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在りし日の残雪より  作者: 紅月 雨降
一/初冬之章
8/27

#02 墜ちる/死にたがり

投稿しました!

良ければ評価、感想よろしくお願いします!

 店を出て一時間程歩くと、漸く目的地が見えてくる。


 氷宝山――それは露凪の南端に存在する山の名前だ。周囲を近代化の進んだ住宅街に囲まれた中、堂々と聳え立つその姿は「異物」の一言に尽きる。


 露凪は元々山の多い地域だったが、近隣の大都市から開発の影響を強く受けたことでその在り方を大きく変えた。

 幾つもの山が切り崩されてはニュータウン化していった結果、今もその影響を受けず山としての名前と形を維持し続けているのはこの山を含め僅か三ヶ所だけとなっている。


 降り頻る雪の中、木々の間をすり抜けて山頂の展望台まで登ると、そこには一人の青年が佇んでいた。

 彼が、胡乱の示していた存在なのだろう。別に証拠がある訳でもないが、俺は不思議とそう確信していた。

 ロープウェイ事故の生き残り――いや、死んでいるのだからそうは呼べないか。新しく雪霊となったらしい青年は、そこで呆然と夜の街を眺めている。


「そこの貴方、少し良いかしら」


 月葉が呼び掛けると、青年は緩慢とした動作でこちらを振り向いた。


 黒縁の眼鏡を掛けた、歳若い雰囲気の男性だ。短い黒髪を七三に分けた髪型はいかにも温厚な文系と言った雰囲気で、優しげに垂れた眉と(まなじり)が彼の無害性を更に強調している。

