第11話
蓮華の部屋の寝室。
俺は再び、自分の世界「ミストガルド」へと意識をダイブさせた。
東雲美沙という予想外の来訪者はいたが、彼女達のおかげで自分の世界と向き合う覚悟を決めることができた。
ミストガルドに生きる者達の選択を、この目で見届けるために。
だが俺の期待を嘲笑うかのように、ミストガルドの歴史は最悪の方向へと転がり落ちていった。
人類とエルフの間に始まった戦争は、日に日に苛烈さを増していく。
人類が放つ「マナキャノン」の一撃は、世界樹から生命エネルギーを吸い上げ、エルフの森を焼き払い、大地を抉った。
事態は、刻一刻と最悪の方向へ進んでいく。
俺はいよいよ、神としてこの愚かな争いに介入するしかないのかと、固く拳を握りしめた。
その時だった。
世界の端。エルフの森の奥深く。
一筋の光が、天に向かってまっすぐに伸びた。
【ミストガルドの悲鳴に応えるかのように、英雄が産声を上げました】
【ネームドキャラクター:エルフと人間の子『ハーフエルフのミスト』が誕生しました】
彼女は戦火の中で瞬く間に成長し、戦場へとその身を投じた。
人類にもエルフにも与さず、ミストガルドを救うためだけに奔走するミストの人生はあまりにも過酷な道のりだった。
マナキャノンが放たれるたび、ミストは命の源であるマナを削り、その破壊の光を相殺する。
マナ兵器の動力源として捕らえられた精霊達を見つけ、力を振り絞って彼らを解放する。
故郷であるエルフの森に戻り、同胞に争いの無意味さを説こうとしても、憎しみに囚われた彼らから、容赦のない攻撃魔法を浴びせられる。
共に戦ってくれたドラゴン達がマナキャノンの光に呑まれて消滅するたびに、彼女の心は深く、深く削られていった。
消耗し、消耗し、消耗し、それでもなお、彼女は戦い続けた。
その原動力は、ただ一つ。
「神に与えられた“思いやり”という、この世界で最も尊き宝が、決して間違いではなかったと証明するため」に。
やがて彼女の気高い魂は、ついに世界を動かした。
人類はダークエルフの欺瞞を暴き、王は自らの命で罪を清算した。
長く、暗い戦争は、終わりを告げたのだ。
だがその代償は、あまりにも大きかった。
英雄ミストは、もはや立っているのもやっとの状態だった。
彼女は残された最後のマナを解放し、傷つき死を迎える生物達を母たる古代龍の元へと還した。
全てを見届けた彼女は、まるで眠るように、その場に静かに崩れ落ちた。
【英雄ミストはその命と引き換えに、戦争を終結させました】
彼女の亡骸のそばで、父親であるエルフと、母親である人間が、天に向かって祈りを捧げる。
俺の前にウィンドウが現れる。
両親の愛が言葉となり、ここまで届いたのだ。
『おお、我らが神よ。この子の魂が、どうか安らかにあらんことを』
『もし許されるのならば……この気高き魂を、貴方の御許へ。貴方の“使徒”として、召し上げてはいただけないでしょうか』
【英雄ミストの両親が、彼女を神の使徒とすることを望んでいます。受け入れますか?】
俺は震える指で「YES」を押した。
俯瞰の視点である俺の目の前に、ミストガルドから昇ってきた光の粒子が集まる。
そして徐々に半透明から実体へと変化し、ついにミストの姿を形作った。
「ありがとう。……ごめんな」
俺はその儚い魂を、壊さぬように、しかし力強く抱きしめた。
我が子の尊い犠牲を、ただ見ていることしかできなかった。不甲斐ない神の、贖罪と感謝を込めて。
俺の腕の中で、ミストは穏やかに微笑んでいた。
【“戦争期”は終わりを告げ、世界は“人の時代”へと移行します】
俯瞰の視点である俺の目の前で、光の粒子で構成されたミストが、静かに下界を見下ろしていた。
彼女の存在をどうすれば良いのか。俺がそう考えた瞬間、目の前に新たなウィンドウが開かれた。
【“ネームドキャラクター”についてのチュートリアルを開始します】
