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 クリューは終始不機嫌そうだったものの、もうじき夜になるからと、一行を家に泊めてくれた。そうして、昼間に寝たから眠くないからと言って、クリューはさっそくエクリプスを自室に招き、何やら話し込み始め、その後一行は、モグが用意した夕食を食べながら寛いでいた。


「クリュー様はああ見えて、研究熱心なんですよ」

 モグはそう言いながら、ダイニングのテーブルをどかし、毛布などを敷いて、簡易的な寝床を作ってくれる。

「あの……ちょっと気になったのですけど…」

 モグを手伝いながら、ユースティティアが言うと、「なんですか?」とモグは小首を傾げて手を止める。

「クリューさんって……もしかして、人間じゃないんですか?」

「ど、どうしてですか?」

 モグは明らかに動揺した様子で、それが答えを物語っていた。ジオーラはクスリと笑ってはモグの頭を撫でた。

「大丈夫だよ。クリューが何者であろうと、あたし達は何もしない。ただ、エクリプスを人間にするヒントを貰いに来ただけだ。だから、安心してくれ」

「そう……ですか…」

 モグは俯いて少し悩むようにしたあと、意を決したように顔を上げた。

「クリュー様は、ドラゴン族の生き残りなんです」 

「えっ!?」

 思わず叫んでしまってから、慌ててオルテンシアは口を手で押さえる。家の奥を伺うが、クリューが出てくる様子はなかった。

「驚いたの……ドラゴンは皆魔王に滅ぼされたと思っておったが…」

 オーガストが言うと、モグは頷いて見せる。

「はい。ほとんどは魔王に殺されました。けれど、クリュー様の場合は、魔王が出てくるより前から隠れ住んでいます。細かい理由は分かりませんけど……ただ、ひどく人間嫌いでした。もしかしたら、人間に襲われたことでもあるのではないかと思います」

「なるほどな…」

 ジオーラはチラリと自分の剣を見た。火炎竜の鱗で出来た剣……人間がドラゴンを殺す為に、ドラゴンの体の一部から作った剣だ。時に人間の生活域を増やすため、または守る為、終いには、ドラゴンを倒したという名声を得る為に、ドラゴン狩りが盛んだった時代があった。

「……それでも、話、聞いてくれたね」

 ポツリとオルテンシアが呟くと、モグは嬉しそうにする。

「クリュー様は、普段はあんな感じですけど、優しいんです。罠に掛かって死にかけていた僕のことを拾って看病してくれて…魔法を使えるようにしてくれました」

「えっ?モグは、普通の熊だったの?」

「はい」

「て、ことはあれか?本に書いてた、魔法生物にする方法ってやつ…」

「ああ、クリュー様の書いた本ですね。たぶん、そうだと思いますよ」

 オルテンシアはモグの様子を見ながら、この様子だと、エクリプスも人間になれるかもしれないと期待が高まった。普通の熊が魔法生物になれるなら、逆も然りに違いない。

「そう言えばエクリプス、クリューさんと何の話をしてるんだろう?」

 家の奥にある部屋は静かだ。特に物音も聞こえない。

「クリュー様は、興味を持ったものは徹底的に調べたがる性分でして……もしかしたら、一晩中、質問攻めかも…」

 モグは困ったように肩を竦めた。

「まあ、たとえそうでも、エクリプスは眠らないし、いい暇つぶしになるんじゃないか?心配しなくて大丈夫だろう。あたしらは明日の為にも寝よう。それとも……エクリプスがいないと眠れないか?アン」

 ジオーラがニヤリと笑う。

「ち、ちがう!別に寂しいとかじゃないから!……おやすみ!」

 オルテンシアは顔を真っ赤にしながら、手近にあった毛布にくるまって横になった。仲間たちから笑いが上がっていたが、オルテンシアは眠ったフリをする。

(やだなぁ〜私ったら……こんなふうにしたら、図星みたいじゃない)

 どんな話をしているか気になっていただけで、エクリプスが側にいないのが寂しいと思った訳ではない……と考えてみて、ふと違和感を感じた。

(……本当に、そうかな?)

