宇宙最強のミミシッポ (改)
運命を変える出会いなんてものが本当にあるなんて思ってもみなかった。
高校を卒業してしばらく経ったある日、わたしは自宅の作業場を見上げながらそこそこ途方に暮れていた。
「このガレージ、こんなに小さかったっけ……」
男手ひとつで育ててくれたお父さんがコロッと死んじゃって、わたしは天涯孤独の身になった。生前は腕の良い職人で有名だったけど、仕事が減るにつれ色々なものも減っていった。結局残されたのはこの小さな修理工場ただひとつだけ。
わたしもちっちゃい頃から手伝っていたし腕に覚えはあるけれど、もうここは手放すと決めていた。だってここはマカフシティ、チャンスは星のように転がっているけれど、手にするためには命がいくつあっても足りない治安が終わってる巨大都市なんだもの。
お父さんも病気で死ねたのはまだマシな方だったかもしれない。だって強盗に殺されていたら何ひとつ残らなかっただろうからね。こんな街の隅っこにあるボロ工場なんていくらにもならないだろうけど、ここを引き払えば少しは街を出ていくための足しになるでしょう。本当はわたしを大学に行かせたかったみたいだけど……、ごめんね。
わたしだってお父さんの油の匂いが染みついた床、工具箱の擦り傷、そのひとつひとつが私のためだけにある存在に思えて手放したくはなかった。だけど、他に道はないの。
そう思って最後の片付けとお別れにガレージを眺めていた時、後ろでガチャンと大きな音がした。
「うわっ、な、何⁉」
治安だの強盗だの物騒な事を考えていたものだから跳び上がるほど驚いちゃった。
でも音の主を確認したらもっと驚いてしまった。そこには積み上げられたジャンクに埋もれるように人が倒れていた。しかも知らない顔じゃない。
「シャーラ……?」
そう、彼女はシャーラ。高校の時の友達。羨ましいくらいのブロンド美人さんだけど、とっても賢くて何考えてるかわからないって言われてみんなに怖がられてた子。でも話してみるとわたしとは妙に気が合った。
なんて、そんな事を言ってる場合じゃないね。
「ちょっとシャーラ、どうしたの⁉」
「……エルナ?」
シャーラはわたしの事を覚えてくれていたみたい。なにせ卒業の数カ月前から学校に来なくなって連絡つかないんだもの、一時はもう会えないかもなんて思ってたよ。
ただ、そこにいるシャーラはわたしの知るシャーラとはだいぶ違っていた。具体的には尻尾がある、サソリみたいな機械の尻尾が。ううん、それだけじゃない。首から下がほとんど機械化されていて……つまりサイボーグになっていた。
うわ、改めて見るとあちこち壊れてる。そりゃ倒れもするよ。とりあえずガレージの中へ運ぼう。
「ちょっと、何してるの」
「シャーラったら運がいいね、なんとここは修理工場なのでした」
「そんな事を言ってるんじゃなくて、私の事は放っておいて」
「大丈夫だよ、わたしって見た目よりもずっと力持ちだし」
「だからそんな事は……」
なんだか渋っているシャーラを強引に台に乗せ、わたしは修理に取り掛かった。
うちの工場は自動車だってサイバネだってなんだって直せるのが売りだったんだよ。もっとも、仕事が無いからなんでもやらなきゃいけなかっただけなんだけど。
「あんたがやるの?」
「そうだよ。道具も機材もあるし、わたしに任せといて」
「……もう好きにして」
やっと観念したようだね。それじゃ、やっちゃいますか。
「ねえ、それ何?」
我ながら手際よく作業を進めているとシャーラがそう訊ねた。何の事を言っているのかはおおよその見当がつく。このわたしの頭に乗っているウサギ耳の事だろうね。
「いちおう聞くけど、このウサギ耳の事?」
「そうだね。なんでそんなもの乗っけてるの」
「だって、シャーラに尻尾が生えてるんだもの。対抗心ってところかな」
そう答えるとシャーラは目を丸くした。
「え?」
「それに、シャーラってウサギ好きだったでしょ」
「動物のほうはね」
