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やらない勇者の召喚

俺、望月もちづき けい、二十七歳。人生のテーマは「省エネ」だ。

頑張らない。無理しない。できるだけ動かない。

それが俺の信条であり、生きる術だった。


学生時代は「望月は本気を出せばすごい」と周りに言われ続けた。だが、俺はその「本気」とやらを出すのが死ぬほど面倒くさいのだ。テストは赤点を回避できるギリギリの点数。体育祭は極力目立たない場所で時間をやり過ごす。告白されれば「付き合うのとか、色々面倒そうだから」と断る。

そんな俺の最期は、実に俺らしかった。

三連休、一歩も家から出ないと固く決意した俺は、食料の備蓄が尽きたにもかかわらず、コンビニに行くことすら億劫で、最終的には空腹と脱水で意識が遠のき……気づけば、真っ白な空間にいた。


「よくぞ参られました、迷える子羊よ」


目の前には、光り輝くドレスをまとった、いわゆる「女神様」がいた。

あ、これ、異世界転生のやつだ。ネット小説で百回は見た展開。


「あなたの魂に秘められた、計り知れないポテンシャル! その力を、どうか我々の世界『アースガリア』を救うために貸してはいただけませんか!」

「いやです」

俺は即答した。

「え?」

女神様が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。


「世界を救うとか、絶対面倒くさいじゃないですか。魔王倒したりとかするんでしょ? 無理無理。俺、家で寝てるのが一番好きなんで」

「そ、そんな…! しかし、あなたほどの才能を眠らせておくのは…!」

「どうぞ眠らせておいてください。それが才能にとっても俺にとっても幸せです」

「うぅ……」

俺の完璧なまでの「やらない」意志の前に、女神様は頭を抱えてしまった。しかし、彼女も神の端くれ。最終手段に出たらしい。


「わかりました! それほどまでに『動きたくない』というのであれば、あなたの信念に相応しいユニークスキル【不動】を授けましょう。……これが吉と出るか凶と出るか。まあ、死なれるよりはマシでしょう」

その言葉を最後に、俺の意識は再び真っ白に染まった。

【不動】ねぇ。名前からして、俺の信条にぴったりの能力っぽいな。まあ、どうせ使う気もないけど。



「おお! 目を覚まされたぞ! 勇者様だ!」

次に目覚めた時、俺は天蓋付きの豪華なベッドの上にいた。周りには、見るからに偉そうなおっさんや、綺麗なドレスを着たお姫様、物々しい鎧の騎士たちが俺を取り囲んでいる。


「勇者スワル様! よくぞ我々の呼びかけに応じてくださいました!」


王様らしき人物が、感涙にむせびながら俺の手を取った。

(スワル……? 誰だよそれ。ああ、俺のこの世界での名前か。勝手に決めるなよ、面倒くさい)


「はぁ……」


新しい名前を与えられたことすら億劫で、俺は深いため息をついた。

説明によると、この国は魔王軍の侵攻によって滅亡の危機に瀕しており、古の魔法で異世界から勇者を召喚した、ということらしい。テンプレだ。実にテンプレ通りの展開だ。王国の魔術師たちが召喚時に俺のステータスを確認したところ、ユニークスキルとして【不動】という文字だけが浮かび上がったらしい。


「さあ、勇者様! どうかそのお力で、魔王を打ち滅ぼし、この世界をお救いください!」


王様が頭を下げる。皆が期待に満ちた瞳で俺を見る。

俺は大きくため息をついてから、ゆっくりと口を開いた。


「いやー、無理っすね」

「「「…………え?」」」


部屋が、しんと静まり返った。

「俺、そういうガラじゃないんで。人違いじゃないですか? 他のやる気ある人を探してもらった方がいいと思いますよ」


「し、しかし、あなたは伝説の勇者スワル様で…」


「そのスワルって名前も今初めて聞いたんで。とりあえず、元の世界に帰してもらえませんかね? 無理なら、この城の隅っこでいいんで、静かに暮らせる部屋を一つお願いします。一日三食昼寝付きで」


