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在りし日の残雪より  作者: 紅月 雨降
一/初冬之章
14/25

#02 喪う/それは最早、空虚な夢想

投稿しました!

良ければ評価、感想よろしくお願いします!

 ――――「人間の敵」。氷室月葉が霜之宮冬至をそう評したのと同じ頃、当の本人は樹上で静かに眠っていた。

 雪霊にとっての睡眠というその行為に、人間と同じ意味は無い。彼らにとっての睡眠、そして夢想とは、「ある事柄」を証明する為だけのものだ。


 尤も、それが証明していることなど、実際には何一つとして存在しない。彼らはただ、それで「証明出来ている」と思い込んでいるだけだ。

 ……彼らを表すに相応しい言葉は、「哀れ」以外に無いだろう。

 どれ程縋り付いたところで――彼らは最早、人には戻れないのだから。


       ◇

 

 霜之宮冬至は元々、ごく平凡な会社員だった。

 享年となる二十七歳時点での月収は二十五万円前後、人付き合いが得意とは言えず言葉少なで、孤立とまでは言わずとも孤独に仕事だけをこなして生きている男――それが、生前の彼の姿である。


 そんな霜之宮が、普段なら参加しない社内イベントに上司の命令で参加せざるを得なくなったことも、その開催場所がこの後悲劇の現場となる露凪スノーランドであったことも、別に誰が仕組んだという訳でもない至極単純な偶然である。尤も、それを運命と呼ぶならば「神が仕組んだ」とは言えるのかも知れないが――何であれ、恨むべき黒幕がこの世に居ないことは確かだ。

 そしてもう一つ、悲劇が起きたと言う事実も。


 その際の光景は、惨状という言葉すら生易しく思える程の地獄絵図であった。少なくとも、あの場で死なずに残った者を「生存者」などと呼ぶことが到底不可能な程度には。

 しかし霜之宮冬至の魂は非常に残念なことに、或いはとても幸福なことに、その場面を一切記憶していない。

 その為、憂鬱な社内イベント前夜に自室の布団で眠った霜之宮は、いつも雪の中で目覚める。その度彼は漫画を一巻読み飛ばしたような不快感を味わう羽目になるのだが、恐らくその日を思い出すよりはマシだろう。


 雪霊になった者には、自分が死んだ記憶が無い。

 故に、普通なら一度は日常に戻ろうとするものなのだが――霜之宮がそんな「普通」を外れ、記憶が無いにも関わらず、目覚めた時点で自分は死んだのだという確信を持っていたことは、ある種の奇跡と言う他ない。


 ……奇跡、偶然。そんなものがこうも自分ばかりに集まれば、普通の人間なら何らかの意思を感じ取ってもおかしくは無いことだろうが――改めて言おう、本当にただの偶然である。

 ()()()()()()()()()()()()()()、この事件には何かの意思など全く介在していない。ただ単に、彼の運が(すこぶ)る悪かったというだけの話だ。


 尤も当事者たる霜之宮は、そんなことには全く以て興味が無い。どころか何らかの意思云々など考えたことすら一度も無い為、この事柄は現状特に意味を持たない。仮に意味があるとすれば、それは霜之宮冬至ではない別の誰かにとってだろう――とは言えそんな「誰か」が本当に存在するかについては、今のところこの世の誰も認知し得ないことではあるが。


 しかしやはりと言うべきか、そんな未来のことについても霜之宮冬至は興味が無く。彼は呑気に、そして無気に、夢の続きを見続けていた。


 記憶を丸一日飛ばして、現在霜之宮が見ている場面はと言えば、見知らぬ山中で目を覚ました自分が何処かを目指し雪道を歩く光景であった。

 死んだ自覚はあれど、何故死んだかも分からない。そればかりか此処が何処なのかも、何故この場所に居るのかも、何一つとして分からない。確かなことなど何一つ無いその状況下で彼が自失せず、その場から動き出したのは、無意識のうちに直感していたからである。


 ――――()()()()()()()()。そんな、矛盾めいた最低の未来を。


 それを直感出来たのは、(ひとえ)に彼の生存本能――否、その表現は間違いだ。生存が「生きて存在していること」であるのなら、それは彼には該当しない。

 何故なら、彼は既に死している。ならば、死して尚もこの世での存在に執着する彼のそれは「死存本能」とでも表現すべきものだろう――彼が危機を直感したのは、幾分過剰とさえ言えるその本能によるものだった。

