#04 在る/それは、あまりに平凡な
……気が付けば、六時間目が終わっていた。
正直、授業の内容は何一つとして覚えていない。と言うよりも、
「白斗、帰らねぇの?」
と三太に声を掛けられるまで、二時間目が始まってそして終わっていたことにすら全く気付いていなかった。挙句三太に「来て即帰る訳無いだろ」などと的外れな返答をしたと言うのだから、間抜けもここに極まれりだ。
本当に、これでは一体何の為に教室へ来たか分からない。一時間目をばっくれて、けれど二時間目からは真面目に授業を受けようと思っていた筈だったのに、一切覚えていないではサボりと結果が同じじゃないか。
そんな自己嫌悪に陥ったが、だからと言って居残る理由がある訳でもない。なので三太と連れ立って、一度帰宅することにした。
そうして鞄を肩に担ぎ、歩き出したその直後。
「あれ、後ろから出んの?」
不意にそんな指摘をされ、そこで初めて自分の奇妙な行動に気付く。
……無意識に、後ろへと歩を進めていた。
市立露凪高校は公立校でありながら、未だ全ての教室にはエアコンが設置されていない。現状設置済なのは職員室と保健室、それから校長室だけで、それ以外には代用として教室手前に電気ストーブが置かれている。
――――自然に、それを避けようとした。
別に、大した異変ではない。ただの気紛れ、特段理由の無い行動。いつもならばそんな風に、軽く流していただろう。
しかし、何故だろうか。今日は不思議と、その行動に「重み」を覚えた。
……今朝、あんな話をした影響か。
自分の雪霊としての無意識が、死者としての行動が――人間としての自分自身を、生者としての感性を、否定しているような気がして。
圧し潰すような気持ち悪さが、心の奥にゆっくりと沈み込む感じがした。
◇
……それに、悪意は存在しない。
敵意も無く、害意も無い。その在り方は、最早災害に近かった。
ただ自らの前に在る生命の悉くを蹂躙し、鏖殺し、捕食する。そこに大した意志は無く、そして理由も殆ど無い。
ただ、そこに在るから。強いて言うなら、その程度。
使命感でも、衝動でも、快楽でもない。機械の如く無感情に、災害の如く理不尽に、眼前の生命を殺し喰らう。その程度の、怪物だ。
……要するに。その行動も、悪意からのものではない。
怪物が不意に足を止め、進む方向を変えたことも。その先を、何も知らぬ少年二人が並んで歩いていたことも。全てはただの偶然で、そこに害意や敵意などは微塵も介在していない。
それは不運で、不幸で、けれど何の変哲も無い。
ごく平凡な、理不尽だった。