“ストレート”。よろしく頼む」
彼は最後にポケットから黒いサングラスを取り出してかけた。
まるでスパイ映画の主役みたいでカッコいい。
どうやら俺たちの状況はいつの間にか、巨大企業までを動かす一大事件へと発展してしまっているらしい。
柊木先輩の正体が蓮華と同じ桜ノ島コネクトの所属だと分かったことで、美沙の警戒は少しだけ解けたようだった。
確かに桜ノ島コネクトはコネクト関連企業の中でも社会貢献活動へ力を入れており、世間的にも信頼の厚い会社だ。
(……だが、それはそれ)
企業への信頼と、柊木直人という個人が信用できるかどうかは全く別の問題。
警戒心が強く表情に現れていたのだろう。
柊木先輩は苦笑いを浮かべながら続けた。
「“諜報員”と言っても妄想力を豊かにするためのお遊びみたいな役職名さ。実際は同年代の流行を調べたり、危険な異世界を創っている生徒はいないか、色々な情報を収集する、アルバイトみたいなもんさ」
そういうと柊木先輩はポケットから卓球に使うような小さな球を数個取り出した。
「俺の異世界は“地球の再現”。現代の技術を脳内で再現し、発展させる目標がある」
柊木先輩が生体デバイスに指をあてる。
すると球から小さなプロペラが生え、音もなくゆっくりと宙に浮かび上がった。
超小型のドローンだ。
「こういった小道具を“スパイ道具”って呼んでるんだ。だから諜報員になりきっている方が、何かと想像力が加速してね。驚かせて本当に悪かった。ただの大企業にコネのある一般性と思ってくれてかまわない」
改めて柊木先輩は深々と頭を下げた。
パーティ前のふざけた印象とは違い、随分と誠実な人に見える。
「柊木の両親は元警察官だ。現在は桜ノ島コネクトに所属し、要人の警護を担っている。これほど信じるに足る人材もなかなかいないぞ」
あの蓮華がそこまで太鼓判を押すのだから、彼の素性は確かなのだろう。
「……分かりました。貴方を信じます」
「すまないね。仕事柄、まずは信頼関係を築く必要があったんだ」
俺と柊木先輩ががっちりと握手を交わす。
その上に、美沙がそっと自分の手を乗せた。
「わ、私も、信じます!」
その光景を見た柊木先輩が心の底から本音が漏れた様子で、ぽつりと呟いた。
「……こんな良い子を伊集院なんかに渡す訳にはいかないな」
俺もその言葉に強く頷いたのだった。
◇
和やかな雰囲気になったところで、俺達は本題へと戻った。
「改めて俺の集めた情報を君達に共有する」
柊木先輩から送られてきた情報。
それは俺が知りたかった内容から、知るべきだった情報まで網羅されていた。
【要注意生徒データ:伊集院 透夜】
生徒名: 伊集院 透夜
所属: 桜ノ島コネクト(スポンサー契約)
※特定の企業との専属契約はなし。ただし、複数の企業から資金の提供を受けている形跡あり。
異世界属性: 中世ヨーロッパ × ファンタジー
校内異世界偏差値: 62 (世界基準:42)
コネクト数: 5 / 5
コネクト相手: 篠田 翔子、鹿島 玲衣、飯島 涼香、細田 朱美、貝塚 藍
備考:
鹿島 玲衣、飯島 涼香、貝塚 藍の異世界は、接続記録上“破壊”されたものと判定。
新たに二名の元プロプレイヤーとのコネクト契約を確認。
「次に送る資料も確認しておいてくれ。写真も数枚添えておく」
柊木先輩から送られてきた次の資料。
それは伊集院と新たに契約を交わしたという、元プロラグナロクプレイヤーたちの素性だった。
この数人の中の二人と契約完了しているらしい。
そこには衝撃的な内容が記されていた。
仲間への暴行や詐欺行為、八百長、脅迫に誘拐未遂。
様々な理由でプロライセンスを剥奪されており、数件の異世界破壊行為で前科もついている。
出所後もコネクトマフィアとしてアンダーグラウンドで活動していたようだが、ここ数年、その活動拠点に変化があったらしい。
「……新条グループ、ね」
俺の口から、思わずため息が漏れた。
伊集院透夜が新条賢介に負けて闇に堕ちたというのなら、なぜ、その新条グループと繋がりを持つのか。
新条への恨みを捨ててでも、美沙を手に入れる事を優先しているというのか。
「正直、この流れを見ると、全てが新条賢介の書いたシナリオに見えてくるよ」
柊木先輩は年下であるはずの新条に対し、どこか畏敬の念が込められているように感じた。
まるで〝自分よりも圧倒的に格上の強者”だと、認めているような。
「……ん? この写真……」
元プロラグナロクプレイヤーたちの顔写真の中に、一人、どこか妙に引っかかる顔があった。
それは本当に遠い遠い記憶の端っこで、一度だけすれ違ったことがあるような。
名前は如月華蓮。
元犯罪者とは思えないほど、大人しそうな見た目の女性だ。
(……いや、気のせいか。ネットのニュースで名前を見たとか、そんなところだろう)
俺はほんの少しの違和感を、胸の奥にしまい込んだ。
後片付けをしている蓮華に聞くわけにもいかなかったし、いつか思い出すだろう、と。
思考に耽っていると柊木先輩がコホンと軽く咳ばらいをした。
彼の表情から先程までの親しみやすさは消え、諜報員としての鋭さが戻っていた。
「いいかい。伊集院透夜と新条賢介。この二人と接触したらすぐに、緊急連絡を回してくれ。決して一人で対処できるなどと思うな。必ず、連絡を回すんだ」
柊木先輩の瞳の奥には、どこか深い悲しみが宿っていた。
俺達は彼の警告の重みを、強く、強く受け止めるのだった。