▼ネームドキャラクターとは
神である創造主の世界において、唯一無二の固有名を持つ、希少性を持つ神の使徒です。
▼使徒としての役割
ネームドキャラクターは神である貴方の永遠の“駒”となり、精神面や演算処理など、あらゆる面で異世界創造をサポートします。
また「仮コネクト」での交流や、対外的な戦闘に出すことも可能です。
※世界に転生させる事も可能ですが、魂を消費していきます。魂を削った場合、ネームドキャラクターとして維持できなくなりますのでご注意ください。
▼神との同調
神とネームドキャラクターの感応性が高まれば、現実世界においてネームドキャラクターの動きや技術を一時的に再現することが可能となります(例:剣の達人の動きをトレースする、など)。
一通りの説明を読み終え、俺は神石に残っていたわずかな精神力を消費して、仮想空間を創造した。
真っ白な空間に小さな丸机と二つの椅子を召喚し、その上には温かい紅茶と山盛りのクッキーを用意する。
「まさか、異世界転生モノでよく見る“女神様”の役を、俺がやることになるとはな」
苦笑いを浮かべながら、目の前で夢中になってクッキーを頬張るミストを眺めていた。
人とエルフのハーフである彼女は、人の造形を基本としながらも、エルフ特有の神々しい美しさを併せ持っている。見た目の年齢は、俺と同じくらいだろうか。輝くような金色の髪から覗く耳は、エルフほど長くはないが、ツンと尖っていて可愛らしい。
山盛りだったクッキーをあっという間に全て食べ尽くし、「ぷはーっ」と満足げに小さなゲップをする彼女の姿は、かつて世界を救った英雄とは思えないほど、人間味に溢れていた。
「こんな質素なクッキーでさえ、これほど喜ぶなんて……。それほど、過酷な人生だったのか」
その姿を見て、俺は強く胸が痛むのを感じた。
神として世界の調和と平等を保った結果がこれだ。
もし俺が最初にダークエルフを粛清していれば、彼女は今頃ミストガルドのどこかで、楽園のような世界で自由に生きられていたかもしれない。
「お言葉ですが、我が主のそのお考えは自虐的であり、そして傲慢でもあります」
いつの間にかミストは俺の前に片膝をつき、首を垂れていた。
そして、恭しい口調で言葉を紡いだ。
「人も、エルフも、ダークエルフも、自らの意思を貫いただけのこと。作られた平穏など、選択肢のない平和など、果たして誰が心からありがたがるでしょうか」
流石は過酷な時代を生き抜き、世界を救った英雄。
俺なんかより、よほど人生経験が豊富のようだ。
「ありがとう。それでも言わせて欲しい。君には幸せな人生を歩んでほしかった」
俺が彼女の絹のような髪をそっと撫でると、ミストは抵抗なく、心地よさそうにそれを受け入れた。
「……もし私が平穏な世界で生きていたなら、こうして我が主から直接、寵愛を受けることはありませんでした。今となっては、それは耐えがたい苦痛です」
ミストはスッと立ち上がると、自身のステータスウィンドウを俺の前に開いてみせた。
【称号】:『マナと魔力に愛されし英雄』
【名前】:ミスト
【LV】:127
【年齢】:15
【体力】:A 【知恵】:A 【魔力】:SS 【マナ】:SSS
【攻撃力】:B 【防御力】:B
【レア度】:Sクラス
ミスとのステータスがどれほど凄いものなのか、今の俺にはまだ分からない。
(そんなことはどうでも良いんだ)
ミストがどんなステータスであれ、彼女は最高に可愛くて、そして気高い、俺の最初のネームドキャラクターだ。
「さて、と。可愛い娘ができたわけだが、これからミストガルドはどうなるのだろうか」
ひと段落つき、俺は改めて自分の世界を見つめ直す。
エルフの多くが去り、人類だけが残されたミストガルド。
今までとは全く違った歴史を、これから刻み始めようとしていた。