「あと、別に飾りってわけじゃないんだよ。精神感応式で動くし、各種センサーも付いてるんだから」
「それ、今必要なの?」
「うっ」
それを言われては弱いなあ。ウサ耳もわたしの感情に反応してしょんぼりと垂れてしまった。
「……ぷっ、あははは!」
そうしたら何がツボにはまったのか、シャーラがいきなり大笑い。もう、こっちは真剣なのに失礼しちゃうなあ。
でもシャーラの笑顔が見られてちょっと安心したかな。尻尾が生えてもシャーラはシャーラなんだって思った。
さて、修理も折り返し。残りも一気にやっちゃおう。
「……聞かないのか」
シャーラがポツリと言った。
「何の事を?」
「私がサイボーグになっている事とか、なんでこんなにボロボロなのかとか」
「聞いて欲しい?」
「……」
黙っちゃった。あはは、ちょっとイジワルだったかな。
「ごめんごめん、聞かせて」
「言うわけにはいかない。言えばあんたを巻き込む事になる」
「それって意趣返しってやつ?」
「……冗談よ。今ちょっと賞金稼ぎやっててね、ヘマしちゃったってだけ」
声は軽かったけれど、目の奥が笑っていなかった。「ヘマ」と言うには深すぎる影。シャーラは傷付いた自分の体を見下ろしかすかに唇を噛んでいた。その横顔に胸がチクリと痛む。でも嬉しいんだ。偶然でも、傷付いていても、またシャーラに会えたから。
それにしても、賞金稼ぎ? 高校出たての小娘がやるにはちょっとヘビーすぎない?
ここマカフシティはサイバネティクスの発展で栄えた街。でも技術が進歩するにつれてそれを悪用した犯罪が急増し治安は急転直下、おかげで対応しきれなくなった政府組織に代わってマフィアみたいな大企業が実質的に街を支配してる有様。
それで、犯罪者対策の一環として凶悪犯には賞金をかけ、誰でもそれを追う賞金稼ぎになれるって話くらいは聞いた事あるけど……、まさかシャーラがそんな事になってるなんてね。
「そんなにお金に困ってたの?」
「お金に困ってないやつなんて一握りでしょ。……まあ、私にも事情があるのよ。それより、これ以上は本当に関わらない方が良い、世話になったね」
「あ、まだ動いちゃダメだよ!」
修理はまだ終わってないのに、シャーラったら無理にでも起き上がって出て行こうとしてる。そんな体でどこに行こうっていうの。
「放せって、こんな事してると――」
「もう遅いよ」
ガレージの外から声がした。ねちっこいような、どこか不快さを感じさせる男の声だった。
ゆっくりとシャッターがこじ開けられ、そこにはいかにも凶悪そうな容姿の男がひとり、わたしたちを観察するように立っている。
「サソリのお嬢さん、まだダンスの途中ですよ。どこに行かれるのですか?」
男がそう言った。これってシャーラに言ってるんだよね?
「知り合い?」
「そんなわけないっての。言ったでしょ、ヘマしたって。そいつは賞金首よ!」
その瞬間、言うが早いかシャーラが男に向かって飛び出していった。二人の体は縺れ合うように外へと転がり、サイボーグ同士の激しい戦いが始まった。いや、さっきまで戦ってたのなら再会されたって言った方が正しいのかな。
でも状況は芳しくないみたい。ただでさえ一度はヘマをした相手、手足の整備が完璧じゃないシャーラが不利なのは誰の目にも明らかだった。
それにしてもシャーラのあの尻尾、なんというか……すごい。
修理している時に見たけれど、脊髄に直結されているであろう腰回りから背中にかけてと尻尾の部分は精巧すぎて手が出せなかった。正確にはあの部分だけ修理なんか必要ないくらい完璧だったのよね。動力だってどこにあるかもわからないのに出力も持続力も意味不明なくらい凄くてまさにオーパーツ。
戦闘においてもまるで手足のように、いやそれ以上に自在に動いて攻撃と防御を兼ね備えてる。一度だけ見た事がある軍用品でもあそこまでのクオリティはなかったと思うな。
「……くっ!」
男の銃撃を尻尾で弾いた時、シャーラがバランスを崩した。
ああ、だから言ったのに! まだ関節の調整が終わってないんだよ~!
