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11.その花の名は

 その後、モグとエクリプスが戻って来ると、オルテンシアはエクリプスに声を掛けた。

「ごめん。あなたに謝らないといけないことがあって……」

「なんでしょう?」

「……私、あなたに嘘をついた。あなたと私たちは、出会ったばかりなんかじゃない。少なくとも、私とあなたは二年以上の付き合いがあるの。ちょっと事情が複雑なんだけど……」

 オルテンシアの言葉に、エクリプスはどこかホッとした様子を見せる。

「……良かった。ずっと不思議だったんです。思い出せないけれど、あなたと初対面の気がしなかった……他の方々もそうです。私の勘違いかと思いましたが、そうではなかったのですね」

「……ごめんなさい」

 エクリプスは、俯いてしまったオルテンシアの肩に手を載せた。それでオルテンシアが顔を上げれば、エクリプスは嬉しそうに微笑んでいた。

「別に怒ったりしませんよ。私に話さなかったのは、なにか事情があったのでしょう?あなた方に敵意がないのは分かっていましたから。……でも、結局話してくれたと言うことは、理由を尋ねてもいいということでしょうか?」

「ちょっと長くなるんだけど……大丈夫?」

「はい」

 それからオルテンシアは、エクリプスが魔王を倒す剣だったことから、自分や仲間たちと出会い魔王を倒したこと、エクリプスは人間になりたいと願っていた為、クリューの知恵を借り、こうして人間にすることが出来たと、なるべく簡潔に説明した。

「私は、剣だったんですか…」

 エクリプスは不思議そうに自分の体を見回した。

「そうだよ。……あ、そういえば、あなたから分離した剣が残ってるけど、見る?」

「はい。是非」

 エクリプスに剣を渡すと、エクリプスは興味深そうに剣を眺めた。

「どう?」

「うーん……馴染みがあるように思いますが、まだ思い出せませんね」

「そう……でも、無理しなくていいよ。思い出せないならないで。エクリプスはもう剣じゃないんだから、自由に好きな事をやったらいいよ」

「ーー本当に?」

「え?」 

 エクリプスは少し苦しげに顔を歪め、低い声で呟いた。

「本当に、思い出さなくてもいいのですか?今までの話を聞くからに、あなたは私に言われて魔王を倒したうえ、役目を終えても、私の願いを叶える為に奔走した……そこまでの想いを掛けてくれた恩人のことを、忘れたままで良いとは、私は思いません」

「お、恩人だなんて大袈裟な!…私は、あなたのマスターとして、出来ることをしてあげたかっただけだよ」

「そうですか……だとしても、きっと記憶を失くす前の私は、あなたに言いたいことも、伝えたい事もあったのだろうと思います。ですから……全て思い出してみせます。その時は、どうか私の想いを、逃げずに聞いていただけませんか?」

「ーー別に……逃げたりしないよ」

「あなたは、何かを恐れていますよね?だから、あえて私が記憶を思い出さなくてもいいと言ったのではないですか?」

「……」

「……私は、あなたに何か酷いことでもしたのでしょうか?」

 ずっとエクリプスと目を合わさずにいたオルテンシアは、瞬間目を大きく見開いて首を振って否定した。

「違う!エクリプスは、ずっと私を助けてくれていたよ。酷いことなんて、何もされてない」

「なら、いいのですけど……」

 エクリプスはホッと胸を撫で下ろした。

「じゃあ、これからも一緒に居てもいいでしょうか?」

「……うん」

「よかった」

 本当に嬉しそうに笑うエクリプスを見て、オルテンシアは胸が苦しくなる。

(ほんと、エクリプスには敵わないな)

 前から、こういう口論でエクリプスに勝った例がない。いつもなんやかんやと諭されてしまう……。けれどそれが悔しいというよりも、なんだかホッとしてしまうのが、オルテンシアには不思議だった。

 

 それから一行は、クリューの家を出て一度カザンに戻ることにした。無事にエクリプスを人間に出来たし、お世話になったお礼もしに行かなければならないという話になったからだ。

 一行が旅立つ時、モグはお土産にパウンドケーキを持たせてくれた。

「またいつか、遊びに来て下さいね!お手紙も待ってますよ。……あと、クリュー様も、本心ではそう思っています」

 モグはチラリと家を振り返る。クリューは部屋から出てこなかったが、なんとなくクリューの為人が分かってきていた皆には、それを薄情に感じることはなかった。

「色々とありがとうね。モグ!」

「はい!お達者で!」

 モグは皆と交代でハグをしては、一行の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

 

