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在りし日の残雪より  作者: 紅月 雨降
プロローグ/初雪之章
2/24

#01 初雪が降った日

お待たせしました!

良ければ評価、感想宜しくお願いします!

追記:一部加筆修正しました。2025/5/9

 ……夢を見ていた。酷く、鬱陶しい夢だ。

 あの事件から、もうじき十年の時が経つ。だと言うのに、あの日の全ては未だ脳裏に焼き付いたままだ。

 それでも、普段なら思い出す事はない。

 思い出すのは、そう。


(……また、この季節か)


 この、冷たく忌まわしい――白い季節の間だけ。


「……はぁ」


 珈琲をカップに注ぎながら、小さく嘆息した。

 雪は嫌いだ。だと言うのにこの街……露凪市には、嫌になる程雪が降る。

 陰鬱な気持ちで珈琲を啜っていた時、不意に背後で扉の開く音がした。俺は静かに振り返り、微笑みを浮かべて部屋の主に挨拶をする。


「お帰りなさい、望野木先生」

「おー……ってお前、また勝手に」


 望野木千歌(もちのきちか)。ここ、露凪高校の養護教諭――つまりこの部屋、保健室の主だ。


「前にも言ったけどその珈琲も学校の備品だ、生徒が許可なく勝手に飲むな。バレた時に怒られんのは、アンタじゃなくて私なんだから」

「俺は先生に珈琲を淹れて、ついでに自分の分も淹れてるだけですよ?何か問題ありますか?」

「その言い訳、現行犯なら絶対通らないからな……全く」


 定位置の回転椅子に腰を下ろし、先生は大きな溜め息を吐く。俺はそんな彼女の前に淹れたばかりの珈琲を置き、近くのソファに腰掛けた。


「……で?」


 出された珈琲を一口啜り、先生は突然そう口にする。


「急に、何ですか?」

「顔色、悪いぞ。何かあったのか?……まぁ、この天気を見れば大体予想は付くけどな」

「………………………」


 ……見抜かれていたのか。やはり、この人に隠し事は出来そうも無い。


「流石、長い付き合いの賜物ですね」

「戯けるな、白斗。ンな海坊主みたいに真っ青な面で冗談言われても、心の底から不気味なだけだ」


 ……怒られてしまった。別に、冗談のつもりで言った訳でも無かったのだが。


「……悪いな、白斗」


 そう呟くように言って、先生は少し沈んだような表情を浮かべる。


「お前のトラウマを考えれば、雪の少ない地域にでも引っ越してやりたいんだが……流石に、そうも行かなくてな」

「……気にしないで下さい。身寄りの無い俺を引き取ってくれただけで、叔父さん達には頭が上がらないくらいです」


 十年前、あの事件の後。両親を失った俺は、近隣に住んでいた叔父の家に引き取られる事になった。先生ともその時――彼女がまだ、この学校の生徒だった頃からの付き合いだ。

 家族ではない俺に対して彼らが優しく接してくれたお陰で、冬以外はあの事件を思い出す事なく生活出来ている。それだけで、十分過ぎる程の恩だ。


「……そう言って貰えると、私としては有難いね」


 珈琲を啜りながら、安堵したように先生は言う。


「……それはそれとして。さっきから一つ言いたかった事があるんですけど、良いですか?」

「ん、どうした?」


 嫌な話が長引いてタイミングを逸していたが、それも取り敢えず一段落した。なら、そろそろ言っても良い頃合いだろう。


「ルール、忘れてます。学校では従姉弟じゃなく教師と生徒なので、名前じゃなくて苗字で」

「あぁ、つい癖で……すまん、柊」


 そう言ったところで、丁度遠くでチャイムが鳴った。


「っと、予鈴か……昼休みは終わりだ、出てけ出てけ。サボるのは好きにすれば良いが、ここでサボられるとバレた時教頭がうざいんだよ」

「はいはい……それじゃ、また後で」

「おう、じゃあな」


 半ば追い出されるように保健室を出て、扉を閉める。


(……さて、どうしたものか)


