第20話
伊集院透夜の“王妃”の一人、篠田翔子と名乗る先輩。
隣に東雲美沙という数千年に一人の美少女がいるせいだろうか。
お世辞にも伊集院コレクションに入る容姿とは思えなかった。
(普通に可愛い人だとは思うけど、他の四人とはどこか違う雰囲気が……)
「……ごめんね。ついてきてもらって」
「俺らは大丈夫ですけど、先輩は良いんですか? 勝手に接触したりしたら…」
「あはは、全然問題ないよ。私は王妃って言っても、ただの幼馴染だから」
なるほど。違和感の正体はこれか。
「キツい言い方になりますけど、幼馴染なら止めるべきではないんですか?」
「……その通り、だね」
廊下の途中で立ち止まった篠田先輩は、振り向いて深々と頭を下げた。
もちろん美沙に対しての謝罪だったが、当の本人である彼女はそれに気づくまで数秒かかっていた。
(なんとまぁ、純粋無垢というか。そこがこの子の良い所ではあるけどな)
十秒くらい経過して、篠田先輩はゆっくりと顔を上げた。
血が上って赤みが差した顔を見ると、俺も美沙も許すを通り越して申し訳なさが芽生えてきた。
「私がいくら謝罪しても透夜君を止められなきゃ意味がないよね」
「確かにその通りですが、誠意は伝わりましたよ」
「私もそう思います!」
「ありがとう二人とも。でも、これから見てもらうこと、話すことは今の謝罪とは関係なしに判断して欲しい」
篠田先輩の後を追い、体育館の横に作られたコロシアム風の多目的ホールに入った。
(……なんだったら体育館より大きな施設だな)
円形状のステージを囲むように、大きな観客席が設置されている。
観客席は生徒達で埋まっており、これから起きるイベントをいかに楽しみにしているか目を見ればすぐに理解できた。
「これは……?」
「毎日午後から行われるラグナロクのイベント。今日のメインカードは、透夜君と新入生のランキング戦なの」
彼女がそう言った直後、ステージの両脇から二人の選手が現れた。
一人は伊集院透夜。
そしてもう一人は新入生で最も有名な男――『新条賢介』だった。
新条は坊主頭に幾何学模様の剃り込みを入れた、見た目こそ不良グループの雑魚キャラのような少年だった。
しかしながら鋭い眼光は、紛れもない王者の風格を漂わせている。
「よぉ、お前が自称“王子様”の伊集院か。気持ち悪い奴を先輩にしちまって気分が悪いぜ」
「君のような美しくない生徒を後輩にした覚えはないがね」
二人はどうも相性が良くないのか、初対面からバチバチと火花を散らしている。
「あ、あー、マイクテストワンツーワンツー」
ステージ脇に設置された実況席で、放送部の腕章をつけた女子生徒がマイクを握った。
ポニーテールが印象的な明るい印象の女子生徒だ。
「さぁ、今日もやってきましたランキング戦! 実況は私、放送部の宮崎リン! 本日の解説は、ランキング八位の三年生、柊木直人さんです!」
「どもー、地球再現サークル部長の柊木ですー。得意技は弾道ミサイル、必殺技は神の杖。新入生諸君、我々と一緒に地球こそが最強だと証明しないかー?」
丸眼鏡をクイと上げながら、柊木先輩は淡々と、しかし物騒な自己紹介をした。
「さて、先週から新シーズンが始まったランキング戦ですが、今日のカードはとても楽しみですね!」
「そうですねー。二年生エースの伊集院君は多くのコネクトを経てさらに強さを増していますし、一年生の新条君はあの新条グループの御曹司。中学時代から異世界を育て続けた有名な選手ですからねー」
(やはり黒田の電話の相手は新条グループか……)
コネクト関連で五本の指に入る大企業。
今の段階で敵に回すのはあまりにも無謀すぎる。
俺がこれからの立ち回りを考えていると、ステージ上の二人が同時に叫んだ。
「「ラグナロク!!」」
