#05 在る/君に、サンタクロースはもう来ない
――――それは、大人になる儀式の一つだ。
◇
「…………え」
あまりにも唐突な出来事に、一瞬思考が停止する。
いつも通りの帰り道。悪友と下らない話をしながら、だらだらと歩く二十六分。その慣れ切った時間の最中、それは不意に現れた。
「……………………………………」
巨大な、熊。三メートルはありそうな体躯を包み込む体毛は白く、けれどホッキョクグマと言うよりは何故か羆らしく見える。
こちらを見る目に敵意は無い。それどころか、意思すら全く感じない。
伽藍洞。津波や台風が薙ぎ倒していく樹木や建物に向ける視線は、恐らくこういうものだろう――そう思わされる程の、虚無。
……瞬間、本能的に理解した。
これは「敵」ではない。これは、ただ純粋に「死」なのだと。
それはまさに天災のような、抗いようの無い最期――否、もっと単純で明快な、生きとし生けるもの全てが必ず迎える幕引きそのもの。
寿命。多分、この表現が最も正しい。
怪物は、自分の寿命なのだ。自分の生命の終わりなのだ。
それはただの事実として自分の喉元に突き付けられ、まるで撫で斬る刃のようにゆっくりと肉へ押し込まれて行く。
その最中、酷くつまらない映像を見た。
幼馴染の親友と、その隣で戯ける自分。無表情な相手の横で必死にふざける自分の姿は、傍から見ると呆れる程に滑稽だ。
あの自分は何を思って、あんな奇行に走ったのだろう。
「サンタクロースみたいに、沢山の人に笑顔を届けられる男になれ」。そんな両親の願いに報い、家族を亡くした親友を笑顔にしようとしたのだろうか。或いはそんな親友にどう関わって良いか分からず、混乱してしまっただけか。事実がどうかは知らないが、前者であれば良いなと思った。
だって、そうでなければ――自分の人生は、空虚なものになってしまう。
十七年。その期間は、何かを為すにはあまりに短い。
つまり、これが違えば他に無いのだ。
自分の果たした役割――自分の生きていた理由が。
そんなのは非情だ。無情だ。
理不尽だ。
だから、せめて。自分は役目を果たしたのだと、思い込みながら死んで行きたい。例えそれが意味の無い、道化の役回りだったとしても。
最期まで――演じ切ってから、死にたいのだ。
格好付けて。
――――どん、と。広げた掌を横に突き出し、そこに居た奴を突き飛ばす。
「……生きろよ」
そこで、ぐちゃりと意識が途絶える。
寸前、掌が触れたその場所は――何故か、妙に冷たかった。