 思えばこの数年、エクリプスが一緒に居なかったことはない。もしかしたら、本当に寂しいのかもしれない……。

(ハァ〜……こんなんで、エクリプスの好きにさせてあげられるのかな…)

 剣でなくなったエクリプスを自由にさせて、自分は良き友人で居ようと思っていた。けれど、どうやら自分は、親離れ出来ていないようだ。

 人間になった後も、自分と一緒に居る未来を望んでくれはしないかと、なんとも都合の良い願いを浮かべながら、気づけばオルテンシアは眠ってしまった。

 

           ※

 

「なるほどな……極めて生身に近いのに、飲食も睡眠も必要なく、痛みもないか……うーん…」

 クリューは椅子に座りながら腕を組んで考え込む。

「しかし、悪魔封じの陣に入った時には、怪我による痛みを感じていました」

 エクリプスは衣服を整えながら言う。体の状態を見てみたいと言われて、先程まで服を脱いでいたのだった。

「ふむ……確かエクリプスは、魔王の指を入れて作られたと言ったな……生身の部分は、魔王の指由来だろうが、もしかすると、魔族の能力のような部分は、その生身と剣とを融合させることだったのかもしれないな……つまりは、剣と魔族の融合体というわけだ」

「なら、分離も可能なのですか?」

「たぶんな。悪魔封じの陣の効果は、魔族の特殊能力を封じるものだ。陣にいる間に剣では無かったのなら、剣とお前は本来別物と考えたほうがしっくりくる……ただ、お前が自分を剣だと思っているだけでは、百年も飲まず食わずでいられる訳がないと思うが……何かもっと別のからくりがあるかもな…」

 そうやって考え込みながらも、クリューの瞳は輝いている。

「お前を錬成したときのレシピのような物はないのか?まさか、何のレシピもなしに一発でお前が出来た訳ではないだろ?試行錯誤した筈だ」

「……よく覚えていませんが、探せばあるかもしれません……」

「よし!行こう!すぐにでも」

「ちょっとお待ち下さい。私が生まれた小屋は、ここよりずっと南の国にあります。馬車を使いながらでも、三カ月はくだらないですよ」

「誰がそんな原始的な方法で行くか!…飛べばすぐだ!」

「と、飛べば……といいましても、無闇に本来の姿で行動しても大丈夫なのですか?ドラゴンは今でも狩られる危険があるかと思われますが?」

 エクリプスが止めると、クリューは顔を歪めて、立ち上がり掛けた体を、再び椅子に沈めた。

「――私は、お前に正体を明かしていたか?」

「いえ。聞いてはおりませんが、気配からなんとなくそうではないかと……ジオーラの剣から漂う雰囲気に近いものがありましたので」

「そうか。優秀だな。……お前、本当に人間なんかになってしまっていいのか?このままここで私の補佐役なんてどうだ?人間なんかよりよっぽど上手く使ってやるぞ?」

「ありがとうございます。けれど、お断りさせて頂きます」

「……あの娘か?」

 クリューの問いに答える答える代わりに、エクリプスは微笑んだ。それを見て、クリューは深い溜息をつく。

「剣でなくなったお前に、価値は残るのか?」

「あの方は、出会った頃からずっと、私をただの道具として扱ったことはありませんでした。私が剣でなくとも、構わないでしょう」

「……ただ保護者が欲しくて、お前にくっついているだけかも知れないぞ?」

「そうかもしれませんが、それでもいいのです。オルテンシアが私を必要としなくなるまで、側にいます」

「必要とされなくなったら、どうする?」

「ただ、好きなことをして生きていくだけです。命が続く限り。そうしていつか死んだ時、父たちに会えるかもしれません。剣のままでは、死ぬことができませんから…」

「随分とロマンチストだな。死後の世界なんぞ、ないかもしれないぞ」

「ないなら、ないでも。……私はただ、生き物として生を全うしてみたいだけです」

「そうか……残念だな。お前とは、人間がいかに愚かな生き物であるかという話で盛り上がれそうだと思ったのに…」

 クリューが冗談めかして言うと、エクリプスは笑う。

「確かに人間は、魔王たる悪魔を呼び寄せましたが、その魔王を倒したのもまた、人間でした。私は魔王と戦った時、自我を封じられ、いつものようにオルテンシアに指示を飛ばすことが出来なかった……それでもオルテンシアは、諦めずに意志を強く持ち、立ち向かって勝利した……人間は私やあなたのような者から見れば非力ですが、それでも大義を成すことが出来る強さと、こんな私にも愛情をかけられる美しさを持っています」

「――知ってるよ。だから、人間なんて嫌いなんだ」

 クリューは窓の外を眺めながら呟いた。視線からして月を眺めているようだったが、実際はもっと遠いどこかを見ているようだった。

「…あなたは、嘘つきですね」

 エクリプスは笑いながら、クリューと一緒に月を眺めた。時折雲が掛かって霞む満月は、それでも夜を優しく、そして力強く照らしていた。

 