「エルナ」
ふと、シャーラがこっちを見た。
「シャーラ⁉ 危ないよ!」
「エルナ、偶然だったけどあなたに会えて良かった。巻き込んでごめん、でも心配しないで。……あなたは、守ってみせるから」
再びシャーラが男を睨みつける。何か、決意のようなものが込められた目で。
「ハハハッ! 余迷い事を! お前に俺がどうにかできるとでも思っているのですかぁ⁉」
これが最後の勝負だと踏んだのだろう。男は両手に大きな刃物を構え、シャーラを切り刻むべく飛び掛かる。対するシャーラも残る力の全てをもって男を迎え撃つ構えだ。
――次の瞬間。
ドォン!
一発の銃声が鳴り響き、男の体が地面へと倒れ伏した。意識の外からもたらされた大口径の銃弾による頭部への致命傷、いくら凄腕のサイボーグでもさすがに動き出す事はないだろうね。
そして、シャーラはといえば目の前の状況に呆気に取られているみたい。
「え、エルナ? なに……やってんの?」
「これ? 前にお父さんの仕事を手伝った時に、余ったパーツとか使って組んでみた特製の大口径ハンドガンだよ。ちょっと大きくなり過ぎちゃったけどね、でもそのぶん威力は抜群なんだ。……やっぱ変かな?」
「いや、そういう事じゃなくて」
「何言ってるの。こんな街のこんな場所でずっと工場を守ってきたんだよ、これくらい驚く事じゃありませんって」
「はは……、そりゃそうか」
うーん、なんかごめんね。守ってくれる気だったみたいなのを邪魔しちゃって。
でもあのままだときっと無茶してたよね。これで良かったんだよ、うん。
この日の出来事がきっかけで、それからわたしたちはチームを組む事になった。だってシャーラったら自分でメンテナンスもできないんだもの、そんなの放っておけないじゃない。
というわけでガレージを引き払うのも中止。あの時の賞金首の人がいいお金になってくれたおかげで、ついでに二人で新しく会社を作る事にした。
その名も、リペアガレージ『ミミシッポ』です。もちろん由来はシャーラの尻尾とわたしのウサ耳、あれ以来ずっと着けてます。
ちなみに賞金稼ぎとしてのチーム名も同じだからね。シャーラは幼稚だからって嫌な顔をするけど、わたしが社長を務める以上はその意見は却下します。
で、肝心の業務内容はほぼ便利屋みたいなものだけど、最大の目的はなんといってもシャーラを最強にする事だね!
