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在りし日の残雪より  作者: 紅月 雨降
序/立冬之章
5/27

#02 雪霊

投稿しました!

良ければ評価、感想よろしくお願いします!

「貴方はもう死んでる、と言ったら……信じる?」


 少女は冷たい表情を変えることもなく、ただ静かにそう問いかけてきた。


 普通なら「何を言っているんだ」とか「馬鹿馬鹿しい、そもそも君は誰だ」なんて返答をするべきなのだろう。

 何故なら、過半数の人間にとってその言葉はただの「冗談」に過ぎないモノだからだ。


 テストの点数が悪かった時、見た目だけを好きになった相手への告白に失敗した時、どうでも良い学校への受験に失敗した時。そう言う時、人は当たり前のように口にする。


 ――――「死にたい」と。


 死とは今や、人にとってそれだけ軽いモノだ。たかが冗談にできてしまう程、意味のない概念に成り下がっている。

 普段なら俺も、その程度で終わらせただろう。


「……本当、なのか?」


 そうできなかったのは、きっと。


「騙しても、メリットが無いでしょう」


 月光のように透き通った彼女の瞳が、僅かに泳いでいたからだろう――――


       ◇


 真実とは、得てして顔に出るものだと思っている。

 「人は嘘を吐く時目が泳ぐ」とよく言うが、それは嘘を吐くのが下手な人間の理屈だ。嘘を吐き慣れた人間ならば、寧ろ瞳は微動だにしない。

 対して、表情は嘘が下手な人間程固い。慣れた人間程表情筋が緩く、特に会話の際には必ず笑顔になる。


 嘘吐きは常に笑顔で、目を逸らさない。そう言う人間が最も他人に信用されると、経験で知っているからだ。

 何故分かるのかと言うと、自分もそう言う人間ウソツキだからである。嘘吐きは自分が騙されることを極端に嫌うが故に、人を見る目が自然と成長していくものだ。


 その目線で彼女の動作を見た時、かなり「不器用な人間」だと思った。嘘が下手な正直者だが、真実を語ることも正しいと思えないが故に人と関わることに怯えている。しかし根っこが善性だから、関わることに対する希望を捨て切れていない。


 人間不信だが、性善説を信じている。最も悪人に騙され易く、幾度と無く馬鹿を見る愚かな「善人」。

 だからこそ、彼女の言葉を真実だと思った。瞳が僅かに泳いだのはきっと、真実を語ることを躊躇したからだろう。


「随分、簡単に信じるのね」

「顔を見れば、嘘かどうかは大体分かる」


 そう言うと、少女は何処か苦々しげな瞳をこちらに向けてきた。どうやら、おかしな奴だと引かれたらしい。


「……変な奴」

「口に出すな。それよりも一つ、聞きたいことがある」

「何かしら。答えられることなら、教えてあげるわよ」

「俺が死人だと言うのなら――俺は、何で死んだ?」


 そう、これだ。恐らくここに運ばれる寸前なのだとは思うが、記憶が一部抜け落ちていて何が起きたのか全くと言って良い程思い出せない。


「ッ……」


 直後、言い難そうに少女は一瞬眉を顰めた。


「何か、言い難い事情でもあるのか?」


 重ねると、少女は小さく溜め息を吐いて。


「――ま、良いか。知っておいた方が、後々苦しまなくて済むでしょうし……けど、一つ言っておくわ」

「何だ?」

「結構、ショッキングよ」


 そう言って、少女は歩き出した。


「付いて来なさい。多分、見た方が早いわ」

「あ、ああ……その前に、もう一つ良いか?」

「……何?」

「お前――名前は?」


 尋ねると、少女は面倒そうに俯いて。


「――氷室月葉よ。「お前」以外なら、好きに呼びなさい」


       ◇


「なぁ、どこまで行くんだ?」

「黙って付いて来なさい。遭難する気がないならね」

「はいはい、分かりましたよ……」


 月葉に続いて、三十分程歩いた。彼女は止まる気配を微塵も見せず、枯れ木と雪ばかりの風景の中を歩いて行く。


 目的地も知らず歩き続けると言うのは、思っていた以上の苦行だ。昔、終わりの見えない仕事程苦しいものは無いと酔っ払った望野木先生がぼやいていたが、あれはこう言うことなのかと実感する。

