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10.これまでと、これから

 それから、クリューとオーガストでエクリプスの治療をすると、傷はすぐに塞がったが、体力を相当削っていたようで、エクリプスは気絶するように眠ってしまった。

「なんだか……エクリプスが寝てるのって新鮮だな…」

「うん…」

 オルテンシアは、思わずじっとエクリプスを見つめてしまう。

 エクリプスはまだ少し顔色が悪いが、穏やかな寝息を立てている。

(なんか、かわいい…)

 そう思って、オルテンシアはクスリと笑う。

「……さて、眠っている内にやってしまうか」

 クリューがポツリと呟いた。

「えっ?やるって、何を?」とオルテンシアが聞くと、クリューは口の端を上げて笑った。

「起きて暴れ出す前に、ドラゴンの力を奪って人間にする」

「え?……けどそれって、真名が分からないと出来ないんじゃ…?」

 ジオーラが言うと、クリューはハァーっと大きめの溜め息をついた。

「私は、"力を抑えるために真名を縛る"と言ったんだ。今は疲れて眠っているから、抵抗されない。真名がなくても、術が通る」

「そんな…寝込みを襲うようなこと…」

 オルテンシアが呟くと、クリューはオルテンシアを睨む。

「話を聞いていなかったのか?こいつは、魔王の指の魔力も、魔王本体の力も吸収しているんだぞ?だから危険だと、こいつ自身も言っていただろ。ドラゴンのまま放っておいたりしたら、それこそ脅威だ。剣だった頃と違って、もう飲み食いしなくていいわけじゃない。隠れて住むにも限界がある。……仮に、この森から一歩も出ないというなら、話は別だが、はたしてこいつは、そういう暮らしを望むかな?しかも今は記憶がない。さっきのように暴れて来られたら、誰が抑えるんだ?誰にも彼にもいい顔をして、お前は一体、何がしたい?」

「それは……」

 オルテンシアが俯くと、「クリュー様っ!」と、モグが咎めるように言った。

「何もそんな言い方をしなくても……」

「なんだ?私は事実を言っているだけだ」

「事実かもしれませんけど、優しくないです」

「…フン!…優しさなんて必要あるか」

「だからー」

「ごめんなさいっ!」

 突如オルテンシアが謝ると、言い合いをしていたモグとクリューは、驚いてオルテンシアを見た。

「私が間違っていました。確かにエクリプスは人間になりたがっていて、それを叶えるために、仲間のみんなも協力してくれた……エクリプスの核だったドラゴンさんには申し訳ないですけど、エクリプスは返してもらいます!……で、いいかな?みんな」

 オルテンシアは言い切りながらも、ふと後ろの仲間を振り返った。

「最後の確認がなかったら、もっと良かったな」

 ジオーラはニッ!と笑う。ユースティティアとオーガストは、ただ笑顔で頷いた。

「うん……ありがとう。……クリューさん、お願いします」

 恥ずかしさから赤面しながらも、オルテンシアはもう一度クリューに向き直って頭を下げた。

「…フンッ!」

 クリューは盛大に鼻を鳴らした後、エクリプスに右手を翳す。クリューが小声で何かを呟くと、エクリプスの体を、薄緑色の光が包む。やがてその光が、クリューの掌に集まっては白い石に変化した。

「…よし。終わった」

 そう言ってクリューは白い石をオルテンシアに渡す。

「これが言わば力の結晶と言うやつだ。エクリプス本人や魔法使いなら、上手くここに入っている魔力を使うことも出来るだろう。……お前に預けてもいいが、どうする?」

 オルテンシアは、しばし石を眺めた。楕円で、握り拳ぐらいの大きさだ。所々、硝子が入っているように光る場所があった。

「……あの、クリューさん」

「ん?」

「この石、クリューさんが持っていてくれませんか?私が持っていると、間違って別の人の手に渡るとかする危険があるかなって思うんです。それで悪用されたら、困るなって…」