俺のやる気のなさすぎる態度に、王様たちは完全にフリーズしている。

見かねたのか、ピンク色の髪をした可愛らしい姫様――確か、リリアーナとか言ったか――がおずおずと口を開いた。


「で、では勇者様! まずは旅のお疲れを癒すために、お城の厨房が腕によりをかけて作ったスープでもいかがでしょうか…?」


気遣いはありがたいが、今はそれすら億劫だ。

しかし、ここで断るのもまたエネルギーを使う。俺は黙って頷いた。

しばらくして、侍女がスープを運んできた。その直後、遠くの厨房の方から「しまったぁ!」という料理人の小さな悲鳴が聞こえた気がした。嫌な予感がする。

運ばれてきたスープを一口啜り、俺は眉をひそめた。

……しょっぱい。

とんでもなく塩辛い。こんなもの飲んでいられるか。

姫様が不安そうな顔でこちらを見ている。


「お、お口に合いませんでしたか…?」

「……塩辛い」


俺が正直に感想を述べると、姫様は顔を真っ青にした。

「も、申し訳ありません! すぐに作り直させま…」

「いや、いい。面倒だから」


作り直すのを待つのも面倒だ。かといって、このまま我慢して飲むのはもっと苦痛だ。

ふと、俺は厨房の方に意識を向けた。ちょうど、別の鍋で新しいスープを作ろうとしている料理人の姿が、なぜか頭の中にぼんやりと見えた。料理人はまだ動揺しているのか、手がブルブルと震えている。あーあ、あの震える手で塩加減を調整しようとしてるよ。絶対また失敗するパターンじゃん。

(……せめて、あの手の震えだけでも止まればいいのに。面倒くさいな、もう)

俺がそう思った、瞬間。

頭の中に映っていた料理人の手が、ピタッと空中で静止した。


「え?」と驚く料理人。しかし、その手は彼の意思に反して、完璧な位置で静止し、完璧な量の塩をパラリと鍋に投入した。

やがて、作り直されたスープが俺の前に運ばれてきた。

俺は恐る恐る一口飲む。


「!」


美味い。

奇跡のような味だ。


「まあ…!」


俺の表情の変化に気づいた姫様が、自分も一口味見をし、その美しい蒼い瞳をカッと見開いた。

「な、なんなのですか、この完璧なお味は!? 料理人に確認したところ、二度目はなぜか自分の手が勝手に動き、寸分の狂いもなく調理を終えていたと…! まるで、見えざる神の手に導かれたかのよう…!」


その言葉に、騎士団長が困惑した顔で俺を見た。

「まさか…!勇者様は、ただ玉座に座っておられるだけで、奇跡を起こされたというのか!?しかし、一体どうやって…? 我々が召喚時に確認した勇者様のスキルは、確かに【不動】…。一体、どういう力なんだ…?」


王様も、大臣も、皆がスープを一口飲んでは感動に打ち震え、そして首をかしげている。


「おお…!これが勇者の奇跡…!」「しかし、【不動】とは…?動かぬ、という意味だろうか?」「いや、しかし結果として料理人の手は動いている…」「全くもって謎だ…!」


尊敬と、畏怖と、そして底知れぬ謎への困惑が入り混じったような視線が俺に突き刺さる。

やっちまった。

俺は心の中で頭を抱えた。

ただ面倒くさいから「手が止まればいい」と思っただけなのに。勝手に変な方向に勘違いされてる。

期待値が、あらぬ方向に爆上がりしてしまったじゃないか。


「見てくれ! これが我らが勇者スワル様だ!【不動】の力の意味は未だ謎だが、これほどの奇跡を起こされるのだ!魔王討伐も、きっと我々の想像を絶する方法で成し遂げてくださるに違いない!」


王様の高らかな声が響く中、俺はただ一人、決意を固めていた。

(もう二度とやるもんか。面倒なことを考えたからだ。無になるんだ。無こそが至高の省エネだ)

こうして、僕ことスワルの「何もしない」ことを目標とする異世界生活が始まった。

周りは勝手に勘違いして盛り上がっているけど、知ったこっちゃない。

やればできる? そうかもしれない。

でも、やらない僕は、やっぱりやらないのだ。

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