第6話
本日も数話投稿します。
時間はランダムです、宜しくお願いします。
『火傷は身上書にもあった監禁、その時に負った怪我だ。既に完治しているが、火傷の跡は治るものではない。それが痛む事はないと思うが……それにしてもリストカットか。一時常習的にし、カウンセラーに通わせ収まっていたと思っていたのだが、我々の目を盗んで行為に及んでいたみたいだな。すまないが、キッチンの戸棚に応急手当一式が入っているはずだ、それで手当を施して欲しい』
「傷が深いかどうかも分からないんです、病院に行った方が」
『消毒し、傷パッドを貼れば大丈夫だ。出血していないのだろう?』
「出血は……はい、していません」
『リストカットによる傷が深い場合、出血が止まらないまま出血多量によって死に至る。直前まで監視下にあったんだ、自傷行為が出来るような物が無い部屋で行っていた。大方、自分の爪だろうな。とにかく、命に別状はないと判断できる。傷パッドでの応急処置で問題あるまい』
そんなものなのだろうか。監禁、及び火傷について詳細が欲しいとお願いした後、言われた通りキッチンへと向かい、応急手当一式を探す。中身は豪華なものだった。風邪薬から各サイズの傷パッド、包帯に目薬、市販の薬は全部揃ってそうな引出しの中に、思わず感嘆の息が漏れる。
消毒液と傷パッドを手にして、彼女が待つ浴室へと向かった。
「火野上さん、腕の手当をするから、ジャージ脱いでくれるかな」
「……平気」
「平気じゃないでしょ? 手当すればお湯は痛くないよ?」
「……」
「他にも洗いたくない理由があるの?」
「……めんどう」
「面倒って、洗うのが?」
「全部」
「全部って、洗うのも乾かすのも、着替えるのも?」
僕の方を見て、静かにこくりと頷いた。
浴室の中は既に臭いで充満している、鼻がひん曲がるように臭い。
けれども、彼女は僕と同じ年の女の子なんだ。
無論、僕に女の子に対する免疫はない。
その僕が彼女の代わりに髪を洗い、身体を洗い、拭いて乾かして着替えさせる。
その全てをやらなくてはいけないのか? というか、やっていいのか?
規則には、法的には認められていると書いてあった。
それは、まさしくこういう状況を予想しての事なのだろうけど。
「……じゃ、じゃあ、僕が代わりに洗うっていうのなら、大丈夫なの?」
生唾を飲み、喉を鳴らしながら質問する。
僕の中に性欲が無いわけじゃない、女の子の胸や性器が見たくない訳じゃない。
普通にスマートフォンで検索するぐらいには性欲はあるし、自慰だってしてる。
火野上さんの身体を見て、そういう行為に及ばない自信がはっきり言ってない。
「大丈夫」
僕の考えを見透かしたように、彼女は瞳を歪め口端を下げる。こう言ってくるのを待ち望んでいたかのように、彼女はそれまでの愚鈍さとは打って変わった素直な動きで、着ているジャージを脱ぎ始めた。
胸元のチャックを下げ終わると、左の方から腕を抜く。
途端、彼女の浮いたあばら骨と同時に、丸く膨らんだ乳房が目に入ってきた。
ジャージの下、何も着てない。
咄嗟に目を逸らして、瞼を強く閉じる。
見てもいい、とは言われても、本人を目の前にして見続けるほどの度胸はない。
肌とジャージが触れる音、先ほど生理用品を取り付けたであろう下着を脱ぐ音、紙の音。
「脱いだよ?」
語尾が上がる疑問形の言葉、洗わないのか、洗ってくれないのかという疑問の言葉。
「申し訳ないんだけど、鏡の方を向いてくれないかな」
「鏡?」
「そう、前の方にあるでしょ? それと、シャワーのノズルを取って貰えると助かる」
カコカコ、と何かを触る音が聞こえてくるけど。
分からないのかもしれない、ノズルとかそういうのも全部最新式だったもんな。
閉じていた瞼をうっすらと開けて、彼女のいる方を見る。
良かった、浴室用の椅子に座って背中を向けている。
「……っ」
なんだ……これ。
欲情を抑えるとか、そういう考えを持った自分を、思わず恥じた。
彼女の背中に残るおびただしい数の傷跡、火傷の跡、それらが僕の性欲を鎮静化させる。
これまで、彼女は一体何を経験してきたんだ、何をされたらこんな傷跡が残るんだ。