「……構わないが……私は、それを良からぬことに使うかもしれないぞ?例えば……同胞の仇を取って、世界征服とか…」

 クリューはそう言って暗い笑みを浮かべたが、オルテンシアはにっこり微笑んだ。

「クリューさんは、そんなことする人じゃないですよ」

 その信じて疑わない様子に、クリューは驚いて目を瞬かせるが、やがて不貞腐れたように目線を逸らした。

「……分かった。私が貰おう。ーー後で気が変わったとか言われても、返さないからな」

「ご心配なく。きっとエクリプスにも、必要の無いものです」

「……そうだな」

 そう言ってオルテンシアの言葉に頷くクリューは、どこか安心したように笑った。そして、「さて。エクリプスはしばらく眠るだろうから、いったん退散するぞ。……ったく…私のベッドなのに…」と不服そうに言いながら、部屋を後にする。皆もそれに付いて、部屋を出た。

 もう大丈夫と、クリューやオーガストは言っていたが、なんだか心配で、オルテンシアはその後もエクリプスを度々見に行ったが、なかなかエクリプスは目を覚まさなかった。

 

 深夜。何となく寝付けずに、オルテンシアは再びエクリプスが眠る、クリューの部屋にやって来ていた。このまま起きないのではないかと不安になる。それで、そっとエクリプスの胸に耳を押し当ててみると、しっかりとした心臓の鼓動が聞こえた。

「……ちゃんと、生き物になったんだ……」

 以前は、心臓の鼓動は聞こえなかっただけに、なんだか感慨深くて、涙が浮かぶ。

「アン。少し休みな。あたしらも気にして見ているから」

 いつの間にかやって来ていたジオーラが、心配そうに声を掛けてきた。

「ジオーラ……エクリプスが、生きてる…」

 オルテンシアが涙声で言ってジオーラを振り仰ぐと、ジオーラは溜息をついては、優しく笑う。

「あんたは、お母さんか!……でも……そうだな」

 そうしてエクリプスに視線を移す。

「よく寝てるな…」

「うん」

「目を覚ましたら、記憶が戻ってたり……いや、それはちょっと都合が良すぎるな。……アンはどうする?」

「どうするって?」

「エクリプスは無事人間になったし、これからのこと」

「……う〜ん……エクリプス次第かな。記憶だって戻らないかもしれないし……だったら、エクリプスのしたいようにしてもらうよ」

「記憶が戻らなくてもいいのか?」

「……しょうがないよ。生きていてくれるだけで、私は満足だよ」

 少し俯いた後に満面の笑顔を見せるオルテンシアが、ジオーラの目には、かえって痛ましく映った。

(また、背伸びをして……)

 ジオーラは出かかった言葉を飲み込む。オルテンシアが等身大の少女で居られないのは、今までの暮らし向きが大きいだろうが、それをとやかく言う資格は自分にはないと、ジオーラは思う。

(あたしに出来るのは、こうして本心を問うことぐらいだ……アンやエクリプスが後悔しないように…)

「そっか……でも、エクリプスがどんな選択をするにしろ、アンやあたしらがエクリプスとどんな関係だったかは、ちゃんと伝えなきゃな!」

 ジオーラはわざと明るく言ったが、オルテンシアの反応は予想外のものだった。

「……それ、言わなくていいかも…」

「はあ!?なんで!」

 ジオーラは思わず大声で言ってしまってから、慌てて口元を抑えて、エクリプスを見る。幸いエクリプスは、起きる様子はない。

「朝は、エクリプスに話を聞いて欲しくて、テレパシーで少し伝えたけど、記憶がないなら、あえて辛いことを思い出させなくてもいいかなって……だって、私達と魔王を倒したことを思い出すってことは、私達に出会う前の、辛かったことも思い出すことになると思うから……せっかく忘れたんだったら、まっさらな人生を生きて欲しい」

「あんたって子はっ…!」

 更に言葉を次ごうとするジオーラの肩を不意に叩く者があった。ジオーラが驚いて振り返ると、そこにはオーガストの姿があった。オーガストは、静かに首を横に振る。

「エクリプスのことに関しては、オルテンシアがしたいようにさせてやるのが良かろうよ。二人は主従関係としても、それ以外でも、儂らとは違う特別な絆があるからの。儂らが出しゃばることではない」

