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畦道に落ちる星

作者: 四葉ひろ

 いつもとは全く毛色の違うお話書きました。お好みでどうぞ。

 学生時代はよく遊びに行った場所だった。

 友人の父親が持っている別荘。


 初めて誘われた時は驚いたが、当時通っていたのは都内にあるそこそこ名の知れた私立大学だ。実家が別荘の一つや二つ持っている人間も珍しくはなかった。


 その中でも比較的、都心部からアクセスの良い場所にあるここは、友人がご両親から管理をほぼ任されていたのもあって、毎週のように友人の誰かしらが訪れていた。


 友人が若手商社マンとして多忙を極めるようになった今は、まだ学生の弟たちが管理を引き継いでいるという。一人は大学の専攻が建築だそうだから、最終的にはその弟くんがここを管理するのかもしれない。


「久しぶりにみんなで集まろうぜ」


 そう言って呼んでくれた友人を少し悩ませたかもしれない。そう思うのは、考えすぎかもしれない。結局、最終的に友人は学生時代のいつものメンバー皆に声をかけたようだったから。

 集まった友人たちの中には、けんともいた。


 会うのはいつ以来だろうか。

 別れてからも、何回か会ったような気もするし、あれはまだ完全に別れる前だったのかもしれない。


 けんととは大学の同期だった。学部は違ったが、学祭の委員で同じ係になったことがきっかけで知り合った。仲の良い係で、学祭の委員だったのは、大学最初の二年だけだったが、それが終わっても、よく皆で遊んでいた。

 けんとはモテるタイプで、一緒に学祭の仕事をしていた頃は他大に彼女がいると話していた。

 一緒に仕事をするうちに、ちょっといいなと思っていた私はそれを聞いてがっかりはしたが、傷つくほどの想いではなかったように思う。まだ大学の最初の学年で、受験から解放されて、新しい生活に夢中だったから、別に恋をしていなくても楽しい日々だった。


 一年の学祭が終わってしばらくして、どうやらけんとが彼女と別れたらしいと知った。同時に、男性に対して積極的な同期の一人が彼にアプローチをし始めた。


「あの二人、付き合いそうだよね」


 飲み会の席の端で肩を寄せて話す二人を見ながら、仲の良い女友達であるゆいが、半分呆れたように言った。アプローチしている彼女も同じ学部の恋人と別れたばかりだったから、高校時代から続いている恋人を大事にしているゆいは、あまりいい印象を持っていないようだった。


「まあ。二人とも別れてから次に行っているんだからいいんじゃないの?」


 学生の気軽な恋だ。仲間内には堂々と二股をかけている豪傑もいたので、それに比べたらマシに思えた。

 私が、けんとに憧れているなんてことは、些細なことすぎて、どうでも良いことだ。

 バイトの都合で遅れて到着した飲み会。ゆいの隣に腰を下ろしながら、その目線を追うように、二人を見た私をふとけんとの視線が捉えた。

 噂話をしていた気まずさと心を見透かされたような驚きで、咄嗟に目を逸らしてしまった私だったが、何故か彼が席を立って私の方へ歩いてきた。


「来てたんだ」

「――うん。今来たとこ」


 聞こえたのだろうか。いや、声が届かなくても友達と二人、あちらを見ながらひそひそと話していたのだ。自分が噂されていることに気づいているのかもしれない。


「けんと」


 さっきまで彼と話していた彼女が彼の名前を呼ぶ。戻るかと思われたけんとは、しかし、軽く手を挙げてそれに応えると私の隣に腰を下ろした。


「……呼んでるよ」

「ん? せっかく会えたし」


 なんだか会話になっていない。どこか息が詰まる気がして、こちらを向くけんとに視線を合わせることができなかった。

 何故かふっと笑われた気がした。とりあえず私から視線を外してくれたのでほっとする。


「――まあいいや。――すみません!」


 戻るのかと思いきや、けんとは店員を呼ぶと飲み物を注文する。私にも何を飲むか聞いて、隣の友人には「まだいいわ」と言われ、二人分を頼んでしまった。これで飲み物が来るまでは戻れないということだろう。

 向こうの席の彼女を見る余裕は私にはなかった。


「――そういうこと」

「ゆい?」


 隣にいた女友達は、私と彼の顔を交互に見るとつぶやいた。私は不思議に思って声をかけたが、それには答えず、「ちょっとお手洗い」と言って、席を立つ。


 その日いつまでもゆいは戻らず、けんとは私の横にいた。





 

「別荘行かねえ?」

 

 夏休みだったと思う。何度か遊びに行ったこともある別荘。そこの管理を父親から任されている友人が皆に声をかけた。どうやら流星群がやってくるらしい。


 話が盛り上がり、十数人の大所帯でお邪魔することになった。


 数台の車に分かれて辿り着いた別荘で、みんなでわいわい夕食をとった後、一塊になって別荘を出た。薄暗い道を行く。酒も入っているせいか、みんな足取りがバラバラで、自然と数名ずつに分かれて先頭と最後尾はどんどん離れていった。前の方に見えるLEDライトだか、スマホのライトだかを頼りに鬱蒼と茂った林の間を歩いて行く。いつの間にか、隣にはけんとが歩いていた。