 カザンでは、キエルを始め、長老などお世話になった人々へ挨拶に行けば、盛大に祝福された。仕舞には長老の一声で、食事会まで開かれてしまった。

「なんだか、申し訳ないね……」

「それになんだか、恥ずかしいです……」

 オルテンシアとユースティティアが恐縮する中、ジオーラだけは、お酒も入って楽しそうだ。

「へぇ~!カザンには特産の酒があるんだな!」

 ジオーラは村の男衆相手に、飲み比べをする始末。

「これ、これ。酒は程々にせんと……」

「だ~いじょうぶだって!」

 オーガストの忠告もなんのその。ジオーラはすっかりできあがっていた。

「楽しそうだね……ジオーラ…」

 オルテンシアは苦笑いする。

「……ん?」

 そんな中、エクリプスは道の脇の花壇に植えられていた花に目が止まった。紫や青の小さい花が寄り集まって、一つの花の様相を呈している。

「あの花は、なんと言いましたっけ…?」

 エクリプスが首を傾げていると、「ああ。あれは紫陽花ですよ」と、ユースティティアが答えた。

「紫陽花…ですか。ーーッ!?」

 

 ーー貴女の名前の由来は、紫陽花だそうです。

 

 その花を見た途端、自分の声と共に、急に頭に身に覚えのない情景が浮かんできた。まるで演劇の一場面だけを見ているかのようだ。どんな場面なのかは分からなかったが、自分がオルテンシアに向かって、彼女の名前の由来を伝えている。どこか立派な建物の中、背の高い両開きの扉の前だ。オルテンシアは神妙な顔をして、自分と共に、扉を見つめていた。ーー

「ーープス!…エクリプスッ!」

「…ッ!?」

 名を呼ぶ声がして我に返ると、オルテンシアの心配そうな顔と目が合った。

「どうしたの?ぼーっとして…どこか、具合が悪いの?」

「いえ……なんでもありません」

 恐らくは今のは、過去の記憶だったのだろうが、断片的過ぎて、思い出したと言える類ではなかった。思い出してみせると言った手前、中途半端な状態ではいけないと思い、あえて今見たことは黙っておこうとエクリプスは思った。

「そう?何かあったら、すぐに言ってね」

「はい」

 

 食事会はいつの間にか、たくさんの村人が参加し、楽器で曲まで奏でられた。やがて曲に合わせて歌ったり、ダンスしたりと賑やかなものになっていく。

「オルテンシア。一緒に踊りませんか?」

 ふと、キエルがやって来て、オルテンシアに手を差し伸べる。

「え?私?」

 オルテンシアが驚いていると、「お、良いね〜!行っといでよ」とジオーラが後押しする。

「でも……私、ダンスなんて踊ったことないよ?」

 不安そうにオルテンシアが言うと、キエルは笑って首を振った。

「みんなも好きなように踊っているだけだから、大丈夫だよ」

 確かにキエルの言う通り、明るく調子の良い曲に合わせて、皆思い思いの振り付けで踊っている。

 オルテンシアはちらりとエクリプスに目を向ける。エクリプスは一瞬、なぜオルテンシアが自分を見たのか分からなかったが、結局「行ってらっしゃい」と言って笑った。

「……うん」

 少し名残り惜しそうにしながら、オルテンシアはキエルの手を取って、広場へと向かった。最初はぎこちない動きだったが、段々と曲に乗って軽快なステップを踏む。始めこそは表情が固かったものの、今は無邪気な笑顔を浮かべて、楽しそうだ。

(紫陽花か……確かにあなたには、花の名前が似合う雰囲気がありますね)

 エクリプスは、そんなオルテンシアを眩しそうに見やる。

「……おい。エクリプス」

「はい?」

 呼ばれて横を向けば、不機嫌そうなジオーラと目が合った。

「なぁ〜にが、"はい?"だよ。アンが、キエルと踊ってるぞ」

「そうですね。それが、何か?」

 エクリプスがジオーラの言葉の裏を察することが出来ずに首を傾げていると、ジオーラは大袈裟な溜め息をついた。

「いいのか?黙って見ていて…」

「いいのか?…とは?年代の近そうな人と踊れて良かったじゃないですか。オルテンシアは今まで魔王を倒す為に脇目も振らずに頑張っていたようですし……。本来は、ああやって同世代と踊ったり遊んだりしたい年頃でしょう?……それに、彼女は私と居ると、妙に気を遣ってしまうようですし、息抜きになるんじゃないでしょうか」