 ……けれど、それ以上に。


「――痛まない、もんだな」


 そっと胸に手を触れて、ぽつりと呟く。

 三十分も山道を歩けば普通は鼓動が早くなり、呼吸も苦しくなって胸の辺りが痛むものだ。だが今は、そんな苦しみなど一切感じない。


「実感、湧いたかしら?」


 聞こえていたのだろう。月葉が前を向いたまま声を掛けてくる。


「ああ、胸に触れると分かる。俺の心臓は――もう、全く動いてない」


 掌に伝わってくるのは「触れている」と言う感触だけ。

 それ以外は、何も無い。

 体温、鼓動、呼吸。その全てが、死んだことを受け入れ切れていない心に死という概念を捩じ込んでくる。


「最初は、そういうものよ。自分が死んだことを受け入れられなくて、元の暮らしに戻ろうとする。貴方は幸運にも私に発見されたけど、大抵は皆二回目で漸く受け入れるわ」

「……二回目?」

「ああ、それはね――」


 言いかけて、月葉は突然口を噤んだ。


「?おい、どうし――」

「黙って」


 ぺちん、と口に掌が当てられる。やはり温度は感じないが、自分のものより柔らかく感じるのは気のせいでは無いだろう。

 ……そんな思考は直後、一瞬で消し飛んだが。


「……ほら、あれが貴方に見せたかったモノよ」


 そう言って、月葉は少し先の大岩を指差す。緩慢な動作で目を向けると、そこには。


「――何だ、アレ」


 一匹の、巨大な獣が居た。

 羆、とは違う。それよりも二回りほど大きな体躯をしていて、見た目は熊と言うよりも猫に近い。

 猫又、と言うのか。尻尾が二股に割れていて、氷柱のように鋭く尖ったその先端には、人の首が二つ程突き刺さっている。首以外も含めると、もう数人分はあるかも知れない。


「……密猟者かしら。運が悪かったわね」


 そう呟く月葉の横で、俺は言葉を失っていた。

 日本刀のように鋭い爪。朱く濡れた悍ましい牙。そして、血塗れの白い体毛――――


 ぴしり、と脳が痛んだ。それが幻肢痛なのか、或いは普通に痛んだのかは分からない。分かりたくない。

 ぼう、と映像が浮かんでくる。


 腹を割いた鋭い爪。


 肉を喰んだ悍ましい牙。


 血に塗れた白い体毛。


 俺は――アレを、知っている。


「ッハ、ァ……!」


 思わず、その場に崩れ落ちた。吐き気のようなものが内側から湧き上がってくるが、胃液の一滴さえ出て来ない。


「……どうかした?もしかして、見覚えがある?」


 そう尋ねてくる月葉の声が、酷く遠い声に聞こえた。例えるなら、別室で流れているテレビの音のような。

 ――アイツだ。俺は、アイツに殺されたんだ。


「……さて、と」


 そう確信した瞬間、月葉がその場に立ち上がった。


「つき、は……?」

「アイツか……分かった、少し待ってなさい。仇、討って来てあげるから」


 そう言って、月葉は静かに目を閉じる。

 瞬間、不思議なことが起きた。

 すう、と月葉の身体が淡く光を放つ。その光は奇妙に冷たくて、心が安らぐようだった。

 光はやがて、彼女の手に集約されていく。そして掌に全てが集まると同時に、一際強く輝いて――――


「え……ぁ……?」


 ――――次に、気が付いた時には。彼女の手の中に、美しい輝きを放つ短剣が握られていた。


「な、何が、起きた……?」

「知る必要はもう無いかもだけど……教えてあげる。

 私達は「雪霊」。冬に囚われた亡霊、獣に殺され、あまつさえ死と言う概念すらも奪われた在りし日の残雪。

 自分を殺した獣を殺すその時まで、永久にこの冬という季節を出られない呪われた存在。生命が在るように装っているだけの、雪で形作られた人間擬き――それが、私達」


