第23話
ランキング戦は「校内ランキング」と「全国ランキング」の二つが存在する。
校内ランキング自体には全校生徒が登録されていて、新入生も例外ではない。
しかし一年生三百人強のほとんどは「ランキング外」と表示されるのが常だ。
そんな中、数少ない一年生の参加者でありすでにデビューを果たした新条賢介。
彼は伊集院戦での勝利により、一気に250位までランクアップしていた。
(今日は俺の番か……)
勝利すれば俺も晴れてランキングに名を連ねる事となる。
『新条のようなエリートと違い、お前の相手は五百位の選手。評価を受け止めて身の程を弁えよ』
黒田の舐め腐った言動を思い出して苛立ちを覚えたが、今は冷静な立ち回りを選ばなくてはならない。
彼をそして新条グループを油断させるには“圧勝”は駄目だ。
(でも手加減して“負ける”のは、もっと駄目。それだけは嫌だ)
久々に自分が負けず嫌いだったと思い出す。
正義感が強く、人当たりの良さもあり大人から絶大な人気を誇った兄カイト。
その兄を心から慕い、お人形さんのように可愛いと大人気だった幼馴染波風蓮華。
二人の太陽を間近で見ていた俺は、気づけば誰よりも負けず嫌いになっていた。
だが、彼ら二人とも善人であったからか、負の方向に進むことはなかった。
結果として想像力と妄想力を鍛え続け、ごっこ遊びの天才として同級生や下級生からは絶大な支持を得る事となった。
(まさかコネクトにとって想像力も妄想力もチート級のステータスだなんて考えたこともなかったけどな)
「さぁ、本日もやってまいりました校内ランキング戦! 実況は大好評につき連続でこの私、宮崎リンでございます!」
多目的ホール――コロシアムに、宮崎先輩の明るい声が響き渡る。
新条伊集院戦ほどではないが、観客席はそれなりに埋まっていた。
「そして今日の解説はこの方! 我が校の秩序は彼女にお任せ! 風紀委員長、波風蓮華だぁああああ!」
宮崎先輩の紹介に観客席の男子生徒から地鳴りのような叫びが響き渡った。
俺の想像以上に蓮華は人気者だったらしい。
そしてモニター越しに見る彼女は記憶以上に美少女だった。
「蓮華選手は現在ランキング七位の超実力者! 和に満ちた異世界『倭国』が配信サイトで大人気! インフルエンサーとしても有名です!」
「皆の応援、いつも感謝しているぞ」
蓮華がマイク越しに感謝の意を述べる。
すると最前列の男子生徒が数人、昔に流行ったという奇妙なダンスを披露し始めた。
「波風親衛隊の皆様も元気ですねー! さて今日のカードは490位の二年生、木島一平選手! そしてランキング初参戦の一年生、神代アキラ選手です! 皆様、応援のほどよろしくお願いします!」
宮崎先輩の煽りに観客の三割ほどが「がんばれー」と、気の抜けた声援を送ってくれた。
どうやら観客のほとんどは蓮華目当てか、あるいはいずれ敵になるかもしれない俺を偵察しに来た連中のようだ。
ステージの上で木島先輩が俺を挑発するように言った。
「一年生の癖にランキング戦に参加するなんて生意気だな」
「自分としても目立ちたくはなかったんですけどね」
軽く受け流すと彼は憤慨したのか、ブツブツと独り言を呟きながら自らの異世界の住人を召喚した。
「先輩として格の違いを見せてやる! 集まれ、俺の勇者軍団!」
光の柱と共に現れたのは、四人の男女。
RPGに出てきそうな出で立ちで、それぞれが大きな剣や杖を装備している。
「木島選手の異世界は中世ヨーロッパ風の文明で、“魔王”と呼ばれる強大な敵がいることで知られています! 彼らは、その魔王を討伐するために選ばれた“勇者パーティ”! 人数こそ少ないものの、一人一人が実力者です!」
宮崎先輩の実況に観客席から歓声が沸いた。
「魔王本人を召喚できるほどの精神力があれば、神代選手との勝負にもなったかもしれんな」
蓮華の言葉に宮崎先輩が素早く食いつく。