「……息抜き、ねぇ…」

 ジオーラは呟いては軽く唸っては頭を掻きむしる。

「あぁあ〜もうっ!焦れったいっ!!……行くぞ!エクリプス」

「っ!?…ちょ……行くってどこへ?」

「決まってるだろ。あたしらも踊りに行くんだ!」

「え?」

 ジオーラはエクリプスの腕を掴むと、強引に広場へと引っ張っていく。広場では相変わらず軽快な曲が流れている。

「なんだ。一人で行くのが恥ずかしかっただけですか」

 エクリプスは納得しかかったが、ジオーラはエクリプスを睨んだ。

「違う」

「では、なぜ?」

「おまえも、アンも、見ていて凄く気分が悪いからだっ!」

「それはどういう…」

「いいから、踊る!」

「え…ああ、はい……ですが私、踊った経験が無さそうなんですが…」

「安心しろ。あたしも、ないっ!」

 結局でたらめな動きで踊り始めるジオーラ。皆が踊っている中、一人だけ踊らないわけにはいかないので、エクリプスも周りの動きを参考にしながら踊り始めた。

 

           ※


 「…あれ?エクリプスさん、案外お上手ですね…」

 席から見守るユースティティアは、目を丸くした。

 エクリプスは、周りの動きを取り入れながら独自の振り付けをしているが、曲のリズムを良く掴んでいる。ジオーラは、踊りというより剣舞のような堅苦しさがあり、なんだか不思議な見世物になっていた。現在流れている曲は、二人で踊るものらしく、周りの人達は手を繋いだり、相手を回転させたりしている。例に漏れず、キエルとオルテンシアもペアになって踊っている。不慣れなオルテンシアをキエルが上手くリードしていた。それを横目に、ジオーラもエクリプスを捕まえて踊り出す。エクリプスはジオーラのへんてこな踊りに翻弄されながらも、上手に合わせ始めた。

「よく頑張ってますね。ジオーラ…」

 きっとダンスは苦手なのに、オルテンシアの為に頑張ったのだろうと想像して、なんだか目頭が熱くなる。

「ジオーラは、何と張り合っておるのじゃ?」

 と、どこか鬼気迫るかのように怖い形相で踊るジオーラを見て、オーガストは首を傾げた。

「ジオーラは今、キューピッドになってくれてるんですよ」

「キューピッド…?」

 ユースティティアの説明で、よりオーガストの首が傾いた。

「ありがとう。ジオーラ。きっと、報われますよ…」

 そんなオーガストに構わず、ユースティティアは祈るように手を組み合わせた。

 

           ※

 

 ジオーラは踊りながら、徐々に移動し、キエルとオルテンシアに近づいていく。エクリプスはよく分からないながらも、結局ジオーラについて行った。

「キエル!交代だ」

 ふと、曲の切れ間にジオーラが声を掛けると、キエルは驚いた顔をしたが、

「は、はいっ!」

 ジオーラの迫力に押されて素直に返事をすると、オルテンシアから離れた。ジオーラはキエルの腕を掴むと、キエルと踊り始める。ジオーラの動きについて行けずにあたふたするキエルを尻目に、ジオーラはエクリプスを睨みつけ、オルテンシアの方に一瞬顎を向けた。まるで、"行け"と言っているようだ。

「ジ、ジオーラ……何やってるの?」

 オルテンシアが声を掛けると、相変わらず険しい表情のジオーラは、「急に踊りたくなったから、エクリプスを相手に引っ張って来たんだが、飽きたから、キエルを貸してくれ!エクリプスは、任せる」と捨て台詞のように言っては、踊りに集中した。