 話しながら彼女は前に出て、正面から獣と対峙する。


「そして、獣を殺す為に与えられたのがこの力。自分の殺意を氷と化し、武器を作り出す技……「雪形ユキガタ」よ」


 ――それはまるで、夢物語のようだった。

 短剣を持ち、凛とその場に立つ姿は物語の勇者を彷彿とさせる。ならば敵対する獣は、差し詰め魔王の手先と言ったところだろうか。


「rrrrrrrrrrrrr…………!」


 月葉が対峙するより早く、獣は彼女に気付いていた。唸り声を上げ、殺意のこもった瞳で月葉を睨め付けている。


「kr°uuuuuuuuuuuuuuuuuッ‼︎」


 初めに動いたのは獣。周囲を震わす程の雄叫びを上げ、月葉に襲い掛かる。

 高速で振るわれた爪は、彼女に全く掠りもしない。軽く上に跳んで攻撃を躱し、枯れ木を蹴って突進する。


「g、u……!?」


 背中に一太刀。切り付けられた獣は一瞬怯み、素早く後退する。しかし、月葉はそれを許さない。

 滑るように雪上を駆けながら、幾度と無く獣を切り付けていく。防御も回避もさせぬその速度たるや、どちらが猫だか分からない程だ。


「g……r、oooooooooooooッ‼︎」


 追い詰められ、獣が一際大きな叫び声を上げて月葉に襲いかかる。それと同時に――月葉は、雪を蹴って空へと舞い上がった。


「ぁ――――」


 綺麗だと、そう思った。

 何の誇張も、捻りもなく。吐息に似た声を漏らすことしかできない程に、その姿に魅せられた。


「……はは、なんだ」


 己の浅はかさを、反省した。

 彼女は決して、勇者などでは無い。

 そんな存在よりも、遥かに美しいモノ。圧倒的なまでに、恐ろしく危険なモノ。

 そう、彼女は――――


「――――まるで、死神だ」


 獣を切り裂いた彼女の姿を見て、俺はそう呟いた。


       ◇


「――お休みなさい」


 そう祈るように告げて、月葉は緩やかに崩れゆく獣の死骸から離れる。そして、こちらへと歩いて来て……


「……あれ?」


 と、間抜けな声を漏らした。


「な、何だよ?」

「……何だ、違うじゃない」

「ち、違う?」


 困惑する俺に、月葉は告げる。


「ええ、そうよ。貴方を殺したのは、あの獣じゃない」

「え、え?でも――」

「まぁ、似てはいたんでしょうね。でも、間違いなくアイツじゃないわ」

「な……何で、そんなことが分かるんだ?」


 そう尋ねると、月葉は一瞬だけ顔を曇らせる。しかし必要と判断したのか、一つ溜め息を吐いてから答えた。


「……分かるのは、貴方がここに居るからよ。

 説明したでしょ?私達雪霊は、自分を殺した獣を殺すまで冬から出られないって。あれは別に、仇を殺せば生き返れるなんて都合の良い話じゃないわ」

「ど……どういう、ことだ……?」


 尋ねながらも、薄々気付いていた。

 一つ所に囚われた死者が、解き放たれる――それが示すことなど、たった一つしか考えられない。


「……自分を殺した獣を殺せば、私達の呪いは終わる。要するに「完全な死」が与えられる、と言うことよ」

皆様どうも、作者の紅月です。

思いの外、ペースが上がってますね。割と今、時計塔のココルよりもこっちのモチベが高いです。

さて、それはそれとして色々説明回です。説明回書くの苦手なので、中々苦戦しましたが………まぁ、書けたのでヨシということで。

今回で「擬装生命」編は終わり。次から新章に入る予定です。どんな展開になっていくのか、それは次回のお楽しみということで。

そんな感じで、今回はこの辺でおさらばです。また次回でお会いしましょう。

ではではー。

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