 考えながらのんびりと歩き始めた、その時。


「………………ぁ」


 歩く俺の隣を、一人の女生徒が通り過ぎた。

 月光のように白く輝く長髪と、磨かれた真珠のように穢れ無く透き通った白い肌。その淡い色が組み合わさった姿は今にも消えてしまいそうな程儚く思えるのに、研ぎ澄まされた短剣のような鋭さを感じさせる美しい顔立ちは色合いの儚さをかき消す程の存在感を放っている。


 ……単純な雄としての本能か、或いは彼女の存在が記憶に無い事に対する違和感故か。

 遠くで響くチャイムの音を聞きながら――俺は、去り行く少女の後ろ姿を見つめ続けていた。


      ◇

 

 ……美しいと、そう思った。

 何の誇張も、捻りも無く。彼女の姿を見た瞬間、余りにも純粋な美に対する感動が心の全てを支配した。

 こんな感情を抱くなど、生まれてこの方経験が無い。

 痛い程に胸が高鳴る。頭の中は彼女の事で一杯で、他の事が何も頭に入って来ない。

 嗚呼、もし、もしも。もしも、彼女の。白く美しい、あの肢体カラダが――――


『◼️◼️◼️、◼️◼️◼️◼️◼️』。


「――ッ」


 瞬間、脳がずぐんと抉れるように痛んだ。その痛みでそれまでの思考が全て霧散し、周囲の状況を漸く認識出来るようになる。


「……?おい白斗、どうかしたのか?」


 気付けば、隣には悪友が立っていた。俺は軽く頭を振って、間抜け面の友人に言葉を返す。


「……いや、何でもない。少しぼーっとしてただけだ」

「何だよ、寝不足かー?ちゃんと寝なきゃ駄目だぜー」


 そう言ってへらへらと笑いながら、白銀三太しろがねさんたはべしべしと背中を叩いてくる。俺はその手を払い除けつつ、時計の方に目をやった。

 示されていた時刻は、十五時半。どうやら、ぼんやりしている内に授業は全て終わっていたらしい。


「それはそうとさ、この後なんだけど……」

「……悪い。俺、今日は帰るわ」


 何かを言いかけた三太の言葉を遮り、俺は鞄を持って席を立つ。


「そーなの?何か用事?」

「いや……寝不足だから、言われた通り帰って寝るよ」

「そーか?……そーだな、その方が良いよな!」

「悪いな、それじゃまた」

「おー、また明日!」


 明るく笑って手を振る悪友に別れを告げ、俺は早足気味に教室を出た。

 ……三太には悪いが、今日は遊ぶような気分じゃない。この天気のせいもあるが……それ以上に、今は彼女の事が気になる。


 昼休みに見た、彼女の姿を思い返す。

 純白の髪と肌に嫌でも目が行くが、今重要なのは服装の方。

 彼女が着ていた制服のリボンはブルー……二年生の色だ。


 二年生なら、学年は同じの筈だ。だが、今までこの学校で学生生活を送って来て、否応無く目立つ容姿をした彼女の噂を聞いた事は一度も無い。

 転校生の線も考えたが、だとしてもこの狭い学校で何の噂も立たない事はあり得ない。つまり、彼女は……


(……多分、部外者)


 だとして、一体何の目的で。どうして、この場所に――――


(……くそっ、頭痛がする)


 彼女の事を考えていると、脳が心臓になったように強く脈動する。その度にずぐんと抉るような頭痛がして、気分が悪くなって来る。


「……………………あ」


 痛みに悩まされつつ廊下を歩いていた時、ふと窓の外に視線を向けて……思わず、そんな声を漏らした。


(……彼女だ)


 窓の外、旧校舎の方。一人の女生徒が、旧校舎の裏へと入って行くのが見えた。白髪が雪に紛れて一瞬見逃しそうになったが、そこに居たのは間違いなく彼女だった。


「ッ……ま、待って……」


 痛みの事も忘れ、大急ぎで階段を駆け下りる。


「はぁっ、はぁっ……か、彼女は……」


 校庭に出た時、既に彼女の姿は見えなくなっていた。

 それでも残滓を追いかけるように雪に残された足跡を追い、俺は旧校舎の裏へと走る。


「ぜぇっ、はぁっ……!」


 旧校舎の裏は、そのまま山に繋がっている。もしも下手に近付いて、穴持たずの羆にでも遭遇したら――――


「ッ……」


 あの日の光景が脳内にフラッシュバックして、ぞわりと背筋が冷える。「引き返せ」と本能が告げた気がしたが、それを無視して必死に足跡を追いかけた。


「はぁ、はぁ……あ、あれ……?」


 遮二無二走って数分、俺は違和感に足を止めた。

 ……足跡が、消えている。

 どう言う事だ。ここまでは、確かに足跡があった。

 それを追いかけてここまで来た筈なのに――続く足跡が、どこにも無い。


(ど、どうなってるんだ……?)