「けどさ!」

 食ってかかるジオーラに、オーガストは"分かっている"というように、頷いてみせる。それからオルテンシアに目を向ける。

「相手を思いやるのは素晴らしいことじゃが、自分の気持ちを蔑ろにしても良い事はないぞ。……どんな結末になっても、後悔の少ない選択をしなさい。……お主より少しばかり長く生きている老いぼれから言えるのは、これくらいじゃ」

「……はい」

 素直に返事をするオルテンシアを満足そうに見て頷いては、「行くぞ。……オルテンシアも、早めに休みなさい」と言っては、ジオーラを伴って部屋を後にした。

 

         ※

 

「……アンは一人で背負い込みすぎだ…」

 皆で雑魚寝をしているリビングに戻ってから、ジオーラが小さく呟くとオーガストは笑う。

「そうじゃなあ……けれどオルテンシアには、他者…特に大人に頼った経験が少ないんじゃろうし、致し方あるまい……ただ、儂らは味方じゃと伝え続けるしかないのう」

「う~む…」

 尚も難しい顔をするジオーラを見て、ユースティティアが笑った。

「私もジオーラの気持ちは分かるつもりですけど……オーガストさんの言う通りです。もどかしいですけど、私達はアンちゃんとエクリプスさんを見守るしかありません。……出来れば、最良のハッピーエンドが見たいですけどね」

「最良のハッピーエンド…とは?」

 オーガストが首を捻ると、ユースティティアの目が輝いた。

「もちろん!お二人が恋人同士になることですよ!…お二人とも、間違いなく両想いなのに、アンちゃんは遠慮しているし、エクリプスさんは自覚がないし……でも、ちゃんと生き物になったエクリプスさんなら、きっと想いに気づけるんじゃないかと思うんですよ!」

「なるほどな……」

 若干引き気味にオーガストが頷くが、ユースティティアは特に気にしていないようで、「…そういえば、オーガストさんは、ご結婚されてたりとかしますか?」と質問する。

「……儂は…まあ、妻はおったが、先立たれておるからなぁ。それに、お主らが喜ぶような話はないぞ?」

「恋愛結婚ですか?」

「いや……知人の紹介じゃな」

「奥様はどんな方だったのですか?」

「……ユースティティア、なんか変なスイッチ入ったな…」

 たじろぐオーガストに構わず、食い気味に質問するユースティティアを、ジオーラはどこか俯瞰的に見ては、苦笑いする。


「……うるさい……」

 そんな横で、眠りを妨げられたクリューは、耳を塞ぎながら寝ようと努力していた。

(ったく!……エクリプスにベッドは取られるし、喧しい連中が大勢泊まってるし……なんで家主の私が、こんな肩身の狭い思いをしないとならないんだ!)

 と、クリューは内心毒づきながら、慣れない状況でもスヤスヤと隣で眠るモグの頬を、軽くつねった。

「…ふふ…むにゃむにゃ……」

 モグは何か楽しい夢でも見ているのか、クリューにつねられても、幸せそうに眠っていた。

   

          ※

 

「……ん…?」

 灰色の瞳が開いた。ほんのりと月明かりが室内を照らしている。なんとなく無意識に、月明かりの元を辿ってゆっくりと窓に視線を移すと、夜明けが近いのか、空は薄い藍色をしていた。

「……」

 それから自分の周囲を見回していると、自分の傍らに、人がいるのが目に入った。ベッドの横の椅子に座ったまま、ベッドに上半身を預けて眠っている。まだ若い……少女と呼べる年頃の娘だった。柔らかそうな薄茶色の髪が、月明かりに照らされて仄かに輝いて見える。何となく興味を惹かれて、布団から腕を出しては、そっと頭を撫でた。

