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在りし日の残雪より  作者: 紅月 雨降
序/立冬之章
4/27

#01 空白

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良ければ評価、感想よろしくお願いします!

 ――ひょう、と風が顔の横をすり抜ける。


 寒い、とは感じない。厭な温さを肌に感じながら、氷室月葉ひむろつきはは緩やかに歩を進めた。

 雪に音を吸われ、しんと静まり返った森の中はまるで異なる世界のようだ。心地良い静寂に誘われ、月葉はどんどんと森の奥に足を踏み入れて行く。

 

 ――途中、ふと足を止めた。


 静寂の中に、微かな音が混じる。枝葉に身体を擦り付けるような音と、唸るような小さな声。


「……ふぅ――」


 特段怯えることも無く、月葉は静かに息を吐いた。

 もう、慣れている。この気配も、そして珍しく感じるこの肌寒さも。

 気配が、少しずつ近付いて来る――そして。


「aaaaaaaaaaa!!」


 白い獣が、森から姿を現した。

 兎のような、長い耳。しかしその体躯は、彼女の知るそれとはあまりにも大きさが違う。

 昔、友人がやっていたゲームに似たような怪物が出て来たような覚えが薄らとある。最も、この獣の姿はアレよりも多少歪なカタチをしているけれど。


「……綺麗ね、貴方も」


 思わず、そう呟いていた。獣の純白に過ぎる体毛が、ほんの少し月長石の色に似て見えたからかも知れない。


「kr°.kr°.kr°……!」


 しかし、獣がそんな言葉に耳を傾ける訳も無く。風を切る音と共に、巨大な腕が振り下ろされる。

 ……とん、と後ろに跳んでそれを躱す。同時に一瞬目を閉じて、掌に意識を集中させた。

 ――形は刃。ただ確実に、目の前の命を奪うモノ。

 自分の中にある、殺意のイメージ。それを頭の中で具象化させて、掌に出力していく。


 目を開ければ、手の中には刃がある。八面玲瓏に輝く、硝子細工のように美しい氷の短剣。

 それを確認してから、月葉はたんと雪を蹴った。

 こんなに大きな獣でも、弱点はヒトと変わらない。

 喉、脳天、心臓。狙い撃てば、この短剣でも確実に殺せる。


 脳天は駄目。骨が硬くて、自分の力では通るか怪しい。心臓も駄目。確実に死ぬ程の穴を開けるには、この短剣では長さが足りない。


 なら――喉だ。


 柔らかな雪を大地と変わらぬ速度で駆けながら、月葉は獣へと迫って行く。その姿に危機を覚えたのか、獣は丸太のような腕を出鱈目に振り回した。

 上、下、右、上。振り回されるそれを更に躱し、獣の周囲を駆け回る。


「aaaaaaaaaaa!!」


 痺れを切らしたのか、或いは向けられ続ける殺意に恐怖したのか。獣は大きな雄叫びを一つ上げ、後ろ足で大きく飛び跳ねた。

 その姿はある意味、兎らしいと言える。高々と跳び、逃げ去ろうとする獣――その後を追いかける。

 そして、着地の瞬間。

 落ちて来て、腕を振るうことさえ出来ぬ一瞬。

 その瞬間を、狙い撃った。


 ――ドッ!!


 獣の喉に、短剣が深々と突き刺さる。


「ooooooooooooo!?」


 苦悶の声を上げる獣の喉から、凡そ生物らしくない冷え切った呼気と血液が溢れ出る。生温いそれを全身に浴びながら――少女は、短剣を横に振り抜いた。


「o……o」


 ずぅん、と音を立て、獣はその場に崩れ落ちた。残骸はまるで春先の雪達磨のようにどろりと溶け、雪の中に染み込んで行く。


「……お休みなさい」


 ぽつりとそう零して、月葉はその場を後にする。不思議と、その後には足跡も何も残されてはいなかった。


       ◇


 ……それから少し後、少女は少年を見つけた。

 雪の中で眠る、幼子のような顔の少年。どこかで見たような気がするのは、恐らく勘違いでは無い。

 それが自分と同じであることは、感覚だけでなんとなく想像が付いた。少女は少年を重たげに背負い、森の奥へと進んで行く。

 森の最奥には、古い建造物があった。そこに眠っている少年を転がし、少女は静かに外へ出る。

 灰から紫に変わりつつある空の下、扉の方を振り返り――少女は、嘆くように呟いた。


「――安心してね。貴方の悪夢も、この冬で終わらせてあげるから」


       ◇


 ――ふと、目が覚めた。

 見上げた天井には覚えが無い。困惑以上に不安を覚えるのは、視線の先にあるそれが不気味な程に白いせいだろうか。

 起きあがろうとして、身体が矢鱈と痛むことに気が付いた。コンクリートの上にそのまま寝かされていたのだから、当然と言えば当然だが。


「此処は……何処だ」


 辺りを見渡す。明かりは天井から吊り下げられた白熱灯が一つで、大して広くないにも関わらず薄暗い。壁は鉄板で覆われ窓の一つも無く、床はコンクリートが剥き出しになっている。天井には霜が張っていて良く分からないが、恐らくは壁か床のどちらかと同じようなものだろう。


 ――密閉された、小さな匣。薄暗く、閉塞的で、息苦しい。


 酷く重いその圧迫感から、棺桶を連想した。

 ならば差し詰め、自分は亡霊かそれとも亡骸か。どちらにせよ、死者であることに違いはあるまい。


「――はは、馬鹿馬鹿しい」


 我ながら、頭がおかしくなっている。

 だって今、自分は此処に居るじゃないか。足裏には踏み締めたコンクリートの確かな感触があって、満ちている空気の温さも感じていて、それで。


「……あ、れ」


 確かめるように身体に触れ、ぞっとした。

 ――体温が、無い。

 冷たいのではない。ただ、何も感じないのだ。

 ……考えてみれば、異常だった。

 この部屋の天井には、一面が真っ白になる程に霜が張っている。それはつまり、この部屋の温度がそれだけ低いということだ。

 なのに、何故。自分はずっと当たり前のような顔をして、此処に居ることができたのか。何故、此処に満ちる空気を「温い」と感じているのか。


 何故、一度も――「寒い」と、感じなかったのか。


 どうん、と心臓が強く跳ねた気がして、痛みに思わず胸を抑えそうになる。寸前で躊躇したのは、内心薄々と勘付いていたからだろう。

 

 ――それが、ただの幻肢痛であることに。


「……漸く、気付いたのね」


 不意に、何処からか声がした。

 いつの間にか、部屋に自然光が差している。導かれるように光の入ってくる方向に目を向けると、そこには――


「こんばんは、死に損ないの亡霊さん」


 ――雪よりも白く、美しい少女が立っていた。

皆様どうも、作者の紅月です。

月一を想像してたのに、割とテンション上がって書いてしまいました、はい。予定より早いですが、手は抜いてません。

で、今回の話なんですが………漸くヒロイン動かせました!見た目しか出てなかったですからね………

性格面に関してはこれからはっきりして行くので、そこらへんもお楽しみに!作者贔屓ですが、割といいキャラになったと思ってます!

ちなみに小話なんですが、ヒロインの武器死ぬほど迷いました。初めは槍を想定してたんですが、ヒロインで槍ってありきたりかなと………まぁ、それを言ったら短剣もそうなんですが。でも、容姿に関しても「短剣」と言う表現を使ったし、キャラ的にも、ということで短剣に決めました。

「何故短剣なのか」にもこれから触れて行く予定ですので、お楽しみに!

と言うところで、今回はこの辺で。また次回でお会いしましょう。

ではではー。

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