「なあ」


 けんとが私にしか聞こえない声量でささやいた。


「お前の好きな人って誰?」

「え?……どうして?」


 狼狽える私の顔を覗き込んだけんとの表情は、ひどく真剣だった。


「――俺はお前だよ」


 私の返事は聞かず、けんとは前を歩いていた男子軍団へ混ざって行った。


 取り残された私は、何かを飲み込むように大きく息を吸った。濃い緑の香りがした。



 木々の間を抜けると、突然広い田んぼに出た。空も広く広がっている。


「すごい! 星が堕ちてる!」


 上を見上げたまま、ゆいが興奮した声を上げた。

 そしてそのまま道に横になった。


「すごいよ! よく見えるよ!」


 ゆいの声に、皆次々と畦道に横になる。服が汚れるとか、道に横たわるなんてと言う輩がいないのがこの仲間の良いところだ。

 私たち以外は人の通る気配もない真夏の夜の畦道。

 私たちは、空を見上げた。

 いつの間にか、私の横にはけんとが横たわってた。小指と小指が触れているのを感じる。私の意識は星よりもけんとの小指から伝わるわずかな熱に向けられていた。

 音もなく温度が消えたと思ったら、上から強く手を握られた。けんとの方が見られなかった。


 その日、私に初めての恋人ができた。



 


 何もかも初めての恋だった。


 恋愛経験のない私を、けんとは焦ることなく、少しずつ恋人らしくしてくれた。

 

 大学を卒業した後も、何も変わらず付き合いは続いた。


 ――と思っていたのは、私だけだったようだ。


「別れてほしい。――好きな子ができた」


 そう言われたのは、社会人になって二年が過ぎた頃だった。

 私たちが付き合い始めたあの夏から五年近くが過ぎ、このままいけば結婚するのでは、と思っていた私は、ひどくショックを受けた。


「……いや」

「ごめん」

「いや!」


 私はそう言うと、踵を返してそこから立ち去った。

 どうやって、電車に乗って帰ったのか覚えていない。

 気がついたら、家にいた。声をあげて泣いたのは、子どもの頃以来だった。


 その後も、別れてほしい彼と別れたくない私は、何回も話し合った。

 彼の方は、私に別れ話をしたことで、すでに別れたつもりだったから、新しい彼女とデートをするようになった。

 

 私が別れを受け入れたのは、彼が新しい彼女と有名なテーマパークに遊びに行ったと聞いた時だった。

 別れ話が出る少し前、そのテーマパークに行きたいと言う私に「混んでるし、好きじゃない」と彼は言った。そこに、新しい彼女とは出かけたのだ。「好きじゃない」のはテーマパークではなかったのだ。


「――もう、別れる」

「わかった」


 恋人としての最後の会話はそれだけだった。


 その後、大震災があった地方に共通の友人が住んでいて、慌てて連絡を取り合ったり、他の友人の結婚式で顔を合わせたりすることはあった。大震災の頃には、まだ私の方に未練があって、連絡を取れるのを不謹慎にも喜んでしまった気持ちもあった。

 別れてから二年以上経ってからの友人の結婚式は、それに比べるとずっと穏やかな気持ちだった。

 私の指には、けんとではない人からもらった婚約指輪があった。けんとが今、私と別れる原因となった人と続いているのか、それとも別の人と付き合っているのか、それを聞きたいとはもう思わなかった。




 


 田んぼの畦道に寝転んだゆいが声をあげた。


「すごい! よく見える!」


 あの時と同じ声だった。

 みんなも同じことを思ったのだろう。笑いながら、それでも誰も文句を言わずに、畦道に次々と横になる。


 見事な流星群だった。

 まるで、向こうの山に落ちていくかのような星の流れを見ながら、私は、自分の気持ちが決定的に変わっていることを知った。


 私の隣に横になっているのは、けんとではない。近くにはいるのだろうが、気にはならなかった。

 今、ここにいればよかったのに。流星を一緒に見たいのにと思った人も、最早、けんとではないのだ。


 昔あった、挙式の最中に迎えに来た男の人と花嫁が逃げ出す映画。

 私は、ああいうことにはならない。確信があった。


 私の中で、あの日々が、あの懐かしい学生時代の恋が、思い出以外の何者でもなくなっている。

 それが、あの頃の仲間と共に横たわる畦道で、なぜか強く心に響いた。

 それは、あの恋と共にあった日々が、遠い思い出になってしまった感傷か。

 あの日々が終わっても、こうして一緒に星を眺められることに対する喜びか。


 わからないまま、私はいつまでも流れる星を眺めていた。


お読みいただきありがとうございました!

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