          ※

 

 翌日。オルテンシア達は、エクリプスをクリューの元に残し、モグと共にクリューの家を出た。

「えーっと……メモにあるのは全部で五つですね。西の森で手に入るものもあれば、他の場所にあるものもあります。遠い所からまわって戻ってくるとしても……最短でひと月程ですかね」

 モグが言うのを聞きながら、オルテンシアはげんなりする。旅は好きだが、エクリプスを人間に出来るかもしれないと分かると、気持ちが急いている。オルテンシアの表情に何を見たのか、モグは耳をパタパタと動かした。

「大丈夫ですよ。移動は基本ワープでいきます」

「ワープ!?」

 ジオーラが目を見張る。

「はい。どこも行ったことがあるところなので、簡単に繋がれます。昨日皆さんと家の前にワープしたのと同じ要領で行けます」

「それはすごいな……けど、ワープって魔力の消費が激しいんじゃないか?」

 ジオーラがオーガストに目線をやると、オーガストは頷いた。

「確かに……儂は使えぬから分からないが、一日に一度が限界ではないか?」

 モグは鼻をヒクヒクさせる。

「はい。恥ずかしながら……なので、それも見越してひと月です。集める素材の中には、特殊な条件でないと採れないものもあるので…」

「特殊な条件?」

 ユースティティアが問うと、モグはメモを見せながら、

「例えば、この月下草の花は、満月の日にしか咲きません。満月の日に採取して、枯れないように密封しておかないといけません。あと、猩々石なんかは、一番日当たりの良い正午でないと、他の石と見分けがつきません」

 と説明しては、長い爪で器用に鉛筆を持っては、メモに書き足していく。

 

 〈必要な素材〉

 ・月下草の花を一輪→西の森で、満月の日に

           咲く。

 ・猩々石を四つ→東の大陸のヒノデ山

 ・ダッチの虹色の羽を一枚→中央の大陸西部

 ・星茸を十個→西の森奥地

 ・金の四つ葉のクローバーを一輪→カザン

 

「なんだか、難しいものが多いんですね…」

 ユースティティアが眉を顰める。

「ダッチは茶色いモンスターだぞ…虹色の羽なんてあるのか?」

 ダッチとは、体長二メートル程ある鳥のモンスターで、空を飛ぶことはないが、足が丈夫で速い。生息地である大陸の西側では、飼い馴らして馬の代わりに使っていることもある。ジオーラの言うように、羽は茶色に黒が混じっているものがほとんどだ。

「野生のダッチには、極稀にいるんですよ。一部、虹色の羽を含むダッチが」

「へぇ~……じゃあ、金の四葉は?」

「これもたまに採れるものじゃ。金の四葉は魔力が高く、魔法薬に応用出来るんじゃ」

「たまに……」

 モグやオーガストの言葉を聞いて、ジオーラの顔が曇る。

「…なんか、クリューの悪意を感じる気がするんだが…」

「そうじゃなぁ〜……特に月下草の花を採りたいなら、昨夜はちょうど満月じゃった。昨日の段階で教えてくれたなら、すぐにでも採りに行けたじゃろう」

 とオーガストも唸った。

「まあまあ。必要なものには違いないだろうし、がんばって採りに行こうよ!」

 オルテンシアは明るく言ったが、そんなオルテンシアを、ジオーラは心配そうに見た。

「本当にこの材料を使うんだよな?」

 そうして、モグに確認する。しかしモグは、小首を傾げた。

「クリュー様が言うなら、必要なのだと思います。何をどう使うのかは、僕にも分かりませんけど……」

 それでなんとなく一行は押し黙る。暗黙のうちに、クリューへの不信感が生まれているようだった。

「…とにかく、やってみるしかないよ。ありもしないものを採りに行かされる訳じゃないんだから……モグ。どこから行く?」

 それでもオルテンシアは明るく言う。モグは少し安心したように目元を和らげた。

「それでは、東のヒノデ山から行きましょうか。その後にダッチの羽、金の四葉、星茸、月下草でどうです?」

「わかった。みんなはどう?」

「そうだな。距離的にも、それが無難だろう」

 ジオーラが頷き、他の二人も異論はないようだった。

「では、さっそく行きましょう!」

 モグは一行を側に集めて手を繋がせる。クリューの家へ来たのと同様に、歌を歌い始めた。一部歌詞が違ったが、リズムは同じものだ。やがてふわりと体が浮く感じがしたあと、強い風を感じた。

