2 うっかりと
2 うっかりと
わたしにはよくわからない飲み会終了時の流れで、谷さんと連絡先を交換した。一応、他の人とも交換したけれど、次の日のお礼のメッセージ以降の交流は途絶えた。
谷さんの履歴だけが残って、どんどん増えていき、今に至るのである。
今に至るというか、次の日に二人でソフトクリームを食べに出かけた。
飲み会が終わった後、最寄りの駅までみんなで歩いているときにコンビニの前を通った。自然と立ててある幟が目に入る。
「あ、新作のソフトクリームが出てる」
夜風にはためくコンビニの幟を見てわたしがつぶやくと、それを拾った谷さんが聞いてきた。
「ソフトクリーム、好き?」
「好きです。新作が出たら大変トキメキます」
ふーん、と谷さんは言って、わたしを見下ろす。
「そう、なんだ。ならさ、あそこの道の駅知ってる?」
「え?」
谷さんが言うには、ちょっと車を走らせた所にある道の駅で、シーズン毎に限定ソフトクリームを出しているのだそう。知らなかった。いつの間に。
「ほえー、それは大変魅力的ですねぇ」
「今の時期、限定はなんだったかな……」
そう言いながら谷さんはスマホで検索してた。スマホのライトが谷さんの顔を照らす。まじまじと顔を見たことが無かったけど、さっぱり目でわりと整っている。特に鼻がすっとしている。背も高いし、性格も悪くないと思うし、勤め先はしっかりしてて問題なく働いているみたいだし、モテそうなのにな……なんで合コンに来てるんだろ、ていうか、ちょうど今フリーなのかな~。ふーん。今更ながら、谷さんを観察してしまう。
「ああこれこれ」
しばらくして見つけた画面をこちらに向けた。覗き込めば、道の駅の公式サイトで今のフレーバーのラインナップを紹介している。
「あ。マンゴーと白桃にイチジク! うわ、イチジク食べたいなぁ」
「うまそうだよね」
「絶対美味しそう」
「なら行かない? 僕が車を出すし」
「え?」
「ほら、特にこのイチジクのは、無くなり次第終了だってさ」
「あああ! ほんとうだ。それにしても美味しそう……」
「明日、暇?」
「暇です」
と答えて、あら? と思った。いつの間にか行く流れになってる。そして思ったより声が近い。わたしに合わせたのか、谷さんは少し屈んで、視線の高さを合わせてくれていた。同じ高さでぱちりと目が合うと、谷さんはわたしを見つめて、目を細める。それがなんだか少し照れくさそうに見えた。
え、なに、可愛いな?
学生の時は気が付かなかったけど、谷先輩は可愛かったのか!?
なんだろう……大発見した気分だ。
そして不思議なことに、ぱっと眼の前の明るさが一段階上がったように感じた。
「なら行こうよ。天気も良さそうだし」
「はい」
だからか、思わず、うっかり頷いてしまった。
ああでも、今から訂正しようにも、ソフトクリームは食べたいし、ちょっとこの可愛い人に興味がある。
そう。この時点でわたしは谷さんに興味を持っていたようだ。
二人で出かけることになってしまったけれど、久しぶりに顔見知りに会った高揚とアルコールでふわりとする頭で、わたしは必死に言い訳を考える。
うん、知り合いとソフトクリームを食べるだけだし。
そう、期間限定のソフトクリームは食べたいし。
うん。
ということで次の日一緒に出かけることと相成った。
次の日の午後、自宅近くのコンビニまで谷さんは迎えに来てくれた。白い実用的な車だ。タイヤを見れば少しゴツい。
「一応、中は掃除機は掛けて来たけど、汚かったらごめんね」
と言って助手席のドアを開けてくれる。
「全然きれいです。なんというか、わたしの車よりきれいです」
これは本当。おおおお……帰ったらちょっと掃除しよう。
車内はほのかにミントの匂いがした。芳香剤が甘くないのが嬉しい。バニラ系のルームフレグランスは苦手だったから、ホッとした。
二人ともシートベルトを締めると、軽自動車ではない力強さで車は発進した。
「すーちゃんは車を持っているの?」
「すーちゃん」は一夜明けても、谷さんの中でまだ採用中だった。でもわたしは今のところ、シラフで「たーさん」とは呼べないなぁ。
「はい。小さい軽自動車ですけど。通勤にも必要ですし」
「まぁこの辺だと一人に一台だよねぇ」
「そうなんですよねぇ。学生の時は自転車でどこまでも行ってたように思いますけど、今は無理ですねぇ」
「あーわかる、ついついすぐ近くでも車に乗ってしまう」
「確実に足腰弱りますよね」
「確かに。僕ら若いはずなのに、洒落にならんよな、それ」
「最近、朝にラジオ体操しようか真剣に悩んでます」
「僕も一度悩んだ、それ」
他愛もない(しかもなぜか年寄り臭い)会話をしながら、車はすいすい進んでいく。谷さんの運転は、無理のない安心して乗っていられる運転だ。
初夏の国道沿いは気持ちが良かった。ちょっと山の方向へ行くから、開けた窓から入ってくる風はどんどん冷えていき気持ちがいい。空気も水気を含んだ緑の匂いがしてきた。
そこでわたしはようやく気がついた。
あれ? これってドライブでは?