 やや幼さの残る顔立ちは同性から見てもかなり可愛らしく、一目見た瞬間に「男子校なら姫だろうな」などと言う若干失礼な想像が脳裏をよぎった。


「…………何か?」


 気怠げにそう答える青年の瞳はどこか虚ろだ。生気がない、と言うよりは自棄になった人間のそれに近いように思える。


「貴方、名前は?」


 俺の時の反省だろうか、月葉は最初にそう尋ねた。それに対し青年は、酷く興味無さげな声で返答する。


「…………結島晶」

「結島さん、ね。少し話したいことがあるんだけど、聞いてくれないかしら」

「…………別に、好きに話せば」


 投げやりな態度で承諾した結島に、月葉は淡々と説明し始める。

 内容としては俺にした説明と大体同じだ。初耳だったのは「雪霊になった人間は、自分が死んだ日の記憶が曖昧になる」と言う部分ぐらいか。

 結島はそんな夢よりも夢らしい月葉の言葉を何も言わずに聞き届け、最後に驚愕も嘲笑も含まない冷静な声でぽつりと呟く。


「…………ふぅん、そう」


 それは、馬鹿馬鹿しい話を聞き流した後の粗雑な返答とは少し違っていた。

 「だから何」と言わんばかりの無関心。自分の死にすらまともな反応を示さないその姿は、感情が欠落しているのではないかとさえ思える。


「話はお終い?」

「ええ、説明はね。でも、最後に聞いておくことがある」

「聞いておくこと?」

「ええ――貴方の望みについて」


 そう前置いて、月葉は尋ねる。


「貴方は死にたい?それとも、生きたい?」


 俺がまだ返答できていない質問。本来であれば難解な筈のこの問いに、結島は特段悩むこともなく即答した。


「僕は……どちらかと言えば「死にたい」かな。僕には別に「どうしても生きたい」なんて言うような理由も無いし、それに――――」



「――――ここには元々、死にに来たんだと思うから」


       ◇


「貴方はここで待ってなさい。雪形ユキガタの使い方も分からない人が着いて来たところで、足手纏いになるだけだから」


 そう言って、月葉は一人展望台を出て行った。俺はその背をやや複雑な気持ちで見送ってから、展望台の端で街を見下ろしている結島の元へと向かう。


「…………………………」

「えと……結島、さん?」


 声を掛けると結島はやはり緩慢な動作で振り向き、こちらに虚ろな視線を向けた。


「…………何?」

「ああ、えと……隣、良いですか」

「…………どうぞ」


 ぎこちなく言葉を交わし、俺は結島の隣に並んだ。

 山頂から見下ろす露凪の風景は……まぁ、標高もさして高くない山だから夜景でもたかが知れている。


 ……と、別に風景を眺めに来た訳では無い。


「……一つ、聞いても良いですか」

「…………何、君もなの?」

「あいつ程変な質問はしませんよ。ただ、ちょっと気になったんです」


 そう、さっきの話からずっと気になっていた。


「あなたは、何故――「死にたい」と即答できたのか」


 尋ねると、結島は「ああ」と吐息のような声を溢して視線をまた街に向ける。


「君は、答えられなかったんだ」

「……はい。だってそんな、普通そんなすぐに理解できるものでも決められるものでも無いでしょう」

「普通……そうだね。普通なら、分からないだろうね」


 「普通」という言葉を反芻し、結島は初めて笑顔を見せる。自分は「普通」では無いとでも言うのだろうか。そう思っていると、結島は静かに語り始めた。


「僕さ、さっき「ここには、死にに来たんだと思う」って言ったでしょ?あれはさ、状況証拠からそうじゃないかって思ったんだ」

「状況証拠?」


 そう聞いた直後、虚ろだった結島の瞳に光が差した。

 いや、光ではない。街から届く微かな明かりがそう見えただけで――――


 ――――あれは、涙だ。


「…………僕にはね、恋人が居たんだ。高校生の頃から付き合ってた。

 高校も大学も卒業して、就職して。収入もある程度安定してきたから、そろそろと思って僕は彼女にプロポーズしたんだよ。所謂、給料三ヶ月分ってやつでね」


 そう語る結島の眼は楽しげで、しかしどこか悲しげにも見える。それだけで、この話の結末はなんとなく察せられてしまった。


「彼女は泣いて喜んで受けてくれた。式場や入籍日の相談なんかもしてさ、いよいよって感じだった。

 けど、一週間前――彼女は、交通事故で死んだ」


 ……やはり、か。外れていた方が良かったのだが、まぁ無理な話だろうな。


「葬儀中のことは……もう、あんまり覚えてない。ただ、彼女の骨を拾ったことだけは覚えてる。

 それで、仕事も無断欠勤して、部屋に引きこもってひたすら泣いて――僕の記憶は、そこでお終い」


 話す結島の瞳からは涙が流れているように見えるが、語り口調には淀みも嗚咽もない。

 そもそも雪霊に泣く機能があるかは不明だが――彼の感情は間違い無く「悲しみ」だろう。例えその涙が、単なる雪解け水であろうとも。


「…………だから、かな。雪の中で目が覚めて、ぼんやりと歩いて……展望台ここに着いて、ここが氷宝山だって分かったのと同時に自分がこの場所に居る理由を理解した。『ああ、僕は死にに来たんだ』――ってね。

 だって、この展望台は……僕が、彼女にプロポーズをした場所だったから」


 そう言い終えてから、結島は付け加えるように口を開いた。


「…………でも、確証は無い。状況証拠からそう察しただけで、本当にそうだったかは分からないんだ。

 僕の感情は、死ぬ前日の暗い部屋の中で止まったままで……あの時は正直、何もかもがどうでも良かった。ただ悲しんで、絶望することしか頭に無かった。だからあの子の質問に正しく答えるなら――「分からない」になるかな」


 そう言って、結島は小さく笑う。そのぎこちなく歪んだ笑顔を見て、俺は胸の痛みを覚えた。

 ……記憶にある感覚。あの日、両親が死んだ日の俺と同じ感情――――


「……憎いとは」

「え?」

「憎いとは、思わないんですか。

 あなたは明確に殺されてる。あなたの恋人だって、過失とは言え……それを、憎んでいないんですか?」


 無意識のうち、そんな質問が口から出ていた。


 大切な人を奪ったもの。そして自身を殺したもの。

 未だ二択の答えを見出せてはいないが、それでも自分が「殺された」と知った時には確かな憎しみが胸の内で暴れ出す感覚を覚えた。それは勿論、眼前で両親を食い殺された時も同様だったと思う。

 しかし、自分と恋人の死について平然と話す結島の姿からはそんな感情が微塵も感じられない。それを内心気味悪く思っていたことも、この問いを投げてしまった理由の一つだろう。