「ただいま~」
すっかり日も落ちた時間、シャーラが帰ってきた。賞金稼ぎなんて危険なお仕事だからその疲労はハンパない、入って来るなりバタンと倒れるのはいつものパターンだ。
「おかえりシャーラ。それじゃあごはんの前にやっちゃおうか」
危険な仕事に同行する事もあるけど、わたしの本業はやっぱりこっち。
作業台に横たわるシャーラの装甲はところどころ剥がれ、関節の一部なんかショートしかかっている。これはまたハデにやったねえ。
わたしは袖をまくり気合を入れる。それに合わせるようにウサ耳がピコピコと動くのを感じた。
「その耳、本当にずっと着けてるのね」
「もちろん。癒しだよ癒し」
なんて事を話しながらわたしは黙々と作業を進めていく。
まずはショートの処置から。ピンセットにエアブローに……細かい粒子なんかを払ってと。うん、これくらいならすぐに終わるね。
一緒にいるうちに、シャーラは自分の事を少しずつ話してくれた。シャーラが賞金稼ぎなんてやっているのは、科学者だった彼女のお父さんが行方不明になったからなんだって。何かを悟っていたのか、それとも何かを残したかったのか、特別製のサイバネを娘であるシャーラに組み込んでね。
正直、ちょっと嫉妬してる。わたしの触れないお父さんの秘密箱、できる事と言えばせいぜい汚れを落とすことくらい。いつかは覗いてみたいけど……でもいいの、それ以外の部分はわたしの担当なんだから。それでもってシャーラを最強にしてあげる。賞金稼ぎとしてのランクが上がれば、行方不明事件と関係がありそうな大企業から声がかかるはずだから。
「はい、修理おしまい!」
「ありがと」
「おっと、まだ動いちゃダメだよ」
終わったのは修理だけだからね。わたしにはまだ大仕事が残ってるんだから。
工具を片付け、今度は化粧ポーチのお出ましね。
「はい、ここからはソファーでやりまーす。座って座って」
「……またそれやるの?」
「当たり前じゃん!」
シャーラったら自分の見た目の良さに気付いてないのか、本当に無頓着。朝出かける時だってわたしがメイクしなけりゃそのまま飛び出していこうとするんだから。どこからか何かしらのクレームが来ても知らないよ。
ポーチからコットンを取り出しオイルを染み込ませる。シャーラの体はほとんど機械だけど、胸から上はまだ生身が多い。ゆっくり丁寧にケアしてあげないとね。
コットンをすべらせるたびに薄く浮いたメイクや油分が拭われていく。ついでに戦闘で浴びた匂いなんかもね。じっと耐えるように目を閉じているシャーラの顔を、わたしは誰よりも優しく柔らかい手つきで触れるのだ。
「うん、きれいになった。次は化粧水ね」
軽く叩くように手で肌に馴染ませると、シャーラは小さく息を吐いた。ほんのわずかだけど、その表情が和らいだのをわたしは見逃さないよ。
「どう? 嫌じゃないでしょ?」
「嫌じゃない……けど、毎回ホントに必要?」
「必要なの。特にサイボーグなんて機械化と人間性の喪失が比例するなんて言われてるんだからね、わたしはこうしてシャーラの人間性を守ってあげてるんだよ」
「慣れないなあ」
「ふふん、慣れてもらうから」
続けて櫛を手に取り、シャーラの長い髪を梳く。機械の尻尾とは対照的に、彼女の髪は人間らしい柔らかさを保っている。いいなあ、わたしは伸ばすとくせっ毛になるんだよね。
「ほんと、きれいな髪なんだから。もったいないよ、こんなの放っとくなんて」
「戦うのに邪魔になるだけ」
「それでも。私は好きだよ、シャーラの髪」
わたしは囁くように言いながら指先で毛先をなぞった。その感触は、まさしく生身の人間としてのシャーラを確かに感じさせた。
最後に小瓶の蓋を開け、ほんの少しだけクリームをすくってシャーラの頬に塗る。指の腹で円を描くように馴染ませながら、目の周り、唇の端までしっかりと気を配る。
