9話
「どんなって…朔兄は小学校に入ってすぐお兄ちゃんが連れて来て以来の付き合いだから、友達を通り越して家族?みたいな感じかな」
彼女は興味深そうに相槌を打つ。
「ふーん…あのさ、私の勝手な偏見なんだけど、お兄ちゃんの友達って高確率で初恋の相手になり得るよね?陽毬はその幼馴染に恋心を抱いたこととかないの?」
「うーん、ないね」
即座に否定した陽毬に、期待外れだったのか遥香ががっくりと肩を落とす。
「えー、ないの?幼馴染、結構イケメンだって言ってたでしょ」
朔夜は確かに美形だ。182センチの長身に引き締まった体躯。癖のない濡れ烏のような漆黒の髪、切長で鋭さを帯びている瞳にそれを縁取る睫毛は長く、整った鼻梁に肌は下手をしたら女子より綺麗かもしれない。元々同世代の男子より背は高かったが、中学に入ってから身長が伸びていった。
やや垂れ目な優男風の兄、光も朔夜には及ばないが背が高く地元では有名な2人組だった。出会った時は兎に角棘があり、触ると切れるナイフのような雰囲気を纏ってはいたが、成長するにつれ男らしさが増していき、女子の視線を集めるようになっていった。
「いや、会った時からお兄ちゃんの友達って刷り込まれちゃったせいか、そういう目で見たことないんだよね」
昔光からも「朔夜のことをどう思っているのか」と聞かれたことがあるが「もう1人のお兄ちゃん」と正直に答えたのだ。
(そういえば、あの後お兄ちゃん変な顔してたな)
今更ながらそんなことを思い出す。
「そういうものなの?絶対初恋奪ってそうなのに」
「ないない、それに朔兄中学入ってから急にモテ始めて、彼女が頻繁に変わってたから」
「あー、確かに陽毬の好みじゃないね」
「そうそう、家族みたいに思ってるけど、私は誠実な人が好きだからさ」
短期間で隣に立つ女子が変わっていた朔夜を、少しだけ敬遠してた節があった。確か兄も苦言を呈していた気がする。
彼とお近づきになりたくて陽毬と仲良くしようとしたり、仲を取り持つよう頼まれることも多く、中々に苦労した記憶がある。朔夜はよく藤原家に入り浸っていたから、家に呼ぶのも本当に仲の良い子に限られた。
佳奈は陽毬の中の厳しい審査を潜り抜けた大事な友人だったのだ。今にして思えば、見る目が無かったとも取れる。
今回のことは良い人生経験になった、といつか自分の中で笑い話に出来たらいい、と思った。
「本当にないの?良いなーって思ったこと」
「ないよ。それに4つも下なんて妹にしか見れないでしょ」
「いやー4歳差は全く問題にならないよ、10歳差で結婚する人も多いんだからな」
「……やっぱりないよ」
今まで朔夜と過ごした記憶が脳裏に蘇るも、やはり遥香が期待するような出来事は皆無であった。存外にしつこい遥香を宥めるのに、思いの外苦労しながら昼休みを終えた。