「…………ああ、どうなんだろう」


 そんな俺の問いに対し、結島は少し悩むような素振りを見せ……


「…………憎いと言えば憎いけど、憎くないと言えば憎くない……かな。多分、そんな感じ」


 ……そして、やや曖昧な言い回しでそう返答した。


「憎いけど、憎くない?それに、多分って……」

「ああ、いや……何て言えば良いんだろうね。

 別に、憎いって感情が無い訳では無いんだ。それが自分の中に渦巻いていることは、自分でもなんとなく理解している。

 でも……「何に対して」かが、良く分からない。

 まず、彼女の死に対しては憎しみよりも喪失感が先行していたから……そもそもとして、他人を憎めるほど充実した感情を持てなかった。


 次に、自分を殺されたことだけど……これに関しては正直どうでもいい。覚えてないし、何より僕は死ぬつもりだった筈だと思ってるから、殺されたからってそれは「予定が少し早まった」程度のものでしかない。

 そういう意味で言えば、僕は彼女の死にも僕自身の死にも憎しみを抱いていないということになる。

 そしたらもう、何も憎むものが残っていない気がするんだ。それなのに、酷い憎しみが胸に残っている……言われて初めて気付いたけど、凄く気持ち悪い感覚だよ。途轍もなく強烈な違和感だ」


 結島はそう語り、心底不満そうな表情を浮かべる。

 違和感に悩み、苛立つその姿はあまりに平凡で……それを見た俺は、密かに胸を撫で下ろした。


 ――――ああ、やっぱり「人間」なんだな。


 正直、心の何処かで恐れていた。

 雪霊――月葉曰く「在りし日の残雪」。その在り方は最早人ではない。

 それを強調するようにこれまでに出会った二人の雪霊……月葉と結島、どちらも何処か思考や思想が人間離れしている。となれば、否応無く考えてしまうものだ。


 ――――「雪霊になると、人間らしさを失ってしまうのではないか」と。


 しかし、そんなことは無いのだと悩む結島の姿を見て確信した。恋人の死で自棄になっていただけで、彼も不明に悩み、奇妙に困惑する……そんな、当たり前の「人間」なのだ、と。


「……どうかした?機嫌が良さそうだね」


 安堵したのを見抜かれたのだろう、結島が怪訝な表情を浮かべてこちらに視線を向ける。


「いや、なんでも」

「……?そう……」


 誤魔化すと、結島は不思議そうな顔のまま視線を正面の方に戻した。俺もそれに追従するように正面を向き、二人で冬の街の夜景を眺める。


「……君、名前は?」


 不意に、結島がそう聞いてきた。


「柊白斗です」


 答えると、結島は小さくこちらに笑みを向ける。その笑顔は、さっきとは違いとても自然に思えた。


「柊くん、君は――――」


 そう何かを言いかけた、その瞬間。


 ――――――ガシャァァアァァァァアァン!!


「っ!?な、何だ!?」

「…………あれ、は――――」


 突如、展望台に巨大な破壊音が響き渡る。驚いて振り返ると、そこでは先刻出て行った筈の月葉と――――


「くっ……!なんて、馬鹿力……!」

「……$(ooooooooooooooooo*(!!!!!!」


 ――――轟然と雄叫びを上げる、四腕の白い大猿が向かい合っていた。

皆様どうも、作者の紅月です。

いやー、本当に月一ペースになりそうですね。つなぎのつもりだった1SSの方が人気出てて笑える。

さて、それはそうと遂に出ました今回の敵!

今回の獣は「猿」。例に漏れず純白で、四本の腕を持つまさに「異形」の獣です。

因みに、ゴリラでは無いです。雰囲気と言うかはそれに近いところありますけど、一応イメージはニホンザルですから!

……と、私のこだわりの話は語ろうと思えば幾らでも語れますが多分しつこいだけなのでこの辺で。と言う訳で、ここからは今回の総括です。

晶と対話した白斗。彼には彼なりの理由があって「死にたい」と選択したことを知ります。晶の言葉は、白斗の選択にどのような影響をもたらすのか……それは多分次回より後ですが、お楽しみにと言うことで!

それでは今回はこの辺りで。また次回の後書きでお会いいたしましょう。

ではではー。


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