「何それ…」

 オルテンシアは、ジオーラの様子と、不思議な踊り方に呆れながらも笑みを浮かべる。

「あの…」

 そんなオルテンシアに、エクリプスが声を掛ける。オルテンシアがエクリプスに目を向けると、エクリプスは右手をオルテンシアに差し出した。

「まだ踊りますか?もし疲れているなら、席まで案内しますが」

「えっと…」

 オルテンシアは迷うように目線を彷徨わせながらも、エクリプスの手を取った。

「……よかったらその……私と踊ってくれない?……踊るの下手だけど…」

 言いながらオルテンシアの顔は朱色に染まる。エクリプスは笑って頷くと、オルテンシアと繋いだ手に、少し力を込めた。

「いいですよ。私もうろ覚えですが、少し慣れてきたので、いくらかはリード出来ると思います」

 エクリプスが優しく繋いだ手を引いて、踊り始める。オルテンシアも、エクリプスの動きに倣って踊り出す。

(…不思議だ……オルテンシアが次にどう動きそうか、手に取るように分かる…)

 エクリプスは、オルテンシアの歩幅や動き方の癖などを瞬時に理解して、合わせることが出来た。これも剣だった頃の名残なのだろうかと、独り考える。

「エクリプス。踊るの上手だったんだね。知らなかった。なんか、すごく踊りやすい」

 オルテンシアが嬉しそうに笑う。エクリプスは、なんだか体がむず痒い心地がした。

「踊りが上手いというより、あなたの動き方を、私は良く知っているようです」

 エクリプスが言うと、オルテンシアは合点がいったように頷いた。

「そっか、なるほどね!それこそエクリプスには、剣の稽古でいっぱいしごかれたし、一緒に戦ったもんね。私の動き方なんて、手に取るように分かるか。記憶はなくても、感覚は染みついているのかな?」

「そうかもしれませんね…」

 楽しそうに笑うオルテンシアに頷きながら、エクリプスの胸中は複雑だった。オルテンシアとこうしているのは楽しいが、過去の記憶がないのがもどかしい……記憶のある自分なら、この場面ではどんな対応、会話をしたのだろうか?

(もっと、あなたを知りたい……)

 そう思ってしまうのは、元主従だったからなのか、それともーー。

(記憶が戻れば、きっと答えは出るでしょう)

 焦っても仕方がないと割り切って、エクリプスはダンスに集中した。

 

 そんな二人を横目に見ながら、ジオーラはキエルと共に広場から少し離れて、大きく息を吐いた。慣れないことをしたせいか、急激に疲れが来た感覚がする。

「不本意だったかもしれないが、付き合ってくれてありがとう」

 そうキエルに声を掛けると、キエルは笑った。

「どういたしまして。最初は驚きましたけど、すぐにジオーラさんの意図は分かりましたから…」

 キエルは広場に目を向けては、眩しそうに目を細める。

「ジオーラさんの圧に負けてつい、言う通りにしちゃいましたけど、惜しい事をしたかもな…」

「は?」

 ジオーラは弾かれたようにキエルを見る。キエルは依然として広場に視線を向けたまま、穏やかに笑っている。

「エクリプスさん、今は記憶を失くしているんでしたよね?だったら、チャンスだったかもしれない…」

「キエル…まさか、お前……」

「なんちゃって!冗談ですよ。……嫌だなぁ〜。俺があの二人の間に入れる訳がないでしょう?火傷しますって……」

「なんだ……びっくりした」

 脱力するジオーラに、キエルは笑顔を向けてから、すっと真面目な顔になる。

「……この間、不覚をとったせいでオルテンシアには怖い思いをさせてしまいましたし、これで幾らか罪滅ぼしになるかと思ったんですよ」

「ああ、あの時か…」

 カザンの外で、オルテンシアと野盗に襲われた時の話をしているのだろう。責任感が強いのだなとジオーラは感心しかけたが、「まあ、オルテンシアが、ちょっと横恋慕したくなるくらい魅力的だということは、否定しませんけどね」というキエルの言葉でひっくり返りそうになった。

「おいおい……お前って底の見えない奴だなぁ。考えが読めない…」

「フフ……そうじゃなきゃ、カザンの番人は務まりませんからね」

「なるほどな…」

 苦笑しつつ、ジオーラは再び広場に目を向けた。曲はいつの間にかゆったりとしたテンポのものへと変わっていて、それに合わせてダンスも、ワルツのように淑やかな様子になっていた。エクリプスとオルテンシアは互いを見つめ、時に笑みを零しながら、息の合ったダンスを披露している。

「さぁ~て、鈍感エクリプスも、これで少しは自覚出来るかねぇ~?」

 と、ジオーラは、誰に問うともなく呟いた。

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