 生まれ付いてか、或いは死の恐怖を一度味わったが故か――霜之宮冬至の「存在に対する執着」は、並や平凡の域では無い。だからこそ彼の直感は危機に強く反応し、またそれに対してのみ予知じみた精度を発揮する。


 実際、その直感は確かに正しい。仮にこの時霜之宮が呆然と立ち尽くしていたのなら、そのうちに彼はこの世から消えていただろう。

 ……ただ、この選択によって死神と縁を作ってしまったことを思えば、それが幸運であったかは分からない。

 何故なら彼はその所為で、何も知らなかったこの瞬間より遥かに苦痛で悲惨な最期を迎える羽目になるのだから――とは言っても当時の彼にそれを知る術は無いし、知っていたとて彼は行動しただろう。


 ともあれ、彼は行動し。結果として霜之宮冬至という男は、雪霊としての在り方を定めた。それだけが、この一件の結論である。尤も、それが如何に分かり切った結末であれ――彼がそこに到達するには、もう少し(じかん)が必要だ。


       ◇


 ……数十分間深い雪の中を歩き続け、漸く見晴らしの良い崖上に出た霜之宮が視界に捉えたのは、とても奇妙な光景であった。

 眼下に広がる林の中で、二匹の獣が熾烈な戦いを繰り広げている。しかし「そう見える」のにも関わらず、彼にはその光景が酷く人間的に思えた。


 戦っている獣のうち、片方の姿は人間に近い。白い長髪を靡かせた、高校の制服を着た少女――それが透明な短剣(ナイフ)を手に、雪の中を駆け回っている。

 もう片方は――何、と呼べば良いのだろうか。牡鹿のように見えなくも無いが、実際のところ知識の中で一番近いのは馴鹿(トナカイ)だろう。

 だが、あんなものがサンタクロースのソリを引いていたとするならば、それに夢を見ている子供は泣くを通り越して発狂するに違いない――異様、或いは異質とも言える獣の姿に、霜之宮はそんな感想を抱いた。


 霜之宮冬至は別段、見知らぬ子供に気を遣う程善良な性質の人間ではない。

 故に子供が泣く云々は割とどうでも良かったのだが、それはそれとして過去の自分が見ていた夢を踏み躙るようなそのイメージは個人的に酷く不愉快だったので、彼はその獣を鹿だと思うことにした。


 ……とは言え、それはあくまで認識の話だ。現実を見るならばそこに居るのは鹿でも無ければ馴鹿(トナカイ)でも無い、何なら獣かすらも怪しい、読んで字の如く怪物(ケモノ)である――が、霜之宮はその事実から目を背けた。

 ただでさえ「死んでいるのに生きている」という訳の分からない現状で、これ以上意味不明な情報を思考の内に入れるのは、出来れば御免被りたい。と言うか最早、見なかったことにして回れ右したくすらあったのだが――結局、彼がそうすることは無かった。否、「出来なかった」と言うべきか。


 眼下に居る獣――少女では無く、鹿の方。その姿を見ていると、奇妙な程に胸がざわつく。それは、恐怖や違和とはまた違う――どちらかと言えば焦燥に似た、本能が警鐘を鳴らす感覚。

 

 ()()()()()()()()()。そんな意志が自我より深い、恐らくは人が「魂」と呼ぶ深奥から、止め処無く溢れ出してくる。己の根源たるそれに、抗う術など人間には――まして雪霊である霜之宮には、存在している筈も無かった。


『……ころ、さなきゃ』


 そこに自我が在ったかは、自分自身でも分からない。ただ無意識にそう溢して、気付いた時には見慣れぬものを手にしていた。


 「それ」が雪形(ユキガタ)と呼ばれる異能の産物であることも、何を元として作られるのかも、霜之宮冬至は全く知らない。

 彼が知っていたことと言えば、自分の持つそれが銃という武器の一種だということ。それから、もう一つ――


 ――――「(それ)」が、殺す為に在る道具だということだけだ。


『……………………』


 数十秒の沈黙の後、霜之宮冬至は銃を構えた。但しそれは本当に、「ただ構えた」だけ――否、そう呼ぶことが出来るかも怪しい。

 彼は撃鉄も起こさず、火薬も込めず、何なら弾すら込めること無く、ただスコープを覗き込みながら、緩慢な動作で雪の上に腰を下ろした。これでは単に、銃を持って座り込んだだけである。


