第14話
蓮華姉さんはそう言うと、俺の肩を掴んだ。
「私は君の異世界に…………カイトの存在がいるのではないかと、強く期待しているのだ」
俺と蓮華姉さんがいたのは、コネクトを行うためのただの真っ白な部屋のはずだった。
だが彼女のその一言で、世界の全てが、俺の足元から崩れ落ちていくような感覚に襲われた。
「どういうことですか……?」
俺の問いに蓮華姉さんは静かに、過去の記憶を語り始めた。
◇
――あれは、カイトが高校二年生、私が高校一年生だった時のことだ。
当時のカイトは自身の異世界を育てることに、まさに心血を注いでいた。
神として積極的に世界に介入し、悪は決して赦さず、善には惜しみなく恩恵を与えることで、彼が理想とする世界を創り上げようとしていた。
世界の名前は「ユートピア」。
地球に限りなく近い世界で、住人はほんの少しだけ魔法が使える。
将来は警察官になって人々を守りたいと願っていた彼にとって、犯罪の起きない異世界を創ることは、自らの夢を追いかける大きな原動力だったのだろう。
そして彼はそれを成し遂げた。
徹底した管理により、ユートピアの犯罪率は限りなくゼロに近づき、ついに一年間、殺人事件の発生をゼロに抑えることに成功したのだ。
だが、ある日の放課後。
蓮華の前で、カイトは項垂れていた。
落ち込んでいることを隠そうともせず、今にも泣き出しそうな顔で、彼は蓮華に問いかけた。
「――犯罪のない世界は、生きる価値がないのだろうか?」
なんと、ユートピアの住人の半分以上が「安楽死」を選び、次々と世界から旅立って行ったという。
犯罪率の低下にすっかり油断していたカイトは、世界の法律が弛んでいくことに気づかなかった。
緊迫感の薄れた政府は、あっという間に「安楽死の合法化」を承認してしまったのだ。
すると役所には長蛇の列ができるほど、人々は安楽死を望んだ。
カイトは現地の人々と意思疎通するスキルを持っていなかったため、彼らの気持ちを知ることは出来なかった。だが、統計を解析すると、安楽死を選んだ者の大半は、日々の暮らしに不自由なく、規律正しく人生を生きる、模範的な市民たちだった。
彼らは、義務付けられたカウンセリングのアンケートに、こう答えていたという。
「生きる意味が分からない」
「自分の価値が見いだせない」
カイトは、嗚咽を漏らしながら言った。
「国民の半分以上が死んだ時、気づいたんだ。俺は“犯罪のない世界”を作ったんじゃない。“自由を赦さない世界”を作っただけなんだって」
その時、蓮華は彼の言葉の本当の意味を理解できなかった。
いずれにせよ、その日を境に、カイトはコネクトに対する気力を失っていき、ついには休学して、実家に戻ってしまったのだった。
「――それが、理由だったんですね。俺、全然気づかなかった」
兄さんが家に帰ってきた時、「コネクトの調子が悪いから、リフレッシュしに帰ってきた」とだけ説明を受けていた。俺はそんなものかと簡単に納得して、毎日毎日、兄さんを遊びに連れ回していた。もしかして、迷惑だったのだろうか。
「――いや」
蓮華姉さんは、俺の心を読んだように首を振った。
「私は何度かカイトと連絡を取っていたが、『アキラがいなければ、家に引きこもって余計に落ち込んでいただろう』と言っていたよ。……あの時のことは、私からも礼を言わせてほしい。本当に、ありがとう」
そして、あの事故は起きた。
信号を渡っている途中、病弱だった俺の心臓が発作を起こした。
俺を庇って車に撥ねられた兄さんは即死。
俺の心臓も、機能を停止した。
奇跡的に無事だった兄さんの心臓を、俺に移植する以外、助かる道はなかった。
コネクトの医療技術のおかげで、兄さんの心臓は拒絶反応もなく、最初からそこにあったかのように、今も元気に鼓動している。
「それで今までの話のどこに、兄さんが俺の世界にいる可能性と繋がるんですか?」
俺が疑問をぶつけると、蓮華姉さんは俺の胸――心臓の上に、そっと手を当てた。
「コネクトは首の生体デバイスを通して異世界を創るシステムだ。では、アキラ。“異世界は、私達の身体のどこに存在すると思う”?」
授業でまだ習っていない質問に、俺は首を傾げる。
普通に考えれば拡張された脳内に存在するだろう。
そんな俺の考えを見透かしたかのように、彼女はフッと笑った。
「異世界はな、たしかに脳内で創られる。だがその核は、人体で最もエネルギーの集まる場所――つまり、“心臓に定着する”と言われている」
(……っ!!?)
ドクンッ!
彼女の言葉に反応するように、俺の心臓が力強く唸った。
異世界が、心臓に。それはつまり……。
「カイトの異世界が、そのままここに……?」
「いや、その考えは間違っている。異世界を形作り、維持する機能は脳に依存している。心臓はあくまでも土台、そして魂の拠り所だ」
蓮華姉さんの言葉に、俺はピンとくるものがあった。
「古代龍やエルフが次元を越えてきたのは……兄さんの心臓に残っていた、エネルギーと魂が形になったんだ」
蓮華姉さんは頷き、ようやく本題に入った。
「そして長らく都市伝説として語られてきた、一つの定説が絡んでくる。――“神、つまり創造主が死ねば心臓が停まりエネルギーの供給が失われる。だが、脳が完全に機能を失うまでの、わずかな時間。自らが創った異世界の住人に転生し、生きることができる”と」
脳が機能を失うまでの時間と言っても、異世界の時間の流れは現実より遥かに速い。
異世界で人生を一周するくらいの時間は与えられるだろう。
「……ん? でも、待ってください」
俺はある矛盾に気づく。
「兄さんが死ぬまでの間に心臓にあるユートピアに魂を移し、転生して生きていたとする。でも、兄さんの脳が死んだ時点で、ユートピアは形を失ってエネルギーと魂の塊に変換される。そして、俺のミストガルドの礎になった。つまり、転生した兄さんも、その時点で一度消えてしまうんじゃ……?」
「ああ。私も、死ぬ前のカイトが、そのままミストガルドにいるとは思っていない」
では、どういうことなのか。
俺の疑問を答える前に、彼女は泣きそうな顔で笑った。
「だがな、アキラ。君の世界では、何万、何億という命がこれから生まれ、死に、また生まれ変わっていくだろう。その中で……カイトと同じ理念を持ち、同じ感情を持ち、同じ道徳心を持つ魂が、もう一度“神代カイト”として生まれてきても、私は、不思議だとは思わない」
説明をしているうちに、彼女の感情が昂ぶっていく。
蓮華姉さんは、涙を流しながら俺の肩を掴んだ。
そして神に助けを求めるように、必死な表情で俺に叫んだ。
「奇跡的に前世の記憶、それどころか神である神代カイトの記憶を持つ住人が生まれてきたら、私は必ず見つけ出す」
「蓮華姉さん……」
「そして自分の気持ちを……誰よりも、貴方が好きだったと、伝えたいんだ!」
兄さんを、神代カイトを強く想う人間は俺達家族以外にも存在していた。
そのことがたまらなく嬉しかった。