「…っ!?」

 撫でた瞬間、嬉しいような、哀しいような、切ないような……定義し難い感情が湧いたが、結局その感情の正体が分からないままに、衝撃は通り過ぎる。

「……誰でしょうか……でも……なんだか知っている気がする…」

 そもそも、ここはどこなのか、眠る前はどうしていたのか、思い出せない。そしてそもそもーー

「……私は……誰なんでしょう?」

 名前すら分からなかった。何かヒントになるものはないかと周りを見渡すも、何もない。

 それでもなんとか記憶がないか考えてみるうち、軽く頭痛がして、慌てて思考を止めた。

「……喉が渇いたな…」

 眠っている少女を起こさないように、そっとベッドから出ると、ベッドの近くにあった作業机の椅子に掛かっていた膝掛けを取って、そっと少女の肩に掛けてから、部屋を出た。リビングにあたるであろう部屋には、複数人が毛布に包まって眠っている。それらの人々も起こさないようにキッチンを見つけると、水瓶の中の水を柄杓で掬っては飲んだ。相当喉が渇いていたようで、水がとても甘く、体に染み渡るようだった。

「……やっぱり、思い出せないな…」

 眠っている人々も誰か分からなかったし、いよいよ自分が何かおかしいのではないかという結論に至る。どういう訳か、記憶喪失という状態じゃないだろうか?

「……体が重い……もう一眠りしましょうか…」

 自分は、怪我か病気をしているのかもしれないし、だとしたら無理をしてはいけないと、先程まで寝ていた部屋に戻る。先程と変わらずにベッドに伏せて眠る少女を見て、少し考えた後、軽く肩を揺すって起こした。

「……うん…?」

 眠気が強いのか、ぼんやりとしている少女を、なんだか可愛らしいと思いつつも、「こんなところで眠ると、風邪を引きますよ。布団で休んで下さい」と、努めて穏やかに声を掛ける。始めこそぼんやりしていた少女は、徐々にはっきりとしてきて、目の前の人物に驚いて目を丸くした。薄暗い室内でも鮮やかに映える紫水晶の瞳いっぱいに、長い銀髪の男の顔が映る。

「エクリプス!もう起き上がって平気なの?傷は!?痛くない?」

「……すみません。状況がよく分かっていなくて……私の名は、エクリプスと言うのですか?」

 迷ったが、少女から悪意は感じないし、自分が監禁や拘束をされている身とは思えなかったので、正直に話すことにした。

「あ…ごめんなさい……急にびっくりしたよね。……その……名前が分からなかったから、私が勝手にそう呼んでいるだけなんだけど……もしかして、記憶がないの?」

 少女は一瞬、どこか落胆したように表情が曇ったが、すぐに笑顔になってそう言った。

「……はい。そのようです」 

「そうなんだ……。私は、オルテンシアって言うの。あなたは怪我をして倒れていて、それを旅をしていた私が見つけて、仲間の力を借りて治療したんだ。あなたは、ずっと寝ていたんだよ」

(オルテンシア……?)

 何だろう?聞き覚えが……ある気がする。けれど、頭に靄がかかったように、何も浮かんでこない。

「……それで、具合はどう?何か、欲しいものとかある?」

 オルテンシアは遠慮がちに聞いてくる。なんだか随分と他者に気を遣う子どもだなと思いつつも、安心させたくて、笑ってみせた。

「少し頭が痛かったですけど、今は大丈夫です。実は今さっき、キッチンで水を飲ませてもらいました」

 そう言うと、オルテンシアはホッと胸を撫で下ろした。

「そっか……よかった」

 本当に安心したように笑うオルテンシア見て、なんだか不思議な気持ちになる。助けたとはいえ、見ず知らずの相手に、ここまで気持ちを掛けられるものだろうか?……いや、しかし、それよりも……。

「あの……ずっと付き添っていてくれたんですよね?私は今のところ具合も悪くないようなので、気にせず、休んで来て下さい」

 言いながらふと、さっきのリビングの様子を思い出す。数人が雑魚寝をしていたが、オルテンシアが入れそうな隙間があっただろうか?見たところ、部屋はこの一室のみのようだったが……。

