表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
在りし日の残雪より  作者: 紅月 雨降
一/初冬之章
16/25

#04 喪う/交わすべき挨拶

投稿しました!

良ければ評価、感想よろしくお願いします!

 開戦の合図は、側頭部に走る痛みだった。


(……これは――)


 記憶にある痛みだ。撃たれたのだと瞬時に悟り、月葉は木陰に身を隠す。

 直後、追撃の一発が空を切った。その弾丸は先刻まで彼女が立っていた場所を正確無比に通り抜け、ばすんと鈍い音を立てて雪の中に着弾する。


「ッ…………」


 木陰で雪形(ユキガタ)を形成しつつ、月葉は小さく身震いした。

 無論、それは武者震いなどでは無い。敢えて言葉にするまでも無く、純粋な死への恐怖から来る震えである――が、彼女はそれを理解しない。何故なら彼女にとって「それ」は、抱く筈の無い感情だからだ。

 「死への恐怖」などという――()()()()()感情は。


(……なんて、幼稚)


 そんな自分の現実逃避を、氷室月葉(ひむろつきは)は静かに嗤った。

 巫山戯(ふざけ)ている。子供じみている。無責任にも程がある。意識を巡るその言葉が、記憶から響く怨嗟のように感じられる。

 存在しない心臓が脈打ち、不要な空気が不足して――上下不覚に陥る程の強烈な眩暈に襲われながら、それでも少女は短剣(ナイフ)を構える。


 忘れた訳でも無い過去を。


 忘れ去っていたい事実を。


 その全てを、狂いそうな白の中に閉じ込めて――少女は死地へと踏み出した。


 瞬間、月葉の足元で雪が弾ける。

 それは威嚇では無いし、ならば当然牽制でも無い。

 言ってしまえば、()()()()()。彼女が直前に眩暈を起こし、その所為で普段通りに踏み込めなかった――それ故の、読んで字の如く「的外れ」だ。

 偶然と奇跡が(ことごと)く味方しない男、霜之宮冬至(しのみやとうじ)。ここでそんな偶然を、奇跡的に引き当ててしまう不幸さは――ある意味、流石とすら言える。


 ……しかし、誤解してはならない。

 彼は確かに、偶然と奇跡にこそ過剰に嫌われてはいるが――だからと言って、それら以外にまで嫌われている訳では無いのだ。どころか寧ろ、ある事象に関しては「愛されている」と言っても良い。


 ある事象――何かと言えば、それは「運」だ。

 運とは偶然と呼ぶには好都合、或いは不都合に過ぎる事象である。そして、その場に「それ」が現れたのは、まさしくそんな出来事だった。

 音でも無ければ、臭いでも無い。光でも無く熱でも無く、まして味など有り得ない。ならば「それ」を呼んだのは、二人が放つ強い殺意か。

 真意は不明だ。ただ、それが「好都合か不都合か」と問いかけられたとするならば、その答えは確実に「霜之宮にとっての好都合」である。

 ……するするり、と。そう広くもない木々の隙間を、いとも容易くすり抜けて――異様な巨体を持った「それ」は、軽やかに戦場へ躍り出た。


「Bmooooooooooooooooooooッ!!」

「なっ――」


 ――――何で――――!


 鹿、或いは馴鹿(トナカイ)、もしくはどちらでも無いモノ。強烈な敵意を剥き出したそれの唐突な出現に、月葉は内心焦りを覚えた。

 氷室月葉は昨年と一昨年、霜之宮冬至に敗れている。その理由は、奇しくも現在と同じ条件下――即ち「二対一」であったことだ。

 一昨年は霜之宮の存在を知らず、不意を突かれて敗北した。それを踏まえて昨年は、警戒を怠らず戦いに臨んだ――の、だが。


 それでいて尚、彼女は負けた。協調、信頼、連携……何もかもが無い共闘に、数年分の勘も力も押し負けて、無様に敗走させられたのだ。

 故に、今回は一対一で各個撃破するという単純明快な策を立てた。そして狙い通り片方だけと接敵し、戦闘を開始することが出来た――なのに。


(……何で、こうなるのかしらね)


 不運と嘆くべきなのか、幸運を羨むべきなのか。すべき反応がいまいち分からず、取り敢えず月葉は立ち止まって短く一つ溜息を吐いた。

 直後、飛来した弾丸を少女は短剣(ナイフ)で弾き飛ばす。そして飛来した方向に視線を向け、見えない狙撃手に冷淡な声で宣告した。


「――――殺す」


 それは、単なる再確認だ。

 焦りで忘れかけた目的(もの)を、改めて明確にし直しただけ。口にしてみれば焦る程のことは無い、至極単純な話だと分かる。

 心を穏やかに落ち着けて――月葉は再び、疾走を始めた。


 ――――()()()()()()


「ッ!?」


 背後から、驚いたような鳴き声が聞こえた。


「……Vumooooooooooaaaaaaaaaaaッ!!」


 その数秒後、山をも震わす強大な獣の雄叫びと共に、雪を蹴り駆ける音が響く。その奇妙に静かな蹄音に込められた深い憤怒、そして殺意を背中にひしひしと感じ取りながら、けれど少女は振り返らない。

 狙う相手は一つだけだ。飛来する弾丸を掻い潜り、時に弾き返しながら月葉は少しずつ速度を上げ、その対象を目指して進む。


 いつしか、背後は静まり返っていた。

 躱し、弾き、駆け抜ける。それを幾度も繰り返し、断崖を飛ぶように駆け上がり――そして少女はその先で、遂に男と対面した。


「初めまして――って言うのも、変な感じね。初めて顔を合わせるのに」

「……同感だ。だが、久し振りなんて関係でもない」

「そうね。でもそれなら、私達が交わすべき挨拶は一体どんなものなのかしら」

「……ああ。それなら、多分――」


 言いながら、霜之宮は月葉に銃口を向ける。それに合わせて月葉も短剣(ナイフ)を構え直し、眼前に立つ敵対者を、ただ真っ直ぐに睨め付けた。


「――――ご愁傷様、とかじゃないか?」

「……成程ね。確かに、死者には似合いの挨拶だわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