第15話
【相互接続を完了しました】
蓮華姉さんの悲痛な叫びが、まだ耳の奥で響いている。
俺たちのいた真っ白な仮想空間には二つの世界の接続が完了したことを示す、巨大なウィンドウが浮かび上がっていた。
一つに映し出されているのは、俺のミストガルド。
中央ダンジョンの奥深く、巨大な魔水晶が淡い光を放つ地下空間に次元の亀裂が口を開けていた。
その亀裂の向こう側には古びた鳥居が見える。
すでに物珍しそうに鳥居をくぐり、ミストガルド側へと迷い込んできている侍がいた。
もう一つのウィンドウには、蓮華姉さんの倭国が映っている。
そこではミストガルドから次元を越えて現れたドラゴンのゾンビを、屈強な侍たちが「妖怪が出た!」と取り囲み、対処に当たっているようだった。圧倒的な強さを誇るドラゴンのゾンビだったが、次元の亀裂が三メートルだったこともあって、ミストガルドの中では中型の魔物であることは倭国にとって幸運だろう。
【貴方達は“使徒”を有する神です】
【“仮コネクト”を実行し、使徒の身体に“降神”することで、接続エリアを探索することが可能です】
兄さんの話で少し暗くなっていたが、「自分の世界を旅することができる」という新たな可能性に、俺も蓮華姉さんも少しだけ心が晴れた気がした。
「それにしても初月どころか初週で使徒まで手に入れるとはな。君の才能が、末恐ろしい」
感嘆する蓮華姉さんに対し、俺は冷静に「それは兄さんの心臓があったからです」と答えようとした。
しかし彼女はそれを遮るように静かに首を振った。
「いや、私は神代家の次に君のことをよく知っているつもりだ。君は自覚していないだけで、昔から十分に異常な存在だったよ。カイトの存在が目立っていただけで、天才と呼ぶに相応しいのは君の方だ」
あの蓮華姉さんに褒められて、嫌な気はしない。
だけど、どの部分を天才と評しているのか、俺には全く理解できなかった。
勉強ができた訳でも運動ができた訳でもない。
ただ少し想像力が豊かで、色々な遊びを思いつくだけの、ごく普通の子供だったはずだ。
「その“想像力”が、異常だったんだよ」
呆れたような顔で、蓮華姉さんは続けた。
「某指輪の物語を越えるんだとか言って、ノート数十冊に及ぶ緻密な設定と、壮大な歴史を考え付く子供がいる訳ないだろう。しかも、次の月には全く別の物語を考え出し、昨日と同じ熱量で設定と歴史を紡ぎだす。……君は、まさにコネクトの申し子だよ」
昔から想像力に長けている自覚はあったが、ただのお遊びでしかなかったその特技が、俺の人生にとって最も必要なステータスになろうとは。
「さて、与太話はこれくらいにして、お互いの使徒を紹介する時間にしようか」
蓮華姉さんはそう言うと、サッと右手を水平に持ち上げた。
すると彼女の隣の空間が揺らぎ、一人の屈強な侍が現れた。
黒い甲冑を身にまとい、腰には大小二本の刀。
髪型こそ今風だが、その隻眼はいつでも刀を抜く準備ができていると言わんばかりの鋭い圧力を放っている。俺の心臓が、武者震いで高鳴った。
「私の知る限りで最強の侍、宮野甚平だ。度重なる戦のツケで破傷風を患い病死したが、数百年経った今でも、倭国最強の侍として名高い」
甚平と呼ばれた男は、蓮華姉さんの紹介に照れることなくその場で深々と頭を下げた。
自らの神に恥をかかせる訳にはいかない。その気概がひしひしと伝わってくる。
「次は、俺の使徒だね」
俺がパチンと指を鳴らすと、隣の床に淡い光の魔法陣が構築され、中心からミストが召喚された。
夜更かしでもしていたのか、少し眠そうな表情で現れた彼女。
しかし甚平が彼女の姿を認めた瞬間。
「……っ!?」
それまで微動だにしなかった彼の表情が、心の底から焦りを見せて蓮華姉さんを庇うように前面を保ったまま、後ずさった。
「ききき、貴様! いったい何を召喚した!?」
甚平の叫び声が上ずっている。
蓮華姉さんもミストの姿を見つめたまま、恐怖で言葉を発せない様子だった。
俺は隣にいるミストを見る。
ハーフエルフの、美しい少女。
特に怯えるような要素は見当たらない。そう思っていたが、一つだけピンときた。
「ミスト。もしかしてわざとマナを解放してないか?」
俺の言葉にミストはぷいっと目を逸らし、聞こえない振りをした。
どうやら正解らしい。
マナはエルフや精霊など、一部の種族にしか目視できない純粋な生命エネルギー。
だがその奔流は、魔力の数千倍。
力を解放すれば目に見えぬエネルギーの濁流となって、周囲の空間を呑み込む。
「だって向こうの弱い人が、主様に殺気を向けていたから。少しだけ、脅しちゃった」
ミストがぺろりと舌を出して、素直に白状する。
その言葉を聞いた蓮華姉さんが、鬼のような形相で甚平を睨みつけた。彼は、ビクリと肩を揺らすと、その場で両膝をつき、即座に土下座した。
「ま、誠に申し訳ないことをした! 拙者、不徳の極み!」
ばっと音を立てて鎧を脱ぎ捨てると、彼は手際よく脇差に白い布を巻きつけ始めた。
「ここは一つ、切腹をもって、かんべっ――」
バシンッ!
彼の後頭部に、蓮華姉さんの強烈な平手打ちが炸裂した。
「これ以上、私の顔に泥を塗り恥の上塗りをするな、この大馬鹿者!」
主君からの叱責に、最強の侍は「ははーっ!」と、ただただ平伏するしかなかった。
それにしても倭国最強の侍を弱い人って言い放てる俺の娘、やだカッコいい(親バカ)。