 困惑したが、今はそれ処では無い。

 足跡を追って、随分と山の方へ来てしまった。彼女が見当たらない以上、危険なのは彼女より俺だ。


「……戻るか」


 幸い、まだ足跡は消えていない。これを辿って行けば、問題無く学校に戻れる筈だ。

 そう思って走り出そうとした――その時。


「ッ………………?」


 奇妙な気配に、ぞっと背筋が冷たくなった。


(彼女……いや、違う……)


 それは、どう考えても人の気配では無い。どろりとへばり付くような視線と、痛みすら感じる程の殺気。そして、鼻を突き刺すような獣臭――――

 ……この気配を、俺は知っている。


(……羆)


 あの日も、同じ気配がした。獲物を見つけた羆の執着心を表すようなねっとりとした視線と、確実に仕留める意思の籠った鋭い殺意。そして、獣特有の強烈な臭いが近付いて来て……


(……来るっ)


 瞬間、大きく茂みが揺れて――予想通り、羆が現れた。

 ……が、しかし。


「……え?」

「グ……ォ、ゥ」


 断末魔のように小さな声で呻き、羆はその場にぐしゃりと倒れ伏す。見ると縄張り争いにでも負けたのか、全身に酷い傷を負っていた。

 引っ掻き傷に噛み傷、刺し傷……中には、喰い千切られた痕跡もある。


(一体、何が……)


 そう考えていた、その時だった。


「……………………ぇ?」


 斃れた羆を追うように、茂みから突然巨大な獣が姿を現したのだ。

 斃れている羆は、ぱっと見でも2メートル強はある。だが現れた獣は、それよりも二回りは大きい。

 雪のように白い毛皮は血に塗れている。恐らくは、死んだ羆の血液だろう。

 そして額には、鬼のように大きな角が生えていた。


 ……どこで聞いたか忘れたが、何処かの伝承に出て来る「雪鬼」という怪物の事を思い出した。あれがもし実在しているのなら、多分こんな姿をしているのだろう。

 どうして突然、そんな事を思い出したのか。その理由は、すぐに分かった。

 ……走馬灯、だ。


「〒|35☆.nr♪.×=(°.×=(°.$☆kr°」


 怪物は感情の無い瞳を俺の方に向け、言語の様な何かを発した。


「――ぁ」


 その直後、急に視界が白くなって、突然腹が軽くなる。

 ……自分の腹部が空になったことに気付くのに、そう時間は必要無かった。

 日本刀の様に鋭い爪に裂かれた傷から、内臓が次々と溢れ落ちて行く。そのままバランスを保てなくなって、俺は雪の中に倒れ伏した。


 ――グチュ、ガツ。


 溢れ落ちた内臓を、怪物が一心不乱に喰らっている。

 それを喰い尽くした後、怪物はいよいよ俺の身体を貪り始めた。

 ……痛みは無い。最早、それを感じる気力すら残っていないのか。


 全身を喰い千切られながら見る景色は、降り積もる雪と溢れ出る血液でゆっくりと白と赤に染まって行く。その光景を眺めながら、俺は遠のく意識の中でぼんやりとこんな事を考えていた。


(……あぁ……なんだか……しょーと、けぇき……みたい、だ――――)

皆様どうも、作者の紅月です。

一話、如何でしたか?楽しんで頂けていたら幸いです。

いやー………エグいですね!これを書くために熊害事件を少し調べたんですが、あまりに酷いものが多くて。自分で言うのもなんですが、これでも割とマイルドにしたつもりです。検索はしないでください。

さて、主人公が死んだこの物語はこれからどんな展開を迎えて行くのか………それは、次回のお楽しみ。

という訳で、今回はこの辺で。

ではではー。


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