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在りし日の残雪より  作者: 紅月 雨降
一/初冬之章
20/25

#01 在る/思考放棄

「説明しろ――()()!!」


 店内に響いたその声は、酷く悲痛なものだった。

 言葉だけ聞けば詰問だが、声の雰囲気は懇願に近い。「違うよな?」とそう問い掛けるかのような、祈りにも似た怒鳴り声。


 ……正直、驚愕していた。


 俺の知る望野木千歌(もちのきちか)という人物は、感情で態度を大きく変えない――と言うより、変えていないように見せたがる人だ。

 その望野木先生が、形振り構わず声を荒げる姿なんて今まで一度も見たことがない。まして他者に命令形で、怒鳴りつける姿など――いや、待て。


 先生は今、何と言った?

 月葉(つきは)、と――彼女の名前を、呼んだのか?


「……落ち着きなさい、()()。キャラが崩れかけてるわよ」


 呆れ気味に、月葉が先生のことを諫める。当然のように、名前呼びで。


(知り合い……なのか?でも、接点なんて――――)


 そこでふと、月葉の服に目が行った。

 普通のものより白く褪せた、けれどデザインは今と何一つ変わらない露凪高校二年の制服。今になって思い返すと、この学校の女子用の制服に対しては、入学前から不思議と馴染みがあった気がする。

 何故だったか――ほんの少し考えて、僅か数秒で思い至った。


(…………あ)


 ……十年前――先生が、学生として着ていたからだ。


 瞬間、情報と情報が線で繋がる。

 月葉が死んで、およそ十年。死者が歳を取るというのもおかしな話だろうから、外見は当時から変わっていないと思って良い。そうなると十年前、死んだのは高校二年生の時――つまり今の実年齢は、大体二十六、七歳。

 それは――今の望野木先生と、全く同じ年齢だ。


 同じ学校で、同じ年齢。寧ろこれだけ知っていて、何故その可能性に一切思い至らなかったのかと自分の馬鹿さに腹が立つ。

 奇跡と呼ぶ程特別では無い。小さな街にはごくありふれた、日常の中で幾度も遭遇する程度の、大したことの無い偶然。

 先生と月葉が――()()()()()()()可能性。そんな、狭い世間の平凡に。


「……にしても、柊君から「先生」の話を聞いた時点でもしかしてとは思っていたけど――まさか、本当にその通りとはね」


 想像もしていなかった俺とは違い、月葉は薄々勘付いていたようだった。敢えて明確にしなかったのは、恐らくこちらへの気遣いだろう。

 話すかどうかは個人の自由。以前告げられたその考え方の通り、彼女は話さずに居たこちらの考えを尊重してくれていたのだと思う。


(……優しいな、本当に)


 思ったが、口に出すことはしなかった。

 多分無意識のことだろうし――何より、さっきの今で「気遣い」などという人間性を、彼女に指摘する程愚かでは在りたくないからだ。


 ――――と。それはさておき、そろそろ現実に戻るとしよう。

 今更な事実に気が付くとか、他者に対しての配慮だとか。そんな「的外れな思考」という名の思考放棄を続けるのも、いい加減に限界だ。

 ぼちぼち、向き合わねばならない――この、厄介かつ絶望的な現状に。


「……………………」


 月葉の言葉で少し冷静になったのか、先生は無言で俯いていた。

 或いは彼女も、自分と同様に「思考放棄」してしまっているのかも知れない――そんな風に思うのも、思考放棄なのだろうか。

 

 話したくないから、話を逸らすのと同じで。


 考えたくないから、思考を他所へ投げている。


 多分今は、お互いそういう状況だ――俺も、先生も、現実を受け入れられずに居る。すべきことも、伝えるべき言葉も、全て理解出来ているのに、その思考を他所に投げて、分かっていないことにしている。

 もし仮に俺が今から文脈も状況も投げ捨てて、今日の晩飯の話か何かでもし始めたとしよう。そうすると、恐らくそこからはその話がごく当然のように続いて、この状況に関しては無かったことになるに違いない――何せお互い真実など、聞きたくも無ければ話したくも無いのだから。