「はい、完了! 今日のシャーラはつやっつやだよ」
「ふはぁ……、いつも丁寧にごくろうさま」
「だって、私のシャーラだから!」
唐突にそう言い切られ、シャーラは目を瞬かせた。抗うでもなく、ただ小さな溜息を漏らして目を閉じる。
「ふふっ、なにそれ。……お腹空いたな、食事にしよう」
「今日もおいしくできてるよ」
「ホントにぃ? あんたメカ以外は大雑把なんだから」
「大丈夫だって~」
なんて、なんだかんだで全部食べてくれるよね。
食後にゲームする時だって適度に負けてくれるし、シャーラは優しいなあ。
こういう普段の何気ないやりとりだって、彼女の人間性を保つのに役立っている。わたしの仕事は人が思うよりも重要なんだ。もっとも、それがシャーラのためなのか、わたし自身のためなのか。
……うん、決まっている。わたしがシャーラの人間である部分を撫でて、塗り重ねて、繋ぎとめているのは、きっとわたし自身のためなんだ。
***
それから一年と経たないうちに、シャーラはどんどん強くなって賞金稼ぎランキングでも上位に位置していた。一部の悪い人たちからは『死神スコルピオ』なんて呼ばれて恐れられているって噂だよ。センスないよね、『ミミシッポ』っていうイカした名前があるのに。
もはやわたしの作るものだけじゃ性能が足りなくて、最近では賞金首から奪ったものや軍用品を横流ししたものなんかをあちこちに取り付けている。
「はーい、目を閉じて」
「ん……」
でも、この役目だけは変わらない。今日もわたしはシャーラのメイクを落とし髪を梳く。
「エルナ、そこかゆい」
「はいはい」
ちょっと笑っちゃうよね。世間では死神なんて恐れられてる賞金稼ぎがこんなウサギ耳に膝枕されて甘えてるなんて。
……強さの代償。もうシャーラの生身の部分は顔の一部と髪くらいしか残っていない。だけどまだ大丈夫だよ、シャーラのキレイな髪からはまだ生身の温かさを感じるもの。
「だいぶ生身の部分が減っちゃったなあ……、これでもまだ私はシャーラかい?」
「あっ……当たり前でしょ!」
シャーラはちょっとした冗談のつもりだったんだろうけど、思わず声を荒げてしまった。
「あっ、ごめん……」
「いや……私も変な事言って悪かったよ。ちょっと不安だったんだ、生身の部分が減るたびにパパに縛られていくような気がして。ホント、娘にこんなもの埋め込むなんて、パパはどこまで考えていたんだろうね」
「大丈夫、きっとそれもわかるよ」
「ああ……そうだね」
運命を変える出会いなんてものが本当にあるなんて思ってもみなかった。まあ、最初の出会いは高校時代なんだけどね。その時、どこかへ行ってしまった大切なものがわたしの膝の上で寝息を立てている。これを運命と言わずに何と言う?
眠りに落ちる直前、シャーラがぽつりと呟いた。
「……エルナがいなきゃ、わたしはもう動けないのかもね」
その声は夢に混じったものだったのかもしれない。だけど私には、甘い鎖の音にしか聞こえなかった。
本当はね、こんな事絶対にシャーラには言えないけど、ずっとあなたのお父さんに嫉妬してるんだ。その尻尾、お父さんの秘密箱が壊れてしまったらどんな顔をするんだろうって。
それだけじゃないよ。日々増えていく強力な装備、それが扱いきれなくなって暴走して、わたしに当たっちゃったらシャーラはどんな顔をするのかな。あなたの大切な尻尾がわたしの胸を貫いたら、きっと絶望に歪むその顔をわたしは見てみたいとさえ思っている。
……シャーラの寝顔を見ながらそんな事を考えるなんてね。不思議な気持ち、ウサ耳もピンと立って興奮してるみたい。ただ、いろんなあなたが知りたいだけなのに、わたしっておかしい?