「……はい。いいですよ」

 体感にして数秒の後にモグの声で目を開ければ、そこは奇岩が連なる山の上だった。

「うわっ!いきなり頂上?」

 突然のことに、オルテンシアは倒れそうになる。

「大丈夫か?」

「あ、ありがとう」

 それをジオーラが支えてくれる。

「猩々石は、最も日当たりの良い時間じゃないと分からないんでしたっけ?」

 風になびく髪を抑えながらユースティティアが問うと、モグは頷き、一行を数歩先、より山の頂に近い位置に誘導する。

「辺りにたくさん石が転がっていますよね?猩々石は、お日様に温められると、僅かに赤くなるんです。確か、お日様の熱を吸収しやすい石なんだとか、クリュー様は言ってた気がします」

「なるほど。じゃあ、赤味がかった石を探せば良いんだな?」

 ジオーラは早速石を見て回る。オルテンシアもそれに倣った。なかなかに見つけるのが難しかったが、皆で手分けして、なんとか目標の四つを集める頃には、すっかり日が傾いていた。

「もう少し山を下ったところで、今日は野宿しましょう」

 

 モグの提案で山の中腹まで下ると、一行はテントを張って火を焚いた。道中見つけた山菜でスープを作り、あらかじめモグがクリューの家で焼いていてくれたパンを浸して食べる。食べ終えると早めにテントで休むことにし、二名ずつ交代で火の番をすることになった。始めはジオーラとオルテンシア、次にオーガストとユースティティア。モグは元々眠りが浅いので、状況に応じて対応してもらうことになった。

「なんか、こういうの新鮮だね」

 爆ぜる火を見つめながら、オルテンシアはジオーラに話しかける。

「そうだな。いつもはエクリプスが一晩中、見張っていてくれてたもんな」

「……普通の旅って、こういうものだよね…」

 オルテンシアが呟くと、ジオーラは軽く眉を上げたが、すぐにオルテンシアの言いたいことを察したように笑みを浮かべた。

「またお得意の謙遜かい?あたしからすれば、アンはその歳で、よくやっていると思うけどな」

「そうかな?今も前も、エクリプスやジオーラ達が居てくれて、私は何もしてない……運がいいだけだよ」

「運も実力のうちって言葉がある。でも、アンがそれに甘えていたくないっていうなら、これからいくらでも挽回の余地はあるさ。……でも、アンに忘れないでいてほしいのは、"アンは魔王を倒した"っていうことだ。前にエクリプスに聞いたが、アンは魔王と戦った時、エクリプスと会話出来ない状態だったんだって?」

「うん……一度エクリプスを魔王に取られちゃって、聖水で魔王の動きを一瞬鈍らせた時に取り戻せたけど、魔王の力のせいか、テレパシーが通じなくて…」

「でも、ちゃんと戦えて、勝ったんじゃないか」

「勝ったっていうか……結構ギリギリだったかも…ボロボロだった私を見て、魔王が油断していたから勝てたんだと思う」

「勝ちは勝ちだ。戦いで油断するほうが悪いのさ。むしろ手練れは、狙って相手を油断させるくらいだ。アンはちゃんと、エクリプスを使って魔王を倒したんだよ。もっと自信を持ちな!」

「……うん」

 顔を赤くして俯くオルテンシアの頭を、ジオーラはくしゃりと撫でる。

「アンはすごい子だよ。そうじゃなきゃ、あのエクリプスが、役目を終えた後でもアンと一緒に居たがる訳がないだろ。多少は人間っぽい思考をするようだけど、どこか機械的だろ?エクリプスは。そんなエクリプスに"一緒に居たい"と言わせるんだからさ」

「……ジオーラ」

「うん?」

「エクリプスは……人間になったら、どうすると思う?」

「どうって言うと?」

「何かしたいこととか、行きたい場所とか……あるのかな?」

「さあな……そんなの、本人に聞けばいいだろ?」

「そう……なんだけど……」

「聞くのが、怖いのかい?」

 言われてオルテンシアは、弾かれたようにジオーラを見た。目を見開き、何かを言いかけては止めて、再び足元に視線を落とす。

「……そうかもしれない…」

「う~ん……これは、あたしの推測だけどさ…」

 ジオーラは居心地悪そうに頭を掻いては、空を仰ぐ。

「エクリプスは人間になろうが、今までとあまり変わらないんじゃないかと思う。…今までって言うのは、アンと出会ってからの話だけど……。エクリプスはアンありきで、ものを考えていると思うな………あ、もしかして…!」