「あ、このベッド、使いますか?なんだか、リビングのほうは、スペースが無さそうなので……私は、もうあまり眠くないので、そこの椅子にでも座っていますから…」

「ダメだよ!怪我してたんだから、ちゃんとベッドで休まないと!私は体が小さいし、なんとかなるから、エクリプスはベッドで休んで」

「う〜ん……あ、そうです。なら、半分ベッドを使いませんか?私も半分使いますから」

 言いながら、子どもとは言えど、女性にする提案ではなかったと思ったが、意外にもオルテンシアは頷いた。

「……エクリプスがいいなら、そうする」と、なんだか嬉しそうに言った。

 余程信頼されているのか、無自覚なのか……逆にこちらのほうが緊張してしまったが、動揺を悟られると、オルテンシアが休めないと思い、努めて平静を装った。

「人と一緒に眠ると落ち着くね…」

 一緒にベッドに横になると、オルテンシアは嬉しそうに呟いて、すぐに寝息を立て始めた。

「無防備ですね…」

 安心しきった寝顔を見ていると、なんだか切ないような、苦しいような、複雑な感情が芽生えた。そっと、オルテンシアの頬に触れてみる。陶器のように滑らかな触り心地だ。けれど疲れが溜まっているのか、目元には薄っすら隈が出来ていた。

「……本当にあなたと私は、出会ったばかりなんですか?」

 何か、違和感がある。いくら善意で助けたとはいえ、出会って日の浅い相手と添い寝して眠れるものだろうか?しかも相手は大人で、異性なのに。ーー

「いずれ分かるだろうし、今は考えないでおきましょう」

 体の向きを変え、オルテンシアに背を向ける形にして目を閉じると、自分もまだ本調子ではなかったのか、あまり時間が経たずに意識が遠退いて行った。ーー

 

           ※

 

 複数の話し声がしているのが耳に入って、オルテンシアはゆっくりと目を開けた。

「…あれ…?……なにしてたんだっけ…」

 少し考えて、夜の出来事を思い出した。

「エクリプス…?」

 ベッドに寝ていたのはオルテンシアだけで、エクリプスはいない。時刻は昼前くらいだろうか?だいぶ陽射しが強い。一瞬、エクリプスがここで寝ていたことが、自分の見た夢だったのではないかという不安に駆られ、オルテンシアは慌ててベッドから起き上がると、部屋を飛び出した。

「あ、おはよう!アンちゃん」

 リビングで何やら作業をしていたユースティティアがあいさつをしてきた。

「おはよう…」

 反射的にあいさつをしながらも、目は忙しなく家の中を見渡している。リビングにはユースティティア一人で、キッチンからはモグとオーガストの声がする。スープの匂いがするので、食事の支度をしているのだろう。

「エクリプスさんなら、庭でクリューさんと話してるよ。ジオーラは、狩りに行ってる」

 オルテンシアの様子で察したようで、ユースティティアが教えてくれる。それで少し、気持ちが落ち着いた。

「そう……」

 窓に近づいて庭を見ると、確かにクリューとエクリプスが話していた。二人とも、なんだか楽しそうだ。

(……エクリプス)

 元気そうで安心した反面、なんだか心臓が急に縮んだような苦しさを感じて、思わず服の胸元を、皺が付くくらいに強く握った。なぜそうなるのか、自分でも理解出来なかったが、とにかく、苦しい。二人が話しているのを、見ていられなかった。

「アンちゃん?どうかした?」

「ううん!何ともない。何か、手伝おっか?」

 ユースティティアが声をかけてくれたが、結局笑顔で振り返り、ユースティティアの前に戻った。ユースティティアはそんなオルテンシアの様子に、何か思う所があったようだったが、結局聞かずに「じゃあ……この薬草をすり潰してくれる?」とすり鉢を手渡した。

「うん!任せて!」

 オルテンシアは、胸の痛みを忘れるように明るく言っては、薬草に集中した。そうしているうちに、痛みは徐々に引いてきた。

 