「えーっと、それはつまり……。波風選手としては一年生の神代選手の方が、実力的に上だと?」
頼むから余計なことは言わないでくれ。
俺の小さな願いが彼女に届くはずもなく。
「うむ! 神代アキラは、いずれランキングのトップに立つ男だ!」
蓮華がマイクを通して力強く断言する。
「「「………」」」
シン……と会場の空気が静まり返る。
「…………勘弁してくれよ」
俺は頭を抱えながら、目の前のウィンドウに意識を向けた。
そこには召喚可能なミストガルドの住人の名前がずらりと連なっている。
横にはレベルや戦闘力、所属パーティなどの詳細情報も並んでいた。
とりあえずレベルの高い順に自動で並べ替えてもらう。
エルフやダークエルフ、ドラゴン。旧時代の英霊達。
規格外の連中でリストが埋め尽くされたので、高位種族の表示チェックを連続で外していく。
「おっと神代選手、どうやら召喚する戦士の選出に手間取っている様子ですねー」
宮崎先輩の言葉に呼応するように、観客席から俺に対してブーイングが起きた。
その大半は蓮華目当てで来ている男子生徒。
俺は完全に嫌われてしまったらしい。
「……おっ、このパーティの戦い、見たかったんだよな」
リストの中から見つけ出したのは旧時代ではなく、“人の時代”を生きる冒険者パーティ。
一部では伝説と呼ばれながらも中央ダンジョンの攻略を諦め、今では辺境のギルド長に収まっている――あのライが、かつて率いたパーティ。
「一緒に戦おう! “疾風迅雷”!」
選択すると目の前に光の柱が天に伸び、その中から四人の男女が現れた。
彼らは俺の姿を認めるや否や、その場にすっと視線を落とし片膝をついた。
「これはこれは! 何たる偶然! 神代選手も四人パーティを召喚したぁあああ!」
「なるほどな。彼らの“全盛期”の戦いを、ここで見せてくれるという訳か」
俺の意図を蓮華は完全に見抜いていた。
“疾風迅雷”を選んだ理由は、召喚リストの項目に『疾風迅雷(全盛期)』と書かれていたからだ。
目の前にいるのはあの時に出会った壮年のライではない。
若かりし頃の精悍な顔つきをしたイケメン、冒険者ライだった。
「去年から何度も解説していますが、新入生のためにもう一度! ラグナロクで召喚した戦士には“格”があり、ネームド、英雄、豪傑、一般人と評価されます! この待機時間中に自らの意志で動ける戦士は“豪傑”以上! 人形のように固まっている木島選手の勇者パーティとは、本当に格の差があるかもしれません!」
「うむ。だが言葉を交わしていない所を見ると、“英雄”以上ではないらしいな。英雄なら口を開いているだろうし、ネームドなら好き勝手に動き回っている場合が多い」
「そういえば波風選手も“ネームド”の住人がいましたね!」
「うむ。私の甚平は口数の少ない良い男だ」
蓮華がそう言うと、親衛隊の男たちが「ジンベイ! ジンベイ!」と、謎の甚平コールを始めた。
どうやら彼もかなりの人気者らしい。
(それにしても……精神力はまだ九割以上も余ってる。このままで良いのかな)
“疾風迅雷”は決してレベルの低いパーティではない。
だが召喚コストは異常なほど安い。
これも創造コストが安いことと同じ、俺の特殊能力なのだろうか。
開始するか迷っていると、ピコンと目の前にウィンドウが現れた。
『主様、私がいない』
ミストからの拗ねたようなメッセージだった。
ピコン、ピコン、ピコン! と、同じウィンドウが画面を埋め尽くすように、大量に表示され始める。
神に向かって不敬すぎる気もするが、その行動が可愛く思えてしまうのが親バカの辛いところ。
「ミスト。君が出たら黒田にハーフエルフの存在がバレてしまう。今は我慢してくれ」
その代わりと、俺は召喚の横に並んだ新たなタブを開いた。
「万が一の時のために、俺と“同化”しておいてくれないか?」
俺はウィンドウの『同化』ボタンを押した。
(………んっ!!)