明日にはきっと企業からお呼びがかかるはず。シャーラ、また一歩前進だね。
大丈夫、どんな結末が待っていようとわたしはあなたを支え続けるよ。死神の鎌が錆び付かないように、ずっと研ぎ続けてあげるから。
「……わたしかあなた、どっちかの人間性が失われてしまうその時まで……」
――そっと囁いたその言葉が証明されるのにそれほど時間はかからなかった。
シャーラのお父さんの件だって何の事は無い。蓋を開けてみれば街の実質的な支配者であるネビュラ社が、シャーラのお父さんが研究していた新しいエネルギー技術を狙って拉致してたってだけの話。なんとも単純だね。
でもその先は最悪だった。新技術の秘密がシャーラの尻尾にあることをネビュラ社が突き止めてしまったから。わたしたちが呼び出されたのはそのためだった。
相手は逆う者などいない巨大組織。小娘二人くらいどうにでもなると思ったのか、シャーラのお父さんはあっさりと殺されてしまった。
そこからはもうわけわかんないくらいの大立ち回り。相手の武力はそりゃあ大したものだったけどさすがはシャーラ、死神の異名は伊達じゃなかった。ネビュラ社お抱えのサイボーグ部隊をどんどん蹴散らし、恐怖に引きつった重役をあっという間にぺしゃんこにしちゃったんだから。
ただ……ちょっと暴れすぎ。一緒に戦ってたわたしの体を貫いた攻撃が、ネビュラ社がやったものなのか、それとも激高するシャーラが当ててしまったものなのか、撃たれたわたしにもわかんないくらいだから。
「やだ……、ウソだ……、エルナ!」
ああ……、やっぱり思った通りだ。シャーラのその顔、あの時の歪んだ願望が、まさかこんな所で見られるなんて。
はは、やっぱりわたしっておかしいや。もう言葉さえ出ないのに喜んでるんだもの。
でも大丈夫、あの約束は守るから。わたしは最後の力で、いつも身に着けているウサギ耳型デバイスのコネクタを開いた。
「……?」
シャーラは戸惑っていたけど理解してくれたみたい。サソリの尻尾が先端をプラグに換装し、ウサギ耳へと接続された。
実はねシャーラ、わたしはとっくにあなたのお父さんが作った秘密箱のカギを見つけてたんだ。ネビュラ社が知りたがっていた新たなエネルギー、その正体は微細な粒子のひとつひとつに膨大な情報を記録する事の出来る未知の鉱石だった。もちろんそれ自体が生み出すエネルギーも核融合炉並み、尻尾のサイバネが充電もなしに動ける理由はこれだったんだね。
それを知った時、わたしはある考えを実行に移していたの。いつも着けているウサ耳デバイスを利用して、わたし自身の人格データを事細かく収集する。そして今、その膨大なデータはシャーラの尻尾の中へとアップロードされたというわけ。
それで、挨拶代わりにシャーラのアイモニターにウサ耳のスタンプを押してあげた。その時のシャーラの顔ったら、直前までの泣き顔と合わせておかしいったらなかったよ。まあ、わたしもわたしで体が完全に死ぬ前に間に合ったからホッとしてるんだけどさ。
「シャーラったらかわいいねぇ」
「バカ……、このっ!」
尻尾を殴ろうとするシャーラの拳をひらりと避けた。
おおっ、やっぱりこの尻尾は凄い。まさか「自分でなってみる」事になるとは思わなかったけど、変幻自在の尻尾があれば大概の事はできるよ。修理にメイク、お料理だってね。
うん、そうだよ……。これは心のどこかで願っていた事。今やわたしはシャーラのもので、シャーラはわたしのものなんだ。
さあて、これからやる事は多い。ネビュラ社が諦めるとは思えないから、戦いはもっと激しくなっていくだろうし。まあ、まずはここから脱出かな。
「エルナ、いける?」
「任せといて!」
わたしは尻尾を巧みに動かし、わたしだった死体からウサ耳を取り上げシャーラに乗せた。
「ちょっと……これは何のつもり?」
「シャーラったらチーム名忘れたの? これがないと締まらないでしょ」
シャーラの返事を遮るように大勢の足音が聞こえた。長居してる場合じゃないよ。
「ああもう、仕方がない!」
そうそう、諦めて行こうか。
何が来たって大丈夫。わたしたちは文字通り一心同体、宇宙最強のミミシッポなんだから。