 まぁ、つい数時間前までごく平凡な会社員であり、武器になどまるで縁の無かった男が古式銃の構え方など、当然だが知っている訳も無い。要するに、扱えなくて当然だということである。


 ……尤も、それはその武器が「異能の武器でさえ無ければ」の話だ。氷が形成したその形は確かに古式銃のものだが、実態はそれとは全く異なる。

 火薬も、弾も、何も要らない。ただ引き鉄を、引くだけで――――


「ッ!?」


 少女の顳顬(こめかみ)を、一発の弾丸が貫いた。

 声は遠くて聞こえない。だが、彼女が死角からの攻撃に困惑していることだけは、撃った霜之宮にも把握出来た。

 混乱するその様子をただ呆然と眺めながら、彼は再び引き鉄を引く。


 一発、二発、三発。音を持たない弾丸が、少女の身体を砕いて行く。少女は抗うことも出来ず、ただ身体を撃ち抜かれ続けた。

 いつの間にか降っていた霙が、すうと頬を伝い落ちる。奇妙に温いその雫が、霜之宮には少女から吹き出す血飛沫のように感じられた。


 幾度も、幾度も、撃ち続けて。少女の身体は、雪の中に溶けて消えた。

 ……別に、罪悪感は覚えなかった。ただ深く、心から安堵しただけで。


       ◇


 ……彼がふと目を覚ましたことに、具体的な理由は無い。敢えて理由を述べるのならば、それは「嫌な予感がしたから」だろう。

 相変わらずと言うべきか、危機に対する彼の直感は予知レベルだ。そんな彼が「嫌な予感」を感じ取ったと言うならば、それは九割九分正しい。

 その確率で一分側を引き当てる奇跡は、基本的には起き得ない――まぁ、彼に限って言えば、それを「当然」とするのも若干おかしな話だが。少なくとも、今回ばかりは偶然も奇跡も、彼に取り憑いていなかった。


 どうやらそれらは自分に対し、徹底して敵に回るスタンスを取るつもりらしい――視界に映る少女の姿を、霜之宮はそんな風に解釈した。

 彼女と遭遇するのは、これで三回目になる。一度目は偶然、二度目は奇跡と片付けられても、三度目は必然を疑えないだろう。


 つまり、偶然や奇跡は。「彼女と殺し合う」という最悪を、必然的なものとして、自分に強制しているのだ――それを敵対と言わずして、他に何と言うのだろうか。そのことに微妙な腹立たしさを覚えつつ、霜之宮は改めて眼下を歩く少女を見た。


 恐ろしくも美しい、死神のような白い少女。その容姿は奇妙な程に扇情的で、既に失われた筈の劣情が溢れ犯したいと言う衝動に駆られる。

 忌むべき敵でありながら、彼女の姿に惹かれるのも、人間らしさと呼べるのだろうか――そんなことを考えながら、霜之宮冬至は銃を構えた。


 性欲。それも同じ本能で、人間性の一つだが。


 ()()よりも、優先すべきものでは無い。


 死にたくない。そんな、生物としての起源的欲求。夢の果てで辿り着いた、自分を人間たらしめる証明。

 それを強く持つからこそ、如何に「人」の道を外れようとも、霜之宮冬至は「ヒト」なのだ――尤もそれら二つの言葉は、同音異議であるのだけれども。しかしながら現在の彼には、その区別など付いていない。


 きゅう、と照準を少女に定める。

 罪悪感も、躊躇も無い。自分が生き延びられるなら、幾人だろうと迷いなく殺す。その意思を指先に、そして手中の氷に込め――


 ――――彼は、力強く引き鉄を引いた。

皆様どうも、作者の紅月です。

遅れて申し訳ありません。春頃から始めたいなと思っている新作小説のネタを考えてたら、思いっ切り執筆が遅れました。

それはそうと、ちょっと悩んでることがありまして。

この作品、投稿が遅いですよね。なので、前回のお話を忘れている方もいるのでは無いかと思うわけです。

そこで、前書きに前回のあらすじなんかを書くのもありかなぁと考えているんですが……くどいかなぁ、とも思ってまして。

どうすべきですかねー?良ければご意見等頂けるとありがたいです。

……さて、完全にお悩み相談になっちゃいましたが、今回はこの辺にしときましょう。

それではまた次回、ということで。

ではではー。


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