#04 喪う/交わすべき挨拶
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開戦の合図は、側頭部に走る痛みだった。
(……これは――)
記憶にある痛みだ。撃たれたのだと瞬時に悟り、月葉は木陰に身を隠す。
直後、追撃の一発が空を切った。その弾丸は先刻まで彼女が立っていた場所を正確無比に通り抜け、ばすんと鈍い音を立てて雪の中に着弾する。
「ッ…………」
木陰で雪形を形成しつつ、月葉は小さく身震いした。
無論、それは武者震いなどでは無い。敢えて言葉にするまでも無く、純粋な死への恐怖から来る震えである――が、彼女はそれを理解しない。何故なら彼女にとって「それ」は、抱く筈の無い感情だからだ。
「死への恐怖」などという――人間じみた感情は。
(……なんて、幼稚)
そんな自分の現実逃避を、氷室月葉は静かに嗤った。
巫山戯ている。子供じみている。無責任にも程がある。意識を巡るその言葉が、記憶から響く怨嗟のように感じられる。
存在しない心臓が脈打ち、不要な空気が不足して――上下不覚に陥る程の強烈な眩暈に襲われながら、それでも少女は短剣を構える。
忘れた訳でも無い過去を。
忘れ去っていたい事実を。
その全てを、狂いそうな白の中に閉じ込めて――少女は死地へと踏み出した。
瞬間、月葉の足元で雪が弾ける。
それは威嚇では無いし、ならば当然牽制でも無い。
言ってしまえば、ただの偶然。彼女が直前に眩暈を起こし、その所為で普段通りに踏み込めなかった――それ故の、読んで字の如く「的外れ」だ。
偶然と奇跡が悉く味方しない男、霜之宮冬至。ここでそんな偶然を、奇跡的に引き当ててしまう不幸さは――ある意味、流石とすら言える。
……しかし、誤解してはならない。
彼は確かに、偶然と奇跡にこそ過剰に嫌われてはいるが――だからと言って、それら以外にまで嫌われている訳では無いのだ。どころか寧ろ、ある事象に関しては「愛されている」と言っても良い。
ある事象――何かと言えば、それは「運」だ。
運とは偶然と呼ぶには好都合、或いは不都合に過ぎる事象である。そして、その場に「それ」が現れたのは、まさしくそんな出来事だった。
音でも無ければ、臭いでも無い。光でも無く熱でも無く、まして味など有り得ない。ならば「それ」を呼んだのは、二人が放つ強い殺意か。
真意は不明だ。ただ、それが「好都合か不都合か」と問いかけられたとするならば、その答えは確実に「霜之宮にとっての好都合」である。
……するするり、と。そう広くもない木々の隙間を、いとも容易くすり抜けて――異様な巨体を持った「それ」は、軽やかに戦場へ躍り出た。
「Bmooooooooooooooooooooッ!!」
「なっ――」
――――何で――――!
鹿、或いは馴鹿、もしくはどちらでも無いモノ。強烈な敵意を剥き出したそれの唐突な出現に、月葉は内心焦りを覚えた。
氷室月葉は昨年と一昨年、霜之宮冬至に敗れている。その理由は、奇しくも現在と同じ条件下――即ち「二対一」であったことだ。
一昨年は霜之宮の存在を知らず、不意を突かれて敗北した。それを踏まえて昨年は、警戒を怠らず戦いに臨んだ――の、だが。
それでいて尚、彼女は負けた。協調、信頼、連携……何もかもが無い共闘に、数年分の勘も力も押し負けて、無様に敗走させられたのだ。
故に、今回は一対一で各個撃破するという単純明快な策を立てた。そして狙い通り片方だけと接敵し、戦闘を開始することが出来た――なのに。
(……何で、こうなるのかしらね)
不運と嘆くべきなのか、幸運を羨むべきなのか。すべき反応がいまいち分からず、取り敢えず月葉は立ち止まって短く一つ溜息を吐いた。
直後、飛来した弾丸を少女は短剣で弾き飛ばす。そして飛来した方向に視線を向け、見えない狙撃手に冷淡な声で宣告した。
「――――殺す」
それは、単なる再確認だ。
焦りで忘れかけた目的を、改めて明確にし直しただけ。口にしてみれば焦る程のことは無い、至極単純な話だと分かる。
心を穏やかに落ち着けて――月葉は再び、疾走を始めた。
――――獣を無視して。
「ッ!?」
背後から、驚いたような鳴き声が聞こえた。
「……Vumooooooooooaaaaaaaaaaaッ!!」
その数秒後、山をも震わす強大な獣の雄叫びと共に、雪を蹴り駆ける音が響く。その奇妙に静かな蹄音に込められた深い憤怒、そして殺意を背中にひしひしと感じ取りながら、けれど少女は振り返らない。
狙う相手は一つだけだ。飛来する弾丸を掻い潜り、時に弾き返しながら月葉は少しずつ速度を上げ、その対象を目指して進む。
いつしか、背後は静まり返っていた。
躱し、弾き、駆け抜ける。それを幾度も繰り返し、断崖を飛ぶように駆け上がり――そして少女はその先で、遂に男と対面した。
「初めまして――って言うのも、変な感じね。初めて顔を合わせるのに」
「……同感だ。だが、久し振りなんて関係でもない」
「そうね。でもそれなら、私達が交わすべき挨拶は一体どんなものなのかしら」
「……ああ。それなら、多分――」
言いながら、霜之宮は月葉に銃口を向ける。それに合わせて月葉も短剣を構え直し、眼前に立つ敵対者を、ただ真っ直ぐに睨め付けた。
「――――ご愁傷様、とかじゃないか?」
「……成程ね。確かに、死者には似合いの挨拶だわ」