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在りし日の残雪より  作者: 紅月 雨降
一/初冬之章
13/25

#01 喪う/人間の敵

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良ければ評価、感想よろしくお願いします!

 ――――二〇二二年、三月。


 冬の終わりが近付き、街に降る雪が雨混じりの(みぞれ)に変化し始める頃。

 氷室月葉と霜之宮冬至(しのみやとうじ)の因縁は、そんな時期のある一日から始まった。

 尤も、二人は互いの名すら知らない。ただ敵として相対し、戦いを繰り返すばかりの空虚な関係性である。


 二人の対立は、思想の反立によるものだった。


 霜之宮冬至は生を願った。


 氷室月葉は死を願った。


 霜之宮冬至は死を是とした。


 氷室月葉は生を是とした。


 その思想は、決して相容れることがない。

 人であろうとするものと、獣になってしまったもの。どちらが正義であるかなど、神さえ知りはしないのだから。


       ◇


「……霙、か」


 ある放課後、胡乱の店で窓の外をぼんやりと眺めていた月葉が、不意にそんなことを呟いた。

 先日の戦いで失った筈の彼女の手足は、いつの間にかすっかり元に戻っている。曰く「壊れた粘土細工に粘土を継ぎ足したようなもの」らしいが――まぁ、詳細まではわざわざ聞かないことにした(自分の人間離れした部分をこれ以上知りたくなかった、とも言える)。


「霙が、どうかしたのか?」


 確かに、今日は霙が降っている――露凪の冬にしては妙に気温の高い日で、その気温は十二月ながら三月のものに近かった。

 しかし、それが月葉に何の関係があるかと言えば。


「――――まさか、雪霊はこの気温でもまずいのか?」

「違うわよ……ただ、個人的に思うところがあっただけ」


 何だ、危険ではないのか――そう安堵しつつ、同時に少し気になった。

 「思うところがあっただけ」。そう、口にした月葉の表情が――酷く、苦しそうに感じられてしまったから。


「――――噂をすれば影、という奴で御座いますよ」


 考えていると、胡乱が突然そう告げた。


「『鹿』で御座います……今年も、また」

「そう……じゃあ、「彼」も出て来るわね」


 『鹿』。胡乱の言うそれは、恐らくあの獣――いや、怪物(ケモノ)とでも呼ぶべき存在のことを指し示しているのだろう。話の流れとは言え、その存在が異常では無く通常として即座に浮かぶ自分が少し悲しく思える。


「場所は?」

「例年通り、で御座います。旧露凪スノーランド、スキー場跡地に」

「露凪スノーランド……って言うと」


 その名前には覚えがあった。確か今から二年程前、失踪事件が頻発したとかで閉鎖された大型アドベンチャー施設がそんな名前だった筈だ。

 ここで話題に出る、と言うことは――――


「……まさか、あの失踪事件って」

「御明察、獣の仕業に御座います。拙の情報操作で失踪と言うことになってはおりますが、実際は――まぁ、想像するかは個々人にお任せ致します」


 お任せする、と言われても――「頻発する失踪事件」と「怪物じみた獣」を結ぶ結論など、恐らくこの世に一つだけしか無いだろう。

 とは言え、敢えて口にはしない。こういうのは「知らない、気付かない振り」をしている方が、精神衛生上健康的なのだ――多分、きっと。


「……なぁ、ところでさ」


 自分の中の結論を誤魔化すように、話を別の所へ持って行く。それは、実際気になっていたことだった。


「「彼」って、誰?」

「……そうね、言うなれば――」


 尋ねると、月葉は静かな声で答える。先刻と同じ、何処か苦しげな表情で。


「――――人間の敵」


       ◇


「――――はっ、はっ、はぁっ、はぁっ…………!」


 少年は、森の中を走っていた。否、「逃げていた」と言うべきか。

 何処を目指して、と問われればそれは脱出口なのだが――そんな場所への道筋は、とうの昔に見失っている。

 何故、こんなことになったのだろう。考えるが、答えなど出る筈もない。


 何しろ、その現象は――彼の知り得る現実とは、遠く離れているのだから。


 立入禁止の、廃屋と化した施設のコテージ。彼らがそこを溜まり場としたのは、今年の春の出来事である。

 失踪事件の頻発――噂にはなっていたが、彼らはそれを殆ど都市伝説のようなものだと思っていた。


 度胸試し、に近い考えもあっただろう。そんな思考で彼らは()()()()()()()()にその場所に居付き、そして「何か起きる時期」にはそれを既に忘却していた。


 言うなれば、彼らの自業自得なのだが――それを指摘することには、現状何ら意味がない。

 この場に於いて意味を持つ事実は、一人の少年――もとい「一人になってしまった少年」が、異常なものから逃げているという単純な現在だけである。


「たっ、助けて、助けて!」


 走りながら必死に叫ぶが、その願いは虚しく雪に呑まれてしまう。

 当然だ。彼らは「そういう場所」であることを好都合として、そこを溜まり場としたのだから。


 故に、その声を聞き届ける者は居ない――――


「……………………」


 否、一人居た。樹上から無感情に少年を見下ろす、三十路前後の男が一人。

 彼には当然、少年の叫びが聞こえている。けれど男は微動だにせず、ただ少年を眺めていた。まるで、自分には関係無いとでも言う風に。


「あっ、や、嫌だぁ!」


 男の視線の先で、少年は異常に追い付かれた。その後も何やら喚いていたが、数分もする頃にはそんな声など聞こえなくなる。

 ――――しん、と静まり返った夜の中で。男は何をするでもなく、呆然と去り行く異常を見送った。


 男の名は霜之宮冬至。彼は別に、悪党ではない。


 ただ、定義上の外道である。

皆様どうも、作者の紅月です。

最新話、遅ればせながら投稿しました。

新キャラ、霜之宮冬至の登場回となる今回……正直、割とこの名前気に入ってます。

まぁ、私の個人的な好みはさておき。この一章二部では、結島晶や氷室月葉とはまた別の形で雪霊という在り方に向き合う男の話を書ければと思っています。

定義上の外道、霜之宮冬至が柊白斗にどんな影響を与えるのか、そしてそれぞれの戦う理由とは……その辺りを描いていくので、お楽しみに。

それでは、今回はこの辺で。次は気が向いた時の後書きでお会いしましょう。

ではではー。

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