「……あ」
「大丈夫、僕が洗うから。でも、その前に傷パッド貼ろうね」
差し出された腕に傷パッドを貼る時に、何故か僕の目から涙が零れ落ちる。
同じ時間を生きてきたはずなんだ、なのに何故、なんでこんなにも差があるんだ。
「泣いてる、の?」
「大丈夫、大丈夫だから」
「……あ、ノノン、痛くない」
「うん……そうだね、傷パッド、凄いね」
洗われている間の彼女はとても大人しくて、泡で遊び、少女のように微笑むんだ。
これまで彼女をもてあそんだ大人たちに、無駄に憎悪が沸く。
やり場のない怒りを悟らせないように、努めて笑顔を保ち、彼女の体を綺麗にしていく。
赤くて長い髪は、僕の予想以上に長くて、そして綺麗だった。
頭皮に黄色い膿の様なものが出来ていたから、水城さんに聞いて専用の薬を塗布してあげた。
トリートメントは頭皮に付けないように、髪の毛だけにしっかりと付ける。
腋の下や膝裏、肘、股関節、足指の間や爪の隙間、乳房の谷間や下の部分も丁寧に洗った。
一度目では全然泡立たなくて、二度目でようやく泡立つも黒い泡になってしまい、三度目でようやく真っ白な泡が立つようになった。繰り返し洗ったことが彼女的に嫌だったのか「うー」って言われ続けたけど、それでも綺麗になっていく自分に満足しているのか、抵抗はあまりされなかった。
洗いながら、彼女の身体の状態を確認する。
顔のおでこの所にも傷があって、耳もピアス穴らしき跡がいくつもあった。肩から背中にかけての大きな火傷、それに腕にも残る火傷は、熱湯か何かをかけられてしまったのだろうか。それとは別に、手の甲に残る丸い火傷の跡、これは根性焼きと呼ばれるものらしい。要はタバコを押し付けられた跡だ。腰回りやお尻にもそれが幾つもあって、おへそにもピアス穴の跡らしきものが伺える。太ももやふくらはぎには、強い何かで縛られた様な形で傷跡が残っていた。
性器の方は……さすがに見れていない。洗う時だって直接は触れずに、柔らかいボディブラシで丁寧に洗っただけ。自分で洗うのは本当に嫌みたいで、股間を洗うよって伝えると自ら広げたくらいだ。本当に、そういうのの抵抗が一切ないんだなって、心にしみた。
治りかけの部分から全部に傷パッドを貼ったから、彼女の腕の半分くらいがパッドで埋まってしまった。でも、洗っている最中に「痛い」って言わなかったのだから、完治するまではこの状態を保持しようと思う。
幸い、制服は冬服だし、長袖だ。リストカットの跡が見られる心配はないだろう。
『黒崎桂馬様を確認しました、ロックを解除します』
浴室から脱衣所へと向かおうとすると、抱っこしろとせがまれた。
やむなし、裸の彼女を見ないようにしながら抱っこすると、普通に体を密着させてくる。
結構大きい……でも、背中に回した手で感じる彼女の骨が、彼女の貧弱さを物語った。
脱衣所の床に座らせてバスタオルで包むと、戸棚から出した新品の下着を穿かせる。
その時「ノノン、生理」と言われ、彼女の部屋から生理用品を手に取り、下着に貼り付けた。
こっちが恥ずかしくてノックアウトされそうになる。
でも、彼女の無頓着さは、まだまだこれからだった。
「はい」
「はいって……え、下着も自分で穿かないの」
「うん」
「……マジかよ」
当然のように両足を持ち上げた彼女の足に、生理用品を貼り付けたピンク色の下着を通す。下着を通した後に彼女を持ち上げて、きちんと腰回りまで下着を穿かせると、次に装着すべきはブラジャーだ。
もちろん、僕の生涯においてブラジャーなんて装着させた事なんか一度もない。セットになっていたブラジャーの肩紐を通し、胸下にあてがうようにした後、後ろのホックをグッと止める。
「……こんな感じ?」
「ノノン、ブラ付けたことない」
「え、嘘でしょ」
「本当」
ずっとノーブラだったのかよ……僕の中の女の子に対する『普通』の概念が音を立てて壊れていくのを感じる。その後は脱衣所の戸棚の中に入っていた新品の寝間着を着させてあげて、リビングまでお姫様抱っこしてあげて移動した。なんかもう、お姫様抱っこくらいは普通な気がしてしまうのだから、慣れとは驚きだ。