なんとなくソフトクリームを食べるだけだと思っていたけれど、これはドライブでは?
車が必須の地方暮らし故、日々車で移動することが自然になり過ぎて、ただの移動手段だと思っていたけれど、二人で景色の良いところを車で走っているこの状況は、よく考えたらドライブというのではないのか!?
え? ちょっとまって。
うわっ……!
気がついたら、ちょっと今までになく近い谷さんを変に意識してしまう。だって隣に座ってるんだよ?
……もしかしなくても、走行中の車の中って、密室ではありませんか!?
はわっ……と狼狽えたまま、そうっと右側を見れば、機嫌が良さそうな顔で谷さんは前を向いている(運転しているから当然なんだけど)。
そうこうしているうちに久しぶりの信号で停まる。そこで谷さんがわたしを挙動不審に気づいた。
「あれ? 暑い?」
「いえ、涼しいです」
「気分悪い? 顔赤いよ」
やだ、顔、赤くなってた!? 片手を頬に当ててみる。ばちん、と音が出ちゃうくらいに勢いがあったけど、今はそれどころでは無い。なんか熱い気がしないでもない。いや、今思わず叩いたからじゃないの?
「全然! そんなことは!」
「そう?」
信号が青に変わってすーっ、と車が発進した。
一旦会話が終わったのだけど、谷さんが運転しながら、わたしのことを気にしている雰囲気が伝わってきた。それがとても申し訳なく、いたたまれなくなってきて、わたしは白状してしまう。
「あの、ですね」
「ん?」
「この状況、なんだかドライブみたいだなー、て思って……」
モゴモゴいえば、きっぱりとした答えが返ってきた。
「うん、そうだよ」
谷さんはあっさり認め、こちらも見ずに言う(運転中なので当たり前だけど)。
やっぱりそうだった!!
目をむいて右側を見れば、谷さんはおかしそうに笑っている。
「え、なに、気がついてなかったの?」
「季節限定ソフトクリームのことしか考えていませんでした」
それはちょっと嘘。
谷さんのことも考えてた。
谷さんのことは、季節限定ソフトクリームくらいに興味が有って、また会えるってわくわくしていた。
まぁぶっちゃけ、昨日の今日で、あまり考える時間が無かったっていうのもある。
とにかく谷さんとソフトクリームでわたしの頭はいっぱいで、この状況がどうのこうのという検証まで辿りつけなかった。
笑顔を引っ込めて谷さんが声を落とした。
「嫌だった?」
「いえ、全然!」
「そう?」
「はい……ただびっくりしてるだけで」
「で、動揺してる、と」
「はい」
「そっか」
再度谷さんの口元が上がった。これは、横顔しか見られないけど、とても良い笑顔で笑っていらっしゃる?
「えええーと、怒ってはないですよ、ね?」
「怒ってはないですよ。むしろ、嬉しくなっておりますよ」
「あ、あーえーと、それは何よりです?」
首を傾げながら言うと、谷さんはハハハとしっかり笑った。学生時代ではついぞ見ない大人の匂いがする笑いだ。
「疑問符多いね」
「と、当方只今、誠に動揺しておりまして……」
「なるほど」
ああなんか、谷さんから返ってくるわたしには出来ない余裕な受け答えが悔しい。
悔しくてせめてもの抵抗として、わずかに窓側へと身を寄せた。
その気配を感じたのか、谷さんがまた笑う。
朗らかな声に、また構えていた力が抜けていく。やり取りが楽しいとか、もうなんなの。
そんなこんなで、どう返そうか、うーとか、むーとか唸っているうちに目的地の道の駅に着いた。
たーさんが『僕』を使っているのは、オンとオフで切り替えるのが面倒だからです。
お読みくださりありがとうございました。