第1話
「諸君。今日から君たちは――神になる」
高校入学式を終えた翌日。
真新しい制服に身を包み、希望に満ちた瞳を輝かせる新入生。つまりは俺達が集う桜ノ島高校1年A組のホームルームで、担任を名乗る男――黒田は、芝居がかった口調で両腕を広げた。
シン、と教室が静まり返る。
期待と不安をない交ぜにした表情で、生徒達は教壇を見つめていた。何人かは、首筋の生体デバイスを隠すように手を当てていた。
その気持ちは、俺にも少しだけ理解できた。
縦横1センチ程のチップ。
幼少期に埋め込まれたそれは、今や身体の一部であり、世界の全てと繋がる窓でもある。
(神、ね。大げさな話だ。だが、もし本当になれるってんなら……もう一度、兄さんに会えるだろうか)
俺は無意識に胸元に手を当てていた。
彼らの心の拠り所が首筋のデバイスなら、俺にとってはここがそうだ。シャツ越しに触れる、まっすぐに伸びた手術の痕。その下で、力強い鼓動がドクン、ドクンと元気に動いている。
「さあ、怖がることはない」
黒田は三十代前半だというのに(自己紹介で言っていた)、目の下に巨大な隈を抱えており、寝不足のレベルを超えていた。重篤な病人だと自己紹介してきたら信じてしまうだろう。
「目を閉じ、意識を首筋に集中させろ。そして、『コネクト』と心で唱えるんだ」
生徒達は次々と目を閉じ、その言葉を反芻する。
少し考え事をしていた俺は、慌てて目を閉じ、心の中で呟いた。
(……コネクト)
『接続を開始します』
機械音が脳に響く。
瞬間、意識が暗闇の底へと沈んでいく。
深く、どこまでも深く。
軽い目眩と共に、世界から切り離されるような浮遊感が全身を襲う。
恐る恐る目を開けた――ように感じた時、俺は無限の暗闇にたった一人で浮かんでいた。
音も、光も、重力さえ存在しない。完全な無。
肌を撫でる空気もなく、ただ「俺がここにいる」という意識だけが、宇宙にぽつんと存在していた。
(これが……俺の世界……)
他の生徒たちも、今ごろ同じ景色を見ているのだろうか。
完全な“無”、のはずだった。
だが、俺の意識の遥か彼方、水平線の向こうで瞬く、小さな、小さな光の粒があった。
暖かくて、懐かしくて。どうしようもなく、泣きたくなるような光が。
(――兄さん?)
脳裏をよぎるのは、けたたましいサイレンの音。手術室の白い光。そして、泣き崩れる両親の背中……。最後に見た兄――カイトの顔は、不思議なくらい穏やかだった。
兄さんも、こんな風に真っ暗な世界へ一人で放り出されたのだろうか。たった一人で。
胸が締め付けられた、その瞬間。
黒田の声が頭に直接響き、現実へと引き戻された。
「どうだ、感じたか? それが君たちの世界の始まりだ」
意識がはっきりと教室に戻ってくる。
窓から差し込む午後の光がやけに眩しかった。ふと、隣からの視線に気づく。
「………」
そこにいたのは、息を呑むほど綺麗な女子だった。
透き通るような白い肌に、吸い込まれそうなほど大きな黒い瞳。
腰まで届く艶やかな黒髪が、彼女の動きに合わせてさらりと揺れる。
長い睫毛に縁どられたその瞳が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……貴方、どうして泣いているの?」
囁くような声に、俺は自分が泣いていたことに初めて気づいた。
彼女がそっと手を伸ばしてくる。
俺は驚きで固まったまま、その細い指が俺の目じりに触れるのを感じていた。
「え……」
躊躇いのない、自然な仕草だった。
抵抗できなかったのは、兄を思い出して感傷的になっていたせいか。それとも、彼女の持つ不思議な雰囲気に呑まれたせいか。
「それで、何で泣いてたの? 怖かった?」
拭われた涙の跡をなぞるように、彼女はもう一度問うた。
俺はかぶりを振る。
「いや……ちょっと、悲しいことを思い出して」
小声でそう答えると、彼女は納得したように小さく頷いた。
「ふぅん。……そっか。確かに、何にもなくて、少しだけ悲しい場所だったかも」
俺の言葉を茶化すことなく、静かに共感してくれた彼女に、少しだけ胸の疼きが和らぐのを感じた。
「私は東雲美沙。よろしくね」
ふわり、と笑う。まるで創作物から抜け出してきたのかと錯覚するほど、完璧で、美しい笑顔だった。
「……神代アキラだ。よろしく、東雲さん」
俺もなんとか、ぎこちない笑顔を返した。
「オホン!」
わざとらしい咳ばらいが、俺たちの間に割って入った。見れば、黒田が教壇から腕を組んでこちらを睨んでいる。
「授業に集中しろ、神代、東雲」
東雲さんはぺろりと小さく舌を出して、慌てて前を向いた。
俺も気持ちを切り替えて、黒田の話に耳を傾ける。
「なぜこんな事が可能なのか、疑問に思うだろうな」
黒田は誇らしげに語り始めたが、その内容は入学前に調べた通りだった。
(過去の偉人は言った。人の脳は10%しか使われていない、と。まあ、あれは都市伝説だったらしいが、現代科学で覆された。人の脳は、生体デバイスを通して本当に使用領域を拡張できる、と)
(残念ながら、それで超能力が使える訳じゃない。せいぜいマルチタスクが得意になるくらいだ)
(だが、世の中には天才がいる。その無駄に増えた脳領域の画期的な活用方法――それこそが、俺らが今体験した異世界生成デバイス、通称「コネクトワールド」だ)
「理屈は分かったな?」
黒田がパン、と手を叩く。その音で、まだ魂が宇宙にあった数人がビクリと肩を揺らした。
「では、神になった君たちに、最初の仕事を与えよう」
先生はニヤリと笑う。
「世界に必要なモノは何か? そう、大地だ。まずはその無の世界に、大地を創造することから始めよう」
こうして俺の高校生活は、一つの広大な世界をその手に抱え、神として生きるという、とんでもない形で幕を開けた。
初めまして! 二十話以上(11月初週)予約しているので、ぜひお付き合い下さい。
今後、情報が増えるにつれて、これだ!と思った貴方の異世界をコメント欄に創造してください。