 少ししてジオーラが戻り、皆で食卓を囲む。

「……」

 普通に飲食するエクリプスがなんだか不思議で、オルテンシアは思わずジッと見てしまった。

「ん?…何か?」

「あ、ごめん!なんでもない……えっと…おいしい?」

「はい」

 エクリプスは嬉しそうに頷いて、「あ、そうだ。昨夜はありがとうございました。お陰で体調は問題ないみたいです」とオルテンシアに頭を下げた。

「ううん!私は何もしてないよ。クリューさんとオーガストが治療してくれたお陰だから…」

「それでも、傍についていてくれましたよね。ですから、あなたにもお礼を言っておかないと。他の皆さんには伝えましたが、あなたはまだだったので…」

「そっか。どういたしまして」

「……おい。アン」

 その時、ジオーラがオルテンシアの肩を叩き、小声で話しかけてきた。

「どうしたの?」

 オルテンシアも小声で応じると、ジオーラは苦い顔をする。

「何となくエクリプスが言ってた話に合わせたが、あたしらは知り合ったばかりって設定なのか?」

「うん…」

「どうして?」

「だって、記憶がないみたいだったし……下手に思い出させようとしなくてもいいかなって……」

「まだそんなことを…」

「いいんだよ。これで……エクリプスは晴れて自由になったんだから」

 ジオーラはまだ納得が行かない様子だったが、暫しの沈黙の後、「……わかった」と引き下がった。

 

          ※

 

「それで?これからどうする?とりあえず、エクリプスは元気そうだが」

 食事の後、クリューがモグをけしかけて、エクリプスとモグとで、森に素材集めに行かせたあと、一行を集めて問い掛けた。

「儂らは気ままに旅をしていることになっておるから、エクリプスもそれに同行してもらうのはどうじゃ?」

 ふとオーガストが言って、「でも…」とオルテンシアは口籠った。

「言っておくが、うちに置いていってくれるなよ。私は剣だったエクリプスには興味があったが、今やあいつはただの人間だ。人間には用はない」

 クリューは冷たく言い放つ。それにオルテンシアは頷いた。

「もちろん、ここに置いて行こうとは思っていません。どこか、エクリプスが住みやすそうな場所を見つけてあげようと思います」

「ほう?お前が面倒を見るんじゃないのか?」

「それは……その……」

「アンちゃん。でも、エクリプスさんは思い出そうとすると思うよ。それに……もし思い出した時、私達がエクリプスさんと他人でいようとしたことに、ショックを受けるんじゃないかな?」

「ッ!」

 ユースティティアの言葉に、オルテンシアはハッとする。

(そうだ……私ったら、自分のことばかり考えて……)

 エクリプスは人間になったあとも、自分を心配して世話を焼くだろうと思っていた。だから、そんな必要はなく、対等な立場で関わりを持ちたかったが、その気持ちだけが先行していたように思う。

「あたしもそう思うな。なんなら、ちゃんと思い出してもらったうえで、これからどうするか、話し合えばいいんじゃないか?」

「……うん。ごめん」

 オルテンシアが俯くと、フン!とクリューが鼻を鳴らした。オルテンシアが驚いてクリューのほうを見ると、クリューはなんとも不機嫌そうな顔をしていた。

「何を拘っているのか知らないが、エクリプスは私の所でお前たちを待っている間、煩いくらいにオルテンシアの心配をしていた。私はそれを、剣としての本能故じゃないかと言ったが、それが本能でも、そうじゃなくても、そんなものは本来どうでも良いのではないか?一緒に居たいなら居ればいい。相手の為になるかどうかなんて、結局はやってみなければ分からないし、相手の気持ちも聞かなければ分からないだろ。聞く前から勝手に決めつけるのはやめろ」

「…はい」

「私は依頼されたことはやったぞ。後は、お前たち次第だ。……用が済んだなら、さっさと出ていけ」

 そう捨て台詞を吐いては、クリューは皆に背を向けて部屋に向かう。

「あ、あの!ありがとうございました!」

 その背中に慌ててオルテンシアが声を掛けると、クリューは振り返らずに軽く手を上げてから、部屋に入って行った。

「相変わらずマイペースな奴だけど……いい奴だよな。クリューって」

 ジオーラが苦笑すると、皆も笑って頷いた。

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