瞬間。身体の中に、膨大で、そして温かいエネルギーが流れ込んでくる。
代わりに精神力の三割近くが消費されたが、思考に影響はない。
『主様の身体、とても心地良いです』
頭の中でミストの嬉しそうな声が響く。
「愛情で溢れているからな。……同化したとはいえ、俺は戦場に出るつもりはない。この戦いは基本的には疾風迅雷、君達に任せるぞ」
俺の言葉に目の前の四人が音もなく立ち上がった。
その瞳は伝説の冒険者らしく、どこまでも真っ直ぐで力強さに満ちていた。
「さあ、お互いの準備ができた所で、準備フェイズも残り五秒! 四、三、二、一……それでは、ラグナロク、スタート!」
宮崎先輩の実況と同時、俺と木島先輩は叫んだ。
「「ラグナロク!!」」
戦場のイメージが俺たちの網膜に叩きつけられる。
そこはなんと、円形状の小さな闘技場――本物のコロシアムだった。
現実とそれほど変わらない形状。
「人族タイプのパーティ同士だったからでしょうか!? 選ばれたフィールドはコロシアム! しかしこの狭さ、油断をすれば一瞬でキングに手が届いてしまうぞ!」
宮崎先輩の実況はいつも適格だ。
俺と木島先輩はかなり近い位置にいる。
ミストの力を使えば今すぐ倒せるだろう。
(……ま、その必要もなさそうだな)
俺が動くまでもなく疾風迅雷は前衛二人、後衛二人の完璧な陣形を整えていた。
対して相手の勇者パーティは予想外のフィールドだったのか変化に戸惑い、まだ陣形を組めていない。
先制攻撃を放ったのは疾風迅雷の槍使い、ジンだった。
自らの身体ごと回転させて放った槍の一撃。
あっという間に相手パーティの戦士の懐に潜り込み、その心臓を的確に貫いた。
早くも一人脱落だ。
「うぉおおおおおっっと! 神代選手の前衛が、開始と同時に強烈な一撃を放ったぁあああ!」
「隙を見せれば即死に繋がるようなダンジョンの冒険者だ。強力な魔物を相手にしているパーティ、手際が違うようだ」
解説人の二人に、観客席から歓声が上がる。
「くっ、魔法使い! 攻撃魔法の準備だ!」
木島先輩の焦った声に反応し、相手の魔法使いが杖を構える。
魔力を練り上げサッカーボールほどの火炎球を放った。
「はははっ! 一年生にはこの魔法を対処できな……い……」
木島先輩の言葉が途中で途切れる。
疾風迅雷の後衛。
魔法使いのフウカが象をも丸呑みにできそうなほどの、巨大な火炎球で対抗していたからだ。
敵の小さな火炎をいとも容易く飲み込み、そのまま敵の魔法使いを燃やし尽くす。
「なんということでしょう! 彼はまだ新入生! 未成熟なはずの異世界で、こんな強力な冒険者が生まれるるのか!?」
「くそっ! 僧侶、補助魔法だ!」
木島先輩の叫びに僧侶は恐怖に顔を歪めたまま、何度も首を横に振った。
「何をしている! 早く勇者を強化し……勇者?」
木島先輩の間抜けな声が響いた。
彼にとっては目の前にいたはずの勇者が、いつの間にか消えたように見えただろう。
それもそのはず。
ライの振るった大剣の一撃が勇者を闘技場の壁際まで吹き飛ばしていた。
そしてさらに、後方にいた盗賊のシッカが動いた。
いつの間にか相手僧侶の背後に回り込み、首筋に毒針を突き立て絶命させる。
「………」
「……っ」
「……すご」
戦争と呼ぶには、あまりにも一方的すぎた。
観客も実況の宮崎先輩も、声すら出せずに呆然としている。
ただ一人、解説席の蓮華だけが「うむ、うむ」と、満足げに頷いていた。
「し、試合終了ーーーっ! 先日の新条選手に続き、またしてもとんでもないルーキーが現れたぁあああっ!」
宮崎先輩の我に返った叫びをかき消すように、観客席から今度こそ本物の大歓声が巻き起こった。
どうやら蓮華の期待通りに、俺は鮮烈なデビューを飾ってしまったらしい。
(黒田みたいな卑怯な奴に、これ以上舐められるのも不愉快だしな。……なるように、なるか)
俺は自分の楽観的な考えが大好きで、そのおかげで今があると考えている。
今はただ、勝利の余韻に浸らせてくれ。