円形状のステージに、二人の世界を基にした戦場の立体映像が映し出されていく。
網膜投影とステージの映像がリンクし、観客席にいながらズームしたり視点を変えたりと、自由な角度から観戦できる仕組みだ。昔の人が見たら驚いてひっくり返るかもしれない。
「伊集院パイセンよぉ。女とばかりコネクトして、気持ち悪い奴だな」
「そういう君はパパのコネばかりで恥ずかしくないのかい?」
「真の強者は生まれた瞬間から世界に祝福されている。妬むなよ、凡人」
「君こそ僕の美しい人生を妬まないでくれたまえ」
二人の煽り合いが終わる頃、フィールドは完全に生成されていた。
「仮コネクトによる大戦争、通称ラグナロク! 今回のフィールドは、極めてノーマルなステージ。そう、草原だぁ!」
「草原ステージは隠れる場所がない分、実力差がハッキリと出てしまいますねー」
宮崎と柊木先輩の解説が響く中、いよいよ両軍の戦士が召喚される。
「僕の美しき華の騎士団! 今日も思う存分に活躍したまえ!」
伊集院の前方に白馬に乗った騎士団と、その後ろに十数人のローブ姿の魔法使いが現れる。
精神力に依存する召喚数では、やはり二年生に分があるようだ。
「……見た目ばかりの雑魚ばかりだな」
対する新条がパチンと指を鳴らすと、次元の裂け目から人型の禍々しい魔獣が数体。
禍々しい唸り声を上げながら姿を現した。
「おーっと! 新条選手が召喚したのはなんと魔獣だぁ!」
「悪魔族の一種かなー。数こそ少ないけど、一体一体の魔力量は、圧倒的に新条選手の方が上ですねー」
新入生の予想外の召喚に、観客席が大きくどよめいた。
「さぁ、いよいよラグナロク、開始です!」
フィールド上空に『終末戦争START』の文字が浮かび上がり、両軍が一斉に相手陣地へと向かい始めた。
(俺にとっては敵みたいな二人だが、正直、この戦いは興奮するな)
俺が心を躍らせていると、隣にいた篠田先輩がクイと袖を引っ張った。
「相談っていうのはね。透夜くんが召喚した魔法使い達のこと、なんだけど……」
「あのローブ姿の女性達、ですか?」
篠田先輩の言葉に従い、俺は視点を移動して彼女達をズームした。
魔法使いの彼女達は後方から攻撃魔法を放ったり、前線の騎士に補助魔法をかけたりしていた。
その必死の形相はまるで“何かに追い立てられている”ような、異様な緊迫感があった。
「あの子達は、“王妃”…つまり、透夜くんとコネクトした女子生徒の世界から、駒として連れてこられた魔法使いなの。そして、彼女達は――」
篠田先輩の言葉を遮るように、割れるような大歓声がコロシアムに響き渡った。
「――まずは、一人」
新条が右手で何かを潰すように握り締めた。
すると騎士を串刺しにした悪魔が、高笑いを上げながら、その手の中にあった心臓を握り潰した。
「先制攻撃が決まったのは新条選手だぁ!」
宮崎先輩の熱狂的な実況に、観客席の熱気がさらに高まる。
だが魔法使いに注目していた俺はその直後、信じられない光景を目にすることになった。
「透夜君はね。コネクトした異世界、つまり王妃達の異世界から連れてきた魔法使いに“奴隷契約”を強制するの。そして騎士が受けたダメージを、全て肩代わりさせる呪いをかけるのよ」
篠田先輩の言葉を証明するように。
後方にいた魔法使いの一人が突如、口から大量の血を吐いてその場に崩れ落ちた。
すると前線で心臓を潰されて死んだはずの騎士が、何事もなかったかのように息を吹き返す。
「相談っていうのはね。……透夜君を止めてほしいの」
篠田先輩はスゥと深く息を吸うと、俺の目をジッと見つめながら絶望的な事実を告げた。
「透夜君は昨日の夜……、美沙さんとコネクトする為に、つまり空き枠を一つ作る為に…………王妃の一人の異世界を壊したの」
盛り上がる歓声がとても遠くに遠くに聞こえるような気がした。