 そこでジオーラは、何かに気づいたようにオルテンシアに目線を戻す。

「アンは、エクリプスとの関係性について悩んでるのかい?」

 やや間があってから、オルテンシアは小さく頷いた。

「そうか……なるほど……それはそうか……」

 ジオーラは一人で納得しては頷いた。

「アンは、エクリプスとどうなりたいんだ?」

 ジオーラが問うと、オルテンシアは少し迷うようにする。

「…これからも一緒に居てほしい……けど……」

「具体的には?」

「それはっ!………」

 オルテンシアはそれから言葉が続かずに黙ってしまう。その様子を見て、ジオーラは軽く息を吐く。

「あたしが、アンとエクリプスについて行くって言った時、あんたらを見てると面白そうだって思ったけど、理由は話してなかったね」

「理由?」

 オルテンシアは顔を上げる。

「アンはさ、エクリプスに恋してるだろ?」

「っ!!」

 咄嗟に反論しそうになったオルテンシアだったが、結局言葉は出て来ず、瞳を泳がせる。

「やっぱりな……でも、エクリプスはアンに向ける自分の気持ちが分かっていない。傍から見ると、アンと同じ気持ちに見えるんだがな……当人が気づいてないからなぁ〜。……まあ、そこが面白そうだって思った理由なんだけど…」

「私と同じ気持ち…?エクリプスが?」

 オルテンシアは目を丸くして呟く。そんな様子を見て、ジオーラは吹き出して笑う。

「ちょ、ちょっと!なんで笑うの!」

 オルテンシアが頬を膨らませながらジオーラの腕をポカポカ叩くと、ジオーラは笑いながら「ごめん、ごめん」と謝った。

「あー、でも、気づかなくてもしょうがないか。ずっと先生と生徒みたいな感じだったしなぁ〜。けど、頑なにアンに拘る様子は、師弟や親子って言うより……対等な立ち位置で大切にしているように見えるんだよなぁー」

「ですよねっ!」

「うわぁ!」

 急に背後から声がして、オルテンシアは跳び上がる。いつの間にかオルテンシアの背後には、何だか嬉しそうな顔をしたユースティティアが立っていた。

「おや。ユースティティアもそう思うかい?」

 仲間を得て、ジオーラも瞳を輝かせる。

「まるで"両片思い"状態ですね!」

「りょ、両片思い…?」

 オルテンシアはいつになく興奮して話すユースティティアに気圧されていた。

「そうです!お互い想っているにも関わらず、お互いが、自分は相手に相応しくないとか、そういう対象として見られていないという勘違いをしていることですよ」

 ユースティティアはオルテンシアに引かれているにも関わらず、そのままの勢いで説明する。

「私、最近のお二人を見ていて、なんとも歯痒かったんですよ……アンちゃんさえ良ければ、是非協力させて下さい」

 そう言ってユースティティアはオルテンシアの両手を握る。

「き、協力って…?」

「もちろん!告白大作戦のことだ」

 そこにジオーラも乗っかってくる。

「え!?……い、いや…いいよ。そんなことしたら、エクリプスと気まずくなっちゃうし…」

「いけません。不完全燃焼は良くないですよ。それに、私の占いによると、エクリプスさんなら、大丈夫です。ね?ジオーラ」

「おうよ!エクリプスが人間になる前に、エクリプスが自分の気持ちに向き合えるように、ちょいちょいカマかけておくから、心配するな」

「ちょ、ちょっと、それは……」

 オルテンシアが口篭ろうが関係なしに、二人は盛り上がっていた。

「よぉし!アンの初恋を実らせるぞ!」

「はいっ!」

 ジオーラとユースティティアはガッチリと握手をした。

「ちょ、ちょっと!初恋って…」

「ん?違うのか?」

「……違わないです…」

 もはやオルテンシアには、反論する力もない。

 

「ん~?……なんの、さわぎですか…?」

 テントの中、寝ぼけ眼でモグが起き上がりかけると、その背を撫でる者があった。

「大丈夫じゃよ。……青春じゃのう」

 オーガストは、はしゃぐ女性陣の声を聞きながら、穏やかに笑っていた。

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