 しかし、そうは問屋が卸さない――尤も今回卸値に難癖を付けたのは、どちらかと言えば問屋から買い付ける側である筈の喫茶店の店主なのだが。


「皆様一旦着席して、話し合われては如何でしょうか」


 胡乱(うろん)が横からそう促し、先生がそれに従ったことで、無かったことにする機会は綺麗さっぱり失われた。いやまぁ、店主の立場を考えるならばいつまでも扉の前で会話されるのは酷い迷惑行為だろうし、至極真っ当な誘導だとも思うのだが――しかし多少は空気を読めと、そう思うのも事実である。

 ……いや、ある意味空気を読んだ結果か。どうせいつかは通る道、ならば早々に通るべきだ――胡乱はそんな考えで、有耶無耶にしたそうな気まずい空気に対してわざわざ横槍を入れたのかも――――


(……いや、無いな)


 即座に、自分の中の胡乱像がその考えを否定した。

 この胡散臭さの塊が、そんな気遣いをする筈が無い。大方何も考えず促したか、或いはこの修羅場とも言える状況に対して無関心だから雑に流したかのどちらかといったところだろう。


 ともあれ、状況は出来てしまった――ならば最早、話す他無い。


「先生、俺は――――」

「……雪霊、なんだろ?分かってるよ、もう」

「……………………はい」


 まぁ、知っているとは思っていた。

 知らないとすれば、先生が月葉の服装に突っ込みを入れない理由が存在しない――何しろ彼女の服装は、言っては悪いが先生の年齢の女性が着ると物凄く痛々しいコスプレに見える筈だからだ(存在自体がコスプレよりも余程ファンタジーに近い事実は、取り敢えず一旦置いておく)。


 突っ込まない理由があるとするならば、それは相手にどうしても関わりたくない時――或いは、既に事情を理解している時だろう。

 流れからして前者は無い。その場合、残る可能性は後者だけだ。


「元々、そんな気はしてたんだ。失踪から帰って来たあの日以来暖房の効いた保健室には近寄らないし、家に戻っても居間には全然下りて来ないし、飯も「食べて来た」って言って全然食わないし。だから月葉に話を聞きに来たんだが……まさか聞く必要すら無くなるとは、流石に思いもしなかったよ」

「……すみません、黙ってて」

「いや、悪いのは私だ。「言わなくて良い」って言ったのも私だし……何より多分、お前が言えなかったのは私を気遣ってのことだろ?」

「……………………」


 ……あぁ、本当に。


 この人には、隠し事など出来そうもない――――


「にしても……お前まで、雪霊になっちまうなんてな」


 どこか遠い目で、先生が呟く。


「高校時代、同門の徒だった月葉――次いで今度は、大事な従弟か。近しい相手が二人、全く同じ歳で死んで、その上雪霊なんて訳の分からないものになるなんて……何と言うか、まるで呪いみたいだな」


 まるで自嘲するかのように、或いは自虐するかのように、先生は笑ってそう言った。らしからぬ、分かり易く歪んだ笑顔で。


「それは別に、先生の所為じゃ――――」

「分かってる。こんなのただの偶然だ――でも」


 ……でも、呪いなんだよ。懺悔のようにそう溢し、彼女はふらりと席を立った。


「……悪い、今日はもう帰る。今は――もう、無理だ」


 そう言い残して、千鳥足を彷彿とさせる程安定感の無い足取りで先生は店を後にする。俺は何も言うことが出来ず、その背を無言で見送った。


「……追いかけないの?」


 察したように月葉が言う。が、俺はそんな言葉に対して、黙って首を横に振った。


「……今追いかけたところで、どうせ何も言えないから」

「……そう。まぁ、そう思うならそうしたら」


 そう言って、月葉はアイスコーヒーを口にする。

 興味が無いのか、或いは尊重しているのか。まぁ、恐らくは後者なんだろうな――なんてことを思いつつ、これからのことを思案する。

 考えていたのは先生のことと、それからもう一つ――今後の自分の身の振り方、即ち月葉に尋ねられた「死ぬか、生きるか」の選択についてだ。


 このタイミングでそれを考え始めたのには、当然ながら理由がある。


 「先生に知られた」という、自分にとってあまりに大きな転換点――物語的に言えばここで、「フラグが立った」ような気がしたのだ。


 二者択一に答えを出す――その展開への、最早露骨ですらあるフラグが。

一応、毎月1日投稿予定です。

テンション高い時は不定期で月に2本出るかも。

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